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百済の王子(19)

セーラは後ろ盾の蘇我蝦夷を失った 豊璋の身が心配になってきた。
「 それでは豊璋様も、中大兄皇子様に危害を加えられそうなのですか?」
「いや。私にまでは危害をくわえはしまい。私を殺せば、それこそ、百済と倭は戦争に陥る。中大兄皇子は頭のい良いお方だ。そこまではなさるまい。これはあくまでも国内での政権争いであろう」
それを聞いてセーラは安心した。
「今日は、何についてお話しましょう?」とセーラが聞くと、
「今日は、オーストラリアの話を聞くために呼んだのではない。そなたも異国の地に一人で投げ出され、心細い思いをしているであろう。今日は同じ異国の地に住むものとして、余の愚痴をきいてもらいたいと思っただけだ」
そう言われて、セーラは嬉しくなった。ここでは心許せる人が一人もいない。本当のことを打ち明けようにも、相手がどんな受け止め方をするかによって命が危ないと一人秘密を抱えたまま、悶々としてセーラに、一人心許せる人ができたような気持ちだった。そうは言っても、自分が21世紀の国から来たと言うことは信じがたいことだろう。まだそんなことは打ち明ける訳にはいかない。
「禅広様は、どうされています?」
「禅広は、宮殿には呼ばれていなかったので、目の前で入鹿殿の最後を見届けたわけではないので、私ほどの衝撃は受けてはいない。しかし大きな後ろ盾を失ったことに、不安に陥っているのは、我と同じだ」
「 豊璋様は、大海人皇子と親しくされているのでしょう?だったら、心配ないのではありませんか?」
「大海人皇子と中大兄皇子は、お二人とも父君は舒明天皇、母君は今の皇極天皇と名門中の名門の方々だが、蘇我入鹿が母君をないがしろにすることに憤りを感じていらしたようだ。この度の暗殺には大海人皇子はかかわっていらっしゃらなかったと言うことだ。これで、中大兄皇子は、倭国の一番の権力者になられ、大海人皇子は兄君の補佐をされるということだ」
「ということは、皇極天皇には、なんの権力もないのですか?」
「女の天皇だ。政に補佐がいるのは当然のことだ」
セーラは 豊璋の男尊女卑の態度に、カチンと来た。
「女だからって、政治ができないということはないでしょ?」
セーラの強い口調に、 豊璋は驚いたようだ。
「女でも政ができるとでも思うのか?女が政に貢献できるのは、神のご信託を受けることくらいだ。それでは、お前の国では、権力を握った女がいるのか?」
セーラは胸を張って答えた。
「ええ、いますよ。オーストラリアでは、ジュリア・ギラードという女性が、この前までは総理大臣、権力のトップでしたよ。それに、エリザベス女王だって女性だし」
「ふうん。それでは、そなたも権力をもとうと思えば持てるというわけか?」
「そうですよ。でも、私は権力なんかちっともほしいと思ったことはありませんけど」
「それは、そちが女人だからであろう。男ならだれでも権力を持ちたいと思うものだ。権力をもたぬ者は、いつ殺されるか分からないからな」
「そんな…」
セーラは 豊璋との話が終わって自室に戻ると、 豊璋との感覚の違いを思い知らされた気がした。この時代は、どうやら人間でも権力のないものは犬猫と同じように、いつ殺されても文句を言えない時代のようだ。生き延びるためには、だれが権力を持っているか見極めることが必要なようだ。

著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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