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私のソウルメイト(21)

月曜日は、BT商事に出かけたが、先週のような楽しい気持ちにはなれなかった。先週まではあんなにロビンに会えることを期待していたのに、今日は会いたくないという思いが強くなり、会社に向かう足取りも重かった。コンピュータの前に座り、翻訳を始めても、頭の片隅の嫉妬の炎を追い払うことはむずかしかった。その心の痛みを軽減するために自分に言い聞かせていた。
「あの人と私とは何も関係ないのだから、あの人に奥さんがいても私の知ったことではないわ」
そう思うと同時に「もし私があの人を本当に愛しているのなら、あの人の幸せを願うべきであって、あの人が孤独ではないことをむしろ喜ぶべきことなんだわ。それが本当の愛というものよ」
その二つの理屈をこじつけて私は自分の嫉妬心と戦っていた。またダイアナのことも頭痛の種だった。
仕事は思うようにはかどらなかった。1時の休憩の時間になるとほっとして、会社を抜け出し、近くのお店でサンドイッチとコーヒーを買ってBTの建物の中に入ろうとしたとき、向こうからやってくるロビンを目にしたときは、思わずアッと声を上げ、どこか隠れるところがないかと一瞬周りを見たが、隠れられるようなところはなかった。ロビンは私に気づいたようで、私の方に、微笑を浮かべてまっすぐ近づいてきた。
「やあ、久しぶりだね。元気だった?」
私は、冷静を装うので必死だった。そのため、声は冷たくなってしまった。
「ええ」
「最近、うちの会社でパートで働いているんだってね」
「ええ」
「いや、君が優秀だから、君をスカウトするように人事課に言っておいたんだよ」と冗談とも本気とも思えないように笑った。
「そうですか」
私は、何の感情も表さないように、必死だった。
ロビンは、私のこの態度に少しとまどったようだった。
「それじゃあ、仕事がんばってね」と、不思議そうな顔をして、歩き去った。
彼の後姿を見送って、しまったと後悔の念にさいなまされ始めた。めったに会えるチャンスがないのに、このチャンスを逃してしまった。私の冷たい態度に、ロビンは不思議そうだったが、これで愛想を着かされたかも知らないと思うと、「ばかばかばか」と言いながら、両手をこぶしにして自分の頭を殴っていた。
昼からの仕事も、はかどらなかった。少し仕事が軌道に乗ったかなと思うと、さっきのロビンとの出会いを心の中のビデオで何度も巻き戻してみては、後悔をしていた。もし巻き戻しができるのなら、もう少し素直に嬉しい思いを伝えられたのにと。ロビンの不思議そうな顔を思い出すたびに、自分の馬鹿さ加減を呪っていた。
翌日の日は会社がない日だったので、ドクター・マクナマラに電話して、予約を取り付けた。来週の金曜日の午後2時に会うことになった。その後、京子に会いに、京子のアパートに行った。
京子に招き入れられて、部屋に入ると、家具が全部揃っていて、随分豪華な感じになっていた。一緒に見て回って買った花柄模様にソファーに座ると、すわり心地がよかった。京子はロイヤルアルバートの真っ赤なバラの花模様で金で縁どられた『カウントリー・ローズ』と呼ばれる模様の入ったコーヒーカップにコーヒーを入れて持ってきた。
「家具が揃うと、やっぱりいいわねえ」
「そう、一国一城の主になった気分よ」
「ところで、ドクターに来週の金曜日の午後2時にいく事になったわ」
「うまくいけばいいわね。中には全然催眠にかからない人もいるそうだから」
「そうね。ところで、先週の金曜日、結婚記念日でペティシューに行ったんだけど、そこでロビンを見かけたわ」
「へえー。そうなの」
「あの人、独身かと思ったら、奥さんいたわよ」
「それじゃあ、もとこの恋も一巻の終わりね」
「そんなに、ちゃかさないでよ。それに、今までずうっと会えなかったのに、昨日も彼にばったりあったのよ」
「それで、奥さんのこと何か言ってた?」
「それが、もう奥さんに対して嫉妬心が沸いてきて、彼を見たら本当に憎らしくなって、ついつい冷たい態度をとってしまったの。その後、自己嫌悪に陥っているのよ」
「全くあなたって、純情なのね。もっと恋の駆け引きをしなくちゃ」
「自分でも、なんでこんな融通の利かない性格なのかしらと、恨めしくなるわ。久しぶりに彼を見た瞬間、私の細胞の一つ一つが喜びの声を上げているって思ったわ。それくらい嬉しかったのに、その気持ちを伝えられなくて」
「相手も貴方も既婚者なんだから、それくらいにしていたほうがいいわよ。あんまり深入りすると、どちらも傷つくに決まっているもの」
「そうね。私の理性はそういっているの。でも、私の心は彼を欲している。私の心はいつも揺れているの。だから、この気持ちに早く決着をつけたいのよ」
「それで、退行催眠で、貴方たちがソウルメイトだと分かったら、どうするつもり?」
「それは、そうと分かったときに、どうするか考えることにするわ」

著作権所有者:久保田満里子


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私のソウルメイト(20)

