更新日: 2010/02/19
第五話:2007年4月28日(土)
日程も詰まってきてこの頃はカジノ中心の日々。旅の楽しみのひとつである自炊にも段々身が入らなくなってくる。昼にカジノに入って一般フロアーのBJで何とか400ドル浮かせたが、マホガニーでは2時間半ほどバカラをプレイしたが勝ち負けなし。たまには日本酒でも飲みたいなとチャイニーズ街に行き、日本食もどきを食べて帰宅する。
部屋で読書などして十分休養を取ってから土曜の夜はもうひと勝負。夜も遅くなるとトラムはカジノウエストまでは20分程度で着いてしまう。マホガニーに直行してバカラをはじめるが午前1時になったときは1,000ドル溶けていた。このまますごすご帰る気にもなれず徹夜を覚悟してBJテーブルに向かった。
カジノはロマンティック。易々と大金をせしめてはのぼせあがり、有り金をスってしまえばハートブレイク、やめろと言われてもやめる訳にはいかない恋の片道切符。
先客が二人いたが了解を得てサードボックスに座った。二人ともかなり大きなベットをしている。特にファーストボックスのアジア系の男は五百~千ドル単位のベット、さらにサイドベットに百ドル賭けたりする。隣には私の身体の二倍はある白人の男が2~5百ドル単位のベットでやはりサイドベットもする。それに比して私はミニマムベット50ドルを細々とベットして、サイドベットは絶対にしない。先客の二人はこれまで調子が良いようだった。
何度目かのシャッフルタイムにアジア系の男がトイレに立った。しかし、戻ってきた彼は自分の席が判らなくなってしまって、あちこちのテーブルをふらふらさまよい歩くのだった。私たちが手を振って合図をしてもまったく気がつかない。そのうちなんと外に出て行ってしまった。彼の席には数百ドルのチップが残されたままで、一同唖然としながらもプレイ再開。ところが一時間ほどすると彼が戻ってきた。多分カジノ側がホテルに連絡したのだろう。そのまましばらくプレイしてやがて今度は本当に帰っていった。深夜の椿事、面白いことも起こるものだ。
二人になると私の身体の二倍はある白人の男の調子が落ちてきた。チップはみるみる減っていき、何度も追い銭をするがとうとう兵糧が尽きたのか午前4時頃彼も席を立った。これでディーラーとサシである。それを機に、ミニマムベットを飽きもせず深夜中続けていた泡沫ギャンブラーにも少しずつ目が出てきて、朝6時、800ドルの浮きで終了。
もう日曜である。メルボルンのトラムは日曜は始発の時間が遅い。しかし、カジノからはタクシーに乗る気になれず、クールダウンをかねてコリンズ通りまでぶらぶら歩いて、そこからタクシーをひろって帰宅した
日程も詰まってきてこの頃はカジノ中心の日々。旅の楽しみのひとつである自炊にも段々身が入らなくなってくる。昼にカジノに入って一般フロアーのBJで何とか400ドル浮かせたが、マホガニーでは2時間半ほどバカラをプレイしたが勝ち負けなし。たまには日本酒でも飲みたいなとチャイニーズ街に行き、日本食もどきを食べて帰宅する。
部屋で読書などして十分休養を取ってから土曜の夜はもうひと勝負。夜も遅くなるとトラムはカジノウエストまでは20分程度で着いてしまう。マホガニーに直行してバカラをはじめるが午前1時になったときは1,000ドル溶けていた。このまますごすご帰る気にもなれず徹夜を覚悟してBJテーブルに向かった。
カジノはロマンティック。易々と大金をせしめてはのぼせあがり、有り金をスってしまえばハートブレイク、やめろと言われてもやめる訳にはいかない恋の片道切符。
先客が二人いたが了解を得てサードボックスに座った。二人ともかなり大きなベットをしている。特にファーストボックスのアジア系の男は五百~千ドル単位のベット、さらにサイドベットに百ドル賭けたりする。隣には私の身体の二倍はある白人の男が2~5百ドル単位のベットでやはりサイドベットもする。それに比して私はミニマムベット50ドルを細々とベットして、サイドベットは絶対にしない。先客の二人はこれまで調子が良いようだった。
