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2010年カジノ外伝⑥

2010/4/6
「それは私です」  カジノ

マホガニールームでは私はせこく小玉しか賭けない泡沫ギャンブラーである。しがない薄給のサラリーマン風情が背伸びしたり見栄を張ったりしても仕方ないからね。しかしカジノはすべて運次第だと思えば大玉が飛び交う中だろうが、泡沫ギャンブラーの私にも居場所がないわけではない。

ミニマムベット百ドルのバカラテーブルでまともな勝負をするつもりなら4千ドル程度のバイインが必要だという説がある。しかしそんなことは私の知ったことじゃない。こちらにはこちらの事情がある。3週間という長丁場を限られた資金で凌ぐのは大変なのだ。私は小玉しか賭けることができない。そしてほとんどがフラットベットとなる。フラットベットばかりしていると勝てないという説もあるが、これも知ったことじゃない。

そういうことだからたとえ百ドルでもおざなりに賭けたりしない。何がなんでも勝とうとも思わない。そして千ドル負けたらさっさと席を立つことにしている。

運があればどんなやり方でも勝てる。運がなければどんなやり方をしたって負ける。だから私のようにあまり利口でない奴にもチャンスがある。私のように度胸がない奴にも運は平等に訪れる。

あと数日するとリアルマネーが飛び交う中に身を置くことになる。カジノは頭の良い奴や金のある奴が勝つとは限らない。ただ運の良い奴が勝つのだ。


それはたぶん私だ。




そう思わずにいられない。


マホガニールームにデビューしてから5年目。今年初めてクラウンカジノが空港にリムジンを回してくれることになった。これまでは帰国のときしか送ってくれなかったのは、私が泡沫ギャンブラーだからだと思っていた。去年帰国の際に、中国人ホストに日本語でメールをしても大丈夫かと聞いたら、大丈夫だと言ったのでメールしてみたら、そのような手配をしてくれたのだ。これまで日本人ホストはメールしても一度もそのような手配をしてくれなかったのだが。




2010/4/8
「翼の折れた鳥」  メルボルン街めぐり

旅支度は何度やっても慣れなくて大変。周到に用意したつもりでも何かしら忘れているような気がする。

2月中に航空券とアパートメント予約は終わって、3月にはビザの申請、4月に入ったら旅行保険に加入して、1週間前には空港宅配の手配を済ました。もうやるべきことはないはずなのに何か忘れているような、さてなんだろう。

旅行鞄のパッキングは私の任じゃない。これはカーちゃんの仕事。私は命じられるままに鞄を持って体重計に乗って鞄の重さを量るだけ。以前は多少の超過重量でも何も言われなかったが、去年はいきなり超過重量分を支払えと言われて困ったので、今年はそのようなことがないようにきっちり計らなければならない。

その結果、焼酎の一升パック6本のところ一本減らして5本になった。まだ不十分ということで旅先での必需品「Melway」がやり玉にあがった。実のところこの本の重さは2kgもある。しかし旅先のカゼニフカレテ予定していないところに行きたくなったときに、これがなければナビゲートができない。

これでは旅の面白さも半減すると断固反対したのだが、現地で買ったら良いではないかとテキは宣う。

決して安いものでもないし、こんなものが2冊あっても仕様がないだろうと言ったら、また行くことになるかも知れないのだから今度は現地の友人に預かってもらったらと言う。私なんか着る物も持たずに、現地で買うつもりなのよとも言う。そ、それはアンタの勝手だろう?

Melwayがなければ私は翼の折れた鳥、何処にも行けやしない。仕方ない手荷物で持って行こうと思えばリュックサックにはすでに5kgの米。

なにか妙案はないものか?




2010/4/9
「パワーアップ?」

最近、鏡を見るたびに顔にむくみを感じていて、特に心当たりもないので寝不足のせいかなと思っていた。

スーツケースを体重計に載せても重さは上手く量れないので、スーツケースを持って体重計に乗り、あとで自分の体重を引くとよいが、

そしたら久しぶりに自分の体重を知って愕然としてしまった。

多機能体重計を買ったおりに量ったら実年齢と体年齢があまりにもかけ離れていたので、こんなものは当てにならんと以後体重計には乗っていなかったが、こんなことになっているとは知らなかった。

私には誰に言われたわけでもない自分で思っている理想的体重があるが、もう30年以上もその理想体重を5kg以上オーバーしていてもそのままほっておいた。そのオーバーした体重からさらに8kgも増えていたのだ。

寝不足のせいなんかじゃなかったのだ。

カーちゃんにむくんでいるなあと思っていたと話すと笑い転げる。アンタにも責任の一端はあるだろうに、まったくひどい女だ。

メルボルン方面の皆様、まもなく一年ぶりにお会いできることと思いますが、たぶん気がつかない程度に多少ふくよかになっております。しかし中身はまったく変わっていませんので、よろしく遊んでください。

むしろ、パワーアップしたと思ってくださればさいわいです。




※GO豪メルボルンでの「カゼノユクエ さすらいのギャンブラー日記」の連載は今回が最終回となります。
ご愛読ありがとうございました。
引き続き最新の「カゼノユクエ」はこちらからお楽しみ下さい。

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2010年カジノ外伝⑤

2010/3/15
「ロハスな路バスの旅」  メルボルン街めぐり



最初の乗換地はWerribee Plaza SC。ここで413に乗り替えてLaverton駅まで行く。この駅から400に乗り換えて北上。Laverton駅を出発する400はどういうわけかやたら刑務所やら拘置所、はたまた女性刑務所などを経由する。そして終点のSunshine駅。このあたりで昼過ぎになる予定なので昼食。
The Granaryカフェ、徒歩6分
Gold Leaf Chinese レストラン中華料理、徒歩16分。

昼食後は408に乗って同じSydenham線のSt Albans駅を目指して、さらに425に乗り替えて終着駅Watergardens駅で第1日目の終わりとする。あとは電車でサザンクロス駅に帰ってく るだけ



476から477への乗換はひとつ手前のバス停がランバウト(ロータリー交差点)付近。そこを過ぎるとすぐに高速道路を越えるので降車ボタンを押す。乗車時間30分が目処。バス停はガソリンスタンド前、そのまま進行方向に進み交差点を左折後ほどなく477のバス停。Broadmeadow駅到着後徒歩でショッピングセンターまでそしてランチ。
Anatolian Village Restaurant トルコ料理。

午後からは560に乗ってたっぷり40分以上かけて終点のGreensborough駅、そこから513に乗って終点のEltham駅。ただし513はGreensborough Plaza SCから出発。その際、行き先がTo Elthamとなっていることを確認。

もう少しのんびりしたいときは
560  BROADMEADOWS PM1:35~2:19  
513  Greensborough PM2:55~3:09 
HURSTBRIDGE線 Eltham PM3:22~4:10



281からWilliamsons Rd/Porter Stで280に乗換えるのには目印は大きなランバウト。ランバウトを右折したところがバス停なので、大きなモニュメントが建っているランバウトを見てから降車ボタンを押しても間に合いそうだ。乗車時間10分が目処。ただし、280のバス停は反対側車線にある。循環バスなので行き先がTo The Pines S Cとなっていることを確かめること。The Pines Shopping Centreで下車してランチ。

食事を終えたら273に乗ってLilydale線沿線のNunawading 駅。次に乗り替えるのはSmart Bus888。これが路線バスによる大環状線の旅の最後の乗り継ぎとなり、あとは1時間20分ほどの長距離ドライブを楽しむだけ。終点はChelsea駅 となる。




2010/3/16
「ぐるっとひとまわり」  メルボルン街めぐり









2010/4/3
「ロハスな路バスの旅 改訂版」  メルボルン街めぐり

なにげにMetlnkのホームページを見ていたらSmart Bus902が4月5日から開業するというニュースが出ていた。Smart Bus 888が延伸してAirport West Shoppingtownまで行くことになったのだが、これによって私の「路線バスによる大環状線の旅」も大幅に変更しなければならなくなった。 元々はGreen Orbita計画に先がけてそのルートをなぞるのが目的だったのが、そのルートが開通してしまったのだからそれを使うしかない。第1日目はこれまで通りだが、第2日目以降はこうなる。





う~ん、すべて902で済んでしまうので、ちょっと拍子抜けだな。

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2010年カジノ外伝④

2010/2/27
「まわってまわってまわる」  メルボルン街めぐり

今年も飽きることなくメルボルンに行って、いつものように3週間あまり滞在する。そのための航空券とアパートメントの手配を終えて、旅の暇つぶしプラン探しにも熱を帯びてくる。

旅先ではやらなければいけないことは何ひとつなくてやってみたいことがあるだけなので、その日そのときの気分で一日の過ごし方を決める。ひがな一日何もしないで過ごすのも嫌いではないし、にわかギャンブラーとなって勝ち負けの深淵の中であがいてみるのも悪くない。もちろんにわか路線バスオタクになって用もないのにバスに乗るのだって「路線バスによる大環状線の旅」ばかりではなく、他にも行ってみたいところはある。

そうだ、モーニントンに行ってみよう。以前に行ってみたいと思っていながら断念していたモーニントン半島。心地いい海風、点在する海辺の村々、ワイナリー、ポイントネピアン国立公園、これも調べてみるといろいろありそうだ。

以前、ワインとおにぎりを持ってフランクストンまで行って海鳥と戯れながらランチを楽しんだことがあるが、モーニントンはそのもっと先。半島の先端までは車ならシティから1時間半ほどらしい。私たちは二人とも車の運転などできないが、そのかわり公共の交通機関を使って行けるところなら何処にでも行ってみようという気概は満々である。

まず電車でフランクストンまで行って路線バス788に乗り替える。この路線バス788がちょっと面白い。乗り始めはZone 2だが、先へどんどん行くとZone CとなってZone Dにまでなる。そんなゾーン割りがあるとは知らなかったが、いかにもにわか路線バスオタクが乗ってみたくなるようなゾーン割りとなっている。

Melwayで788のルートを辿ってみるとはじめのうちは思わせぶりに内陸部分を走るが、やがてDromanaあたりまで来ると一転して海岸線を走りはじめる。これはちょっと楽しみだ。