 その晩、私は、なかなか寝付けなかった。あの人は彼の奥さんなのだろうか。そうだと、全然勝ち目はなさそうだった。それに、彼の妻でもない私には嫉妬する資格なんてない。そう自分に言い聞かせていた。
 翌日は日曜日で、ダイアナはうちにいた。私は、ダイアナにレスビアンかどうか聞かなければいけないと言う思いにとらわれ、朝ごはんを食べているときに、思い切って聞いてみた。
「ねえ、ダイアナ。あんたボーイフレンドいないの?いたら、紹介してよ」
「そんなのいるわけないじゃない」
「あら、だって、あなたの友達みんないるじゃない」
「皆って誰のこと? 皆いるわけじゃないわよ」
「じゃあ、エミリーは?」
「いないわよ」
「エミリーとあんた、もしかして、レスビアンなの?」
ダイアナの顔が見る見る固くなると、投げつけるようにスプーンをおくと、席を立って、自分の部屋にかけこんでしまった。
「何も、朝ごはんのとき、そんなことをきくことないじゃないか」とアーロンは非難めいた口調で言ったが、あのダイアなの態度から、レスビアンなことが確定したように思えた。
私はすぐに京子に電話した。私の話を聞いた京子は、いつものようにおおらかだった。
「まあ、親の私たちが、どうこう言って、何もできるわけじゃないわよね。今はイギリスみたいにゲイの人たちも大手を振って結婚できる国もでてきたわけだから、そのうちオーストラリアもゲイ同士で結婚できるようになるわよ。現に最近オーストラリア政府だって、遺産相続なんていう面でゲイのカップルを認めたじゃない。今じゃゲイの人たちでもパートナーが死んだら、自動的に遺産相続ができるようになったじゃない」
「でも、そうなると、うちなんか、孫を抱ける望みがないってことになるわ。お宅にはフランクがいるからいいけど」
「何言ってんのよ。最近レスビアンの人でも優秀な精子を提供してもらって人工授精で子供作っている人だっているわよ。まあ、ビクトリア州では法的に認められていないけど、ニューサウスウェールズ州では合法化されているからね。変な男と結婚して、変な子供を作るよりよっぽどいいわよ」
「でも、まだゲイに対する偏見は強いわよ。私ダイアナには人から後ろ指さされるような人生を送ってほしくないわ」
「まあ、平凡に暮らしていければいいとは思うけど、今社会はどんどん変わってきているからね。10年たったら、また偏見だってなくなっているわよ。考えて御覧なさいよ。あなたと私がオーストラリアに来たころはアジア人に対する偏見って強くって、私たち色々腹立たしいことにであったじゃない」
そう言われてみると、京子はオーストラリアに来て間もない頃、白人のオーストラリア人の少年に道を歩いていて後ろから頭を殴られたことがあったっけ。その理由が京子がアジア人だからだってことだった。その少年は結局少年院に1ヶ月送られたと京子から聞いたことがある。
「今は、アジア人も皆大手を振って、歩けるけど」
そうだ。私が来て20年の間オーストラリアは随分変わった。だからゲイに対する偏見はもっと少なくなって、ゲイの人たちにとって住みやすい世の中になっているかもしれない。確か、ミッシェル・フーコーと言う有名な哲学者が言っていたっけ。核家族が理想になったのは、それが産業社会にもっとも適した家族形態だからだ。昔大家族が普通だったのは人手を要する農耕社会だったからだ。時代または社会機構によって、理想的な家族形態は変わってくるって。だから、将来の家族形態にはお父さん二人の家庭とか、お母さん二人の家庭とかもあったって、不思議ではないのかもしれない。私たちがただ今の家族制度が理想だと洗脳されているだけのことかもしれない。
「それじゃあ、あなたもエミリーとダイアナがカップルになっても、反対はしないのね」
「反対するもしないも、エミリーもダイアナも自分の人生を自分で選択すればいいと思っているわ」
京子も、アーロンと同じようなことをいう。私は自分は結構物分りのいい人間だと思っていたけれど、アーロンや京子と話していると、頭がコチコチの保守的な人間のように思えてきた。
「そういえば、ちょっと聞いてほしいことがあるの。火曜日に行ってもいい?」ときくと、
「勿論よ。じゃあ、待ってるわ」と電話が切れた。
その日はダイアナは私と顔を合わせても目線をそらせて私を避けるようにして、一言も私と口をきかなかった。きのうから落ち込むことばかりだった。ロビンが妻帯者だと分かったこと、そしてダイアナがレスビアンだと分かったこと。何だか将来夢見ていたことが、全て崩れ去っていくようなさびしい気持ちに襲われた。

著作権所有者:久保田満里子

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私のソウルメイト(19)