何度目かのシャッフルタイムにアジア系の男がトイレに立った。しかし、戻ってきた彼は自分の席が判らなくなってしまって、あちこちのテーブルをふらふらさまよい歩くのだった。私たちが手を振って合図をしてもまったく気がつかない。そのうちなんと外に出て行ってしまった。彼の席には数百ドルのチップが残されたままで、一同唖然としながらもプレイ再開。ところが一時間ほどすると彼が戻ってきた。多分カジノ側がホテルに連絡したのだろう。そのまましばらくプレイしてやがて今度は本当に帰っていった。深夜の椿事、面白いことも起こるものだ。
二人になると私の身体の二倍はある白人の男の調子が落ちてきた。チップはみるみる減っていき、何度も追い銭をするがとうとう兵糧が尽きたのか午前4時頃彼も席を立った。これでディーラーとサシである。それを機に、ミニマムベットを飽きもせず深夜中続けていた泡沫ギャンブラーにも少しずつ目が出てきて、朝6時、800ドルの浮きで終了。
もう日曜である。メルボルンのトラムは日曜は始発の時間が遅い。しかし、カジノからはタクシーに乗る気になれず、クールダウンをかねてコリンズ通りまでぶらぶら歩いて、そこからタクシーをひろって帰宅した
マイカテゴリー: 一般
コメント (0)
トラックバック (0)
更新日: 2010/02/08
第四話:2007年1月30日
カジノにミイラれて豪国新国の街々をめぐってついの賭場となったのがメルボルン。この街に愛着を抱くようにもなって、いよいよ旅支度にも熱を帯びてくる。ところでカジノカジノと騒いじゃいるが、実のところ私は紛れもなく正真正銘の泡沫ギャンブラー。カジノに飛び込むと真っ先に向かうのが最小ミニマムのテーブル。最小といってもミニマム10ドルだからこれすらきついなあと思いながら細々と打ち越す。初めて打ったゴールドコーストのジュピターズから去年のクラウンまでの戦績から言えるのは、私はヘボでありへたれだということ。
悲しいかなそれが真実。紛れなく真実。困っちゃうほど真実。こんな私でもデビューは華々しかった。当時はカジノといえばルーレット。とりあえず1stダズンに5ドルチップを置いたら当たり。そのまんまにしていたらまた当たり。なんだかくぅーと熱くなって来て気がついたらチップをつまんで2stダズンに移動させていた。また当たり。チップを引いてまた賭目を変えるとまた当たり。こっちはなんにも考えていないのに当たり目の方がついて来る感じ。5度目を外してその場を離れようとするとオージーの娘が抱きつかんばかりに寄ってきて「シンジラレナ~イ」みたいな感激した眼差しで私を見つめるのです。これも真実。ただ娘というよりは実はご高齢のお方だったことを除けば。
華々しく明けた私のカジノ元年は結局ちょい負けで暮れた。以後、負け負け勝ち負け負け負け勝ち負け負けとヘボ度をさらけ出してきたが、近年になって戦績も安定してきて昨年とうとう泡沫ギャンブラーの私が、フロントマネーなるものをカジノに預けてクラウンのマホガニールームにデビューしたのだった。
勝負事は勝たなければ意味がないとよく言うが、勝ち負けだけに因らずそのストーリーこそが肝!
てなことをヘボギャンブラーがほざいても誰も耳をかさないが、それならば私がカジノで過ごした濃密な瞬間をどのような言葉で語ればよいのだろうか。
ミニマム10ドルが主戦場だった泡沫ギャンブラーが、いきなりミニマム100ドルのバカラテーブルで、びびりまくりながら、見よう見真似、時には失笑を買い、セイムドライバーとか言われて絞りに絞って13回連続のドライブ。我ながらあれは凄かったと思うが、人は私が結果的に負けて帰って来たことだけしか気に止めない。それはそれでよいのだけど、こうしてあの瞬間を思いだしてみると私の気持ちはいまなお高ぶる。
※ 絞るというのは、配られたカードはもう変えようがないのだけど、少しづつカードを覗き見しながら思うようなカードになれと願うこと。普通は一番多額なベットをした人間にその権利が与えられるが、私のような泡沫ギャンブラーでも勝ち続けているとおまえが絞れということになる。
カジノにミイラれて豪国新国の街々をめぐってついの賭場となったのがメルボルン。この街に愛着を抱くようにもなって、いよいよ旅支度にも熱を帯びてくる。ところでカジノカジノと騒いじゃいるが、実のところ私は紛れもなく正真正銘の泡沫ギャンブラー。カジノに飛び込むと真っ先に向かうのが最小ミニマムのテーブル。最小といってもミニマム10ドルだからこれすらきついなあと思いながら細々と打ち越す。初めて打ったゴールドコーストのジュピターズから去年のクラウンまでの戦績から言えるのは、私はヘボでありへたれだということ。
