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透明人間(3)

お面を売っている店は、すぐに見つかった。

店の中に入ると、いろんなお面が陳列されていた。ドラキュラやスパイダーマンなど、映画やテレビで出てくるキャラクターのお面が多かった。きっと仮装パーティーなどのときにつけていくのだろう。普通の顔をしたお面というのは意外に少なかった。里香が見ていると、里香の手を誰かがひっぱる。スコットだ。スコットに引っ張られて里香の手がとまったところには、ハンサムな男のお面があった。トムクルーズに似ている。スコットがこのお面を気に入ったようだが、サイズが合うかどうか分からない。お面を持って、試着室に入ろうとすると、店員に呼び止められた。

「お面を試されるのでしたら、ここに鏡がありますから、ここの鏡でみてください」といわれた。確かにお面を試すのに、試着室に入るのはおかしい。でも店員の前でスコットに試させたら、それこそお面が宙に浮いて、店員が腰を抜かすのは間違いない。

とっさに里香は、目の前にある、衣装を手に取り、「これを試着したいの。いいでしょ?」と言って、試着室に入った。店員は何となく里香が万引きをするのではないかと疑っているようである。確かに女王陛下の代理たるヘイドン総督の奥さんが万引きをすることもあるくらいだから、里香のように普通の20代のアジア人の女が万引きするのを疑う気も分からなくはない。

 試着室のカーテンを閉めると、狭い空間にいるせいか、スコットの体温がそばで感じられる。小声で、「スコット、ちょっとかぶってみなさいよ」と言うと、お面が里香の手を離れ、里香の頭の上に浮かんだ。スコットは里香の頭の丈だけ背が高いのだ。すると、「ちょうどいいみたい」と、耳元でスコットの声がした。

まだなんだか疑っているような店員から、お面を買い、店を出ると、里香は少しほっとした。透明人間と買い物に来るだけで、こんなに気を使うなんて、今まで想像したことがなかった。

家に帰ると、すぐにスコットがお面をつけてみた。目が細くて、頬骨が張っていて、ハンサムとはいえないスコットの顔が、眉毛が太く、精悍な感じの男らしい顔に変身した。スコットは、このお面が気に入ったようで、長い間鏡の前に立って眺めていた。

その翌日からスコットは外出するときは、そのお面をかぶり、コートを着て手袋をして外出するようになった。スコットが外出した後、、里香のアパートの一階に住んでいるパトリシアというアパートの住民の動向に異常に関心を持っている70代のおばあさんが、里香を訪ねてきた。

呼び鈴に、玄関のドアを開けた里香は、パトリシアが外にたたずんでいるので、何事かと思った。

「里香、あなたご主人と離婚したの?」

「え?そんなことありませんけど…」

「じゃあ、今さっきあなたのアパートから出て行った男の人は誰なの?」

そういわれて里香がパトリシアが誤解をしていることに気づいたが、どう説明すればいいか分からず、ぐっと詰まってしまった。

「まあ、離婚をして、新しいボーイフレンドを作るのは、あなたの自由だけどね、もしまだ離婚していないのなら、新しいボーイフレンドを家に引き入れるのは、やめなさいよ」と、いかにも自分は正義の人で、不道徳な人間は我慢がならないというふうに言った。

大きなお世話よといいたいところだが、余り変なうわさを広められたら迷惑だと思い、里香はしおらしく、

「うちはうまくいっていますから、ご心配なく。何か問題が起こったら、パトリシアさんに相談しますから、そのときはよろしくお願いします」と言った。

パトリシアは里香の殊勝な態度に気を取り直したようで、

「いつでも相談にのってあげるわよ」と嬉しそうに言って、帰って行った。

パトリシアが帰っていく後姿を見ながら、里香はスコットがお面をつけなければいけない状態がいつまで続くのかしらと、不安に襲われた。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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