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謎の写真(3)

柳沢は、しばらく腕を組んで考えていたが、はっとしたように言った。

「そういえば、背広にバッジをつけていましたね。なんのバッジだったかなあ」

そこで沈黙が訪れた。良子もバッジをつけるような仕事ってなんだろうと頭を巡らせた。そういえば、議員は、バッジをつけているなと思い

「たとえば議員バッジとか」と言ってみた。

「議員のバッジじゃなかったですねえ。もっとカラフルな感じだったなあ」

またまた良子は宙に見据えて、頭を巡らせた。

『そういえば、私の好きなNHKの法律相談のコメディー風の番組で出てくる弁護士がいつもバッジを胸につけているわね』

「もしかしたら、弁護士バッジではありませんか?」と聞くと

「そういえば、弁護士さんもバッジをつけますよね。でも、実際に見たことがないから、わからないですね。弁護士のバッジって、どんな物なんでしょうかねえ」と言うので、

良子は早速スマートフォンを使って弁護士バッジを検索した。

そこには、こう書かれていた。

「通常のものは純銀製で金メッキが施されているが(使い込まれたことによってメッキが剥げた場合、あるいは故意にメッキを剥がした場合には、地金の銀が見えてくる)、本人の希望により純金製のものが交付される。表面は、16弁のひまわり草の花の中心部に秤一台を配したもので、花弁の部分は金色、中心部地色は銀色である。裏面には「日本辯護士連合會員章」の文字、及び登録番号が刻されている。」

良子がそこに書いていることを読み上げると、

「さあ、どうだったかなあ」と、柳沢は、よくわからないと言ったふうである。

そこで、『バッジ』とだけ入力して検索すると、次から次へとバッジの写真がでてくるので、良子のほうがびっくりしてしまった。

代議士は菊の紋章だということくらいは知っていたが、弁護士を始め、検察官、裁判官、弁理士司法書士、海事代理士、土地家屋調査士、行政書士、公認会計士、税理士、保育士等などがあり、その画面を柳沢に見せると、柳沢の目は検察官のところで止まった。

そして「これだ、これだ!」と言うので、良子が見ると、

それは、白い花びらのような物が三枚重ねに上下左右とあり、白い花びらの間にはこれまた金色の花びらのような三枚重ねが背景になっている。真ん中はルビーのような赤い石が入っていて、かなり目立つ。

「その人、検察官だったんですか」

「どうも、そうらしいですね」

良子は、こんなに早く対象を絞れる手がかりが見つかるとは思わなかったので、思わず「よかった!」と声をあげた。良子の声に、周りの客が良子の方を見たので、慌てて口をおさえた。

「検察官なんて、そんなにたくさんいないから、調べやすいですね」と、柳沢も少し興奮気味に言った。

「それじゃあ、早速検察庁にあたってみますね。ご協力、ありがとうございました」と、良子は柳沢に頭を下げた。

柳沢は、「じゃあ、僕はこれで」と、コーヒー代をテーブルに置こうとしたので、良子は「ここは、私達で払いますので」と言うと、柳沢はにっこりして「じゃあ、ごちそうになります。もし、写真の女性のことがわかったら教えて下さい。面白い記事が書けるかもしれませんから」と、新聞記者らしいことを言って、席を立った。

柳沢がいなくなったあと、良子はまたスマートフォンで検察庁を検索した。それまで良子は検察庁のことをあまり知らなかったのだが、スマートフォンで得た情報によると、

名古屋には、高等検察庁、地方検察庁、区検察庁の3つがあり、すべて、名古屋城の近くのビルにあった。

「シャーリー、電話をかけるより、実際に検察庁に行ってみない?運が良ければ、前島さんに会えるかもしれないわ」と言うと、シャーリーは賛成をした。

「名古屋城の近くにあるみたいだから、検察庁に行ったあと、名古屋城の見学をしましょうよ。とは言え、名古屋城って、コンクリートでできた建物で、姫路城ほどの風情はないけれど」

「それいいわね。私、名古屋って初めてなのよ。名古屋見学もできるなんて、嬉しいわ」と、ふたりとも、もうすぐ前島に会えそうだと、心も軽く、名古屋検察庁に向かった。

名古屋検察庁の建物に入り、受付嬢に、前島豊検事にお会いしたいと言うと、受付嬢はけげんそうな顔をして、言った。

「前島豊ですか?そういう名前の検事はおりませんけど」

良子は、驚いてシャーリーの顔を見て、

「前島豊という人はいないって」と言うと、シャーリーも「えっ?」と言って、思わず二人は顔を見合わせた。途方にくれて、しばらくその場に立っていたが、受付嬢に用事があるような人が来て、良子たちの後ろに立ったので、その場は一時退散することにした。

「どうしたんだろう。前島豊って、偽名だったのね。でも、どうして偽名を使う必要があったのかしら?」

良子の疑問はだんだん膨らんできた。

「良子、これからどうすればいいかしら」

心細そうにシャーリーが言った。

「その人、検察官なのは間違いないと思うの。だって、身元を隠したがっている人間が、わざわざ検察官のバッジを誰かに借りてまで、身に付けるはずないわ」

二人で、これからどうすればいいかを考えていたら、突然良子が

「そうだ!似顔絵があるわ」と言い出した。

「似顔絵をどうするの?まさか玄関で一日中彼らしき人を見つけるまで見張っているつもりじゃないでしょ」

「そんなことしなくても、受付嬢に見せて、どの検察官に似ているか、聞いてみるのよ」

「それは、グッド アイディア」と、シャーリも同意した。

二人はすぐに受け付けに舞い戻って、

「あのう、こんな顔の検事さんはいませんか?」と言って、柳沢が描いた似顔絵を受付嬢に見せた。

すると、すぐに反応があった。

「ああ、この方なら、田辺検事ですね」

「田辺検事?その検事さんに会えませんか?」勢い込んで良子は言った。

「残念ながら、今日は一日中出かけていて、明日にならないと帰ってきません」

良子は、一瞬がっかりしたものの、

「明日にはお会いできますか?」と聞いた。

「明日の午前中にいらっしゃれば、会えると思います。失礼ですが、お名前は?」と、良子とシャーリーの顔を見比べながら言った。外国人を連れた女が、検事に何の用事だろうと思ったのだろう。

「川口良子です」

「ご用件は?」

そこで、良子ははたと困ってしまった。オーストラリアに渡った写真の事で来たなんて言えば、警戒心をもたれてしまう。何しろ田辺は偽名を使っていたのだから。

「用件は、会ってお話したいのですが‥」と、言うと、受付嬢は、内密の話をしたいのかと思ったのか、すぐに

「分かりました。そのように伝えておきます」と言ってくれた。

その後二人は名古屋城を見学し、名古屋の中心街になる栄の地下街をショッピングし、夜は名古屋名物のうなぎを食べて、観光旅行を楽しんだ。

著作権所有者 久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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