悲しいかなそれが真実。紛れなく真実。困っちゃうほど真実。こんな私でもデビューは華々しかった。当時はカジノといえばルーレット。とりあえず1stダズンに5ドルチップを置いたら当たり。そのまんまにしていたらまた当たり。なんだかくぅーと熱くなって来て気がついたらチップをつまんで2stダズンに移動させていた。また当たり。チップを引いてまた賭目を変えるとまた当たり。こっちはなんにも考えていないのに当たり目の方がついて来る感じ。5度目を外してその場を離れようとするとオージーの娘が抱きつかんばかりに寄ってきて「シンジラレナ~イ」みたいな感激した眼差しで私を見つめるのです。これも真実。ただ娘というよりは実はご高齢のお方だったことを除けば。
華々しく明けた私のカジノ元年は結局ちょい負けで暮れた。以後、負け負け勝ち負け負け負け勝ち負け負けとヘボ度をさらけ出してきたが、近年になって戦績も安定してきて昨年とうとう泡沫ギャンブラーの私が、フロントマネーなるものをカジノに預けてクラウンのマホガニールームにデビューしたのだった。
勝負事は勝たなければ意味がないとよく言うが、勝ち負けだけに因らずそのストーリーこそが肝!
てなことをヘボギャンブラーがほざいても誰も耳をかさないが、それならば私がカジノで過ごした濃密な瞬間をどのような言葉で語ればよいのだろうか。
ミニマム10ドルが主戦場だった泡沫ギャンブラーが、いきなりミニマム100ドルのバカラテーブルで、びびりまくりながら、見よう見真似、時には失笑を買い、セイムドライバーとか言われて絞りに絞って13回連続のドライブ。我ながらあれは凄かったと思うが、人は私が結果的に負けて帰って来たことだけしか気に止めない。それはそれでよいのだけど、こうしてあの瞬間を思いだしてみると私の気持ちはいまなお高ぶる。
※ 絞るというのは、配られたカードはもう変えようがないのだけど、少しづつカードを覗き見しながら思うようなカードになれと願うこと。普通は一番多額なベットをした人間にその権利が与えられるが、私のような泡沫ギャンブラーでも勝ち続けているとおまえが絞れということになる。
マイカテゴリー: 一般
コメント (0)
トラックバック (0)
更新日: 2010/01/29
第三話:2007年1月27日
これまで8回のメルボルン訪問。不思議なことにいまだに常宿というところがなく、旅ごとに宿泊先を変えている。それは回を重ねるごとに旅のスタイルが多少変わってきたことにもよるが、経済力の衰えにも一因があるから大変。それでも今年もいそいそ旅支度。
1997年夏、シドニーに滞在後メルボルンに飛んだ。初めてのメルボルンはカーちゃんと二人旅で目的はグランドオープンしたばかりのクラウンカジノ。知人の手配で1泊195ドルのクラウンカジノホテルに宿泊。いまでは一泊200ドル近い宿泊費なんてとても払えないが、4泊という短い滞在だっこともあって、当時はそれほど高いとは思わずいた。
翌1998年、ホバートから再びメルボルンへ。これは会社の旅行でスタンフォードプラザホテルに宿泊。ここは四つ星のコンドミニアムホテル。カーちゃんが部屋のキッチンを利用してカレーやうどんを作ってみんなに振る舞って喜ばれた。
2001年、メルボルン~オークランドという行程の中で、見つけたのは一泊83ドルのエンタープライズという安ホテル。スペンサー通りに面していてカジノにも徒歩圏内ということで決めた。高いホテルに泊まってもその施設を活用する訳でもないし、ただ寝るだけならどこでも同じではないかと思うようになった。
2002年、オークランド~クライストチャーチ~メルボルン、このときはキッチン付きのアパートメントが必要だということになって、見つけたのがGeorge Powlett Apartments。Studioタイプのアパートメントで一泊89ドル。ここではマッドクラブを茹でて食べたり、自炊することでこれまでとはひと味違う旅になった。
2003年、ロンセストン~メルボルン~キャンベラ。Short Stay Apartmentsという高層アパートメントの1ベットルームが大幅な割引で一泊109ドルだということで5泊。ここは何よりもカジノへ徒歩5分というのが嬉しかった。さらにキャンベラから戻ってきて同系列の別のアパートメントに3泊したが、こちらは一泊135ドル。