♪窓に広がる青い海を~ 

こうなるとBGMは「岬めぐり」だな。どうやらこのバスに乗るときは進行方向の右サイドに席を取った方が良さそうだ。

路線バスに乗ったら基本的には終点まで乗り続ける。田中小実昌氏もそうだったらしい。終点はポイントネピアン国立公園入口。ここから国立公園内をウォーキングで半島の突端まで行ってワインを飲みながら弁当を食べるのが当初のプラン。

しかし終点の少し手前のソレントという町からフェリーが出ていてクイーンズクリフに渡れることが判った。するとたちまちフィリップ湾をぐるりと一周してみたくなった。以前からフェリーの存在は知っていたが、具体的にどこから出ているのかは知らずにいたのだ。こうなるとにわか環状線オタク?の血が騒いでもう止められない。

ソレントからのフェリーは午前12時とか午後1時というように区切りの良い時間に1時間ごと出ていて所要時間は40分ほどらしい。クイーンズクリフにはMelwayで見ると鉄道もあるが、これはどうやら観光鉄道のようなものらしく移動には路線バスを使った方が良いみたいだ。ちなみにこの鉄道は日本から「蒸気機関車運転体験ツアー」なるものが出ているほど知る人ぞ知る鉄道らしい。

クイーンズクリからジーロン行きの路線バスは75と80がある。しかしその2路線を合わせても土日の運行本数は少ない。じつは土曜日に実行するつもりで時刻表と照らし合わせながらシミュレーションしてきたのだが、このクイーンズクリフでの乗り継ぎにつまずくことになってしまった。国立公園のウォーキングを諦めたときから、ソレントとクイーンズクリフではランチタイムと町の散策を兼ねた時間を取りたいと考えたのだが、あまり時間がありすぎてクイーンズクリフ出発が遅くなるのも困りもの。では日曜日はどうかとシミュレーションをやり直してみると今度はフランクストンでの乗り継ぎが慌ただしくなりすぎるという具合になる。

ちなみにメルボルンでは土日は3ドルでZone1と2が終日乗り放題となる。同じようにZone2まで出かける「路線バスによる大環状線の旅」が運行間隔とかの関係で平日にしか実行できないので、せめてこちらは土日の特典を利用するためにあえて土日にこだわっている。その差額はほぼ6ドル。

旅先では毎日が日曜日のようなものだから平日に実行しても構わないはずなのだが、いやいや旅先だからこそこの6ドルにこだわって、土日にこのミッションを実行してみたいという思いが強くある。

それはさておきジーロンまでたどり着いたら、あとはサザンクロス駅まで問題なさそうだ。これでフィリップ湾一周となるが、所詮は暇つぶしまわってまわってまわるだけ。

訂正
フェリーの所要時間は40分というのが正しいようです。




2010/3/4
「勝っても負けてもメルボルン」  
カジノ

JRAの大塚栄三郎騎手が好きだった。リーディングジョッキーの岡部幸雄や武豊よりも、いつもランキング10位前後だった彼が好きだった。たまに彼のランキングが5位や6位になっていると誇らしかった。重賞レースには15勝したがとうとうGⅠレースに一度も勝てないまま大塚栄三郎は人知れず引退してしまった。いかにも大塚栄三郎らしいと思った。

彼が東京新聞杯でドウカンヤシマに乗って勝ったときに、大穴馬券を取ったのが縁だった。調べてみると1985年のことだった。そのとき以来、大塚栄三郎の馬券ばかり買うようになった。すると次第にその馬券に心情がこもるようになった。

あの頃は勝っても負けても大塚栄三郎、それで良かった。だから私はいつまで経ってもいわゆる心情馬券ばかり買う馬券下手だった。それでも構わなかった。

その馬券もここ数年はカジノ資金調達のために、良く買っていた頃に比べると百分の一も買わなくなった。テラ銭を25パーセントも取られた揚げ句まったく当たらない馬券に見切りをつけて、一年に一度のカジノで勝負をする方が面白いと思うようになったからだ。

その一年に一度がまもなくやってくる。

カジノには二つの顔があって、楽しいところである反面非常に怖いところでもある。旅先の気分に浮かれて漫然とカジノに行こうものならカモられて身ぐるみはがされるのがオチだ。まして競馬では心情馬券ばかり買うような私だからカジノも決して巧いわけではない。そのことも合わせてカジノに行くときは肝に銘じて気を引き締めたいものだ。

カジノでは何がなんでも勝とうとしてはいけない。

私のようなへぼギャンブラーはたまたま運が良いときに勝てるだけである。夢のない話だがそれが本当のところだ。ただ頭のいいやつも悪いやつも、体力があるやつもないやつも、金の有るやつも無いやつも、地位なども関係なく、とりあえずはみんな運の前では平等だと私は思っている。また誰もがなんの勝算もなしに同じ土俵で闘っているからカジノは面白いのだとも思っている。

言葉を代えれば運さえあれば私でも勝てるのだから無理はするなということ。カジノで最悪な負けを喫するのは、負けはじめたときにその負けを取り返そうと意地になったときと相場は決まっている。

カジノではできるだけ大きく構える。

前述の戒めを守るためには目の前で起きていることをできるだけ大局的に見て考えて判断することが大事だということ。具体的にどのようにすればよいのかまだ判っていないので心許ないが、今のところはそのことを心の中に留めておくだけでよいと考えている。

ということで「何がなんでも勝とうとしないで、大きく構える」これが今のところ私の勝負信条。


私はかつて大塚栄三郎を好きだったようにメルボルンの街を好きになって、この街のカジノで遊ぶことをすごく楽しみにしている。

勝っても負けてもメルボルン、それでいいのだ。




2010/3/11
「大きく構えろ!」  
カジノ

日一日カジノに行く日が近づいて、あと一ヶ月。そろそろ臨戦態勢に入ります。暇つぶしに乗る路線バスの計画とは違って、こちらは命の次に大事なお宝がかかっているからより切実です。下手の考え休むに似たりとは云いますが、それでもいろいろ考えてみるのです。

なにしろ一年ぶりなので勝負勘を取りもどすのが大変です。いきなり高レートのマホガニールームではプレイできません。例年通りカジノの西端2階エリアで低レートのBJテーブルで百ドルのバイインで一年ぶりの感触を味わいながら気持ちをなじませます。このルーティンを守ることでカジノの雰囲気に飲まれないようにもなるはずです。

カジノには必ず勝てるという方法は存在しません。もしそんな方法が存在したら、カジノにもっとも精通しているはずのカジノ側が手をこまねいて見ているはずがありません。カジノ側はたちまちルールを変えてしまうなどの対策を講じてしまうでしょう。

カジノではどのゲームもほんのわずかだけカジノ側が有利なルールになっています。そのことによってカジノ側は運に頼ることなく大数の法則に守られて儲け続けることができるのです。

ですから確率論的に見ればカジノの客は長期間プレイすればするほど損をします。カジノ側が儲かるのだから客が損するのは道理です。このように一見華やかなカジノも客にとってはじつは大変なところなのです。その敷居をまたいだときから追い詰められているようなものです。

しかし必ず勝てる方法はなくても、たまたま運が良いときには勝つことができます。大数の法則も短期的にはその限りではないと言います。

やれやれ。

ところで私が滞在しようとしている3週間は大数の法則的には短期的なのだろうか、長期的なのだろうか?

いやはや。

ところがカジノにはもっと大変なことが待ち受けています。それは人間の心です。この心がカジノでは勝負の上で最大の弱点になることが多いのです。

たとえば私がバイイン千ドルというとき、千ドル負けたら否応なしに席を立つということなのですが、それなのにそれがなくなってもアツくなって追銭をして勝負を続けてしまったとします。大体こんなときは大敗パターンですが、自分で決めたルールを守れずに負けると、負けた金額もさることながら心理的ダメージが大きくなります。

たまたま運がよくて千ドル勝っていたとします。ここで勝負を続けるかやめるか迷います。今日は調子が良いからもっと勝ってやろうと勝負を続けました。するといつのまにか潮目が変わって全部負けてしまいました。このとき負けたことを悔しいと思ってしまうと心理的なダメージが残ります。

カジノはさまざまに心が翻弄されるところです。このように心理的に追い詰められてばかりいては勝負勘も冴えるはずがありません。また運も逃げていきます。

このようなことをふまえて、大きく構えてとりあえず心理的ダメージだけはなくそうというのが、今年のテーマです。これができたら勝ち負けがどうなっても、納得だけはできると思うのだが。

「何がなんでも勝とうとしないで、大きく構えろ」

さて、今年のショウブノユクエは、どうなるんだべ。

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2010年カジノ外伝③

2010/2/1
「路線バスによる大環状線の旅 第1日目」  メルボルン街めぐり

電車に乗ってうとうとしていたらウイリアムズタウン行くつもりがWerribee駅に着いてしまったことがあった。ここは何処だべ?と誰もいなくなった車内で地図を広げていると小太りのおじさんが見とがめて親切に教えてくれるが、こちらは何を言っているのか判らないからただ恐縮するばかり。

そのWerribee駅に路線バスに乗るために行くことになろうとはこれも何かの縁。今度はうとうとして着いたらウイリアムズタウンだった、てなことにならないようにしないとね。WerribeeにはThe Mansion at Werribee ParkやWerribee Open Range Zooという観光スポットがあって路線バスでも行けるようだが、それはまた別の機会に譲る。ちなみに歴史ある旧大邸宅を観るのは良いけれど、動物園はあまり見たいと思わない。動物を檻とか柵の中とかに入れて見せられてもZoo(ぞー)っとするだけ。動物などよりカジノでギャンブラーという人間様の生態を観察している方が私にはZoo(ズー)っと面白い。さて、私たちが乗る路線バス436は旧大邸宅にも動物園にも行かない Hoppers Crossing駅行き。

路線バスによるメルボルン大環状線の旅は、ここWerribeeからはじまる。いま私はそのときのためのシミュレーションをしようとしているのだが。

路線バスで一番困るのは途中下車をするとき。ほとんどのバス停は通りの名前が付いているだけなので、土地勘のない初めてのところでうまく下車するのは至難の業。だから乗換はできるだけショッピングセンターや駅などのターミナルでするようにする。ということで最初の乗換地はWerribee Plaza SC。ここで413に乗り替えてLaverton駅まで行く。ここは終点でもあるので乗換に苦労はしないはず。

