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Vintage 3: Mandalaで学ぶ、ワインメーカーの情熱



メルボルン市街で迎える朝。
慌しく走り始めたトラムが、カランカランと忙しくベルを鳴らすのが目覚まし代わり。高層ビルが次々に空調のモーターを始動させて、一日のスタートに向けてエンジンをかける。朝食の出来上がる電子レンジの音。もう一日は始まった。走り出せ。時計がカチカチと音を立てて時を刻む。

仕事に追われるこんな毎日は、世界中どこの都市でも同じなように思う。でもこんな都会暮らしも、悪くはない。何故なら、メルボルンにはメリハリのある休日もあるから。

メルボルン市内から車で僅か約1時間。ヤラバレーの長閑な自然は、心身を都会のストレスから解放してくれる。爽快な空気、鳥の囀り。遮る物の無い大きな空の下で、動物たちの鳴き声はのんびりと。やはり人間は、偶には自然に帰らなければだめだ。


今回のYarra Valleyで訪れたのは、「Mandala」と言うワイナリー。以前、このマンダラのオーナーのチャールス(Charles Smedley)が紹介してくれたワインを気に入って、私達のワインリストに加えた。
私達の扱っているワインは数百種。オーナーが貯蔵中のワインは、半分に抑えた今でも3千本を超える。販売価格で、約ハーフミリオン・ドル。手を掛けられる時間が限られている中、このワインリストを「生きた」状態に保つことは、好きでないとやっていられない仕事と思う。コンピューター管理で相当工夫はしているが、性質や飲み頃、お客様に伝える情報などは、こつこつと勉強するしかない。
そう言う訳で、久しぶりの連休を機に、マンダラのワインについてより理解を深めるため、ひとりヤラバレーへと足を運んだのだった。

「え?ひとりでヤラバレーへ?」
心配はご無用、朝から大好きな曲をたくさんmp3にしてCDに焼き、しっかり片道1時間の運転を楽しむ準備はできている。



快晴の中、運転はすこぶる快調。CDドライブが「このCDは読み込めません。」と点滅するのを1時間ほど楽しんだ後、ヤラバレーの大自然が開けてきた。
チャールスと連絡を取りながら、約束通り彼のセラードアーで3時に落ち合う。今日もパッション溢れる彼。ここに足を運んだことを、決して後悔させない。

この建物は何か心地良い。モダンなデザインは、時に冷たくて無機質なものになりがちだが、マンダラのセラードアーと奥に連なるレストランは違う。清潔感あるデザインと、ビンヤードと隔たりのない開放感を併せ持った場所。
ふと感じたそんな印象は、実は多くの配慮から生まれていることをチャールスの説明から気付く。ビンヤードをより身近に感じるよう、伝票入れにはワインの棟番号を表示するタグが使われていたり、メニューにはビンヤードの写真を季節ごとに印刷する。建築資材の多くには、リサイクルのものが利用されており、テラスは干草貯蔵庫の面影を残す。

 

私が気に入ったワインと言うのは、「Mandala "Prophet" Pinot Noir」。マンダラはこの他にも違うランクのPinot Noirをプロデュースしているが、この「プロフェット(Prophet)」は何かが違う。それは、その選ばれた素材であった。彼らのビンヤードの中でもYarra Junctionと言う場所で採れた、上質なPinot Noirだけを使用。

チャールスはPinot NoirをただPinot Noirとは呼ばない。プロフェットに使うのは3タイプのPinot Noir、70%が114と115で、残りの30%はMV6。114と115はディジョン・クローン(Dijon clones)と呼ばれ、ブルゴーニュで研究された苗。同じPinot Noirでも味や香りや性質は勿論、病気への耐性や外観も全く違う。例として写真が、MV6。枝が真っ直ぐ天に向けて伸びるので、支柱に誘引する必要が無いそうだ。
ちなみに、CarbernetはSA125、ShirazはPT23、Chardonnayはブルゴーニュのクローン95と96である。私の良く知っている型番C-3POとR2-D2は、どうやらここでは使われていないようだ。

copyright_masahikoiga 

畑に入る前に、履物をよく消毒する。これは、最近、フィロキセラ(Phylloxera)がビクトリア州で発見された為の厳戒態勢。
フィロキセラとは葡萄の根に住み付き、種類によっては5年から8年をかけて葡萄の木を枯らせてしまう害虫。ヨーロッパで、19世紀後半に葡萄畑が壊滅状態となった歴史がある。1920年代のビクトリア州ワイン産業の壊滅もフィロキセラが原因と聞いていたが、その通説をYarra YeringもYering Stationも否定していた。真相はエコノミーの問題であったそうだ。

残念ながら今回は、検疫の厳しいオーストラリアにもフィロキセラが紛れ込んだ。自根で植えられた葡萄の多いオーストラリアでは、フィロキセラが見つかった畑は直ぐに焼き払って被害が広がるのを食い止めるしかないようだ。これは、Curly Flatのワインメーカーに学んだ。

アメリカの葡萄株にはこの害虫に耐性があるものがあり、新しく植える葡萄はこれらの根に接木した苗を選ぶことが安全なのだが、この苗は何しろ高い。単純に計算してみたところ、初期投資に100エーカーあたり大凡40万ドルが余計に掛かる。