 私はロビンの会社に行くたびに、ロビンに会えるのではないかとかすかな期待を抱いていくのだが、そのチャンスはなかなか訪れそうもなかった。
2月11日は結婚記念日だったので、フランス料理で有名な「ペティシュー」と言うレストランにアーロンと出かけた。いつも結婚記念日には、カードを贈りあい、レストランに行く。それが二人の長年の習慣になっていた。今年アーロンのくれたカードには、「結婚記念日、おめでとう。ラブ アーロン」とだけ書いてあった。よくアメリカ映画で夫婦同士で『ダーリン』と呼び合い、『愛してる』と毎日のように言っているのを見るが、オーストラリアでは『愛している』を連発する夫婦は少ないように思える。オーストラリアはもともとイギリスの流刑囚によって作られた国だから、どちらかといえばイギリス気質の人が多いせいかもしれない。イギリス人はアメリカ人のように感情をあらわにしない。若い人はともかく、私たちの年代の人はアメリカよりもイギリスの影響を受けている人が多いからだろう。アーロンから結婚してこのかた、面と向かって「愛している」といわれたことはないし、私も言ったことがない。お互い、照れくさいのだ。
 フランス料理のお店は、静かで落ち着いた雰囲気だった。テーブルにはろうそくがともされ、薄暗い店内と、ソフトなバロック音楽がロマンチックな雰囲気をかもし出している。ウエーターに案内されて座った席は窓際の外の通りが見えるところだった。メニューはフランス語で書かれ、英語で説明が書かれていた。前菜として牡蛎を注文し、メインコースには、牛肉のステーキを頼んだ。アーロンの注文した赤ワインが私たち二人のグラスに注がれ、二人で「結婚記念日おめでとう」と言ってグラスをかちあわせた。しかしその後、一体何を話したらいいのか、困ってしまっている自分に気づいた。色々な経験を共有できないのだ。京子の買ったアパートの件、ロビンのことは、アーロンには話せない。それ以外の話題となると、今の自分には話すことがないのだ。アーロンも黙々とワイングラスを傾けている。そうだ、共通の話題があった。それは、ダイアナだ。そこで、思い切って言ってみた。
「ねえ、ダイアナはレスビアンじゃないかしら」
「えっ?どうしてそう思うんだ」
グラスをテーブルに下ろして、興味深そうにアーロンは私の顔を見た。
「あの、年頃の子だったら、ボーイフレンドの一人や二人いても不思議じゃないのに、全然その気配がないし、いつもエミリーと一緒なのは異常じゃない?」
「奥手なんじゃないかないか。それに、レスビアンだったら、何か困ることでもあるのか」
「困ることって、勿論あるわよ。そうなれば私たち、孫の顔を見ることはできないわ」
アーロンは苦笑いしながら、
「今頃は人工授精の技術もすすんでいるからね。優秀な精子をもらって、人工授精をすれば子供はできるわけだから、レスビアンだからって、すぐに孫の顔が見られないと結論付けるのは、おかしいよ。げんに、ペニー・ウォングという女性の大臣だって、自分のパートナーが出産したといって、喜んでいるニュースがあったじゃないか」
「それじゃあ、あなたはダイアナがレスビアンだって、構わないって言うの?」
「僕が構うか構わないかの問題じゃないよ。もしダイアナがレスビアンだったって、僕たちが何とかしてレスビアンをやめさせることができると思うのか。レスビアンは本人が選択して決めることじゃないだろ」
アーロンと議論をすると、いつも彼の理路整然とした議論に負かされてしまう。時々、アーロンには感情と言うものがないのだろうかと思うことがある。
「それも、そうね」
ともかくダイアナに本当のことを聞いて見なければ、今話していることは意味のないことだった。
「仕事のほうはどうなんだ」と、アーロンが聞いてきた。
「そうね。毎日技術翻訳するって言うのは、退屈だわ。あなたのほうの仕事は?」
「今、新しい顧客の開発で忙しいよ。段々競争相手が多くなってきたからな」
「そう」
はっきり言って私には、余りアーロンの仕事には関心がなかった。そこで話題は切れ、また沈黙が訪れた。周りのカップルを見ると、私たちのように黙々とワインを飲んでいる人たちもいれば、楽しそうにおしゃべりを楽しんでいるカップルもいた。
「ねえ、あそこで、楽しそうに話しているカップル見て。きっとあの人たち知り合って間もないのね。だからあんなに話すことがあるのよね」とアーロンに言ったが、アーロンは前菜を食べるので、忙しく、返事をしなかった。窓に視線を移した私は、一瞬心臓がとまるかと思った。窓の外をロビンが美しい女性と歩いているのが見えたからだ。ロビンの連れは、私と同年代の女性で、豊かな胸をあらわにした緑色のドレスを着ていた。そして二人は私たちのいるレストランのドアを開けて、中に入ってきた。思わず、窓のほうを向いて顔を見られないようにした。心臓はまだドキドキしている。しかし、アーロンに私の気持ちを気づかれたくない。私はできるだけ平静を装った。幸いにもロビンたちは私の顔が見えない遠くの席にウエーターに案内された。その後、私も黙りこくなって、食べることに集中した。そして、できるだけ彼らを無視するように努力した。しかし、心の中には嵐が吹き荒れていた。嫉妬と言う嵐が。
アーロンは、私のそんな気持ちに全く気づかないようだった。

著作権所有者:久保田満里子


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私のソウルメイト(18)

