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行方不明(24)

アルバムを閉じてふと箱の隅を見ると、絵巻物のようにくるめられた茶けた紙があった。それを開いて見ると、学校の全生徒と全職員が載っている大きな写真だった。その写真の上のほうに、メルボルン西高校創立百周年記念と書いてあった。300名ばかりの人物が写されており、一人ひとり豆粒のようで、トニーやジョンを探すのも大変そうだった。虫眼鏡を持ってきて、一人ひとり調べていった。5分くらい一生懸命見ていくと頭が痛くなって、やめようかと思った時に、トニーが見つかった。しかめ面をして前をまっすぐ見ている。その隣にははにかんだようなジョンがいた。先生たちは前に座っているはずだから、前列に椅子に座っている人たちを調べた。一度見たが分からなかった。目が痛くなったので一休憩して、もう一度見ていった。やっとグレッグが見つかった。一度見たとき分からなかったはずだ。その頃のグレッグは太鼓腹で太っていたのである。

 静子のこの発見に身震いをした。このことをすぐにエリック刑事にしらせるべきかどうか考えた。しかしたとえグレッグがミスター残酷だとしても、どうしてトニーの家を犯行に使えたのだろう。色々な疑問が頭をもたげかけたが、トニーがグレッグに殺された可能性が高いとなれば、静子は自分がグレッグに近づくのは危険だと感じ、明日エリック刑事に連絡しようと決心したとき、電話がかかってきた。電話の相手がグレッグだと分かったとき、静子は思わず声が上ずった。

「ああ、グレッグさん。先日はお葬式にいらしてくだっさって、ありがとうございます。」

「いえ、まさか教え子があんな死に方をするなんて思いもよりませんでしたよ。ところで、警察の捜査はすすんでいますか?」

思わず胸がドキッとした。

「いいえ、殺されてから随分日にちがたっているので、捜査は難航しているようです」

「そうですか。実は先日ジョンやトニーとクラスメイトだった男に会って、奇妙なことを聞いたので、捜査のお役に立たないかなと思ったんですが」

「それじゃあ、担当のエリック刑事に連絡していただけませんか」

「いや、刑事さんに会って話す前に、奥さんはどう思われるか、奥さんのご意見を聞いて、警察に行こうかなと思うんですが。捜査に関係のないことだったら、警察の手をわずらわせるのも、気がひけますからね」

「でも、、」

「それじゃあ、今からお迎えに行きますから、一緒にどこかで夕飯を食べながら、話しましょう。」
静子に有無を言わせないように言い方だった。

電話が切れた後、静子は恐怖で身がすくんだ。震える手でエリック刑事の携帯電話番号を入れた。呼び鈴が聞こえるが、誰も出てこない。メッセージバンクにメッセージを入れて切った。
「静子です。トニーの殺害犯人だと思われる人から電話がかかってきました。今からうちにくると言っています。助けてください」

急いでメッセージをいれたと思ったら、呼び鈴が鳴った。もう来たのだ。

ドアを開けるなと心の声が言っている。その場にたたずんでいると、呼び鈴がしばらく鳴っていたが、それも止まり、静かになった。

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行方不明(23)

アルバムを閉じてふと箱の隅を見ると、絵巻物のようにくるめられた茶けた紙があった。それを開いて見ると、学校の全生徒と全職員が載っている大きな写真だった。その写真の上のほうに、メルボルン西高校創立百年記念と書いてあった。300名ばかりの人が写されており、一人ひとり豆粒のようで、トニーやジョンを探すのも大変そうだった。虫眼鏡を持ってきて、一人ひとり調べていった。5分くらい一生懸命見ていくと頭が痛くなって、やめようかと思った時に、トニーが見つかった。しかめ面をして前をまっすぐ見ている。その隣にははにかんだようなジョンがいた。先生たちは前に座っているはずだから、前列に椅子に座っている人たちを調べた。一度見たが分からなかった。一休憩して、もう一度見ていった。やっとグレッグが見つかった。一度見たとき分からなかったはずだ。その頃のグレッグは太鼓腹で太っていたのである。

 静子のこの発見に身震いを感じた。このことをすぐにエリック刑事にしらせるべきかどうか考えた。しかしどうしてグレッグはトニーの家を犯行に使えたのだろう。色々な疑問が頭をもたげかけたが、トニーがグレッグに殺された可能性が高いとなれば、静子は自分がグレッグに近づくのは危険だと感じ、明日エリック刑事に連絡しようと決心したとき、電話がかかってきた。相手がグレッグだと分かったとき、静子は思わず声が上ずった。