Laverton駅はじつはWerribee駅に来るのに通ってきた駅。だからここまでは単純に路線バスで戻ってきただけとなる。この駅から400に乗り替えて大環状線らしくいいよ北上することになるが、ここを起点にしなかったのは、Werribee駅の方がWerribee線の終着駅となっていて、スタート地点にふさわしいと思ったから。用もないのに乗る路線バスの旅のちょっとしたこだわり。

Laverton駅を出発する400はどういうわけかやたら刑務所やら拘置所、はたまた女性刑務所などを経由する。そして終点のSunshine駅。

この駅も以前来るつもりがなく来てしまったことがある。このときも、うとうとしていて、目が覚めたら通るはずがない駅名を見て乗り間違えに気がついた。じつはSANDRINGHAM線に乗ったつもりがSYDENHAM線に間違えて乗っていたのだ。英名を音読みできないときは、単純に頭文字と語尾だけの記号として判断してしまうために起きた見間違え。別に乗り間違えたからと言って困ることもないので、せっかくだからゾーン1が尽きるまで乗り続けてみようと着いたのがSunshine駅。ここに再び戻ってくるのも、また何かの縁なのだ。なんだか電車乗るといつもうとうとしているみたいだ。前日は遅くまでカジノで遊びすぎたのだろう。さらにSunshine駅は去年SmartBus903で通った場所でもある。

このあたりで昼過ぎになる予定なのでSunshine Plaza SCのフードコートで昼食。

昼食後は408に乗って同じSydenham線のSt Albans駅を目指して、さらに425に乗り替えて終着駅Watergardens駅で第1日目の終わりとする。あとは電車でサザンクロス駅に帰ってくるだけ。

この通りになるのも良いし、この通りにならなくても別になんら問題はない。旅で起こることはすべて自分に起因するのだから、なるようになったらそれでよいのだ。





2010/2/6
「路線バスによる大環状線の旅 第2日目」  メルボルン街めぐり

「路線バスによるメルボルン大環状線の旅」の第1日目は北上を続けたが、第2日目は一転して東方に向かって走るようになる。(あれっ、南半球でも北上とか南下とかいうのだろうか?南上、北下とか言っていたりして。)

第2日目は間違えてSandringham線などに乗らない限りはSydenham線でWatergardens駅まで戻って、路線バス476乗ることからはじまるが、これまでのように終点とかショッピングセンターなどのバスターミナルとかではない途中下車となるので、バスに乗っていてもきっと落ち着かないことになりそうだ。

急ぐ旅ではないので、そのまま乗り続けても十数分ほどで終点のターミナルに到着して、次に乗ろうとしている477に乗り替えることはできるのだが、大環状線を描きたい私としては同じ道を往復するのはスマートじゃないと思うので、476と477が交差する地点のMatthews Ave/Keilor Rd (Niddrie)というバス停をあえて乗換場所に選んでみたが、さてどうなるか。

目印としてトラムの線路が見えてきたらそこで降りるというのがあるが、線路が見えてから降車ボタンを押したのでは通り過ぎてしまうにちがいないので、ひとつ手前のバス停がランバウト(ロータリー交差点)付近なのと、そこを過ぎたらすぐに高速道路を越えるので、これに符合したところで降車ボタンを押せば大丈夫そうだ。さらに時刻表からその辺りを通る時間帯を割り出してあり、Googleマップのストリートビューで降りるバス停がガソリンスタンド前であることも調べておいたが、こんな風にいろいろ下調べをしないと路線バスにも乗れない私は、来たバスにふらりと乗ってしまうという田中小実昌氏をつくづく偉大だなあと思うのである。

ここで乗換が無事にできるとまもなくバスはAirport West Shoppingtownに至る。ここは4年前にトラム全路線踏破したときに来たトラム59の発着点でもあり、シティから出る運行便は土日に1往復しかしないというサンバリー行きの路線バス479に乗って去年通った場所でもある。路線バスの旅には見知らぬ場所を通る楽しみとなじみのあるところにめぐり逢う悦びがあるが、私の場合は後者の方により強い感慨を覚えるようだ。

だからそんなところ通るたびにきまってカーちゃんに「ほら、ここ覚えている?」と問わずにいられなくなる。

そんな想いも乗せて路線バス477は一路Broadmeadows駅を目指す。

Broadmeadows駅に到着するとちょうどランチタイムとなる。ここにもショッピングセンターがあって、フードコートでランチを取ることになりそうだが、本当のところはちょいと気の利いたレストランでボトルワインを飲みながらまったりとした食事を楽しみたいところだ。

午後からは560に乗ってたっぷり40分以上かけて終点のGreensborough駅、そこから513に乗って終点のEltham駅に行くだけだから、ほろ酔いでも一向に構わないのだが。

Eltham駅には去年も用もないのに訪れているが、ここで第2日目は終了して電車でサザンクロス駅に戻る。

一日4路線の乗り継ぎ、まあのんびりとした妥当なペースかな。





2010/2/16
「路線バスによる大環状線の旅 第3日目」  メルボルン街めぐり

カジノは長時間いると気力が消耗して自分を見失いやすくなるから、いくら面白いからといって四六時中居るところではないと私は思っている。また目を血走らせてばかりいると気持ちまで荒んでくるから気をつけなければいけない。そんなことになってはカジノを嗜むなどとはとても言えなくなるから、カジノは勝っても負けてもある程度勝負をしたら早々に立ち去る方が良い。

そこでカジノに行かないときの暇つぶしにトラムに乗ってあちこちに出かけてみるとこれが良い気晴らしになってなかなか面白い。カジノに通うために持っていたMetlnkのウィクリーチケットがそのために使えて、新たに費用をかける必要のない暇つぶしだというのもビンボー人にはうれしい。

するとことは次第に大ごとになってトラム全路線踏破などという11日間もかけた暇つぶしにまでになった。

そして路線バスなのである。

さて「路線バスによる大環状線の旅」の第3日目はEltham駅にもどって、いよいよ南下する。ところがターミナル経由で乗り替えできる好都合な路線が見つからない。どうやら281に乗って途中下車するしかないようなので、Williamsons Rd/Porter Stで280に乗り替えることになる。目印は大きなランバウト。

この路線は循環線でその起点のThe Pines Shopping Centreで下車してランチ。

食事を終えたら273に乗ってLilydale線沿線のNunawading 駅。次に乗り替えるのはSmart Bus888。これが路線バスによる大環状線の旅の最後の乗り継ぎとなり、あとは1時間20分ほどの長距離ドライブを楽しむだけ。終点はChelsea駅となる。

これにて「路線バスによる大環状線の旅」のおわり。やろうと思えば誰にでもできるが、たぶん誰もやろうと思わない暇つぶしは、三日間かけて乗り継ぐ路線は12、時刻表から換算したバスの乗車時間はほぼ12時間。



路線バスで街を走ったからといってその街の何が判るというものでもないが、走れば走るほどメルボルンの街を肌で感じることができるような気がする。

いつか地図をなぞりながらここを通ったときは、ああだったとかこうだったとか思い出すことがあるかも知れない。ひょっとしたらそのとき乗り合わせた乗客の顔なども思い出すかも知れない。

それが暇つぶしから生まれた果実。

言葉が判らないからメルボルンにしか行けない。

愛着があるからメルボルンにしか行かない。

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2010年カジノ外伝②

2010/1/17
「バスにのって」  メルボルン街めぐり

“そうか、みんな用があってバスや地下鉄にのっているのだ。用もないのに、いや用がないからこそ、バスにのっているのは、ぼくぐらいのもの。”

これは“バスを見ると行き先かまわず乗ってしまう”という田中小実昌氏の旅エッセイの中に書かれている文言。最近メルボルンの路線バスのことで頭がいっぱいの私は以前読んだことがある田中小実昌氏の旅エッセイを読み直している。そしてこの文言に行き当たり思わず「師匠っ!」と叫びそうになった。

大昔のテレビ番組「11PM」に出ていた頃は、変人を売り物にしているちょっと困ったおっさんくらいにしか思っていなくて、数年前にたまたま古本屋で手に取ったエッセイもオーストラリアにも旅をしているという理由で読んでみる気になっただけなのに、読んでみるとたちまちそのファンになってしまって、“哲学的なことのほかは、ほとんど興味がない。しかし哲学的なことは、この世ではぜんぜん役にたたず、逆に障害になる。”とも言い“生きるのがへたな男”という、いまは亡き田中小実昌師匠の文言に、“正直なところこんなことをして何が楽しいのという疑問がないわけではない。”というところの疑問が簡単に解けてしまった瞬間だった。

“用がないからこそ”なんて目から鱗が落ちる思いがする。

ということで私はただいま“用もないのに乗る”路線バスのルート探しに熱中している。最初は電車の終着駅からシティに舞い戻るルートを思いつくままに探してみるが何かしっくりしない。たとえばEPPING線で終点まで行きそこから556のバスに乗る。するとノースランドSCが終点となって、ここは2年前に初めて路線バスに乗ろうと決めて乗ったルートの終着点で、ここから251のバスに乗ってしまえば、たちまちアパートメント前に着いてしまう。これでは用もないのに乗っているはずが宿に戻るために乗っているだけになってすこし面白味に欠ける。ほかの駅からのルートも探ってみたがどの路線バスもシティに戻るためだと同じことになる。

用がなくて乗るのに、戻るという用をつけ足すと、面白くなくなる。純粋に用もないのに乗るために、戻るという要素を取り除かなければならないとき、環状線を描くように走ることによって戻るという行為から解放される。なんだか哲学的になってきたな。いやいや単に気分の問題かも。

去年初めてメルボルンに路線バスによる大環状線ルートが誕生した。それはRed OrbitalというプランをSmartBus 903として実現させたものらしいが、その記念すべき開業日に乗ったためにすごく愛着のあるルートだ。メルボルンにはさらにその外環を走るGreen OrbitalやYellow Orbitalというプランがあるらしく、一部はすでに開業済みであるようだがまだ全線開業に至っていない。もし既存のバスルートを使ってその軌道沿いに走ることができたらどうだろう?