 その晩アーロンが、「今度の結婚記念日、どうする?」と言い出して、私は2月11日の結婚記念日をすっかり忘れていたことに気づいた。私達の知り合いで、夫婦とも初めて結婚記念日を忘れていたと笑って話していた人たちが3ヵ月後に離婚したのを思い出し、私たちも危なくなってきたのではないかと思った。結局、結婚記念日になる再来週の木曜日は、フランス料理のレストランに行くことに決め、私が予約を取った。
次の月曜日は、BTのパートの社員として初めて出勤した。万が一ロビンと会ったときのことを考えて、黒いスーツとハイヒールで身を固め、香水をふりかけ、思いっきりのおしゃれをして、出かけた。家から駅まで車で行って、駅の駐車場に車を止め、電車に乗った。メルボルンでラッシュアワーに乗る電車は初めてだった。ここも日本と同じように、電車は込んでいた。おまけに日本の電車にあるようなつり革がないので、乗客は皆捕まる棒のある電車のドアに固まる。だから、奥は空いていても電車に乗れず、電車を一つ見逃さなければならなかった。皆に押しつぶされそうになりながら、ドアの傍の棒にしがみついていると、ハイヒールを履いてきたことが悔やまれた。会社に着いたときは、大仕事をした後のような疲労感を感じた。こんな調子では何日もつかしらと不安になった。
会社では、コンピュータの前に座ったら、誰と話すこともなく、黙々とキーボードを打ち続ける作業を続けた。翻訳の仕事は孤独な作業だ。回りにも社員がいたが、誰も知る人がおらず、昼ごはんも一人で近くのお店でサンドイッチとコーヒーを買って、会社のそばにある公園のベンチに座ってすませた。その日は、結局誰と口をきくこともなく、退社した。勿論ロビンをみかけることもなかった。
 次の日は、京子と約束したとおり、京子のアパートに12時に出かけていった。ドアのチャイムを鳴らすと、すぐに京子がドアから顔を覗けた。
「入って!」と招きいれられた部屋は、前に見に来たときに比べて、一段と大きく見えた。それもそのはずである。家具が入っていないからである。
「家具屋さんは今日配達してくれると言っていたんだけれど、手違いがあったからって、また来週に引き伸ばされたわ」と京子はぷりぷりしている。
「京子さん。何年この国に住んでいるの? お店の人が配達しますとか言っても配達日に来るなんて、奇跡が起こらない限り、この国では絶対ありえないわよ」
「そうね。そこんところ、忘れていたわ」と京子は苦笑いをした。
「まあ、シャンパンを‘持っていたから、一緒に飲みましょ。グラスはあるんでしょ?」
「まあ、グラスくらいは買ってあるわよ」
グラスにシャンパンを注ぎながら、京子は聞いてきた。
「ロビンの会社は、どう?」
「パートの翻訳者だから、会社の片隅に机とコンピュータをあてがわれて、朝から夕方までしこしこ翻訳しているわよ」
「それで、ロビンには会えたの?」
「私も会えるかなって期待していたんだけれど、それが全然だめなの。彼は23階に住む雲の上の人なのよ」
「そうか。じゃあ、後悔してるんじゃない?会社勤めなんか始めて。私はスーパーのパートやめて自由の身になったわ」
二人は話しながら、シャンパンのグラスを持ってバルコニーに出た。バルコニーでは車の騒音が聞こえ、街中なのを思い出させた。
「あなたがうらやましいわよ。まだ後悔をするところまで言っていないけど、多分このままいくと3ヶ月が会社勤めの限度かな。今は新しいことばかりで物珍しいからいいんだけど、慣れてくると、退屈な仕事だと思うわ。だって技術用語って限られているもの。あんまり、チャレンジにはならないのよ。ところで、退行催眠してくれそうな人、見つかった?」
「うん、聞いてきてあげたわよ。どっかの紙に書いたんだけど、、」とハンドバッグの中を探し始めた。
「ああ、あったわ、これ」
手渡された紙には
「Dr. Keith McNamara, 342 Burwood Highway, Burwood」と書かれていた。
「お医者さんなの?」
「そう、精神科医で、退行催眠もやってくれるそうよ」
「精神科のお医者さんなんて、ちょっと抵抗あるなあ」
「もとこさんって、オールドファッションねえ。このストレスの多い世の中で精神科医にかからない人の方が少ないんじゃない。エミリーだって、先日かかったわよ」
「えっ?エミリーが?」
「そう。何に悩んでいたのか知らないけれど」
「何に悩んでいたのかも知らないの?」
「そんなに、親失格みたいな非難めいた口調はやめてほしいわ。そう、分からないけど、どうやら解決したみたいで、最近少し元気になったわ」
私はダイアナとエミリーがいつも一緒にいるところが目に浮かんだ。もしかして、彼女たちはレスビアンなのかなと言う思いが頭を横切った。
太陽の光がぽかぽか顔に当たり、気持ちよかった。
「私、それじゃあ、このマクナマラ先生に連絡してみるわ」
「私もついて行っていいかしら。面白そうじゃない」
「予約が取れたら、教えるわ」
素晴らしいアパートもソファもないので、居心地が悪く、私たちはすぐにアパートを引き上げた。

著作権所有者:久保田満里子


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私のソウルメイト(17)

「ところで、来週の水曜日は私の引越しだからアパートに来てよね。さびしいけれど二人で引越し祝いのパーティーをやろうよ」
「いつになったら、ロベルトにアパートのこと教えるの?」
「多分死ぬまで教えないと思うわ。でも、ちゃんと先日弁護士に会って、遺言を書いておいたから大丈夫よ。私が死んだらアパートは売って、ロベルトとエミリーとフランクの三人で、お金を分ければいいと思っているのよ。それからやっぱりスーパーはやめることにしたわ。だって、スーパーでこのまま働いていたらせっかく買ったアパートですごす時間なんて全然ないじゃない。だから、架空の会社に勤め始めたって言って、給料は私の銀行口座にふりこんでいけば、ばれないと思うの」
「よく、考えたわね」
「そう、そういうことって、私、結構抜け目がないのよ。郵便局で私書箱も作ったから、アパートに関する郵便物は全部私書箱に送るように手配したのよ」
「それで、アパートでどう過ごすつもり?」
「それは、これからのお楽しみ。多分すぐに退屈すると思うけれど、しばらく自由を満喫して、それからまたやることを考えるわ」
「自由を満喫か。最近は、自由もお金で買い取るものなのよね。ダイアナが生まれたときにね、私、自由はお金を出して買うものだと思い知ったわ。だってその頃そんなに気軽に子守を頼めるような人がいなかったから、誰かに頼むとなれば、1時間いくらと子守代を払わなければならなかったしね」
「そうね、私たちが知り合ったのは、エミリーが保育園に行くようになってからだもんね。それじゃあ、また来週ね。火曜日の12時にアパートに来てよ。引越しパーティーをしよう」
「それじゃあ、また来週」
私たちは、カフェで別れた。
 次の日、アーロンもダイアナも出かけた後、いつものように、メールを調べた。
またサイモンからメールが入っていた。
「BTより連絡あり。今度日本からのロボット購入により、説明書の英訳を作る必要があり、週2日のパートの翻訳者が必要となったそうだ。興味があれば、連絡されたし」
BTといえば、ロビンの会社ではないか。またロビンに会えると思うと、胸がどきどきし始めたのを感じ、すぐに、返事を出した。
「引き受けます。雇用の条件はどうなっていますか」
すぐに返事が来た。
「BTに直接連絡して、聞いてくれ」
また、ロビンとのつながりができたと思うと嬉しくなって、私は回りに誰もいないことを確かめて、「ばんざ~い」と両手を挙げて、飛びあがった。
もう縁が切れたかと思うと、またつながりができ、つながりがきれたかと思うと、またそれも復活して、きっとロビンと私はソウルメイトに違いと、私は薄れ掛けていた自信をまた取り戻し始めていた。
サイモンの教えてくれたBT商事の人事課に、メールを打った。
「パートの翻訳者が必要だと聞きましたが、その条件を教えてください」
すぐに返事が来た。
「勤務は週二日で月曜日と水曜日。時給35ドルで、週15時間。年金積み立てとして給料の9%を支給。年休8日。長期勤務特別休暇は勤務期間が10年を超えたところで3ヶ月です」
なかなかいい条件だった。その晩アーロンにパートタイムの話をしたら、すぐに賛成してくれた。
BTに勤めると言っても、ロビンと会える保証はない。しかし、会える可能性は大いにある。そう思うと、浮き浮きした。
早速次の日に、ルンルン気分で履歴書を持ってBTの人事課を訪れた。ロビンに会えるかもしれないと、会社の建物に入って、きょときょとしながら、人事課に行ったが、ロビンには会えなかった。人事課は3階にあるので、23階にいるロビンは文字通り、雲の上の人だった。
人事課の人は、すぐに、勤務の手続きをしてくれた。私は総務課に一応席を置くことになり、総務課に連れて行かれた。人事課の人が、私の直属の上司になる総務課の課長のデイビッド・ミルトンに紹介してくれた。デイビッドは、鼻も目も口も全部大作りの人で、体もズボンから肉がはみ出しそうな肥満体だった。しかし、陽気な人らしく、笑顔で握手をしてくれた。それから部屋の片隅にある机を与えられた。この机は、もう一人のパートと共有するものだそうで、月水が私、火木金と、もう一人のパートが使うということだった。机の上には、コンピューターが一台あるだけだった。机の傍にあるファイリングキャビネットに、必要書類を入れて置くように言われた。来週から勤務開始ということになり、その日は、手続きだけを済ませて帰った。これからロビンに会える可能性のあることに、胸をわくわくさせながら。