オーストラリアでは、他の大陸で問題になっている害虫や病気が、発生していないケースが多々ある。他の国では薬品が必要となることがある作物や家畜も、この国では安全に育てられていることがある。これは幸せなことだ。ぜひこの国の素晴らしい利点を失わないようにしたい。


説明をさらに受けながら、ビンヤードの坂を上る。良い眺めだ。ビンヤードを歩くのは楽しい。

まるで家族や友人を紹介してくれるかのように、次々に葡萄の木を紹介してくれるチャールス。ここでは同じCarbernetをとっても、年齢や育て方がいろいろとある。良い枝だけを伸ばさせ、実のクオリティーを上げるために収穫量を減らすのが基本姿勢。質に拘る考え方の証明だ。


 
写真左がSauvignon Blanc、右がChardonnayの葉。その右は、VSP(Vertical Shoot Positioning)で育てられるCarbernet。

土壌はグレイ粘土ローム。灌漑が必要な土地。かと言って、水を与えすぎれば葡萄の味がぼやけてしまう。
特にShirazは、乾いた状態のストレスのもと、小さいが凝縮された良い実をつけるそうだ。人間も、苦労が多ければこそ、中身が豊かになるように。


チャールスにも、大きな苦労の思い出がある。

彼の空を仰ぐ上向きな笑顔と、美しいワインボトル、ビンヤード、レストランからは想像が難しいが、2009年初めの大規模なブッシュファイヤー(山火事)では、葡萄畑の一部や敷地内のチャペルが焼失し、家族と共に命辛々逃げるのがやっとだったそうだ。

日本にもニュースで伝わっていたそうだが、この山火事の惨事は想像を絶した。猛暑の後の強風と、ユーカリなどの発するガスの影響で、炎は車のスピードでも逃げられない速さで広がったそうだ。山火事と言うより爆発だったと、当店を訪れた消防士が語っていた。つい以前まで平和に暮らしていた多くの家族が亡くなられた。

その悲しみの深さから、セントポール大聖堂の神父さん達の表情にも疲れと落胆の色が消えず、私は事の深刻さを悟った。多くのビクトリア人に加えて世界中の人たちが、救援物資、医療関係、寄付、ボランティアなど様々な形を通じて被災者の方々を応援した。私も、少し無理をして私にとっては大きな額を贈ったのを、気持ちとさせて頂いた。

そして、「Mandala」にも友情が届いた。
煙を被った葡萄からは真っ当なワインは造れず、2009年の醸造はゼロ。一年の苦労が実る収穫を、目前に控えた折の災難。ワイナリーの人々は、頭を抱えたことだろう。
そんな彼らに、マーガレットリバー(Margaret River)で有名なワイナリー、ボイジャーエステート(Voyager Estate)が2009年のSauvignon Blanc Semillonを送り届けたのだった。そう「Mandala」が2009年にリリースしたSauvignon Blanc Semillonは、マンダラのワイン醸造方法が遥か西のボイジャーエステートで実行された特別なワインなのである。


 
真ん中の写真がこのワイン。普段のマンダラのロゴと異なるのには、こういったストーリーが隠れていたのである。しっかりと腕を取り合ったこのロゴは、友情と助け合い、限りない固い絆を意味している。

その他のロゴには、家族の姿や愛犬、趣味、仕事、ワイン、生き物などが描かれていて、円形が分かち合う生活とそのバランスを持ったサイクルを表している。そしてもうひとつ、これらのロゴの奥に見える大きなものがある。それは、「感謝」。


細かい味の評価より、大切なものがこのボトルにある。
心が込められたワイン。それは最高に旨い。

2009 年11月2日



Mandala "Prophet" Pinot Noir 2008

10月30日、ロイヤルメルボルンワイン品評会(The 2009 Royal Melbourne Wine Show awards)のSingle Vineyard Pinot Noir部門の上位層には、ビクトリア州ワインの名前が連なりました。その中で、Giant Stepsと共にヤラバレー最高点をマークしたのが、このプロフェットです。応援していたワインが高い評価を受けるのは、嬉しいことです。
ソフトでシルキー。落ち着いて中身のあるワイン。


Mandala Sauvignon Blanc Semillon 2009

ボイジャーエステートからの友情を、実際に味わってみませんか?お土産にこのワインを買ってきましたよ。読者プレゼント!
応募方法はGo豪メルボルン編集部にお任せしましたので、どうぞこのサイトの「お知らせのページ」で情報を見つけ、どしどしご応募ください。


Mandala Wines
ABN: 97093587298
Melba Highway Dixons Creek Yarra Valley Victoria 3775
T +61 3 5965 2016 F +61 3 5965 2589
E info@mandalawines.com.au
Web site: www.mandalawines.com.au


コラム一覧
全てのコラム
Vintage 1: Leeuwin Estate で過ごす、歴史的野外コンサート
Vintage 2: Yarra Yeringと楽しむ思い出のディナー
Vintage 3: Mandalaで学ぶ、ワインメーカーの情熱


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