ここまで考えが至ったとき、私は俄然やる気が出てきた。

“そうか、みんな用があってバスや地下鉄にのっているのだ。用もないのに、いや用がないからこそ、メルボルンの大環状線を探してバスにのっているのは、私ぐらいのもの。”






2010/1/24
「メルボルン路線バスの旅 大環状線」  メルボルン街めぐり

田中小実昌氏のように「バスを見ると行き先かまわず乗ってしまう」なんていう芸当はとてもできないので、凡人の私の場合は乗るべきバスを事前に調べることからはじめる。

やってみたいのは現在運行されている環状線SmartBus 903の外側を、さらに大環状線を描くように路線バスで走ること。なぜこんなことをやってみたいのかうまく説明できないが、いろんなことが積み重なって、なんとなくやってみなければいけないような気分になっているのは確かだ。ひとつ言えるのは数年前にメルボルンのトラムを全路線踏破したのは、1日でロンドンの地下鉄全駅を通るという小説「トンネル・ビジョン」を読んだからだった。私たちは数日かけてのんびりとメルボルンのトラム全路線を踏破した。すべてはあれがはじまりだったのかも知れない。

なんとなくだから別に路線バスでメルボルンの街を走りまわらなくてもよいわけだが、メルボルンの路線バスに乗るために日本に居ながらいろいろ調べたりするのは結構面白い。私が愛用しているのはネット上にMelwayが表示されるサイト。Melway が良いのはGoogleマップなんかとは違って地図上にトラムや路線バスなどの交通網が書き込まれているところ。ところが昨年の一時期MelwayのマップがズームするとGoogleマップのように地名と番地しか表示されなくなってしまった。これにはメルボルン贔屓としては大変に困ってしまい、昨年のメルボルン滞在中にとうとう大枚をはたいてMelwayの本を買ってしまった。ところが帰国してみるとネット上のMelwayが以前の状態に戻っていたから不思議だ。まあメルボルン贔屓としてはMelwayの本ぐらい持っていても悪くはないが、これはとにかく重い。

せっかくあるのだから使わないともったいないのでMelwayの本とネットのMelwayの両方を使って、路線バスのルートをいろいろ調べた。いつもはずぼらだがこんなことをするのが性に合っているのか、時間が経つのも忘れてがんばってしまった。カーちゃんに「ごはんよ」と声をかけられても中断したくなかったが、すぐに行かないと鬼のようになってしまうので、仕方なく中断したが、晩酌したあとはほろ酔い気分でもすぐにパソコンにとりついた。いまこんなことをしているのは世界中で私ぐらいなんだぞ、と言ってやりたかったが、わかってもらえるはずがないのでひとりでもくもくとやり続けた。結局二日がかりで、Werribee 駅からChelsea駅まで12路線を乗り継ぐ壮大な大環状線を描くオリジナルなルートが誕生した。

ルートが決まったらそれに合わせて時刻表をダウンロードして、おおよそのスケジュールを立ててみる。数年前首都キャンベラに行ったとき、お仕着せのツアーはいやだからと路線バスを乗り継いで国会議事堂やら戦争記念館などを見学したが、戦争記念館を観たあと、さて帰ろうと思ったら路線バスの運行が終わっていたという間抜けなことになり、相当な距離を歩いてホテルに帰るはめになった。こういうことにならないように今回は疎にして漏らさずの計画を立てるつもりでいる。もっともあのとき歩いたのは人気も途絶えた暮れなずむアンザックパレードだったが、さながらたった二人だけの行進みたいでもあり、沿道のモニュメントなどもゆっくり観ることができて良い思い出となっている。旅には足で歩かなければ見えない景色もあるからね。

そんなこんなで時刻表に照らし合わせて、急ぐ旅ではないので全行程を三つに分けて三日間かけてゆったりと走破する計画を立てた。ここまで来たらもうやってみるしかない。


“メルボルンの大環状線を自分で探してバスにのったのは、私ぐらいのもの。”

と言える日があと数ヶ月後には来るはずだ。




2010/1/28
「たっち & ごー」  メルボルン街めぐり

フリンダース駅の窓口で「ぞん つー つー」と言いながらじゃんけんのチョキまで出したのに、駅員は怪訝な顔をして何かを言うから、ちょっとあせる。「あだると」とか「ふる」とか言うべきだったかとも考えたが、すぐに察しがついて持っていたウィクリーチケットを見せると、ゾーン2のMetcardが2枚出てきてほっとした。
やれやれなのだ。

ゾーン2のエリアに住んでいる友人の夕食会に招かれて行くために、チケットを買ったのは良いが、じつはそれをどうすればよいのかわからないのだった。フリンダース駅からはウィクリーチケットで改札を通るが、目的地の駅に着いてしまうとそのまま改札を出てしまえるので、ゾーン2のチケットは検札しないまま残ってしまうのだ。キセルするつもりなど毛頭ないのだが、私はそれほど善人でもないので、ちょっと得した気分で改札を抜けてしまう。トラムや路線バスには車内に検札機があるから、ゾーンをまたぐときはしっかりと検札をしているが、これとてルートマップを片時も離さず持って気にかけているから、ゾーンを越えたとわかるのであって、ぼーっとしていたら気がつかないこともありそうだ。

メルボルン在住の友人に聞いたら「持っているだけで良いんじゃないの」ということだった。なんかへんだな。

こんなことに悩んでいるおり、メルボルンでもいよいよmykiなるシステムが本格的に営業開始したそうだ。日本のSuicaとかPASMOと同じようなものらしいが、新しもの好きだからちょっと楽しみ。カード代にAU$10かかったり、Metcardのウィクリーチケット比べて料金的にはどうなのかなという疑問もあるが、今年はゾーンを股にかけて路線バスで走るつもりだから、かなり便利になると思うがどうだろう。

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2010年カジノ外伝①

2010/1/2
「謹賀新年」

あけましておめでとうございます。

ご近所の氷川神社に行って「勝守」をいただいて参りました。これはカジノ専用のお守りでカジノに行くときは必ずベルトホルダに装着して行きます。去年は大変霊験あらたかでしたが、決してほかの勝負事に用いることはしません。



これに勝負服としてワインレッドのワイシャツも新調しました。これでカジノに行く準備は万端。今年もやってやろうと思っています。

とまずは新年のご挨拶。




2010/1/7
「耳をすませば」

メルボルンのスカイデッキから撮った画像を元に描いたデジ絵をPCのデスクトップにしてある。まあ、メルボルン贔屓ならこのくらいは当然である。




注目して欲しいのは画面の右上のガジェット。メルボルンのトラムの運行状況がリアルタイムで表示されている。カジノ前からセントキルダ方面行きの設定を施してある。日本に居るのにこんなものを見て喜んでいるのとなるとちょいとあぶないかも知れない。




耳をすませばトラムが警笛を鳴らしながらゴトゴトと橋を駆け上がってくる。スーツを着た男と女たちは大股で道を横切りエキジビションセンターに吸い込まれていく。少しくだけた様子の男と女たちはカジノに向かって歩き出す。

私が愛するメルボルンの、男と女たちにグッドラックなのだ。




2010/1/12
「メルボルン贔屓」  メルボルン街めぐり

メルボルンにも観光客向けにいろんなオプショナルツアーがあるが一度行ってしまえば大概はもう結構となる。これはメルボルン贔屓になるための通過儀礼のようなもので、ひと通りすませて第一段階の終了。

メルボルン訪問も回を重ねてくると、Webの口コミなどで情報得て、何かありそうなところに行くようになる。競馬場、フリーマーケット、リサイクルショップ巡り、B級レストラン巡りなど多岐にわたるが、その際には市街、郊外を問わず公共の交通機関を利用して行くことになる。このとき便利なのがメルボルンの街を縦横に走っているトラム。この乗り物は単に便利なだけではなくメルボルンの街を彩る風物詩でもある。このトラムを乗り継いで何かありそうなところに行くというのがメルボルン贔屓になるための第二段階。

さてメルボルン訪問も両手に余るほどになると、何もなくても良いからとりあえず何処かに行ってみようということになる。これが第三段階。ここで登場するのが路線バス。トラムがメルボルンの街を象る骨格なら路線バスはその体内に温もりをもたらす血流である。何もなくてもメルボルンなら何処にでも行ってやろうと思ったら路線バスに乗る。メルボルンの街をもっと肌で感じようと思ったらこれしかない。たとえば電車で終着駅まで行って、路線バスを乗り継いでシティに戻ってくる。去年開業したばかりのメルボルン郊外を環状に走るルート903のスマートバスなら途中下車を繰り返しながら乗り継いで、ほどよい時間になったら電車でシティに戻ってくる。

有り余るほど時間があって、乗り放題のチケットがあるだけでこれは続けられる。しかし、正直なところこんなことをして何が楽しいのという疑問がないわけではない。ただ一介の観光客でこんな路線バスに乗る奴は居ないだろうなと思うと少し痛快ではある。

まだ始めたばかりだが何度もなんども路線バスに乗り続けたら、どんなメルボルン贔屓になるのか楽しみだ。

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2009年カジノ外伝⑭

2009/11/20
「なんでだろう?」  カジノ

中学生だった頃、握った左右の手のどちらにコインが入っているかを当てる遊びを友人たちとしていて、12回続けて当てたことがある。最初は裏をかいたつもりで同じ手に握り続けるだろうという読みが当たり、そろそろ手を変えるころだろうという推理なども働いて当たり続けたが、7回目あたりになるとタネも仕掛けもなく心を澄まして直感だけで当て続けたような気がする。9回目10回目となるとただならぬものを感じはじめたが、13回目に外れて緊張が解けてほっとした。

そのようなことがあったのであやうく勘違いしそうにもなったが、さいわい道に逸れることなく今日に至っている。つもり。

二十歳を三つ四つ過ぎたころだった。早めに仕事の片付けが終わると作業員詰所に集まった五六人の同僚がオイチョカブをやりはじめた。オイチョカブには子供のころからメンコなどを賭けて遊んでいたのでなじみがある。持ち金が二千と少しだが根が嫌いではないので早速仲間入り。はじめは小銭を張って遊んでいたが、だんだんと勝ちはじめて、そのうち胴(親)なども取るようになるとついには場のほとんどの賭金を私がかっぱいでしまった。いちいち数えなかったがざっと四五万あったろうと思う。すると場を仕切っていた職長補佐格の男が金を取ってくるから待ってろと云う。思わぬ展開だったが、別に勝ち逃げなどする気もなかったので承知すると若い者に運転させて当時住み込んでいた会社の寮にすっ飛んでいった。