著作権所有者:久保田満里子



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私のソウルメイト(16)

 翌日は、京子に付き添って、家具屋を回った。京子はイタリア製の凝ったデザインのある家具が好みのようだった。テーブルや食器入れなどはすぐに決まったのだが、ソファーはなかなか気に入ったのが見つからず、5,6軒のお店を見て回った。京子や私の体型に合うようなものがなかなか見つからなかったのだ。どのソファーも大きすぎて、私たちが座るとソファーに体全体が沈み込んでしまってすわり心地がよくないし、立つときも往生する。6軒目にやっと我々にちょうど合うような小さなソファーが見つかった。その花柄模様のソファーを、京子は来週自分のアパートに送ってもらうように依頼して店を出た。その後二人でカフェーに入って、京子はカフェラテを、私はカプチノを注文した。
「ロビンとは連絡取ったの?」と、京子が聞いてきた。
「とるわけないじゃない」
「まだ、退行催眠に興味を持っているの?」
「勿論よ。退行催眠をしてくれる人誰かいないか聞いてみてくれた?」
「聞いてみたわ。本人は誰も知らないけれど、友達に聞いてみてくれると言ってくれたから、そのうち誰か見つかると思うわ。でも、本当に退行催眠をうけるつもりなの?」
私は黙って頷いた。
「先日あなたから臆病者だと言われて、どうしてなのか、考えてみたのよ。私って父の反対を押し切ってオーストラリアに来たし、アーロンの反対を押し切って仕事も始めたし、特別臆病者なわけではないと思っているんだけど、なぜだか恋愛のことになると臆病になるのよ」
「どうしてだか、わかったの?」
「原因は、母を7歳のときに亡くしたことだと思うの。母は私をかわいがってくれたんだけど、私が7歳のとき、車に轢かれて、突然死んでしまったの。その時、子供ながら自分の人生がひっくり返ったような気持ちだったわ。人を愛しすぎると、その人を失ったとき、どんなにつらい思いをするか身をもって知ったのね。たとえばやかんのお湯で大やけどをすると、やかんに近づくのもこわくなる、それと同じことね。もうこんなつらい思いをするのはまっぴらだと思っていたのね。そしたら無意識に、そういう状況になるのを避けるようになったんだって、分かったわ」
「でも、アーロンとは結婚したじゃない」
「そうなの。でも、今から考えてみれば、アーロンと熱烈な恋愛をして結婚したというわけじゃなくて、アーロンの積極さに負けて結婚したんだと気がついたわ。結婚する前も、してからもアーロンに対しても、一歩距離をおいて見ていたわ。ダイアナが生まれたとき、すごく落ち込んだの。どうしてかっていうと、母が亡くなった時のどうしようもない寂しさがよみがえってきたの。だって、ダイアナが生まれることによって、アーロンとダイアナと切っても切れない絆ができたと思うと、またアーロンとダイアナとの別れが来た時に、母が亡くなくなった時のあの孤独感をまた味わわなければいけないと思うと、落ち込んでしまって泣いてばかりいたわ」
「ふーん。あんたにとってお母さんの死がいまだにトラウマになっているわけだ」
「そうだと思うの。だから、ロビンに対しても積極的になれないの。でも一方で、自分の気持ちに素直になったらと思うことがあるし。京子さんのように自分の気持ちに素直に生きれたら、どんなに素敵かと思うんだけど」
「えっ?私がうらやましい?私はあんまりあんたのように自分の気持ちがどうだとか考えたことないわ。私はあんたのほうが羨ましいわ。もうこの年になったら誰かに心ときめかせるなんてことないもの。まだ誰かを好きになれるあんたのほうがよっぽど羨ましいわよ。私が胸がときめくのは、懸賞に当たったときぐらいのもんね」と言って、京子はニヤッとした。
「もう、実際にロビンに会うこともないと思うの。でも、いつも彼のことが心の片隅について離れない。何とかその気持ちの整理をしたいだけよ。それに、たとえ彼が私のソウルメイトだと分かったとしても、もう今生では一緒になることはないと思うけど、次に生まれたときは一緒になりたい、そういう気持ちなの」
「ふうん。つまり、結論は先に延ばすというわけだ。でも、人生短いんだから自分の気持ちに正直になってもいいと思うんだけどね。やっぱりあんたは臆病者だわよ」
「そうね」私はさびしく笑った。