「ああ、グレッグさん。先日はお葬式にいらしてくだっさって、ありがとうございます。」

「いえ、まさか教え子があんな死に方をするなんて思いもよりませんでしたよ。ところで、警察の捜査はすすんでいますか?」

思わず胸がドキッとした。

「いいえ、殺されてから随分日にちがたっているので、捜査は難航しているようです」

「そうですか。実は先日ジョンやトニーとクラスメイトだった男に会って、奇妙なことを聞いたので、捜査のお役に立たないかなと思ったんですが」

「それじゃあ、担当のエリック刑事に連絡していただけませんか」

「いや、刑事さんに会って話す前に、奥さんはどう思われるか、奥さんのご意見を聞いて、警察に行こうかなと思うんですが。捜査に関係のないことだったら、警察の手をわずらわせるのも、気がひけますからね」

「でも、、」

「それじゃあ、今からお迎えに行きますから、一緒にどこかで夕飯を食べながら、話しましょう。」
静子に有無を言わせないように言い方だった。

 電話が切れた後、静子は恐怖で身がすくんだ。震える手でエリック刑事の携帯電話番号を入れた。呼び鈴が聞こえるが、エリックは出てこない。メッセージバンクにメッセージを入れて切った。
「静子です。トニーの殺害犯人だと思われる人から電話がかかってきました。今からうちにくると言っています。助けてください」

メッセージをいれたと思ったら、呼び鈴が鳴った。もう来たのだ。

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行方不明(22)

2週間後、静子の前に現れたエリック刑事は、出発前の意気込みとは対照的に、意気消沈した様子だった。

「いやあ、残念なことになりましたよ。スティーブはシロですね」

「どうしてなんです」

「お宅のご主人が行方不明になった日は、スティーブはアメリカにいて、いつものように出勤していたんですよ。目撃者もたくさんいますし、このアリバイは崩しようもありません。出国の記録も調べましたが、トニーさんが行方不明になった2年前はオーストラリアには一度も帰っていないんですよ」

「共犯者がいるんじゃありませんか」

「いやあ、もしスティーブがミスター残酷だったら、共犯者は作らないと思いますね。リスクが大きすぎますから。それに強盗などだったらお金の山分けということで共犯者は作れますが、ミスター残酷の犯行は共犯者にとって何のメリットもありませんよ。これは捜査本部の一致した見解です」

「それでは、また捜査は振り出しにもどったということでしょうか」

「そうですね。残念ながら。スティーブがミスター残酷ではないという証拠もつかめませんでしたが、お宅のご主人の殺害には無関係だったということだけはいえます」とエリック刑事はため息をついて、戻っていった。

 その晩から、静子は「ミスター残酷」について、もう少し調べなければいけないと思い始めた。考えてみれば、その事件についてほとんど知らないと言っていい。インターネットで検索すると、いくつか出てきた。それによると、4人の女の子が暴行されている。そのうちの一人の犯行は確実にトニーの住んでいた家で行われている。その当時その家に住んでいたトニーもスティーブも犯行にかかわっていないとすると、その家の鍵を二人以外にもっていた人物がいたことが考えられる。しかし、家の鍵を持っていても、そのとき二人が家にいれば二人に知られずに女の子を連れ込むことは難しい。そこで、静子の思考は止まった。

 翌日州立図書館に行ってみた。犯行が行われた日付を中心に古い新聞記事を見ていった。そこで、静子にとって新しい発見があった。それは、心理分析官の見解だった。
「犯人は、中流階級の男で、結婚をしており、普通の家庭生活を営んでいると考えられる。犯行が行われた時期を調べると、学校の休みの時が多いことから、学校関係者とも考えられる。被害者達が、おなかが突き出ていると証言していることから、中年太りの太鼓腹の男と考えられる。」

 これに当てはまる人物が、トニーの周りでいただろうか?学校関係者といえば、グレッグだが、グレッグはどちらかといえばやせ気味で太鼓腹ではない。しかしダイエットによってやせることも可能だ。

 それからうちに帰って、トニーの遺品を調べていった。結婚指輪がまず目に入ってきた。それから色々な書類。そして写真のアルバム。子供のときの写真から始まって、学校でとった写真が載っていた。トニーが高校生の時の写真にグレッグが写っているものがないか、一枚一枚隅から隅まで調べた。背景に写っていることも考えられるからである。アルバムにある写真は皆学友ととったものか家族ととったもので、グレッグらしき人物は見当たらなかった。

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行方不明(21)

静子がエリック刑事に会いに行くと、他に手がかりが見つからない状況のせいか、意外にも静子の推理を素直に聞いてくれ、調べることを約束してくれた。

その二日後、エリックはポールを探し出し、事情聴取をしてきたと静子に報告しに来た。

「ポールの居所は意外に簡単に見つかりましたよ。幸運にも大学の卒業生の会に入っていたので。卒業生の名簿を殺人事件に関連することだと言って警察の権限でみせてもらうことができましたよ。そこで、ポールにきのう会って聞いたのですが、トニーとはトニーが日本に行くまで親交があったそうです。それに面白いことには、トニーが日本に行く前に住んでいたうちの見取り図を書いてもらったら、あのミスター残酷の被害者のジェシカの供述と全く同じなのです。どうやらあなたの推理があたったようです。そのとき、スティーブと言う男と一緒に住んでいたそうです。ポールの話では最初はトニーが一人で家を借りたものの家賃を払うのが大変だったので、二部屋あるうちの一部屋をスティーブに又貸ししたんだそうです。だから、トニーの名前は借家人としてすぐに判明したものの、スティーブの名前が出てこなかったようです。これからスティーブの行方を追って分かり次第、またご連絡しますよ」と言ってくれた。