2004年、アデレード~メルボルン。Darling Towers on Collins、1ベットルーム一泊110ドル14泊。この頃より旅は滞在型になってくる。シティのど真ん中でカジノからはちょっと遠く、深夜に歩いてアパートメントに戻ったときはちょっと恐かった。
2005年、アデレード~メルボルン。Aston Apartments South Yarra、1ベットルーム一泊83ドル16泊。キッチンがあればそれでいいと、とにかく安いところを探した。カジノへはトラムで通う。乗換えがあっても30分もあれば到着するので問題はなし。
2006年、メルボルン。Darling Towers South Yarra、1ベットルーム一泊73ドル20泊。前年より10ドルも安くなった上に部屋のグレードの方は少し上がっていたのだ。なによりも洗濯機が室内にあることがカーちゃんを喜ばせた。前年には洗濯機が部屋になくてカーちゃんはすごくガッカリしていたのだった。すべてネットで予約するのだが、現地に行ってみるまではその様子はわからないもの。
2007年、去年と同じところに同じ期間泊まろうとすると何故か一泊89ドルとなってしまう。これはちょっと悔しい。それにサウスヤラのロケーションにもちょっと飽きてきた。ということで今年もやはり新たなアコモを探すことになる。もう目星はついていて、カジノへはトラムで乗換えなしに14分。これはなかなかよい。家賃も一泊86ドルとこちらもなかなか。ただ、部屋には洗濯機がないようで、このことをカーちゃんに話すと烈火の如く怒る。去年より部屋のグレードは上がっているはずだよ、といっても聞かない。カーちゃんには洗濯機が部屋にあるかないかが最重要事項。結局、私が洗濯を率先して手伝うということで、納得したようなしないような状態が続いていたが、人間いつまでも文句を言い続けていられないもの、もう観念した頃だろう。
ということで、移動なし20泊キッチン付きアパートメント最寄りにカジノ、これが私たちの旅のトレンド。今年もまた旅先でよい夢がみられると好いねえ。
これまで8回のメルボルン訪問。不思議なことにいまだに常宿というところがなく、旅ごとに宿泊先を変えている。それは回を重ねるごとに旅のスタイルが多少変わってきたことにもよるが、経済力の衰えにも一因があるから大変。それでも今年もいそいそ旅支度。
1997年夏、シドニーに滞在後メルボルンに飛んだ。初めてのメルボルンはカーちゃんと二人旅で目的はグランドオープンしたばかりのクラウンカジノ。知人の手配で1泊195ドルのクラウンカジノホテルに宿泊。いまでは一泊200ドル近い宿泊費なんてとても払えないが、4泊という短い滞在だっこともあって、当時はそれほど高いとは思わずいた。
翌1998年、ホバートから再びメルボルンへ。これは会社の旅行でスタンフォードプラザホテルに宿泊。ここは四つ星のコンドミニアムホテル。カーちゃんが部屋のキッチンを利用してカレーやうどんを作ってみんなに振る舞って喜ばれた。
2001年、メルボルン~オークランドという行程の中で、見つけたのは一泊83ドルのエンタープライズという安ホテル。スペンサー通りに面していてカジノにも徒歩圏内ということで決めた。高いホテルに泊まってもその施設を活用する訳でもないし、ただ寝るだけならどこでも同じではないかと思うようになった。
2002年、オークランド~クライストチャーチ~メルボルン、このときはキッチン付きのアパートメントが必要だということになって、見つけたのがGeorge Powlett Apartments。Studioタイプのアパートメントで一泊89ドル。ここではマッドクラブを茹でて食べたり、自炊することでこれまでとはひと味違う旅になった。
2003年、ロンセストン~メルボルン~キャンベラ。Short Stay Apartmentsという高層アパートメントの1ベットルームが大幅な割引で一泊109ドルだということで5泊。ここは何よりもカジノへ徒歩5分というのが嬉しかった。さらにキャンベラから戻ってきて同系列の別のアパートメントに3泊したが、こちらは一泊135ドル。