著作権所有者:久保田満里子



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私のソウルメイト(15)

 うちに帰ると、電子メールを開いてみた。最近サイモンからなんの連絡もなく、仕事がしばらく途絶えていたが、またサイモンからのメールが入っていた。今度日本の精肉会社の社長の跡取り息子が、精肉工場の見学に行くので、その通訳をしてくれと言う依頼だった。精肉工場と言うのは、余り気がすすまなかったが、好奇心も手伝って、「やります」と返事をした。
 翌日の10時、指定のホテルにその跡取り息子を迎えに行くと、ダイアナと余り変わらない年の男が待っていた。まだ大学の3年生だそうで、名前は山下守と言った。背は余り高くないが、がっちりした体格で精悍な感じがした。将来の社会勉強のためにオーストラリアに行って精肉工場を見て来いと父親から言われて来たということで、物怖じするところが全く見られず、社長の息子としての自信のようなものがうかがえた。タクシーで、工場に向かう途中、それだけのことが分かった。
 目指した工場は、町外れの人家の見られない、草原の中にあった。その理由はすぐに分かった。屠殺するためにつれて来られる牛や羊を満載したトラックが、ひっきりなしに出入りするからだ。こんな工場の傍に家を建てたいと思う人はいないだろう。私は、屠殺の現場に案内されたら卒倒するのではないかと、タクシーを降りたとたん不安に陥れられた。私たちを出迎えたのは、50代前半と思えるイタリア系の出身と思われる工場長だった。工場長が、屠殺場の方に行かず、肉の処理工場に向かったときは、私は内心ほっとした。私の様子をにやにやしながら見ていた山下は、「僕、もう屠殺の方はシドニーで見てきたので、今日は、肉の処理だけを見せてもらうようお願いしていたんですよ」と言った。しかし肉の処理工場も、余り気分のいいものではなかった。工場の建物に入ったとたん、血と肉の腐ったような強烈なにおいが鼻をついた。私は思わず手で鼻をつまんで、顔をしかめた。しかし山下も工場長も、においは余り気にならないようで、何事もないように、話を続けた。
「ここでは、毎日500頭の牛を処理しています。この工場では50名の従業員がいまして、朝7時から始業し、午後3時には仕事を終わります。」
「この隣の棟で、牛を射殺して、その後、それぞれの部分を切り取り、シュートで落としてきます。ここでは、牛の舌をシュートで落としてくるので、落とされてきた舌を切り取って箱に詰め込む作業をしています」
 最初に工場長が案内してくれたセクションには、私と同年代と思われるおばちゃんたち10名が、白い制服に白いエプロンをつけ、頭には白いキャップをかぶって、楽しそうにおしゃべりをしながら、舌のよけいな部分を切り取っては箱に入れていっていた。私は吐き気がしそうなのを我慢することで精一杯だった。この強烈な肉の腐ったようなにおいと、牛の舌のべろっとした感触に何の抵抗も感じないようなこのおばちゃんたちが違った星の住民のように思えた。
 次は、頭や足を切り取られ、皮をはがされて肉の塊だけになった牛の胴体が、フックに吊り下げられ、コンベアでゆっくり回っているところに案内された。ここでは、肉を切り取る作業をしているのが、これはかなりの体力を要するためか、このセクションの作業員は全員男であった。ここの作業員も白いコート、白いキャップと、白尽くめの制服を着ていたが、その白い制服も全員血が飛び散って赤くなっていた。ここでは楽しそうなおしゃべりをする光景は見られなかった。皆それぞれ自分の前に回ってきた牛の胴体から自分の割り当てられた部分の肉を黙々と切り取っていた。
 通訳の仕事自体はたいした労力はいらなかった。肉の部分の名前を英語と日本語で頭に叩き込んできたのだが、山下は専門用語にはなれているとみえ、たいして訳すこともいらなかった。しかしうちに帰ったとき、精神的にぐったりしたのは、あの強烈な牛の死体のにおいのせいだった。その晩、アーロンがステーキを焼いたが、私は見ただけで吐きそうになり、食欲がないと、すぐに寝た。その晩、あの楽しそうにおしゃべりしているおばさんたちの手元の牛の舌が脳裏について離れなかった。そして、ドフトエフスキーの小説にでてきた一文を思い出した。
「人間はどんなことにでも慣れることができるものだ」

著作権所有者:久保田満里子

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私のソウルメイト(14)