 静子はその翌日は仕事が入っていたが、スティーブの行方が気になって、落ち着かなかった。その日は新婚さん5組の市内観光のツアーが入っていた。20代と思われるカップル3組と30代が2組。新婚さんのグループはこちらが一生懸命名所案内の説明をしても、二人のおしゃべりに夢中になっているか、寝てばかりいるので、説明してもしなくてもあまり変わらない感じである。今日のカップルの一組は黙って興ざめしたように景色ばかり眺めている。静子はこのカップルは成田離婚組みかもしれないなと思った。

 市内観光の名所のひとつフィッツロイガーデンには、イギリスから運んできたキャプテン・クックの生家がある。静子が、その家の窓が小さいのはその当時のイギリスの税金が窓の大きさによって決まっていたためだと説明すると、ツアー客の一人が、「京都では昔、間口の広さによって税金がかけられたから昔からあるうちも間口が狭いんだけど、イギリスも同じような税金のかけ方をしたんだね。」と笑った。

 その日6時に仕事から帰って留守番電話を調べたが、エリック刑事から何もメッセージは入っていなかった。

 スティーブの居所が分かったと連絡があったのは、その1週間後のことだった。

「すぐ、みつかると思ったのに、意外に時間がかかりましたよ」とエリック刑事が言った。

「それで、もう事情聴取をされたんですか。」

「いや、まだです。それというのも、スティーブは5年前からアメリカに住んでいましてね」

「5年前と言うと、ミスター残酷の最後の犯行が行われた後ですね」

「そうなんですよ。これでミスター残酷の犯行が5年前にとまったということも説明できると、捜査本部は沸き立っていますよ。ともかくスティーブに会って調査する必要ができたので、来週僕がアメリカにいくことになりました」

「そうですか。大変ですね。いつお帰りですか」

「まあ、遅くとも再来週の木曜日には帰ってきますよ」

「それでは、収穫が多いことを祈っています。」と言って、静子はエリック刑事を見送った。

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行方不明(20)

 姑は全部を見終わって、ため息をつきながら、「わかんないねえ。あの頃トニーは仕事が忙しいと行ってほとんどうちに戻ってこなかったし、戻ってきてもぺらぺら自分のことをしゃべる子でもなかったからねえ」と言った。

「そういえば、トニーはメルボルン大学で日本語を勉強していたんですよね。メルボルン大学の日本語の先生がトニーと仲の良かったクラスメイトを覚えているかもしれませんね。」

「そうかねえ。トニーが大学を出たのは7年も前のことだよ。トニーを教えていた先生がもういないかもしれないし、いたって、学生を覚えているなんて考えられないよ」

「でも、それしか方法が考えられませんよ。私、メルボルン大学の日本語科に問い合わせてみます。」

早速静子はインターネットでメルボルン大学の日本語科の主任のメールアドレスを探し出し、メールで問い合わせてみた。翌日返事が戻ってきた。

「お問い合わせのトニー・ジョーンズさんのことですが、私は教えた覚えはありませんが、同僚の橋本美智子が教えた記憶があると言っています。橋本は今週の金曜日ならお会いできると言っています」

静子はこれで何かをつかめる突破口を見つけた思いで、胸が躍り、金曜日が待ち遠しかった。

 金曜日の朝、約束の10時に出かけていくと、橋本は自分の研究室で待っていてくれた。

「私はトニーの妻の静子と申します」

「橋本です。トニーが日本に行ったのは知っていましたが、日本人の奥さんをもらったとは知りませんでした」と40歳代に思われる橋本は微笑んだが、すぐに真剣な顔に戻り、「トニーが殺されて骨になって発見されたと聞いて、驚いています。ご愁傷様です」と挨拶をした。

「どうも」

「トニーを殺害した犯人を見つけるお手伝いができれば嬉しいんですが。トニーはとても真面目で優秀な学生でしたから、よく覚えているんですよ。いつも前の席に座って、少しでも分からないことがあると聞くんですが、時々鋭いことをついてくるので、こちらが冷や汗をかくことがありました。今日は、どんなことをお聞きになりたいんですか」