ほどなくして戻ってくると胴はゴケ落ちで回すという二人だけの差しの勝負が始まった。ほとんどの同僚も帰らずギャラリーとして見守っている。敵は会社の慰安旅行の際の手慰みでも大勝ちしたというツワモノ。こちらは会社に入ったばかりでまだ仕事もはんちくな新参者。しかし元手二千から勝ち金を膨らませた私のツキは半端ではなかった。ツワモノにまったく付け入る隙も与えず、彼がどれほどの金額を持参してきたのか知らないが手もなく彼の手金が私の元に流れ込んでくるばかり。やがて「もう止めだ」というツワモノのひと言で勝負に片がついた。勝負が終わると私はひと言も発することなく賭金を鷲掴みにしてその場を足早に立ち去った。数えるとそれはひと月分の給料をはるかに超える金額だった。

後日、再びツワモノとオイチョカブで相まみえる機会があったが今度はすっぱりとやられてしまった。なるほど一時の勝ちは終身の勝ちにはあらず。

さて、カジノを嗜むようになってまもなく20年。その間には思わぬ幸運に恵まれたことが何度かあった。その気になればそのすべてを思い出すことができる。しかし、数え切れないほどあるはずの敗北はあまり思い出すことができない。

なんでだろう?



2009/12/8
「人それぞれ」  カジノ

ある作家がアメリカとオーストラリアには生涯行かなくてもいいなと紀行文に書いていた。理由は歴史が古くて豊かな文化が感じられるところが好きだからだそうだ。これは言外にオーストラリアは歴史が新しくて豊かな文化が感じられないと言っているのと同じだ。オーストラリア贔屓としては異論のひとつやふたつ言いたくなるところだが、まあ人それぞれだから仕方がない。オーストラリアの大地にも5万年前から人類が暮らし、戦争をしない特異な文化を築いていたという歴史が厳然とあるが、インドから始まってトルコなどのイスラム圏を旅する作家の興味は惹かないらしい。

しかしオーストラリアにギャンブルをするために行く人間が偉そうなことを言ってはいけない。私はこの国のこの街を何度も訪れてネッド・ケリーやファーラップの名前くらいは知っているが、歴史や文化に対する知識をそれほど深くは得ていない。また言葉が話せないためにあるいは人見知りをするためにネイティブな人々とは親しく交流したこともない。

私はカジノを愉しむ合間にトラムに乗ってはこの街の佇まいを眺め、路線バスに乗ってはその風情を肌で感じる。そしてこの街を訪問するたびに故郷の山河を想うようにこの曽遊の地に懐かしさを抱くようになっている。カジノのためだけならアメリカのラスベガスなどの方がエキサイティングであるような気がするが、そのような理由でアメリカにもマカオにも生涯行かなくてもいいなと思いはじめているから、やはり人それぞれなのだ。

私は四年前にクラウンカジノのマホガニールームでプレイするために定期預金を解約してそのタネ銭を作った。たかがギャンブルのためにここまでするかという気がしないでもなかったが、カーちゃんに相談したら一も二もなく賛同するのだからおかしな夫婦である。このような素性の金銭を賭すのだから物見遊山のつもりはなくカジノに対してはいつでもタイトな気持ちでいる。カジノは娯楽とはいえ名所旧跡巡りなどとは違って油断がならないところだからだ。

もしタネ銭をすべて溶かしてしまったら次の年はカジノはおろか旅にも出られなくなり、それに付随する様々な愉しみも失われるのだと覚悟をする。1年目にその六割を失ったときは帰国してから小遣いのほとんどを貯め込んで損失補填して、2年目にタネ銭を守りつつ多少のリベンジを果たした。それでも小遣いを貯め込むことは習慣化した。タネ銭はいくらあっても困らないと知ったからだが、日本で25パーセントもの寺銭を取る公営のギャンブルに手を出して金銭を失うのがアホらしくなってきたからでもある。ついでに言うと3年目炎上、4年目大勝。

私は未だにカジノでどうやったら勝てるか知らない。偶々運が良いときに勝つことがあるだけである。でもそのことが判ってきただけで進歩だと思っている。旅に懸ける思いは人それぞれ、私はまだまだ発展途上である我が身のゆくえに期待しながら、旅情をかき立てている。



2009/12/23
「お馬鹿な嗜み」  カジノ

カジノの語源はイタリア語の小さな家というところから来ているらしいが、今日ではラスベガスやマカオのカジノ経営者たちは競ってメガリゾート、メガカジノを目指しているようだ。私も好奇心がないわけではないのでどんなところなのかちょいと覗いてみたい気もするが、ラスベガスやマカオには生涯行かなくてもいいなとほざいた手前やめておくことにする。

またカジノに関してはまだまだ発展途上なのに、私程度の力量でそんなところに行ったらきっと周りの雰囲気に流されて納得のいく勝負ができないような気もする。カジノは魔物が住むところだからあえて冒険などする必要はなく、場慣れしたところで打つのが無難だと思うので、ラスベガスやマカオには生涯行かなくてもいいなとくどいようだが念を押しておく。

基本的にカジノのルールはカジノの経営者が儲かるようにできています。利口な人はカジノに近づかない方が身のためです。だからカジノに集まるのは少々お馬鹿な人たちばかりですが、判っていながらやるお馬鹿は嗜むとも言います。

カジノは勝ち負けがはっきりしているから面白いのですが、勝ち負けばかりにこだわっていると本当の面白さが半減します。遠路はるばる旅をして来ているのに勝ち負けしか考えられないのではつまりません。まずは日常からかけ離れたその場にいる贅沢な時間を愉しみたいものです。

カジノは自分が試されるところです。全身全霊を賭して戦える格好の場でもあります。知恵を最大限に絞ってあがいたり、運と勘を駆使してあがいたりします。しかしカジノでは人類最高の頭脳を持ってしても勝てるとは限りません。また運と勘はいつも都合よくはたらくとは限りません。だからカジノで何がなんでも勝とうとすると自分の首を締めることになります。勝つと思うな思えば地獄です。

初心者がスキーの滑り方を覚える場合は、まず転び方を覚えた方が大怪我をしなくてすみます。それをふまえてカジノでの勝ち方を知らない私は、最近になって負け方を上手にするように心がけています。と言っても席を立つときにディーラーに「ありがとう」と言うだけのことですが。しかし大負けをして熱くなったときもこの言葉を言えるような余裕があれば次は何とかできるような気になります。

脈絡もなく書き連ねてみましたが、ほとんど自戒のつもりで書いています。しかし所詮は頭の中で考えたこと、カジノの熱気に包まれるとどうなってしまうか判りません。

ともかくカジノから勝って帰るときの気分は最高です。まるで天下を獲ったような気分になれます。さて、来年は魔物に取って喰われてしまうのか、女神の褥に招待されるのか。

カジノに向けて旅立つ日のことを思うと

トキメキます。

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2009年カジノ外伝⑬

2009/10/14
「戦い終わって日が暮れて」  カジノ

気がつけばカジノを嗜むようになってまもなく20年になる。20年といっても年一度の息抜きに慰む程度だからそれほど高い経験値があるわけではない。ある程度場数を踏めばカジノでの処し方くらいはそれなりに身についてくるが、まだまだ発展途上である。

4年前に意を決してVIPルームといわれるメルボルンはクラウンカジノのマホガニールームに出入りするようになったが、ミニマム50ドルのBJテーブルやミニマム100ドルのバカラテーブルは正直なところ私の経済力では荷が重すぎる。判ってはいるけど旅とカジノは私たちの一年に一度のお祭りなのさと、馬鹿を許したカーちゃんと酔いどれ二人旅。

1年目、当然高額レートには戸惑いはあったがなんとなく勝ち続けていると気分も昂揚して心地よし。しかし後半ずるずる負け続け炎上。

2年目、この年も前半は調子よく勝ち進んだが、またもや後半はたれ気味。最終日に乾坤一擲、BJテーブルで記録的な連勝してかろうじてプラスで終了。

3年目、初日から5日間連続で勝ち続け、大台が見えてきて今年こそはと思いはじめたら、たちまち大失速。結局は再び炎上。

博打は命の次に大事なモノをやりとりするのだから、非常に刺激的な遊びである。そこには絶叫したくなるほどの昂奮があり血の気が失せるような落胆がある。ときには冷静沈着さ装う自分に感心もするが、一転浮き足立ってしまう自分がいたりする。

結果だけを見ると3年間で1勝2敗、金額的にも大きく負け越している。しかし筆舌に尽くしがたいさまざまな思いを経験したことがその対価だったと考えて、思いのほか私は懲りたり悔いたりはしない。まあ、常習的にギャンブルする人間は言い訳と負け惜しみだけは確実に上達するから面白い。

懲りたり悔いたりはしないが、私はカジノに覚悟はあっても負けるつもりで行くわけではないから反省はする。ギャンブルの鉄則に勝っているときにやめろという金科玉条がある。それを肝に銘じていたなら過去3年間についてはすべてに勝って帰るチャンスがあったのだと思い当たる。しかし刺激的なカジノではそれこそが一番の至難の業なのだ。私はカジノを愉しみ過ぎてしまったのである。反省。しかし反省は猿でも出来ると人は云う。

そして4年目は今年の4月。初日二日目と無難なスタート切ったが、一週間後には尻に火がついた状態なってしまって、とても勝ち逃げどころではなくなった。その後の一週間で何とか持ち直しやや浮きはじめて、いよいよカジノモード全開のラスト一週間となったある日。カジノから千ドルだけ勝って帰る道すがら、突然ひらめいてある戦法を取ることにした。

それは今日のように千ドルでも五百ドルでも浮いたら一散にアパートメントに帰ってしまうという、とても戦法などとは呼べぬものではあった。ところがそんな単純な方法が見事に嵌ったのである。私はその日から6日間不敗を続け、カジノから連日勝ち金を持ち帰った。それは一日に二度だったりすることもあって、塵も積もれば山となるで私のような泡沫ギャンブラーには充分満足のいく金額に達したのだった。