「その男の人、前世でその女の人と結婚の約束をしていたんだけれど、戦争に行って死んでしまうの。それで、結婚の約束を果たせなかったんだそうだけど、そのためにその女性に惹きつけられたんだって言うことよ」
「そんなことが分かった後、その男の人、奥さんと離婚して、その女の人と一緒になったの?」
「ううん。今生では、離婚をすることは奥さんに多大な苦しみを与えるだけだから、次の人生で、一緒になろうとその女の人と約束して、別れたということよ」
「ふーん。ソウルメイトだからって必ずしも結婚するとは限らないんだ」
「そうらしいわよ」
「私も、どうしてロビンにこんなに惹きつけられるのか、彼と私の間に前世でどんなことがあったのか、知りたくてたまらないのよ」
「つまり、もとこさんも退行催眠を受けてみたいってわけ?」
「そう。誰か退行催眠してくれる人、知っている?」
「そのバイト先の知り合いに聞いてみてあげるわ」
「ありがとう、お願い」
「それで、もし、彼とあなたが深い因縁のある人だと分かったら、もとこさんどうするつもり?アーロンと別れて、ロビンと結婚するつもりなの」
「そこまで考えていないわ。日本から帰って、彼から一度も連絡がないし、最近なんとなく、すごい片思いなんじゃないかと思うようになったわ」
少し沈んだ気持ちになって、私はうつむいて言った。
「私だったら、彼のうちに押しかけて、自分の気持ちを伝えて、相手がどう思っているか、問いただすんだけど、あなたって臆病なのね。彼に拒絶されるのが怖いんでしょ?」
京子は揶揄するように言った。
「私のこと、よく知っているじゃない」
私は苦笑いした。
「それにね、たとえ彼が私のソウルメイトで彼も私のことを好きだったにしても、私にはアーロンもダイアナもいるし、ことはそんなに簡単にハッピーエンドというわけにないかないわ」
「もとこさんは一体アーロンのことをどう思ってるの?」
「何にも。まあ、空気のような存在ね。傍にいても嬉しいって気持ちもないし、惰性で一緒に暮らしているようなものね。でも、彼やダイアナを悲しませるようなことはしたくないの。時々彼でなくロビンが傍にいてくれたら、なんて思うことが時々あるけど」
「ふーん。恋するもとこちゃんっていうわけね」
京子は笑いながら言った。
「ところで、私のアパートやっと来週、引渡ししてくれることになったわ。だからこれから、アパートの家具なんか少しずつ買っていかなくてはいけないわ。買い物についてきたくれない」
「勿論いいわ。まだロベルトは何も感づいていないの」
「ぜーんぜん。まあ、アパートが使えるようになって、アパートですごす時間が多くなってくると、要注意だと思うけど」
 そして、京子は腕時計に目を落として、
「まあ、もう5時ね。帰らなくちゃ。今日はロベルトの誕生日なのよ。だからバースデーケーキでも作ろうかと思っているのよ」と、あわてて帰っていった。ロベルトに対する愚痴をいつも聞かされているが、彼女のそそくさと帰っていく後姿を見て、なんだかんだと言っても、彼女はまだまだロベルトを愛しているのだと思った。

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私のソウルメイト(13)

 クリスマスの次の日のボクシングデーは、我が家では毎年デパートの安売りに出かけて、5割引とか6割引の洋服や食器やシーツなどを買いあさるのが行事になっている。今年もアーロンと二人で出かけて、一年分の下着類やワイシャツや靴下、ストッキングなどを人ごみにもまれながら買い占めた。しかし、どこにでかけても、常に私の心の片隅にロビンが住み着いていた。食器を見ながらも、視線は半分人ごみを見ている。もしかしたら、ロビンに会えるのではないかと、はかない望みをかかえながら。しかし、どこに視線を移しても、ロビンの姿は見えなかった。私の心の中には大きな穴が空いて、ロビンに会いたいと思う気持ちが日増しに強くなっていった。
 クリスマスの休暇は1月1日まであり、うちにはアーロンとダイアナがいた。だから、一人でふらふらロビンの家に行くことはできなかった。人が傍にいてもさびしいということをこのとき知った。私は、することもなく、アーロンの両親がくれた「前世療法」の本を手にとって見た。最初気乗りのしなかったこの本に、私は、読み始めると、ぐんぐん引き込まれてしまった。筆者のブライアン・ワイズ博士は精神科医。その本には次のようなことが書かれていた。ワイズ博士が水恐怖症の女性に退行催眠をかけたところ、彼女が水恐怖症の原因を作った前世を思い出したというものだ。その前世ではその女性は、洪水に襲われ、水に押し流されて死んでしまい、その時の水に対する恐怖感が潜在意識に残っていて、今でも水がこわくてたまらないのだという。それが分かったところで、水に対する恐怖がぴたっとなくなってしまったというのだ。前世はある、という話自体は、仏教の輪廻を信じていた私には大して衝撃的なことではなかったが、その本に書いてあったソウルメイトがいると言う話は、衝撃的なことだった。私がこんなにもロビンにひかれるのは、彼が私のソウルメイトだからだろうか。そう考え始めると、私はその晩眠れなかった。一体ロビンは私にとって、どういう意味がある人なのだろうか。仏教では袖振り合うも他生の縁というではないか。私は冷静にどうして彼にこうも惹かれるのか、考えてみた。彼は大会社の社長でお金も権力もある人だ。だから、彼に惹かれるのだろうか。でも、世の中には彼よりもお金や権力を持っている人はわんさといる。今までそんな人たちに心を惹かれたことは全然ない。反対に、お金や権力に振り回される人を軽蔑してきたのではないか。外貌からすると、客観的に見てアーロンのほうがよっぽど魅力がある。私は前世で彼と会ったことがあるのだろうか。今のところ、私の思いは片側通行で、ロビンの気持ちは全然分からない。彼に会いたいと心底から思った後、すぐに彼とソウルメイトだったと考えるのも荒唐無稽だという思いがいつも襲ってくる。私の心はその二つの感情の流れに揺らいでいたのだ。
 私はどうしても今の私の気持ちを聞いてもらいたくて、1月2日にアーロンが出勤した後、京子と町のカフェで待ち合わせをした。
「ねえ、ソウルメイトっていると思う?」と私が切り出すと、京子はびっくりしたように、
「急に、何の話?」
「いえね、クリスマスのプレゼントにアーロンの両親から『前世療法』という本をもらったの。それによると、人間は何度も生まれ変わってくるのだけれど、いつも一緒に生きる縁の深い人がいるというのよ。それをソウルメイトと言って、普通、親子とか夫婦とか、兄弟とか、それに親友と言った形で現れてくるんだそうだけれど。最近ロビンのことを考えることが多くて。一体どうして私は彼に惹かれるんだろうかと思っていたので、その本を読んで、彼は私のソウルメイトなのではないかと思い始めたのよ」
「なんだか、ニューエイジの人みたいなことをいうのね」
「ニューエイジって何?」
「特別な宗教は信じないけれど、宇宙には法則があって、それが神だと思っている人たちよ。その人たち、輪廻転生はあるって信じているみたいよ。私のバイト先にもそういう人がいるわ」
「ふーん」
「ソウルメイトと言えば、その人が貸してくれた本に、面白い話が載っていたわ。愛妻家で有名だった人が、ある日パーティーで出会った女性に夢中になってしまったんだって。そこで、離婚されそうになった奥さんが自殺しかけて、その人は離婚をあきらめたそうなんだけど、その人、どうしてその女性にそんなにもひきつけられるのか分からなくて、精神科医のもとを訪れたんだって」
「もしかしたら、その精神科医、退行催眠をその人にしたんじゃない?」
「えっ?その本、もとこさんも読んだことがあるの?」
「ううん。実は私が読んだ前世療法と言うのが退行催眠を使って、水恐怖症の人を治療した話なので、その精神科医も退行催眠をつかったんじゃないかと思ったの。もしかして、それ、ブライアン・ワイズっていう人が書いた本じゃない?」
「作者はよく覚えていないわ」
「それで、どんなことが分かったの?」