「トニーがクラスで親しくしていたクラスメイトはいなかったか、お尋ねしたいと思いまして」

「トニーと親しかった学生ねえ。」
橋本は記憶の糸をたどるように、目を細めて考え込んだ。それは
12分のことかったかもしれないが、静子には永遠に感じられた。

「そういえば、トニーはいつもポールと言うオーストラリア生まれの中国人と一緒に座っていましたね。ポールのフルネームはちょっと覚えていないんですが。どうして思い出したかと言うと、クラスでは中国人は中国人でアングロサクソン系はアングロサクソン系で固まって座ることが多いので、トニーとポールのようなコンビはちょっと珍しかったんですよ」

「その人のフルネームと連絡先は分かりませんか」

「フルネームはすぐ分かると思います」と言って、ファイリングキャビネットから古い名簿を出してきた。

「ポール・ジェイハン・フアングですね」と名簿を見ながら答えた。その名前をメモに書き写させてもらった。

「今どこにいるか、ちょっとわかりませんね。もしかしたら大学の卒業生の会に入っているかもしれませんが、ちょっと住所は教えてくれないでしょうね。個人情報は他人に教えてはいけないことになっていますから。」

「そうですね。トニーの友達の名前だけでも分かれば、何かのてがかりがつかめると思います。ありがとうございました」

自分の手で調べられることは限界にきたと感じた。

静子の夢の話を鼻で笑うような態度のエリック刑事に、自分の考えたことを話すのは気がすすまなかったが、エリック刑事に話す以外手がなかった。

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行方不明(19)

 静子は姑と共にトニーの葬式の準備で忙しくなった。葬儀屋に連絡し、新聞に葬儀の知らせを掲載してもらった。普段挨拶程度のつきあいしかなかった近所の人が葬式の後の集まりのサンドイッチなどを作ってくれると申し出てくれ、ありがたくお願いすることにした。姑はトニーの骨は舅の眠っている墓地に埋めたいという。静子はそれに同意した。

 葬式の日は、雨が降っていた。葬儀屋の小さな集会所には人でいっぱいになり、静子を驚かせた。百名ばかりの参列者の半分は、静子の面識のない人たちだった。一人ひとりの悔やみを聞きながら挨拶をしたが、その中にはジョンの父親の顔も見えた。ジョンの父親は「残念だったね」とだけ言って、静子の手を握り締めた。それだけでも、静子は大きな慰めを感じた。元の会社の同僚のリチャードとケイトもいた。ジョンの葬式で会ったトニーの高校時代のグレッグも来てくれていた。葬儀に犯人が来るかもしれないということも考えられるからと、刑事が二人来て、参列者に目を光らせていた。葬式には日本から静子の両親も来てくれた。ただ忙しい中、英語が分からない両親の面倒を見るのは静子にとっては重荷になったが、悲しみを感じる時間が少なくなったのは結果的には良かったのかもしれない。静子の両親はこれを機会に日本に帰るように静子を説得し始めたが、静子はオーストラリアに残ると言い張って両親の説得には耳を貸さなかった。

 葬式も無事に済み、両親が去った後、静子は独りになって初めてトニーの命を奪った犯人に激しい憎しみをおぼえた。警察から事情聴取をされ、トニーに殺意をもつような人物はいないか聞かれたが、静子の知っている範囲では、誰も思い浮かばなかった。姑も聞かれたそうだが、姑も誰も思い浮かばないということで、捜査は暗礁に乗り上げたようだ。その上殺されてから1年半もたっていることも警察の調査を難航させているようだった。

 静子は、弔問客の記帳を見て、お礼の手紙を書き始めた。知らない人も多かったので、姑に手伝ってもらった。

 「これは、トニーのいとこにあたる人だよ」

 「これは、トニーの大学時代の友達」

姑の説明を聞きながら、ふとトニーが日本に来る前に住んでいたという家のことを思い出した。

「お母さん、そういえばずっと前に、警察からトニーが住んでいた家について聞かれたことがありましたよね」

「え、そうだった?」

「ええ、トニーが飛行場のそばにすんでいたことがあるかどうか」

「そういえば、そんなこともあったね。でも、それがどうしたの?」

「今ふと思ったんですが、今度の葬式に、そこに一緒に住んでいた人も来たんじゃないかと思って。もしそうなら、この名簿の中に、その名前があるかもしれないから、お母さんの記憶を呼び起こす助けになるかもしれないなと思うんですけど」

「でも、思い出したからって、何になるっていうの?」

「あの時、どうして警察がトニーの住んでいた家に興味をもったのか、お母さんご存知?」

「いいえ、覚えてないわ。」

「警察の人は『ミスター残酷』の捜査だと言っていましたよ」

「そういえば、昔子供を襲う連続暴行事件があったわね。確か最後の子は殺されたんだったわよね」

「そうだそうですね。私はトニーを殺すほど憎んでいる人なんて、どう考えても思い浮かばないんです。一つだけ考えられるのは、何か事件に巻き込まれたかもしれないということだけなんです。だから、トニーが空港の近くに住んでいた時のことを知っている人を探したらいいと思うんですが、この帳簿の中に、お母さんの思い当たる人の名がないか調べてもらいたいんです」