これで2勝2敗。ただ、いま思えばあの6日間は絶叫することもなく血の気が失せることもない日々だった。カジノからの帰り道にこの程度のことに喜んでいる自分の存在をふと虚しく思ったことは覚えている。



アパートメントからの眺望。カジノから徒歩圏内にあるアパートメントを借りたことは今回に限り戦略的に大成功だった。



2009/11/5
「すもーるういん」  カジノ

メルボルンはクラウンカジノのマホガニールーム・・・。

新しいシューが始まろうとしているバカラテーブルに座っている。席に着いている客は私を含めて四人。チャイニーズ系の男が一人と女が一人、そして白人系の女が一人。他にマークが置かれ一席が占められているが、その主は隣のバカラテーブルの方が気になるようで不在。メルボルンに来てからまもなく三週間近くなるが、毎日のようにカジノに通いつめているせいで言葉をかけ合うことはなくても見覚えのある顔も多く、それぞれのプレイスタイルも知れてくる。見たところ超ハイローラはいないようだ。もちろん私のようにせこい賭け方をする賭人もいない。

バカラにはフラットベットしていては勝てないという格言がある。つまり同じ額を長く賭け続けているとハウスエッジがあるためいずれは負けてしまうというのである。ではどうするかというと頃合いを見計らって大きく賭けろと格言は云うのである。そんなことをふまえてか大概の手慣れた賭人は常にベットアップのタイミングを狙って虎視眈々としている。

しかしマホガニールームのバカラのミニマムは百ドルである。哀しいかな私のような泡沫ギャンブラーにとって百ドルはすでにマックスベットのようなもので、おいそれとはベットアップなどできない。それはすでに全力で走っているランナーにさらにペースアップしろというようなものなのだ。そのために私の場合は必然的にほとんどが百ドルずつのフラットベットをすることになる。これがカジノ中で一番せこいギャンブラーだと自認する所以である。

こんなことになってしまうのは私が場違いなところに迷い込んでいるからだが、
それでもその場違いさが面白くもあり自分のせこさが可笑しくもあるので、臆することもなければ見栄を張ることもなく、私は自分のユニークな立場を結構愉しんではいる。カジノでは富者も貧者も等しく先のことは判らないのだから、結果を待つあいだはみな同じ顔をして息を凝らす。そう、みな同じなのだ。

カードが配られはじめると罫線をつけながら二度三度と様子を見る。タネ銭は限られているが時間だけはたっぷりとあるのでなにも急ぐことはない。

ここ数日間は具合がよく、負けなしの日が続いたおかげでトータルでも大きく勝ち越している。こんなことは以前にもあった。しかしそれは束の間で気がつくとすべてが溶けて、逆に大きな負けを負ってしまったなんてことの方が多かった。いま滞在期間は残りわずかとなってきている。過去三年間の結果と反省を踏まえて今年は是が非でも勝ち越しのまま帰国したいという思いが募っきて、いっぱしにプレッシャーなども感じはじめている。

バカラは最初に賭けた一手目で勝つことが望ましい。そりゃ二手目も三手目も勝つに超したことはないがとりあえずは一手目だ。一手目は探りである。勝っても負けてもという気分で賭ける。それに勝利するとぐっと気が入り次はこれだと意を強くして目を決める。これにも勝つと次第に気も昂ぶってくる。

すべり出しは順調だった。ほどよい気持ちの昂ぶりもあって、ひらめきに確信が持てるようになっている。いつもはなんとなくツラを追ってしまうのだが、よし次はテンコだとひらめいたのはそのためだ。見るとバンカーのツラに駒が揃っている。勝負目らしい五百ドルの駒ものっている。プレイヤーに賭けたのは私ひとり。この場合、百ドルしか賭けていない私でもカードを絞る権利が与えられるがそれはパスする。五百ドル賭けている客に敬意を払って控えたのである。結果はプレイヤーにナチュラルが出てバンカーを軽く一蹴した。

まだツキは落ちていないようで徐々に玉は増えていったが、千ドルの手前で一進一退が続いて、どうしても千ドルの壁を越えられない。これまでのベットはいつものように百ドルかたまに賭ける二百ドルのみ。ここで三百ドルをバンカーに賭けた。見ると雁行よろしくみなバンカーに賭けている。場は少しずつヒートアップしてきていて、私にとっての大玉の三百ドルも霞んで、絞るのは千ドル賭けているチャイニーズのおばさん。おばさんはカードを絞ると自信満々に「オープン」と声をかける。するとディーラーが開いたプレイヤーのハンドはなんとナチュラル9。おばさんは手に持ったカードを爪でパチンと弾くと無念そうにハンドを開く。ナチュラル8だった。

このようにカジノの格言ほど当てにならないものはない。私は即座に席を立った。すると男が「ジャパニーズ、もう帰るのか」みたいなことを云う。彼はカジノで何度も見かけ何度も同じテーブルに着いたことがあったが、一度も声をかけ合ったことがなかった。「いえす、すもーるういん」とだけ返してその場を離れた。

そしてそのままカジノを出た。


シュー カードを収めた箱をシューと言いその中からカードが配られ、ラストハンドまでのゲームを1シューという。マホガニーではシャッフル済みのカードが封印されたまま運ばれてくる。そして客の前で封を切りそれを客が1カットだけしてゲームが始まる。

ハウスエッジ カジノではどんなゲームにもルール上カジノ側が有利になるようになっている。このアドバンテージがあるためにカジノのオーナーは枕を高くして寝ることが出来る。それを何とか克服しようと客は寝ずにがんばるのだが・・・

ミニマム 最小賭け金。これ以下の金額は賭けてはダメと云うこと。当然マックス(最大賭け金)も決まっているが私には関係がないからいくらかは知らない。

罫線 バンカーとプレイヤーの星取り表。しかしこれは起こってしまったことを記録しているだけで先のことが判るわけがない。しかし客はこれを見ながら先のことを予測しようとする。所詮は2分の1の確率、当たったとしてもそれはきっとまぐれ当たりなのだ。

タネ銭 博打の資金。芽が出て大きくなって欲しいという願望もあってこう呼ぶ。

駒・玉 マネー。命の次に大切なもの。

ツラ 同じ目が続くこと。これが続くとバカラテーブルは興奮の坩堝となる。みんながツラに賭け続けるからだ。私は17回連続のツラを経験している。http://black.ap.teacup.com/kazenoyukue/245.html

テンコ 目が変わること。これが続くと客は悩みはじめる。

絞る カードを時間をかけて少しずつ覗き込むこと。人それぞれいろんなやり方があるが、そのプロセスを愉しむことこそバカラの醍醐味。

ナチュラル8・9 二枚のカードの和が8か9になることをナチュラルと云い、それによって3枚目のカードを引くことが出来なくなる。つまり、それで勝負が決まってしまう。お互いにナチュラルが出た場合は、その数字が大きい方が勝ちとなり同じなら引き分け(タイ)となる。



2009/11/16
「同じ阿呆なら」  カジノ

カジノでどうやったら勝てるのか私は知らない。それでもウキウキしながらカジノに行く。馬鹿なのかも知れない。カジノは必ずハウス側が儲かるように出来ていることを知っている。それでもコワゴワながら私はカジノに行く。やっぱり阿呆なのだ。馬鹿は死ななきゃ治らないし、同じ阿呆なら踊らにゃそんそん。

しかし勝ち方を知っているつもりでカジノに行く方がよほど怖いことかも知れない。もし勝てるはずなのに勝てないときはどうなるかが問題で、きっと無理をする羽目に陥るだろう。カジノで無理をしたらどうなるかなんてことは考えるまでもない。カジノは運が良いときにたまたま勝つところ。密度は濃くないが長年に及ぶ経験で私はそのように認識する。

たとえばバカラはバンカーサイドとプレイヤーサイドのどちらがより強い手になるかを当てるものすごく単純なゲーム。ルール上で多少のアドバンテージがバンカーサイドにあるがどちらが勝つかはほぼ半々の確率である。つまりこれは賭ける側にとっても勝ち負けの確率は半々だということもできる。

しかし勝ち負けは交互に繰り返すことはまずなく、大概は勝ち続けたかと思うと負け続けたりするのである。それが際限もなく繰り返されてカジノでは悲喜交々のドラマが生まれる。勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなしというが、私が負けるのは負けているときに止めるからである。裏を返せば勝っているときに止めないからとも云える。さらに云えばカジノでは勝って席を立つ者だけが称賛される。

ところがカジノでは負けるまでやり続けることは誰にもできるが、勝つまでやり続けるのには多くの困難を要するのである。

前回の話で珍しく300ドルベットして外れたときにすかさず席を立ったが、私はまだ五百ドルの勝ち金を握っていたのである。そのとき私に声をかけてくれた男がいたが、どのような形であれ彼が私の存在を意識していたということでもあり、一介の泡沫ギャンブラーには「なかなかやるではないか」とも受けとれたのである。

カジノに必勝法などいらない。たまたま勝たせてもらう、それだけでよいのである。同じ阿呆なら踊らにゃそんそん。

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2009年カジノ外伝⑫

2009/8/5
「スマートバス903」  メルボルン街めぐり

メルボルンに路線バスの新路線が開通する日に、私たちはサザンクロス駅からアルトナに向かった。ところがアルトナ駅で降りるはずが二人ともその直前にうとうとしてしまい一駅乗り越してしまった。別に急ぐ旅でもないが運よく次の駅に折り返しの電車がすぐに来て飛び乗った。

昨夜遅くまでカジノに居た所為だ。内田さんのお宅で旨いワインと美味しい食事をいただいたあとに、あまりにも気分が良かったのでついカジノまで足を延ばしてしまったのがいけなかった。バカラで大負けこいてBJでとどめを刺されるという惨憺たる結果が待っていたが、酒に酔ってカジノに行くなんて愚か者のすることである。カジノを単なる遊びと捉えていないつもりなのにとんだ大失態だった。とは言ってもカジノはカジノ、朝になったら気持ちの切り替えは出来ていて、この辺はやや成長した証かも知れないと自賛などするから我ながら立ち直りは見事なものである。

