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百済の王子(21)

セーラは、豊璋が呼んでいると下女から伝えられると、豊璋から呼ばれるのを今か今かと待っていたかのように、そそくさと豊璋の部屋に行った。部屋には豊璋一人しかいないものと思っていたら、いつか会ったことのある大海人皇子が一緒にいるのを見て、少し驚いた。
セーラが部屋に入って、下座に座ると、先に声をかけたのは、大海人皇子だった。
「息災にしていたか?」と、言われたが、「息災」などという言葉はセーラには初めて聞く言葉だったので、ぽかんとしてしまった。大海人皇子は、セーラが答えないのを気にも留める風がなく、
「なかなか着物も、似合うではないか」と、セーラの着物姿をじろじろ眺めながら言った。その時、セーラは茶色の麻の着物に、紫色の帯をしていた。帯と言っても、幅5センチくらいの紐と言ったほうが適切なような代物である。
「何かお前の国の面白い話を聞きたくて、豊璋殿にお前を呼んでもらった。そう言えば、お前の国では、王は、どのように決まるのだ」
どうやら、今日本では次の天皇を決めることでもめているのかもしれないと、セーラは察した。 豊璋にも話したことを繰り返して言った。
「私の国の王といえば、今はエリザベス女王です。代々、王家の長男があとを継ぎますが、長男でも、王位を継がない人もいます。たとえば、エリザベス女王の叔父さんは、離婚をしたことのある異国の女性を好きになり、彼女との結婚を皆に反対され、彼女と結婚できないなら、王位はつぎたくないと言って、弟に王位を譲ったのです。その弟と言うのが、今の女王の父君です。つまり、今の女王は、本来なら女王になるはずがなかった方ですが、叔父さんが王位を辞退したために王位をついだのです」
「なに?好きな女のために王位を捨てた男がいるのか、お前の国では」
「そうです」
これには大海人皇子だけでなく、豊璋も信じられないという顔をした。
「王になるためには、人を殺したりだましたりするのが世の常なのに、お前の国には酔狂な男もいるのだなあ。で、今は女王だと言ったが、女王の側近が権力を握っているのであろうな」と言った。
「どんでもない。女王は政治には口をはさみません。権力を与えられるのは、国民に選ばれた首相です。その首相も4年ごとに選ばれ、一生首相で終わる人なんていません」
「首相と言うのを選ぶのは、勿論貴族や豪族たちであろうな」と大海人皇子が続いて聞いた。
「とんでもありません。18歳以上なら、男であれ女であれ、金持ちとか貧乏人とかにかかわりなく誰でもが選べますし、また政治家になりたかったら、誰でも立候補することができます」
「ますます理解不可能な国だな」と大海人皇子がうなった。
それから30分くらい話した後、大海人皇子は、「今日はなかなか面白い話をきかせてもらった。お前はなかなか面白いおなごじゃ」と、言い残して、帰っていった。
大海人皇子といるときは一言も口をはさまなかった豊璋は、セーラと二人きりになると、
「今日は疲れたであろう。そなたも休め」とセーラをねぎらってくれた。
セーラは好奇心を隠し切れず、豊璋に聞いた。
「今、天皇の後継者のことで、もめているのですか?」
「そうらしいな。舒明天皇の第一皇子、古人大兄王子と、皇極天皇の実弟、軽王子の二人の候補者がいるが、皇極天皇もどちらにするか決めかねておいでのようだ」
「古人大兄皇子は、皇極天皇のお子様ではないのですか?」
「私も古人大兄皇子にお会いしたことはないが、古人大兄皇子の母上は、蘇我蝦夷の妹なので、朝廷から蘇我氏の勢力を一掃しようとしている中大兄皇子が、反対されることだろう。それに、皇極天皇にとっては継子になるし、皆軽王子があとを継がれる可能性が高いと思っておるようだ」
「そうですか。大海人皇子は舒明天皇と皇極天皇のお子様ですから、皇極天皇を継がれることは考えられないのですか?」
「それは、ないな。大海人皇子には実の兄上がおいでなのだ。中大兄皇子と言って、なかなかのやり手で、蘇我氏を滅亡させた方だから、いずれは、その方が天皇になられるであろう」
「そうですか?倭国の政治のことが面白くなってきました。私が自分の国のことを話すばかりでなく、私にもこの国のことを教えてください」とセーラが甘えようにねだると
「政治に興味を持つとは。そなたは不思議な女だな」と 豊璋は、まんざら政治好きの女が嫌いなふうもなく、微笑んだ。
 

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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