2004年、アデレード~メルボルン。Darling Towers on Collins、1ベットルーム一泊110ドル14泊。この頃より旅は滞在型になってくる。シティのど真ん中でカジノからはちょっと遠く、深夜に歩いてアパートメントに戻ったときはちょっと恐かった。
2005年、アデレード~メルボルン。Aston Apartments South Yarra、1ベットルーム一泊83ドル16泊。キッチンがあればそれでいいと、とにかく安いところを探した。カジノへはトラムで通う。乗換えがあっても30分もあれば到着するので問題はなし。
2006年、メルボルン。Darling Towers South Yarra、1ベットルーム一泊73ドル20泊。前年より10ドルも安くなった上に部屋のグレードの方は少し上がっていたのだ。なによりも洗濯機が室内にあることがカーちゃんを喜ばせた。前年には洗濯機が部屋になくてカーちゃんはすごくガッカリしていたのだった。すべてネットで予約するのだが、現地に行ってみるまではその様子はわからないもの。
2007年、去年と同じところに同じ期間泊まろうとすると何故か一泊89ドルとなってしまう。これはちょっと悔しい。それにサウスヤラのロケーションにもちょっと飽きてきた。ということで今年もやはり新たなアコモを探すことになる。もう目星はついていて、カジノへはトラムで乗換えなしに14分。これはなかなかよい。家賃も一泊86ドルとこちらもなかなか。ただ、部屋には洗濯機がないようで、このことをカーちゃんに話すと烈火の如く怒る。去年より部屋のグレードは上がっているはずだよ、といっても聞かない。カーちゃんには洗濯機が部屋にあるかないかが最重要事項。結局、私が洗濯を率先して手伝うということで、納得したようなしないような状態が続いていたが、人間いつまでも文句を言い続けていられないもの、もう観念した頃だろう。
ということで、移動なし20泊キッチン付きアパートメント最寄りにカジノ、これが私たちの旅のトレンド。今年もまた旅先でよい夢がみられると好いねえ。
マイカテゴリー: 一般
コメント (1)
トラックバック (0)
更新日: 2010/01/04
第二話:4月19日(火)
朝食、炒飯、豆腐と白菜のスープ、ビール1本。
一夜明けて、霍乱の鬼もちゃんと息をしている。それではとこちらも早起きして炒飯などを作ってみる。やがて、バスタオルを首に巻き付けて、鬼のような形相してカーちゃんが起き出してきた。ところが鬼も笑顔とはいかず食欲もなく本調子にはまだまだの様子。
食欲がないなら食欲増進料理の定番カレーを作ろう。ジャガイモ、ニンジン、ニンニク、さてタマネギを剥いては鬼の目にも涙。下準備が出来たところで豚肉のお出まし、となるはずが冷蔵庫の中を探してもどこにもない。確かシティのスーパーで買ってきたはずなんだが。あの時いろいろ迷っていて一度は手にしたものの、棚に戻してしまったのかも知れない。ここにないということはそれしか考えられない。しかしそれもこれもあとの祭り、ここまで準備をして中断するわけにも行かず、肉の代用にソーセージを使うことにした。そのソーセージを炒めるときにまた問題が起こった。なんと胡椒がひと瓶丸ごとフライパンの中に。キャップを取ったまでは良いのだが、さらに中蓋まで何気に外してしまい、ひと振りするという大失態。こんなてんやわんやのあげく、日本から一枚だけ持ち込んだカレールーを半分だけ入れてとにもかくにもカレーは出来た。
問題はまだあった。鍋でカレールーを作ってしまうと、他には小鍋しかなく、ご飯を炊くことが出来ない。これはもちろん想定内だから、鍋を調達しに出かけることになる。どこへ行けばよいのかと迷ったが、とりあえず去年行ったことがあるサウスメルボルンのスーパーマーケットに行ってみよう。なぜそう思ったかというとその途中にカジノがあったから。当然カジノで鬼の居ぬ間の洗濯と3時間ほど道草食ってから、スーパーに行って見るもキャンプ用の貧弱な鍋しか見つからない。はて、どうしたものか、そうだデパートに行けばよいのだ。カジノに行きたい一心が先に立つとそんな簡単なこともなかなか思いつかないもの。体調のよくないカーちゃんを家に置いたまま、カジノにのめり込んでしまう鬼のような奴。我ながら呆れてしまう。