「そうだねえ」と姑は丹念に帳簿に載っている名前を一つ一つ調べていった。

 
著作権所有者:久保田満里子

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行方不明(18)

トニーが立っていた所には誰もいなかったが、そこから一人くらい通れる小道が奥の方に続いていた。静子は、何も見落とさないぞと言う風に顔をひきしめて、左右と下をゆっくり見ながらその小道を歩き始めた。ライアンは静子の後について行った。
分ばかり歩いた頃、静子は道脇の笹に細い鎖が引っかかっているのをみつけ、手にとってじっと見つめた。一分ぐらい眺めていたのであろうか。突然泣き始めた。
「どうしたんだ。?」といぶかるライアンに、「これ、トニーの鎖だわ」と言った。
「結婚指輪をしないで、いつも私のあげた鎖をつけていたの。確かにこれはトニーのだわ」
顔が真っ青になっていた。

静子はその鎖が見つかった脇道を草を掻き分けズンズン進んでいった。そして一箇所草が周りと比べて伸び悩んでいるのを見つけた。そこを見たとたん静子は背筋がぞくっとしたように、身震いをした。
「トニーはここにいるんだわ」確信を持って言った。
ライアンは半信半疑だったが、「ともかく、シャベルを買ってきて掘ってみよう。」と言って、車のほうに引き返し始めた。静子はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、はっとわれに返り、ライアンの後を追って車に戻った。それから町の繁華街に行き、二人で雑貨店を探してシャベルを買い、鎖のみつかった場所に引き返した。その頃は、もう五
時になっていた。

 草が伸び悩んでいる所は木で覆われているためか、五時でも薄暗かった。1メートルの円形になっている部分をライアンは掘り始めた。掘る作業は思うほどははかどらなかった。周りの大木の根が張り巡らしていて、根を切りながらの作業だったからだ。それでも三十分経つと3センチくらいの穴ができた。それからどのくらいたったのか、二人とも夢中で覚えていないが、10センチくらい掘ったとき、白い骨のようなものが出てきた。二人は、思わず顔を見合わせた。静子の六感はあたっていたのだ。静子の目から涙がこぼれ始め、その場に泣き崩れた。ライアンは信じられないという思いが捨て切れなかったようだ。

「静子、骨がでてきたと言っても、トニーのものかどうかわからないよ」と言ったが、静子はヒステリックに「トニーのものだわ。トニーに決まっているわ」と泣きじゃくった。
「ともかく警察に連絡しなくっちゃ。この骨が本当にトニーのものかどうかも調べてもらわなくちゃ。もしかしたら、犬やカンガルーの骨って言うこともあるからね。」と言った。あたりはすっかり暗くなっていた。泣いている静子の肩を抱いて、ライアンは車に戻り、携帯で警察に連絡した。

 三十分もすると警察の車や報道陣の車が集まり、俄然騒がしくなった。骨の見つかった場所はテープで封鎖され、静子とライアンは警察署に連れて行かれた。警察署に行って、初めて昼から何も食べていないことに気づき空腹を覚えた。警官が親切にハンバーガーを買ってきてくれ、二人とも黙ってぱくついた。警察ではもっぱら静子が事情の説明に当たった。静子の夢の話では聞いていた刑事がにやりとしたのは、刑事も静子の夢をあまり信用していないからだろう。だが、骨が見つかったのは事実である。本当にトニーの骨かどうかを調べるためには、トニーのDNAを調べる必要がある。トニーの所持品か何かないか問われ、メルボルンにいったん戻らなければいけないことになった。その晩は予約していたモーテルに泊まり、翌日早くメルボルンに向かった。メルボルンに帰る道中は二人とも寡黙になっていた。車の中で静子は姑に電話して、簡単に状況を説明した。電話の向こうでは「何てことでしょう。」と姑が絶句し、すすり泣くのが聞こえた。

メルボルンに着いてからは、警官が静子のマンションに来てトニーのDNAが割り出せそうなものを探した。結局、トニーが使っていたヘアーブラシをプラスチックの袋に入れて持って帰っていった。DNAの検査には三日はかかると言われた。静子はトニーだと確信していたが、姑は警察から確定されるまでは信じたくないと言っていた。

 静子にはその三日間は長く感じられた。三日目に待ちに待った警察からの電話があった。思った通り、トニーの骨だった。そして死後一年半を経っているということであるから、失踪してすぐに殺されたようである。死因は頭蓋骨の後頭部がへこんでいることから頭を後ろから鈍器のようなもので殴られたためだと考えられた。警察は殺人事件として調査に乗り出した。

 

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行方不明(17)