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私のソウルメイト(12)

12月に入ると、京子も私も俄然忙しくなって、会えなくなった。クリスマスプレゼントを買ったり、クリスマスカードを送ったり、クリスマスツリーを飾ったりと、クリスマスの準備に追われてきた。京子と私はお互いの秘密を電話では話さないことにしていた。いつ何時、家族に聞かれるか分からないからだ。
 ある晩、クリスマスプレゼントも包み終わって一息し、アーロンと一緒にテレビを見ていると、インド人の女性の心理学者が男女の愛について説明していた。
「男女の愛には3種類あります。情熱の愛。ロマンチックな愛。そして老夫婦がもつような慣れ親しんだ愛です。情熱の愛は、すぐに燃えてすぐにつきる愛です。ロマンチックな愛は、せいぜいもてて1年半。一番長続きがするのが、慣れ親しみの愛です」
 それじゃあ、アーロンに対する私の愛は慣れ親しみの愛で、ロビンに対する愛はロマンチックな愛と言えるのだろうか。それでは、ロビンに対する関心も1年半経てばなくなるということか。
私は最近ロビンのことを思い出しては、ぼんやりすることが多くなった。ロビンの笑っている顔、さびしそうな顔。忙しい時間の合間を縫って、ロビンのそんな顔が頭に浮かんでくる。
クリスマスの日、アーロンの両親をよんで家族で一緒にアーロンが焼いてくれた七面鳥などのクリスマスディナーを食べた時も、ロビンは今日はだれと食事をしているのだろうかと考えていて、アーロンの言った事を聞いていなかった。
「おい、どうしたんだ?」
「えっ?何か言った?」
「僕の言った事をきかなかったの?食事が終わったら、プレゼントの交換をしようよ。」
「そうね。そうしましょう。」
私は、ロビンのことを考えていたなんて悟られないように、慌ててクリスマスツリーの下に置いていたプレゼントをテーブルに運んできた。
ダイアナが
「お母さん、最近変だよ。ぼんやりしていることが多いんだもの」
「そんなことないわよ。ちょっと最近忙しかったので、疲れているだけよ」とどぎまぎしながら答えた。
 クリスマスのプレゼントの交換は、何歳になっても、楽しいものである。私はダイアナに服を買ってやりたかったが、ダイアナはいつも私の選ぶ服を気に入ったためしがなく、買ってやっても一回も手を通さないことが多いので、最近は商品券をプレゼントしてあげることにしている。アーロンには、ポロシャツを買ってあげた。アーロンのお母さんには、磁石のついたネックレスをプレゼントし、お父さんにはウイスキーをプレゼントした。皆それぞれ喜んでくれた。私は、アーロンからブローチをもらい、ダイアナからはウエッジウッドのコーヒーカップをもらった。アーロンの両親からは本をもらった。本の題を見ると、「前世療法」となっていた。アーロンの両親はスピリチュアルなことに興味をもち、よくこういった類の本を読んでいるみたいだが、こういった本をプレゼントされたのは初めてだった。
 アーロンは両親のスピリチュアルな話を馬鹿にしていた。だから、アーロンの両親は、うちに来てもそういった話をしない。アーロンの両親に初めて会ったとき、「あなたは、どんな宗教を信じているの?」と聞かれた。その時、キリスト教といわなければ結婚に反対されるのかと思ったが、正直に「仏教です」と言うと、二人ともうれしそうな顔をして「それじゃあ、輪廻って事も信じているの?」と聞かれた。「はあ、そうです」と言うと、ますます嬉しそうな顔をされ、私はきょとんとしてしまった。その後「私たちも輪廻を信じているのよ」と言われて、この人たちはもしかしたら、変な新興宗教にはまっているのかと内心思った。私の仏教に対する信心と言うのは、一般的な日本人が持っている、習慣のようなもので、仏教の教えは何かと聞かれても、答えられないような底の浅いものだ。今日もらった「前世療法」もそういった類の本だろうと想像がついた。


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