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Vintage 5: オーストラリアが香るワイン、Granite Hills



思いっっきり晴れ渡った空が、とにかくどでかい。

丘の向こうも、またその向こうの丘も。櫨染(はじぞめ)にそよぐ草原の丘も、もっと向こうの深緑の丘も。見えるところも見えないところも、全てを隙間なくいっぱいに満たした紺碧の大空。あちこちに、巨大な花崗岩の塊が意味ありげに転がる風景が、まるで古代遺跡。心地よい雲が、背景に浮かぶ。シンプルで輪郭のはっきりとしたその光景は、ルネ・マグリット(René Magritte)が描いた空想の世界のよう。

丘を駆け抜ける風っていうのは、本当に気持ちが良い。さっそうと坂を上り、谷を越えて、跳ねたり転んだり、急に向きを変えたり。。。そんな無邪気な風を追いかけるように、どこまでも続く一本道を走り抜ける一台の車がある。マセドン(Macedon)が目的地なのに、とっくに通り過ぎてヒースコート(Heathcote)に辿り着こうとしている私のレンタカーである。

今回の目的地は、マセドン地方に位置するグラニット・ヒルズ・ワイナリー(Granite Hills Winery)。もともと午前中の到着を予定していたが、道間違いのお陰で大幅に遅刻。マグリットがどうのとか、とぼけたことを言っている場合ではない。

  

結局、グラニット・ヒルズの門をくぐったのは、2時を回った頃だっただろうか。トラクターに乗ったルーの父親が親切に、「ルーはあっちの建物だ!」と声を掛けてくれる。

温かく迎えてくれたのは、グラニット・ヒルズのワインメーカー、ルー・ナイト(Llew Knight)と素敵な奥さんアンドレア・ナイト(Andrea Knight)。ビクトリア州のルー・ナイトと言ったら、この業界で知らない人はいない。しかし、実に温厚で優しく物静か。私のチャリティーの為の水泳を応援してくださる、温かいご夫婦でもある。

国際的な品評会も含め400以上の賞を手にしてきたグラニット・ヒルズであるが、小さな家族経営ワイナリーであることを考えると、この賞の数は驚異的である。実は彼に手ほどきや影響を受けた他のワイナリーの巨匠も少なくはなく、その巨匠達が得た名声やトロフィーを合わせたら、400の受賞歴なんて、彼が成し遂げた偉業のほんの一部でしかない。

業界への貢献は列挙しきれない。彼の1980年から2005年までのビンテージ試飲会には、錚々たる顔ぶれが集まり、ルーのプレミアムワインをヴィンテージごとに飲み比べることができるという、夢のように貴重な機会に誰もが興奮した。それに、私のような若かったソムリエの応援にも、どれだけ時間を割いてくださったことか。今年は、彼のワイン作りに参加することも出来る。こうしたルーの奉仕に、業界が大きく育てられている。



グラニット・ヒルズはビクトリア州の中心に位置し、海抜550メートルの大変冷涼な土地として知られている。花崗岩由来の粗い砂壌土(Coarse sandy loam soils, granite origin)である地質は、痩せていて水捌けが大変良く、葡萄の木はゆっくりと着実に成長。それぞれの葡萄本来の特徴がしっかりと育つ。12ヘクタールもの葡萄畑の隅々まで丹念に目を行き渡らせ、最良の育ち方を世話することができるのも、これらの環境が秘密。余分な水分や栄養で、葡萄が次から次へ蔓や葉を伸ばしたなら、日当たりや風通しなど様々な問題がコントロールしきれず、果実の品質に影響を与えてしまうだろう。

さらに注意してみると、グラニット・ヒルズの畑は、北向き、西向き、東向きの、主に三つの傾斜からなる。傾斜角は5度から15度で、日照の恩恵を十分に受けることができる。
北側は、風を遮り日中一番暖かくなる畑(念のため、ここは南半球です)。主に赤ワインとなる葡萄を育てる。西側の午後の日差しはカベルネを適度に熟れさせ、一番冷涼で朝日の影響を受ける東側は、リーズリングに最適な土地となる。夜間の低い気温も、質の良い葡萄を生み出す重要なポイント。傾斜と卓越風は、湿度を下げ病気を防ぎ、霜の被害などを発生させない好条件を作り出し、最高品質の葡萄はこうして生まれる。


ご多分に漏れず、ワインも素材が命。全て手作業の剪定によって、一本の樹に12の枝を残し、各2房の葡萄のみをつけさせる。但し収穫量を抑えることで、単純に品質の向上を結論としてしまっている訳ではない。
「いろいろと議論はあるが、それにはバランスがあるんだよ。」
40年も葡萄と付き合ってきたルーは、もっと深い部分を知っている。あらゆる自然の要素と、葡萄の持つ個性を絶妙に組み合わせ、ワインと言う芸術を創り出す。人間は、機械にはできない不思議な力を身に付ける事ができるのである。

ふとルーが口にした言葉が、心に残る。
「慌てる必要は何もない。」

樹齢40年近い葡萄達は、根を地中深くへしっかりと伸ばし続けてきた。苛酷な環境にも揺るがない安定した樹へと成長したのは、あっという間の話ではない。その果実は、複雑性のある深い味わいを持つようになった。

南緯37度に加え、高い標高。果実の実る期間は大変長く、涼しい年の収穫期は6月にまでも続く。大自然の力が葡萄をゆっくりと育て、それぞれの長所がしっかりと熟す上、その果実に適度な自然の酸味がしっかりと保持されるのは、最も重要な特徴である。
バランスの良い酸味は、自然からゆっくりと生まれる。

