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「恋する剥製」と「真面目な落書き」

今津杏子エッチング作品展、メルボルン各地で開催中

2013年2月8日掲載

 

美しくて愛らしくて、「かわいい」以外に表現する言葉がなくてイライラするくらい、かわいい動物たちの絵。

今津杏子のエッチング作品を初めて見たときに思った。

「この人は、描いた対象の動物たちが愛しくて仕方がないんだろうなあ」と。

 

Young Malay Tapir, 2012

 


今津が描くのは、メルボルン博物館のバックルームにある動物の剥製だ。大きな部屋の天井から床まである可動式の棚に、剥製がずらっと並ぶ。数千、あるいは万近い数の剥製の中には、耳が取れたり、ハゲていたり、きれいじゃないものもある。怖い顔をしたもの、毛のない、皮膚だけのも。地下には、生きている動物も飼われているとか。
 

そんなちょっぴりスプーキーな部屋の中で、今津と1匹の剥製が出会う。
 

「愛が生まれるんです。写真とは違って、ふわふわな毛とかが目の前にあって、『生』で見るのは全然違う」。
 

1匹につき40分から1時間ほどスケッチする。その後自宅にある作業場でエッチング用の銅板に彫りつける。
 

「毛1本いっぽん、愛でるように描いていきます」と今津。
 

作品に近づいてディテールをよく見ていると、テーマもテクニックもまったく関係ないのに、どこか日本風なものを感じた。それを今津に伝えると「そう感じてもらえるのはうれしいです」と言いながら、「日本人って子どものころからマンガをいっぱい描いているじゃないですか。それで、私もつい目に光とか入れちゃったりするんですよ。かわいくしてあげたくなっちゃって」。
 

JICCに展示されている6作品のうち、一番のお気に入りは?と聞いたら、このマレーバクの子どもを描いたものだと言う答え。やっぱり、と思った。もうかわいくてかわいくて、ぎゅうっとしたくなるくらい、かわいいもの。
 

「鼻がこんな形でへんちくりんで、大人になったらツートンになっちゃうんだけど、今はこんな色と模様で、ウリ坊みたいで、かわいい。いちばん愛を込めて描きました」。
 

この作品に添えられた説明文の中で、今津はこう言う。
 

“I tried to mix colours as beautiful as his but I'm not sure if I got quite right. Well I don't think any art can ever be as beautiful as he is.”


対象の持つ本当の美しさには到底かなわない。でもそこへ何とか近づけたいと思いながら一本の毛を描いていく。
 

対象への愛のベクトルとエネルギーが、形になった。そんな今津作品の展示会「Mammals from Melbourne Museum」、28日までJICCで開催中だ。



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もう1つ、今津の別の世界。


デーモン・コワスキーとのコラボレーション作品群が、市内のソフィテル・ホテル35階にあるバー「Atrium」で展示されている。
 


lemur and squid, 2012

 

「対象へ愛」というひと言で言い尽くされる「Mammals from Melbourne Museum」展とは違い、こちらの作風は、不思議でユーモラス、ときどき不気味で少しヘン。
 

コラボレーション、プロセスはシンプルだ。コワスキーが描いたスケッチに、今津が「落書き」を加える。コワスキーが自分の絵の部分を銅板に描き、今津に渡す。最後に2人でエッチングする。
 

2人の興味、共通項は「科学」。それに加えて今津が好きなのは「動物、神話、妖怪」、コワスキーは「テクノロジー、ロボット」。2人が共有する部分、しない部分のズレが重なって、大胆だけど繊細、無機的で有機的、ドライだけど暖かい、不思議の世界が展開する。
 

「デーモンさんの絵に『落書き』する時は、とにかくおバカなことばっかり考えてます。私がこう描いたらデーモンさん笑うかな、こうしたら驚くかな、イカの目玉くり抜いたらおもしろいかな、とか。2人で笑いながら作ってます」。


コラボレーションがスタートしたのは、2010年。ある時コワスキーが作りかけていた街の上空をヘリコプターが飛んでいる絵を見て、今津は「この絵の街に、うさぎをいっぱいくっつけたい」と思った。そしてコワスキーに言った。
 

「あなたの絵に、落書きしたい」。
 

それ以来続いてきた「デーモン=キョウコ・ワールド」。展覧会は今回で8度目だ。その中にはボタニカル・コスメティック「Aesop」のショップでの数回も含まれる。2010年にフリンダース・レーン店、2011年に東京・青山、昨年はフィッツロイ・ガートルード、シドニーのニュータウンと続いてきた。

 

Aesop青山店での展示

 

Aesopでの一連のプロジェクト、きっかけがいい。使っていたスタジオを引き払うため、舗道にはみ出ながら片付けをしていたコワスキーの作品を見て、声をかけてきた男性1人。「うちの店で使わせてもらえないか」と。おもしろいことの好きなコワスキーが「いいよ」と気軽に付いて行った、その先がAesopだったのだ。
 

Aesopでの展示は、エッチングの刷りの際に、大量に出る練習刷りを壁に直接貼り付けるというスタイル。洗練されたピュアさを醸すAesopのショップに、すらりと溶け込む。
 

「いつももったいないなと思いながら捨てていた練習刷りを、Aesopのおかげで取っておけます(笑)」と今津。これからも続けていきたいプロジェクトだという。
 

ところで今回の展覧会の会場であるソフィテル・ホテルの35階、実は今津には馴染みのある場所だ。
 

「ここのトイレすごく眺めがいいので、メルボルンに来たばっかりのころしょっちゅう来てました。この景色も見に(笑)、みなさんぜひ来てください」。

 


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「どちらも同じくらい好き」と本人が言う、今津杏子の2つの世界。一度に目にすることのできる、メルボルンの夏。ラッキーな夏だと言おう。

 

 

文:田部井紀子


■Mammals from Melbourne Museum, recent prints by Kyoko Imazu

1 - 28 February 2013, Mon-Fri 9am-1pm, 2pm-5pm, closed on weekends and public holidays

在メルボルン日本国総領事館・広報文化センター
Level 8, 570 Bourke Street, Melbourne


 

■Kyoko Imazu and Damon Kowarsky - Meet in the Middle

1 February to 1 April 2013

Opening Party Tuesday 19 February, 6:00 - 8:00pm
RSVP essential by 15 February to Michael Baldwin on 03 9653 7738 or email Michael.Baldwin@sofitel.com

Atrium Gallery
Level 35 Sofitel Melbourne On Collins
25 Collins Street, Melbourne 3000


■Editions - Group Print Show(今津杏子作品含む、グループ展)
Curated by Stephanie Jane Rampton

12 February - 3 March 2013

OPENING
Tuesday 12 February, 6 - 8pm
Exhibition to be opened by Marco Luccio

Wed / Fri 11 - 6pm
Sat / Sun 11 - 5pm

312 Johnston Street, Abbotsford, Vic 3067,
Tel: 0423 323 188


kyokoimazu.com

damonandkyoko.tk

 

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