 ライアンに住所を教えておいたので、土曜日の朝8時半にライアンが迎えに来た。

 ライアンの車はきれいとは言いがたかった。車に乗ろうと思うと助手席の足元にはコーラの缶が2,3個転がっていた。

「やあ、ごめんごめん。きれいにしておくんだったな。あまり人を乗せることがないので」と頭をかいた。

 車の中の狭い空間がブライトに行く4時間の間に、二人の距離を縮めた。

「ライアンさん、離婚なさったの?」

「ああ、おばさんから聞いたんだよね。うん。高校を出てから、大学に行く気にもなれなくて、スーパーの店員をしたりしててね。同じスーパーに勤めていた子と19歳で結婚したんだけど、結婚10年目にして離婚してしまったよ。」

「どうしてかって、聞いてもいいかしら。」

「ああ。まあ、相手に好きな男ができてね、うちを出て行ったんだよ。よくある話さ。先月別居して一年たったので、はれて離婚できたってわけさ。」

「離婚するのに、1年間別居しなければいけないの?」

「そうだよ。それでなくちゃ、喧嘩のたびに離婚、復縁を繰り返していては、お役所もたまらないだろ?」

「お子さんは?」

「幸か不幸か、子供はできなかったんだよ。だから結構すんなり離婚できたんだけどさ。あんたのほうはどうなんだ?トニーとどうして知り合ったんだ?」

それから静子の身の上話になった。

 ライアンを最初見た時Tシャツにジーパン、イヤリングにポニーテールとヒッピー的な服装だったので警戒したが、気さくな人柄だと分かり、4時間の道のりをほとんどしゃべりっぱなしだった。

途中休憩をしながらのドライブだったので、ブライトについた時は午後1時になっていた。夏だというのに、ひんやりとした空気が流れていた。

 静子はブライトに着くと、すぐにでも湖を見に行きたかった。ライアンも静子の気持ちを察したのか、道端に車を止めて、地図を広げて湖の場所を確かめた。地図を見ると、湖に沿って車道があった。そこを走ることにした。

湖に沿って走ると、田舎だからすいているだろうと思ったのだが、思ったより混んでいた。週末を利用してメルボルンから来た人が結構いるのだろう。前をまっすぐ見ていると、「この先100メートルのところにレジャーボートあり。」の看板を見つけ、胸がドキッとした。

 夢の中では船着場は右手に見えていた。右手に注意をしていると、船着場が見えた。静子は「あった!」と、思わず声を上げていた。夢で見たときと同じような小さな船着場にレジャーボートがつながれているのが目に入ったのだ。

 ライアンは静子の叫び声で思わず急ブレーキを踏んで、「ここなの?」と聞き、静子の頷く顔を見て、船着場のそばにある駐車場に車を入れた。

車を降りて、レジャーボートに乗ってみることにした。30500円。麦藁帽子をかぶった年配のボートの持ち主にお金を払うと、緑色にぬられたボートを引き寄せ、二人が乗ると杭にくくりつけていた綱をはずしてくれた。二人で向きあって座ると、ライアンがオールをこぎ始めた。日差しは強いが、風は冷たく、さわやかだった。夢で見たのはここに違いない。しかし、ここのどこなのだろう。湖の底は見えず、深そうだった。もしも湖に死体を投げ捨てられたら、捜しようがない。そんな思いにふけっていたら、ライアンが、「ここに死体をすてられたらどうしようもないな」と静子の思いを見透かすように言った。

 30分して、ボートを降り、駐車場に向かった。車に乗り込もうとしたときだった。突然後ろで「静子、僕はここにいるよ。」と言う声が聞こえ、振り向くと道路の向こう側の林の中でトニーが手招きしているが見えた。だが、それも一瞬で消えた。思わず駆け出した静子の腕をライアンが捕まえ、「どうしたんだ?」と驚きの声をあげた。
「トニーがあそこに立っていたの。」と言うと、静子の気が狂ったと思ったようだ。ライアンは憐憫の目で静子を見ながら、「ほら、誰もいないじゃないか」と言った。静子はライアンの手を払いのけると、「行かせて!」と言って駆け出した。ライアンはその後を追った。

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行方不明(16)

カフェから見える海は波が高だって見え、サーフィンをする若者が点になって見えた。

 「オーストラリアって本当に大きい国ねえ」美佐子が日差しの強い昼間の太陽を手をかざしてさえぎりながら海を見て言った。

 ウエートレスが持ってきたフィッシュ・アンド・チップスは皿に盛り上がっており、その量に江藤夫妻は圧倒されたようだった。「フィッシュ・アンド・チップスって何かと思ったら、魚のてんぷらのことだったのか」揚げたてのフィッシュ・アンド・チップスをフォークで刺して口にほおばりながら、武雄は言った。「おしょうゆがほしいわね。」と、美佐子が言った。確かに味付けが塩とレモン汁だけは日本人には物足りなく感じられるのだろう。