ひと駅分電車の旅を余計に楽しんでアルトナ駅で下車すると新路線のスマートバス903が待っていた。セレモニーのようなものがあった形跡もなくドライバーが乗り込んでいる他は案内係が一人いるだけだった。ちなみにこの日から一週間は無料で運行するという。別に急ぐ必要もないのにカーちゃんが慌ててバスに乗り込むものだから、駅前の様子を眺めるいとまもなく私もつられて乗りこんでしまった。「バスは15分ごとに出ているのに」と言うと「あらそうなの」とカーちゃんがしれっとしている間にバスはアルトナ駅をあとにする。


なかなか洒落たボディ、スマートバスというだけあって他の路線バスよりはやや小さめの車体。常々メルボルンの路線バスは不必要に車体が大き過ぎると思っていたのでこのくらいが丁度よさそう。

バスはショッピングセンターを通り、工場地帯を抜ける。車窓はいろいろ過ぎていくが、私は眠気をこらえるのが大変。やがてサンシャイン駅に到着。去年、間違って乗った電車でたどり着いた駅だ。「覚えている?」「う~~ん???」だめだこりゃ。次はエッセンドン駅。おとといサンバリーに行くときに立ち寄った駅。さすがにここは覚えているという、あたりまえだ。そしてDFOエッセンドンで下車。空港が隣接しているこのショッピングセンターはそれに見合うようにだだっ広い。フードコートで軽く食べた後、館内を一応ぶらつくが何も買う物がないまま再びバスに乗る。

バスはBell Stを走る。進行方向の右側にトラムの発着点が見えた。次にまたトラムの発着点が見えたときは、その路線番号が1であることが判った。3年前にそれぞれの地点を訪れて折り返したことになるが、あと数分すると私たちがトラムから降りてきて、カーちゃんはその時間記録して私が辺りをカメラに収めるという光景が展開されるに違いないとふと思う。ただバスに乗って走っているだけなのに私はこの邂逅に心が震撼するのを感じた。

当初はコバーグ駅からシティに戻るつもりだったが、路線図を見るとブレストン駅にも立ち寄ることが判って、どうせならマーケットがあるプレストンまで向かうことにした。ところが着いてみるとマーケットは月曜日で休み。仕方なく近くのセーフウェイで買い物をして、さらに一部開いているマーケット内のチャイニーズ店で豆腐と皮蛋を買って、新路線のほぼ半分を踏破したところで帰宅した。

結構早い時間の帰宅だったが、さすがにこの日はカジノに行くのはやめた。時にはクールダウンも必要なのだ。



2009/9/11
「ペンペン草」 

長期間ブログを更新しないままにしておくと広告という名のペンペン草が生えてくるそうだ。そこで盆休みから2週間かけて描いたデジ絵を掲載。


おもひでのメルボルン スカイデッキからの眺望オリジナル


次回は「スマートバス903」の二日目の模様の予定



2009/9/13
「スマートバス903 一期一会」

一般的に交通網というのは都市の中心から放射線状に整備されたのち環状線の整備が行われるものらしい。なるほどメルボルンの電車はシティから放射線状に延び、トラムもルート16など一部を除いてほとんどが放射線状に延びている。そしてそれらの間隙を埋めるように路線バスが整備されているが、環状線と言える路線はこれまでなかったように思う。だからメルボルンの郊外を結ぶ大環状線スマートバス903の登場は画期的なことに違いない。ちなみにこの路線はThe Red Orbitalと呼ばれているらしいが、さらに外環状となる Green Orbital、Yellow Orbitalなどの計画があるらしい。となるともはや乗りかかったバス(船?)、そのときがきたら乗ってみるしかない。

スマートバス903が開通日した2日目、私たちは再びプレストン駅にもどった。またもやマーケットがクローズしていたのは残念だったが、昨日下車したバス停で待っているとほどなく903がやってきて、先ずノースランドSCを過ぎた。ここは去年アパートメント前から乗った路線バス251で下車したことのあるターミナルだったが、覚えのあるところはただ通り過ぎるだけでもなぜかうれしくなって、車窓に思わず縋りついてしまう。毎年のようにメルボルンを訪れていると物珍しさは徐々に薄れてくるが、かわりに増してくるのは愛着。

愛着があるとありふれた景色にも心が安らぐ。カジノの勝ち負けでささくれた心も解きほぐしてくれる。やがてバスはハイデルバーグ駅に至り、特に目的があるわけでもないが下車してみる。地図上の地名としてしか知らなかった町をぶらぶら歩いていると、カーちゃんが突然甘いものを食べたいという。たぶんカフェにでも入ってひと休みをしたいというシグナルだろうけど、それならスーバーマーケットで何か買おうと有無も言わせず近くのマーケットに入る。

広い店内にまごついていると「日本の方ですか?」と声をかけられた。商品棚の整理をしていた日本人女性だった。まだ20代にも見えるがもうメルボルンに住んで10年になるという。ちょっとだけ立ち話してから商品のある場所を聞いて別れたが、少し心残りがしたのは彼女が魅力的な女性に見えたから。また逢いたいなあ。

ハイデルバーグの町並みが切れたところで再び903に乗り込んで次へと向かった。バスは高台を走っているようでときどき霞んで見えるシティのビル群が目を引く。そんな高台にあったのがドンカスターウエストフィールドSC。買い物をする予定などないがここでも下車してみると、今度はカーちゃんが有無を言わせず紳士用ブティックに突入する。私は何も欲しがらないので、仕方ないのか私の実兄への土産にとマフラーを購入。あとは特に用事もないので再び903に乗り込んでボックスヒルを目指す。

ボックスヒルは3年前にトラム全路線踏破したときに立ち寄ったところだから懐かしさもある。今回のここでの楽しみは韓国料理店キムチグランマでランチを食すこと。ところがアドレスを頼りにやっと探し当てたと思ったら他の店に変わっていた。日本でいろいろ調べてきたはずなのにそんな情報は一度も目にしていないのが悔しい。また相変わらず古いままの情報が垂れ流され続けていたことにも些かがっかりする。まあ当てごとは外れるもの、甚だ不本意だったが気を取り直してピザ屋の「ラ・ポケッタ」に入店。この店はメルボルンでチェーン展開しているが、サウスヤラにアパートメントを借りていたときに何度かテイクウェイをしたことがあったので、ここでお茶を濁すことにした。いつもならランチとなればワインをボトルで頼むところだが、まだ先があるのでビールだけで押さえる。

食後に町なかを散策したあと再び駅のバス停で903を待っていると「日本の方ですか?」と声をかけられた。この日二度目でまたもや日本女性だった。どこか女優の伊藤かずえに似た彼女と話し込んでいるうちにバスがやってきた。同じバスに乗り込んで再び世間話しながら時を過ごすと、彼女はワトルパークで降りていった。メルボルンには3年ほど住んでいて旦那さんはオージーだが、日本食なども食べてくれるそうで、そのためボックスヒルにはアジア系の食材を買い求めに良く来るのだという。思わぬ楽しいひとときをありがとう。また何処かで逢いたいね。

そしてバスは一路モージアリックへ。ところが終点のモージアリックで降り損なって、そのまま引き返したメントーン駅で下車。そこから電車でシティに帰ってきて、心温まる一期一会もあった路線バスの旅は仕舞い。

路線バスですっかり癒された私は、この夜のカジノでも心地よく勝ちを収めて、なんの愁いもないかのように旅の宿で就寝するのだった。


おもひでのメルボルン ロイヤルアーケード


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2009年カジノ外伝⑪

2009/7/5
「朝寝朝酒朝湯」

旅の朝は早いといっても午前3時40分ではいかにも早すぎたが、目が覚めてしまったものは仕方がないので寝床を抜け出した。旅の良いところは時間を自由気ままに使えること。旅は毎日が日曜日で毎日が心浮き立つお祭りなのだから、どんなに早く起きても何も問題ない。

カジノで帰ってきてから数時間しか経っていない。早く目覚めてしまったのは熱く濃密に過ぎた時の余韻が残っている所為だろうか。結果的に大敗を喫してしまったが、まだそれまでの勝ち分を失っただけである。モバイルPCにその負けを記録してベランダに出てみる。


路地には人影もなくひっそりとしている。


夜明け前の静寂を破るのはフリーウェイをときおり走り去る車の音。


ライトアップされた総督府に旗がはためいて


ただ眺めているだけだが贅沢な時間が流れる。思えば通勤と帰宅を繰り返す日常から、いまは一番遠いところにいる。

やがてSBS放送がNHKニュースを放送する時間になってテレビを付けると、当てが外れてイギリスのチャンピオンリーグ中継をやっている。C・ロナウドやルーニーは知っていても、とてもサッカー中継など見る気分ではないのですぐさまスイッチを切った。

物音に気づいてカーちゃんも起き出してきたので、朝食の支度を始める。米を研ぎジャガイモの皮を剥く。玉ねぎをみじん切りにして、ベーコンを細切れにした。メルボルンに到着した翌日に作ったジャガイモだけしか入れないトルテージャが、思いのほかカーちゃんに不評だったので、今度は具材を増やしたトルテージャを作ってみることにした。

出来上がってみるとなるほど味わいがにぎやかになって、カーちゃんの評はやや上がったようだが「お好み焼きみたいなものね」と言われたのにはがっかりしてしまう。

二人で朝酒を楽しみながら朝食を終え、私は朝風呂に入ってメタボ腹を湯に浮かせる。湯から上がるとカーちゃんは朝寝をしている。再びベランダに出てほてりを冷ましがてら夜が明けた街をしばらく眺めても、まだ朝なのだった。



2009/7/11
「回り道くねくね」  メルボルン街めぐり

旅の朝はぐずぐずなどしていられない。朝寝を起こされたカーちゃんと朝風呂に入って男前を上げた私はセント・キルダ行きのトラム112に乗った。さも用事がありげに乗っているが、私たちはトラムや路線バスに乗りたいために回り道をしているのである。十数人の乗客の中でトラムに乗ること自体を楽しんでいるのは、たぶん私たちだけだろう。

トラムはクラレンドンStを南行するとアルバートパークの横をすり抜け、ミドルパークの住宅街を突っ切り、たちまちセント・キルダに到着する。この辺りは海岸線も近くビーチリゾート地となっているが、私たちはここからトラム16に乗換える。というようなことを調べてあるので実践する。