コリンズStとスワンストンStの交差点でトラムを降り、メイヤーを目指すも途中でターゲットが目に入ったので、カジノのせいで時間も押していたのでここで済ましてしまおうと入店。結構いろいろ迷ったけど、21ドルもするなかなか立派な鍋を買って、やっと帰宅。
するとカーちゃんがマカロニサラダを作って待っておった。さっそくご飯を炊いてみると、鍋底が厚いせいか焦げ目もあまり付かずふっくら炊ける優れもの。ということでカレーを作り始めてから、7時間後にできあがったカレーライス。これがまた鬼のように美味いんだ。ということにしておこう。
昼食は抜いて4時頃から早めの夕食、マカロニサラダ、ピータン、ブルーチーズ、サラミ、カレーライス、ビール1本、ワイン酔うほど。カレーはルーを半分しか使えずちょっとコクがなかったけど、意外といけたかも。作った本人の評だから当てにはならない。
カジノから帰ってからの夜食はサラミ、マカロニサラダ、トマト、ビール1本、ワインほどほど。カーちゃんは回復に向かっているようだけど、まだ万全というわけにいかなくて、私の方も気にかけてはいるのだがカジノだけは休まないのだった。
朝食、炒飯、豆腐と白菜のスープ、ビール1本。
一夜明けて、霍乱の鬼もちゃんと息をしている。それではとこちらも早起きして炒飯などを作ってみる。やがて、バスタオルを首に巻き付けて、鬼のような形相してカーちゃんが起き出してきた。ところが鬼も笑顔とはいかず食欲もなく本調子にはまだまだの様子。
食欲がないなら食欲増進料理の定番カレーを作ろう。ジャガイモ、ニンジン、ニンニク、さてタマネギを剥いては鬼の目にも涙。下準備が出来たところで豚肉のお出まし、となるはずが冷蔵庫の中を探してもどこにもない。確かシティのスーパーで買ってきたはずなんだが。あの時いろいろ迷っていて一度は手にしたものの、棚に戻してしまったのかも知れない。ここにないということはそれしか考えられない。しかしそれもこれもあとの祭り、ここまで準備をして中断するわけにも行かず、肉の代用にソーセージを使うことにした。そのソーセージを炒めるときにまた問題が起こった。なんと胡椒がひと瓶丸ごとフライパンの中に。キャップを取ったまでは良いのだが、さらに中蓋まで何気に外してしまい、ひと振りするという大失態。こんなてんやわんやのあげく、日本から一枚だけ持ち込んだカレールーを半分だけ入れてとにもかくにもカレーは出来た。
問題はまだあった。鍋でカレールーを作ってしまうと、他には小鍋しかなく、ご飯を炊くことが出来ない。これはもちろん想定内だから、鍋を調達しに出かけることになる。どこへ行けばよいのかと迷ったが、とりあえず去年行ったことがあるサウスメルボルンのスーパーマーケットに行ってみよう。なぜそう思ったかというとその途中にカジノがあったから。当然カジノで鬼の居ぬ間の洗濯と3時間ほど道草食ってから、スーパーに行って見るもキャンプ用の貧弱な鍋しか見つからない。はて、どうしたものか、そうだデパートに行けばよいのだ。カジノに行きたい一心が先に立つとそんな簡単なこともなかなか思いつかないもの。体調のよくないカーちゃんを家に置いたまま、カジノにのめり込んでしまう鬼のような奴。我ながら呆れてしまう。
コリンズStとスワンストンStの交差点でトラムを降り、メイヤーを目指すも途中でターゲットが目に入ったので、カジノのせいで時間も押していたのでここで済ましてしまおうと入店。結構いろいろ迷ったけど、21ドルもするなかなか立派な鍋を買って、やっと帰宅。
するとカーちゃんがマカロニサラダを作って待っておった。さっそくご飯を炊いてみると、鍋底が厚いせいか焦げ目もあまり付かずふっくら炊ける優れもの。ということでカレーを作り始めてから、7時間後にできあがったカレーライス。これがまた鬼のように美味いんだ。ということにしておこう。
昼食は抜いて4時頃から早めの夕食、マカロニサラダ、ピータン、ブルーチーズ、サラミ、カレーライス、ビール1本、ワイン酔うほど。カレーはルーを半分しか使えずちょっとコクがなかったけど、意外といけたかも。作った本人の評だから当てにはならない。
カジノから帰ってからの夜食はサラミ、マカロニサラダ、トマト、ビール1本、ワインほどほど。カーちゃんは回復に向かっているようだけど、まだ万全というわけにいかなくて、私の方も気にかけてはいるのだがカジノだけは休まないのだった。
