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再会(後編)

早苗はまたロベルトに会えると思うと、浮き浮きしてきた。ニックが亡くなってから3年。やっと一人暮らしにも慣れ、一人暮らしも気楽でいいと思いながらも、心の奥底で孤独を感じる日もあった早苗は、ロベルトとの再会がもたらす先行きを想像すると、嬉しさで一杯になった。ロベルトのメールには、家族のことが一言も書かれていなかったが、それは家族がいないためだと思われた。もしかしたら、老いらくの恋が芽生えるかもと、心ひそかに期待するところがなきにしもあらずであった。

 待ちに待った日曜日がやっと来た。朝起きてすぐ窓から空を眺めると、最近しょぼしょぼ降っていた雨も上がり、青空が広がっていた。なんだか、早苗の気持ちを天気までが応援してくれているように思った。この日のために買った紺色のワンピースを着て、真珠のネックレスをした。中年太り、いや熟年太りで、と言うべきなのかもしれないが、少し出っ張り始めたおなかも、このワンピースを着れば目立たなかった。鏡を見ると、目尻にできたしわが気になり、丹念に化粧をした。何度も鏡の前に立って、身なりを整え、最後に満面の笑みを浮かべて、「これで、よし!」と自分に言った。いつもは履かなくなっていたハイヒールを久しぶりで履くと、心まで引き締まって来た。

 フリンダース駅に着いたのは、約束の時間の30分も前だった。電車のキャンセルを恐れて早めに家を出たからだ。最近電車に乗ることが少なかった早苗は久しぶりのフリンダース駅が懐かしかった。構内は改装されて昔と違ってだだっ広い広場になっていたが、時計がある正面出口は昔と変わりなかった。いくつもの時計が並び、それぞれいろんな路線の次の発車時刻を示していた。この時計の下でよく英語学校の仲間と待ち合わせをしてみんなと一緒に映画を見に行ったり、ピクニックに行ったりしたものだ。

 早苗は早く着きすぎて手持ちぶたさになった時間をつぶすため、駅の向かい側にあるフェデレーション広場にあるカフェに行った。そこでカフェラテを飲みながら、通りを歩く人々の流れを目で追った。アジア系の顔、欧米系の顔、アフリカ系の顔、インド系の顔。メルボルンは多民族社会なのだとつくづく感じさせられた。40年前はほとんど欧米系の顔しか見られなかったと、40年前の保守的だったオーストラリアを思い出し、この40年の間のオーストラリア社会の変貌ぶりに感慨の念を抱いた。

 ラテを飲み終え、時計を見ると約束の時間5分前だった。コーヒー代を払い、信号を渡って約束の時計台に向かった。時計台の下には、5人ばかり人が立っていた。皆人待ち顔だった。その中に緑のセーターを着てジーパンをはき、手に本を持っている男を見つけたとき、早苗は一瞬どきっとしたものの、みるみるうちに躍る心は萎えてしまった。その男は、頭のはげかかった、ビール腹のでっぷりした男だったからだ。あの筋肉が引き締まってがっちりしたロベルトとは、別人のようだった。早苗は足を釘づけされたように、その場に立ちすくんだ。そしてしばらく、その男を眺めたかと思うと、踝を返して、その男のいる方向と反対方向に足早に歩き始めた。早苗は、自分の記憶にあるロベルトががらがらと音を立てて崩れ去っていくような気がした。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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