 その日の午後は船で沖に出て、釣りをして終わった。夜は観光するところもなく、静子は江藤夫妻から解放されて、一人モーテルの部屋に引っ込んだ。モーテルの小さな部屋ではすることもなく、結局テレビを見てすごした。翌日は、朝早く、江藤夫妻を連れて、海辺を歩いた。さらさらの砂は朝早いせいか昼間のように焼きついてはおらず、足に心地よく感じられた。足を水につけると透き通って見え、海水が押し寄せては引いていくたびに足元の砂が崩れていた。時折貝殻を見つけては美佐子は拾っていた。

 帰りに森を車で走っているときだった。夢の中の森と重なって見えたのは。静子は運転手にこの近くに湖があるか聞いた。

「この近くにはありませんよ。もっと北のほうに行くとありますがね」

「その近くを通ってもらうことできないかしら」

「とんでもない。そこに行くにはまた半日かかりますよ」

「なんていう所?」

「ブライトっていう所ですよ」

ブライト。静子はつぶやいて、今度そこに行ってみようと思った。

遠回りをしたため、メルボルンに着いたときは夕暮れだった。時計を見ると9時に近かった。江藤夫妻をホテルにおろした後、静子はすぐにうちに帰った。

 次の休日に、静子は久しぶりに姑のうちに足を運んだ。すると、珍しく先客がいた。姑は静子の来訪を喜んでくれ、そののっぽで金髪の長い髪をポニーテールをした先客の男を紹介してくれた。

「静子、彼のこと覚えているでしょ?トニーのいとこに当たるライアンよ。確かあなたの結婚式にも来たはずよ」

ライアンの顔を見ても、会った覚えはなかった。

「やあ、久しぶりだね」
ライアンは屈託のない笑顔を静子に向けた。

「お久しぶりです」
静子はとまどいながらも挨拶した。

「トニーがいなくなってもう1年以上になるんだって?大変だね」と気の毒そうに言った。

「ライアンさん、以前トニーと親しかったんですか」

「まあね。年が同じくらいだったから子供のときはよくいききしたものだけど、彼が日本に行ってから疎遠になってしまったけれどね」

「それじゃあ、トニーが行ったことのある湖のある森って知らない?」

「え、どうして?」ライアンは不審げにきいた。

一笑に付される危険を覚悟で言った。

「実は、前にお姑さんにも言ったことがあるんだけど、よくトニーの夢を見るの。その夢ではトニーは森の中にいて私においでおいでをするので、もしかしたらトニーは殺されて森の中に埋められているのではないかと、思い始めたの。それで、もしかしてトニーが行った事がある森かもしれないと思って」

ライアンは少し揶揄するような面持ちで言った。

「へえー。夢を見るの?トニーの行ったことのある森ねえ。あまり記憶にないな」

「実は、今度ブライトに行ってみようと思うの。そこに湖があるそうだから」

姑は「あんた、離婚した後、暇ができたんだろ。連れて行ってやりなさいよ」とライアンに言った。

「そうだな。いつ行くつもり?」

「日にちは決めていないんだけど、できるだけ早く行きたいと思っているの」

「じゃあ、次の週末はどうかな、時間があるけど。ブライトって遠いから片道4時間かかるよ。日帰りするのはちょっと無理だから一泊する覚悟で行かなくっちゃ。」

「それじゃあ、来週の週末お願いします。モーテルの予約は私がしておきますから」

話はとんとん拍子で決まった。

その後、姑とライアンと取り留めのない話をして帰った。

次の週末は仕事を入れないでおいた。一週間はあっという間にすぎた。

著作権所有者:久保田満里子

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行方不明(15)

8時半に、お客さんの泊まっているホテルに、運転手のビルと一緒に行った。ロビーで落ち合った客の名前は江藤武雄と美佐子と言った。

「今日のご案内役を勤めさせていただきますジョーンズ静子です。」と言うと美佐子が「まあ、こちらの方とご結婚なさっているの?」と聞いた。
「はあ、そうです。」としか答えようがなかった。

 車が市街地を出ると有料高速道路に入り、それも15分も走ると地方に延びる無料の高速道路になった。そこに入ると、地平線上には山一つ見られない平原になった。
「まあ、山が一つも見えないなんて、さすがオーストラリアねえ。」と美佐子が感嘆の声をあげた。平原の道路わきには白っぽい幹のユーカリの細い木がまるで防風林のように並んで立っている。青い空に枯草の平原を背景に、ユーカリはオーストラリア独特の光景を編み出していた。

「コアラはこのユーカリの葉っぱしか食べないんですよ。時々ユーカリの木にコアラが眠っているのを見られることがあります。コアラは夜行性動物なので昼間は眠っていて動かないので見つけにくいとは思いますが」
静子がそういうと、江藤夫妻は一生懸命ユーカリの木を観察し始めたが、時速百キロで走る車の中からコアラを見つけるのは無理だと、
10分ばかりで諦めた。