時間がかかっても、果実は全て人の手で選りすぐりながら収穫。ポンプなども使わず、重力に任せた方法で優しく実を扱い、そして上質の樽に眠らせる。ゆっくりゆっくりと眠らせる。

オークチップや添加物を使用した、効率よく売るためのワイン醸造が溢れる昨今。それとは対照的な、ルーのワイン創りは、自然がくれたままの速度で進行するのである。

出荷を慌てることもない。ルーは、できることを全て施したワインしか市場に送り出さない。今年リリースされたシラーズが、2004年のビンテージなのもこういった理由から。私たちに届くワインは、今楽しむのも良いし、勿論あと十年セラーして楽しむための準備も全てボトルの中に納められている。



2010年の新しいニュースとして、ルーの醸したセミヨン・スーベニオン・ブランが初めてリリースされることが興味深い。ルーの手がける、別ブランド、「NARDOO」の名のもとでのリリースである。
まだ醸造タンクの中にあるこのワインを、試飲させてもらった。
「うまい。」。。。。柔らかい香りに、旨味。

「現在はセミヨンという葡萄への注目度が薄いが、この品種はとても可能性を秘めている。」
ルーとは長い付き合いだが、この言葉にはとても信頼が置ける。彼からはずっと「先見の明」を感じてきた。

オーストラリアで栽培されていたシラーズが低い評価しか受けなかった数十年前。シラーズはプライドを持ってその品種名がボトルに表示されることは無く、へメタージュやドライ・レッド等と呼ばれるか、売れずに抜かれてしまうような時代だった。そんな中、1980年頃にルーが醸した新しいCool Climateスタイルのぺパリーなシラーズは、現在のオーストラリアのメイン・ストリームに絶大な影響を与えた。

スクリューキャップの将来性を、早くから確信していたのもルーである。コルクが品薄であった時代、最高ランクのコルクはヨーロッパで消費され、オーストラリアで手に入れられる限り最高のコルクでも、ルーの求めるクオリティーには至らないことが多かった。
様々な研究の基、スクリューキャップの有効性は確証され、5%以上のボトルが問題となるとも言われるコルクと、使い分けが行われるようになった。

    

ルーが、試飲の為に並べてくれた彼のワイン達。それぞれが葡萄品種本来の姿と熟成を持って、素晴らしく香り立っている。
シンプルに愛情を持って、ブドウ栽培からワイン醸造までを手がけるルー。

数時間ルーと話し込んだ頃、あれほど晴れていた空に、映画のようにあっという間に雲が流れ込んだ。
テイスティングのワイングラスの中に、雨の近づいた香りが紛れ込む。

やがて屋根を打つ音、時折、空を破る音。
「上で、何かが怒っているな。」
呟くルー。日本で言う夕立であろうか。見晴らしの良いこの土地からは、雲の中を飛び交う雷光がはっきりと目に映る。

ワイナリーが、雨と大地の香りに満たされる。なんだか癒されるこの香り。突然の雨が、普段見落としている自然の芳香を、私達の鼻の高さまで濃厚に呼び起こしてくれる。ワインの香りが人を癒すのも、自然から立ち上るこの香りが、グラスの中に呼び起こされるからこそだろう。ひっそり濡れる小さなワイナリーで、そんなことを思った瞬間だった。


帰り際、念を押されたことがある。
「森の中で車を停めて、大きく深呼吸することを忘れるな!」

帰り道、言われたとおり森の中で深く息を吸い込む。雨が持ち上げた土と木々の香りの中で、ルーのワイン達を思い出した。

コンクリートに囲まれ、狭い空を見上げる都会暮らしもあるが、そんな現代暮らしの私達を、グラニット・ヒルズのワインが心地良く楽しませてくれる理由が解った。

2010年1月31日


Go豪メルボルン、リニューアルおめでとうございます。リニューアルを祝った「豪華55名様プレゼント企画」へ、ルーから驚くべきプレゼントを頂きました。グラニット・ヒルズのワインは現在のところ日本に輸出されておりませんので、お土産にも最適です。

2004 Granite Hills Shiraz
2009年のVISYグレート・オーストラリアン・シラーズ・チャレンジ(The VISY 2009 Great Australian Shiraz Challenge)にて、422種の出品ワインの中でベスト8に選ばれたワイン。2009年Royal Melbourne Wine Showでも、ゴールドメダルを獲得しています。


2009 Nardoo Semillon Sauvignon Blanc
記事中に登場する白ワイン。まだ「「どこにも」」売っていません。ルー自らがGo豪メルボルンの為にボトル詰めし、わざわざ私のいる料理店まで届けてくださったのです。まだ、卸売業者でも扱っておりません。ワイナリーでも販売していません。ユニクロにもマツモトキヨシにも売っていません。。。。でも秋葉原だったら何でも揃うそうなので、見つかるのかもしれません。


この豪華プレゼントへの応募方法は、Go豪メルボルンサイト内で発表されています。





Granite Hills
www.granitehills.com.au
Address:   1481 Burke and Wills Track, Baynton, Victoria, Australia, 3444
Phone:      +61 3 5423 7273
Fax:          +61 3 5423 7288
Cellar Door Sales:9.00am - 6.00pm Monday to Saturday;12.00pm - 6.00pm Sunday
ぜひ、この記事を読んだことをお伝えください!


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Vintage 4: 旅の途中で飲むワイン
No Vintage: 空白のビンテージ
Vintage 5: オーストラリアが香るワイン、Granite Hills



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