マイカテゴリー: 一般
コメント (0)
トラックバック (0)
更新日: 2009/12/28
さすらいのギャンブラー日記 カゼノユクエ
東京、埼玉川口に住む葛西健三氏(さんじんさん)は、ごく普通のサラリーマン。年齢は、50歳は越えたとだけ云っておこう。奥様とふたりだけの生活、子供はいない。普通のサラリーマン生活、30年以上だが、ちょっとだけ違う点がある。ギャンブラーである点だ。サラリーマンが本職である以上、ギャンブルは本職ではない。若い頃から、競馬、競輪、マージャンと年間を平均すると、負け越しの年はない。この10年は、海外での勝負に重点を置いている。基本的にカジノがある都市へ行く。世界の各都市の中で、一番気に入っているのがメルボルン。2006年から毎年、3週間の滞在でクラウンカジノとの勝負に明け暮れる。カジノでの厳しい戦いを勝ち抜くのには、リラックスした環境が必要だ。田舎過ぎてもいけない。適度な刺激は、博打には欠かせない。
さんじんさんのギャンブル日記をスタートする。 (Go豪メルボルン編集部)
葛西健三氏インタビュー
http://www.gogomelbourne.com.au/tour/1499.html

◇◆◇
第一話:4月18日~19日未明
旅先の病ほど心許ないものはなく、まして言葉の判らぬ国でたよる人もいないとなると不安はなお高まりただおろおろするばかり。カーちゃんはカジノから乗ったタクシーの中で辛そうに呻いている。運転手が心配そうに病気かとたずねてくれるが、イエスと答えただけで話は終わってしまう。いっそこのまま病院に駆け込んでもらおうかと思ったりしたが、いくらなんでもそれはちょっと早計過ぎる気がした。部屋に戻るとすぐにベットに潜り込んでぶるぶる震えている。とにかく寒いのだそうだ。にもかかわらず熱はそれほどなく、こんな症状は初めてなのでついよからぬことまで考えたりして落ち着かない。そんな私をよそにもう大丈夫だからカジノに戻りなさいなどと、この期に及んでつまらん心配してつまらないことをいう。
旅先に持ち合わせている薬は、鎮痛剤、胃薬、正露丸などでどの薬も役に立ちそうもなく、クローゼットから毛布を取り出して掛けてやり、内側からも暖めてやろうと砂糖を多めに入れたココアを飲ませた。暖めてやるといえばアパートのベットには温熱装置が付いていたのだが、チェックインのときに調べたらベットの中で断線寸前になっていて、これでは危ないと私が判断してコードを引き抜いていたのだった。なんと間の悪いこと。
これまで私たちの旅はまったくの医者要らずで、旅行のたびに海外旅行保険に加入してくるがまだ一度も保険の世話になったことがない。二人だけの旅では私が二度ほど腹をこわしたことがあったが、これもそのたびごとに一両日には完全に回復しており、カーちゃんに至っては病気らしい病気になったことはこれまでなかった。これは鬼の霍乱などとは冗談にも言えず、気がかりに夜は更けるのだった。
裏日記
4月18日
突然カーちゃんが悪寒におそわれ急遽タクシーで部屋に戻る。
PM7:30~PM8:00。-$210、カーちゃん-$100。
マイカテゴリー: 一般
コメント (0)
トラックバック (0)
Page: 1 | 1
関連記事
- 秋の公園散歩のお薦めNo1
- のんびり、ゆったり世界遺産を楽しもう。
- 名跡 タスマテラス
- 歴史の生き証人。幽霊も出る、
- ヤラバレーの名門ワイナリーで、ワイン三昧。
- イエーリング・ステーションはヤラバレー御三家のひとつ!!
- プリンセス劇場
- メルボルンの第二帝国様式の傑作!!
- ソブリン・ヒル
- ゴールド・ラッシュ時代へタイム・トラベル!
最新記事
- 美しいコースに花が咲いた。
- 豪州女子オープンゴルフの結果は?
- 秋の公園散歩のお薦めNo1
- のんびり、ゆったり世界遺産を楽しもう。
- 世界トップの女子ゴルフはこれだ
- 華やかさ満点の女性の戦い
- Deerhoof サトミ・マツザキ インタビュー
- サトミ・マツザキが語るディアフーフ
- GLITZERN
- 一生、きっと、一緒にいるよね。あなたを輝かせるアクセサリー。