メルボルンのトラムはほとんどがシティを中心にして放射線状にがむしゃらに走るだけだが、トラム16は同じようなコースを取りながらも、途中から他の路線と交差するように走るので、他の路線間を接続する役割も担うユニークな路線である。などとトリビアをひとくさり。

そのまま乗っていればバラクラーバ駅なのだが、セント・キルダのシティホールが見えたところで下車して、Carlisle Stを駅に向かってぶらぶらと歩く。昔ながらのローカルな街並みとは聞くけれど、なるほど先ほど通ってきたリゾート化されたエスブラネード通りとはおもむきががらりと変わって面白い。


セント・キルダのシティホール、この手の建物には時計台があるが普通だが予算の関係で作れなかったらしい。


バラクラーバ駅のレディ・セント・キルダのモニュメント


バラクラーバ駅からひと駅だけ電車に乗り隣のリッポンリー駅で下車して、路線バス623に乗換える。というようなことを調べてあるので実践する。

ここには地名や駅名にもなっているリッポンリーという大邸宅があるのだが、英語のガイド付きの見学では聞いても判らないし、それほど名所旧跡に興味がある方でもないので素通りするつもりだった。ところがカーちゃんに話すと見てみたいなどと言うから困ってしまう。

駅から徒歩5分らしいが、そのつもりで地図を見て来なかったので、さてどっちに行けばよいのか。名所旧跡なら駅からの案内図くらいありそうなものだがそれもない。カーちゃんを待たせて手当たり次第歩いてみたが、探しあぐねて結局は予定通り路線バスを待つことになった。やれやれ。

ところがバス停には時刻表もなく駅前なのに他に待つ人もなく、ときおり通る人がバス停を一瞥してそのまま立ち去るので、段々不安になってくる。

キャンベラの議事堂前でバスが来ないバス停で延々と待っていてセキュリティの警官に注意されたり、やはりキャンベラのウォーメモリアル見学後には路線バスを待っていたら午後4時ごろの最終便が行ったあとだったりとかの経験があるから、バスがブライトンRdを左折してこちらに向かってくるのを見たときはほっとした。

バスはGlen Eira Rdを一路東へ。次の目的地はカーネギー駅。ここは何度か訪れているので降りるところを間違えることもないだろうから安心して車窓を楽しめるのだが、延々と閑静な住宅地が続くだけだった。人の乗り降りもほとんどないままバスはコーフィールドのシティホールを通り競馬場の裏手を抜け16分ほどであっさりとカーネギー駅に到着した。


車窓から撮ったコーフィールドのシティホール、こちらには時計台がある。


ここには去年二度訪れた贔屓の韓国料理店があるが、ちょうど昼近くになったので行ってみると木曜日のランチは休みだという。しかし気分はどうしても韓国料理となっている。カーネギーには他にも韓国料理店があるはずなので探すことにした。こちらは屋号を知っているだけだが、普通に考えれば商店街が連なるあたりにあるだろうと歩いてみると、なるほどあった。


キムチグランマ、メルボルンの韓国料理の老舗らしい?


最近のメルボルン滞在中の外食の満足度№1と言えば韓国料理。わざわざ電車に乗ってまで食べに行くほどであるがその話はまた次の機会に。

昼食を終えてそのまま電車に乗ってしまえば30分もかからずサザンクロス駅に着いてしまうが、もちろんそんなことはしないでまだまだ回り道をする。

ほんの短い距離だが路線バス627に乗りすぐさまトラム67の発着点で下車。次の路線バスに乗り継ぐためにトラム67に乗ってストップ49まで行って、いよいよシティに向かう路線バス605に乗る。というようなことを調べてあり、そのように実践する。

605は乗り応えがあって、昼食時に飲んだVBが効いて途中ちょっとうとうとしたが、40分ほどかけてシティのフリンダースレーンに到着。コリンズStでトラム112に乗る際に本屋があるのを見つけると、たまらず定価35ドル也の分厚いMelwayマップを衝動買いして、凱旋気分で帰宅。

旅は遠回り、回り道、迷い道。


やっとシティが見えてきた。



2009/7/20
「サンバリーに行こう」  メルボルン街めぐり

メルボルンに土曜日と日曜日にそれぞれ一日一往復しかしない路線バスがあるが乗ってみることにした。路線を辿ってみるとタラマリン空港を経由してシティの西約40kmにあるサンバリーという町まで行くらしい。

前日に私たちのアパートメントは客が大勢やって来てにぎやかだった。私たちは午前2時まで飲み続けたが、幸いにも路線バス479が出発するのは午後1時15分だった。歳を取ると酒を解毒するのにも時間がかかるが、午後には二日酔いから覚めてトラム112に乗ってラッセル通りで降りた。バス停はフォーラム劇場前にあった。


フォーラム劇場


ホッシャー横丁




バスは時間通りにやってきたが乗客は私たちの他は誰もいない。私たちだけを乗せたバスはシティを抜けるとトラム59と同じルートをノンストップで走った。ときどき見覚えのある通りや建物が目につくと何となくうれしくなる。見慣れた景色と見覚えのある景色の違いは旅に出てみるとよくわかる。

ムーニーポンズ、ついこの間ヤラビルに行くために乗換えた地点もバスは新たな客を見つけることができずに通り過ぎた。いまはなんの用事も持たない私たちを乗せているが、いつもはいったい誰のためにこのバスは走っているのだろうと思ってしまう。

エッセンドン、漸く4人家族が乗り込んできて少しは路線バスらしくなってきた。エッセンドンと言えば道に迷ったことを思い出す。3年前になるが駅に向かって歩いていたはずが目の前に駅とは反対方向にあるクリケットグランドが現れ慌てて引き返したことがあったが、カーちゃんは覚えていなかった。

ウエストフィールドショッピングタウン、ここでまたひとりファーストフードの袋を抱えて男が乗ってきた。これで乗客は7人。トラム59はここが終点でやはり3年前に一度ここまではトラムで来たことがあったが、カーちゃんに覚えているかと聞くとこちらはよく覚えているという。路線バスはさらに先へと進む。

タラマリン空港、ここで家族連れが降りて、空港を過ぎてからどこから湧いてきたのか若い男女ふたりが乗り込んできた。

見渡す限り何もない広野はこれこそオーストラリアだと思わせる。私は見飽きることもなく車窓を眺めていたが、隣のカーちゃんは少しうとうとしはじめたようだ。やがてバスはサンバリー駅前に到着して、ショッピングタウンで乗った男はそのまま駅に向かい、若い男女は町のどこかに消えた。

私たちはショッピングセンターのフードコートで軽食を摂り、町を少しぶらつくと、あとは帰りの電車を待つばかりでするべきことは何もないのだった。



パブがあれば必ず一杯やるところだが昨夜の酒がまだ少し残っていたようでお腹が本調子でなかったのでパスした。


サンバリー教会、たまたま結婚式が行われていた。


昨夜一緒に飲んでいた内田さんはサンバリーからさらに北へ15kmほどにあるリデルス・クリークという田舎町で日本語教師をしていたそうだが、その内田さんが茨城弁で「なにしにサンバリーにいくの?」と聞くから「なんもバスがそこまで行ぐからだ」と秋田弁で答えてみたものの、確かにバスに揺られて来ただけの私たちだった。


サンバリー駅のホーム


Vラインの電車に乗り込むと二人とも爆睡してしまいサザンクロス駅に着くまで目が覚めなかった。カーちゃんは前に座っていた老婦人に肩を叩かれて目が覚めたらしく、カーちゃんに肩を叩かれて私も目を覚ました。

これで4時間ほどかけた小旅行は終わったが、私たちはその足で今度はカジノに向かい7時間以上も勝負の綾に翻弄され続けたのだった。

正直なところこの日は疲れました。もちろんカジノにね。



2009/7/28
「世界で3番目に暮らしやすい街」  メルボルン街めぐり

私の知る限りではベトナム人街のフォーの値段はここ数年変わらないのに、メットリンクの料金は毎年値上げされている。市民の足がこれではさぞかし暮らし難いだろうと思いきや英国の「エコノミスト」誌によるとメルボルンは世界で3番目に暮らしやすい街なのだそうだ。もっとも他の調査では東京が3番目だったりするから真に受けるのもどうかなとは思う。

毎年値上げされる交通機関ではあるが、メットリンクは旅行者にとってはとてもありがたいシステムである。チケット一枚で電車・トラム・バスがシームレスに乗れるのがまず便利で、その料金もゾーン1とゾーン2の2種類に分かれているだけで一律なのがまた判りやすくて良い。さらに土日はゾーン1のチケットでゾーン2まで乗れるというおまけつき。ちなみに私たちがよく利用するゾーン1のウィクリーチケットの今年の料金はAU$29.40。これで一週間乗り放題となるのだから、メルボルン発の日帰りオプショナルツアーがどれも100ドル近くかそれ以上することを考えれば値上げされ続けてはいるが、まだまだ割安感がある。

そもそも私たちがメルボルンによく行くようになったのはカジノがあるというだけではなくトラムがあるからだった。

カジノに通うためにウィクリーチケットを買うと乗り放題なので乗らなきゃ損とばかりにトラム全路線踏破などしてみたくなる。その達成感は感動的であったりするから、次は電車に乗って遠出などするようになり、最近になると路線バスにも乗ってみたくなる。

カジノに徒歩で行けるところにアパートメントを借りても、やはりウィクリーチケットを買う。メルボルンの街は走れば走るほど魅力的になってくるからだ。前回のブログ記事のサンバリーは遠隔地ではあるが、そこまで行って帰ってきても土曜日なのですべてのゾーンはフリーとなって持っているチケットだけで済み、新たな料金は一切かかっていない。だからもっとメルボルンの街を走ってみたくなる。

また夕食に韓国料理が食べたくなって、そのためだけにカーネギーまでわざわざ電車に乗って行ったりする。たまたま乗った電車が急行だったのでコーフィールド駅で乗換えることになった。時刻は帰宅ラッシュ時。



これがメルボルンのラッシュ時の光景。やはりこの街はラブリーで住みやすいのかもしれない。


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