 ユーカリの木が見えなくなると、農場らしきものが見えてきた。なだらかな丘陵に牛が群がっている。旱魃が続いているためか、いつもは緑色で埋め尽くされているはずの畑は黄色と化し、牛たちは干草を食べていた。最初は物珍しさに吸い付いたように目を窓に向けていた江藤夫妻も、1時間も同じような風景が続くと飽きたのであろう、今度は静子に質問が集中し始めた。特に美佐子は興味津々な様子で、「静子さんは、どこのご出身?」と静子の個人的なことを聞き始めた。トニーのことを聞かれたら困るなと思っていると、案の定、「ご主人とはどんなふうに知り合われたの?」と聞かれた。ツアーガイドをし始めたときはのらりくらりと答えをはぐらかしていたのだが、いまは適当にでまかせを言うようになっていた。
「こちらに留学していたときに、大学で知り合いました。」
「まあ、留学生だったの?」
「はい、教育学を勉強していました。」
「まあ、すごいわね。」
これくらいの嘘は許してもらえるだろうと、静子は心の中で、ちょっぴり罪悪感を持ちながら答えていた。

 4時間半も同伴すると、静子も江藤夫妻の個人情報をかなり得ることができた。ご主人は大手企業の役員を去年退職。娘さんが二人いて、一人は嫁いでいるがもう一人はキャリアウーマンとして働いており、結婚するようすはないこと。姑さんが認知症にかかり、美佐子は3年間姑の世話で苦労をしたが、その姑も去年亡くなったこと。ご主人は美佐子夫人が姑の面倒をみてくれたことに感謝して、夫人が行きたいと常日頃言っていたオーストラリアに連れて来たのだと言うことだった。仲のよさそうな夫婦を見て、トニーと私もこんな老年をおくれたかもしれないと想像すると、少し気が沈んだ。

 レイク・エントランスに近づくと国立公園に入り、うっそうとした森の中を車が走り始めた。外を見ると、真紅の体に紫色の羽をした美しいインコが車の前を横切った。思わず見とれたが、すぐにガイドの役目を思い出して、「いろんな鳥がいますから、外をご覧になってくださいね。」と言うと、さっそく武雄がインコを見つけて、「ああ、あれ」と美佐子に指差して教え、美佐子も「まあ、きれい。なんていう鳥なの?」と聞いた。静子は動植物の名前には疎く、答えられなかった。カンガルーの絵が描かれた道路標識が見えた。「あれ、どういう意味?」とこれまた好奇心旺盛な美佐子が聞いてきた。「あれは夜になるとカンガルーが道路を横切ってひき殺されることがあるので、カンガルーに注意と言う意味なんですよ。カンガルーを轢くと車体が損傷しますから、ドライバーにとってカンガルーは厄介者なんです」

「まあ、カンガルーてかわいいのに厄介者だなんて」

「今カンガルーの数が増えたので、殺して数の制限をしているんですよ。カンガルーの肉、お召し上がりになりました?」

「えっ! カンガルーの肉、食べるの?」薄気味悪そうに美佐子は聞いた。

それに対して武雄は「カンガルーの肉なんて食べてみたいね。」と、好奇心を募らせた。「脂肪も少なく、体にはよいと言われていますよ。私も一度食べたことがありますが、臭みもなく柔らかくて結構おいしいですよ」と、静子は一度食べた経験を話した。

 森の中の車道を出ると、目の前に広い海が開けて見えた。

「あれが、タスマン海と申しまして、あの海を越えていくと、タスマニア島があります。」

海は、かなり荒れているようで、白い波が幾重にも重なって押し寄せているのが見えた。

レイク・エンタランスに着いた時は、午後一時になっていた。

「お昼ご飯にでもしましょう。」と言っても、レストランはおろか、店も見当たらなかった。静子にとっても初めてのところなので、どこに案内したらよいのか分からない。「観光案内センター」の住所をインターネットで調べてきていたので、まず観光案内センターに行って、地図をもらい、食事をする場所を教えてもらった。レイク・エントランスの繁華街になるところであろうか。海岸線に沿った道脇に10軒ばかり店が並んでいるのが見えた。そのうちの一軒がカフェになっているようで、店の前にテーブルや椅子が出ていた。そこに腰をおろし、メニューを見たが、サンドイッチやバーガーが主で、日本人にとって物珍しいものと言えば、フィッシュ・アンド・チップスくらいだった。海のそばの町なので、新鮮な魚が食べられると思われたので、それを注文した。待っている間、ハエが顔にたかってきたので顔の前で手をふってハエを払いながら話をしなければならないのが、静子をいらだたせた。ハエは人間を恐れる風もなく、口の中まで入ってくるので、下手をすると飲み込みかねない。

著作権所有者:久保田満里子

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