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「ヤクザ」から「オージー」へ 伝統の入れ墨・和彫りの美

関西彫りの妙手・彫弘 メルボルン来訪中

2012年11月23日掲載

 

 

「これ、皮膚の音よ」。

針で突く。1秒間に3~4回のリズム。チッチッ、という軽妙な音をたてる。

 

 

「突いて、上げて、抜く」と言う。

表皮の下に、コンマ数ミリの小さい三角を作る。そこに墨を溜めていく。

 


大阪の彫師、彫弘。

日本伝統の図柄を彫る和彫り、特に「関西彫り」の達人として、名を馳せる。

彫弘が見せるのは、江戸時代から続く西ではもっとも古い入れ墨の流派「彫光」一門による技術。技だけでなく道具も刺す顔料も、古くからのそのままだ。

針は堅い絹針。長い柄は黒柿や黒檀、自分の突きに合う堅い木を自分で削る。墨は、500年の歴史を持つ専門店製。色は顔料。どちらも自然の素材から作られ、肌に負担がない。硯は高いものではないが、何百と試した結果、コンパクトで粒子が荒い今のものを重宝している。

 

 


「ようけいるよ。手で突いてるから『手彫りだ』って。それ違うやろ。ヘタクソで、仕事できてないのに」。

見るものにはごく単純な作業だが、巧い下手の差は大きい。下手が突くと、色が出ない。何度も同じ箇所を突く。血が出る。時間がかかる。すぐ色あせる。「きたない」入れ墨になる。

 

腕に龍の絵を入れたいと、彫弘を訪れたマットは話す。「マシンに比べても、痛みは少ない。色もずっと鮮やかだ」。

「こんだけすっとできる彫師は日本でもほとんどいない」と、彫弘。「10年20年経ってもビクともしないのを考えて、突いて行ってる。針先が我が身の一部にならないとできない」。

10人が10年修行して、1人がモノになるかどうか。努力と才能を厳格に試す、職人の世界だ。

 

 

自らの腕に揺るぎない自信を持つ彫師が、この道に入ったのは31年前。知人が入れ墨を入れるというので、見に行った。27歳のときだ。

「ヘタクソやな、自分のほうがうまくできる、と思った」。

彫光一門を紹介され、入門。少しやって、その難しさに気がついた。以来、寝ても覚めても「彫ること」ばかりを考えた。何を見ても何をしても「これが彫りに使えないか」とばかり考えた。

2ー3年経ち、師匠に「おまえはトップになる」と認められ、同期より頭2つ抜きん出ていた。それにもかかわらずノイローゼになった。「もっとうまくなりたい」。頭に技術が追いつかなかった。

 

彫弘は努力した。才能があった。色・形に対する天性の感があった。

「こんな図柄がいいと話されたら、その場ですぐに絵が描ける。色見たら、教えられなくてもぱっと組み合わせ分かる」。

最盛期には全国各地の組に使命を受け、ヤクザたちの背中を突きつづけた。その数、和彫りで数千、タトゥも入れたら数万人。組長クラスを何人も彫った。

 

 

 

 

「メルボルンは人間がいいね。やさしい。昔の日本みたいな『おせっかいやき』がいっぱいいる。人が倒れてても日本じゃ無視だけど、こっちでは2、3人寄って助ける」。

 

3度目の来訪だ。

 

「日本では今、私らの世界、あかん」。

 

数年前から徐々に仕事が減った。2008年暴対法の改正、取り締まり強化で、組と取引するすべての事業があおりを受けた。ヤクザが、入れ墨をしなくなった。

海外のタトゥ文化の影響で入れ墨を入れる若者も増えたが、それでもヤクザの代わりになるほどの数はない。

 

彫弘は今、迷っている。これからどうやっていくか。「彫り物は、死ぬまでどっぷりやってくよ。純和彫りを追求する。スタイルも変わらない」。30年間食べさせてきてもらって、これからの人生、返していかないと、と言う。

「関西彫りの伝統を残すのが、自分の義務」。

どう残す? 誰に? メルボルンでできるかもしれない。外国人で構わない。本気でやりたい人間がいたら、どこでも誰でもいい。「たまに、突いててかなしいなる。この伝統がなくなってしまう、と。日本にも弟子おるけど、どれも自分を上回ることはない」。

 


海外ではマシン彫りが主流。だが彫弘の「アート」は、世界の舞台で絶大の評価を受ける。10数年前に行ったドイツのイベントではひっぱりだこだった。NYで出店する話もあった。

「今、マシンの性能は進んでいる。手彫りは精密さで限界がある。ただしマシンが模写なら、手彫りは抽象画。甲乙つけられない」。機械か職人芸か。どちらを選ぶか、よしとするか。

 

メルボルンでは、「知人のツテ」を対象に飽くまで 趣味として突く。日本で150年の伝統の技を体に刻みたいと、噂を聞いた希望者が、後を断たない。

「海外で理解してもらえるのに、日本でやりにくくなって、かなしい」。

12月半ば日本へ戻る。次回、2013年5月に再来豪する。その時には、一般客を受け入れる予定だ。

 

旅が好きだという。「私らの仕事、ほんまもん見る目が一番大事」。旅で新しいものを見る。感覚が研ぎ澄まされる。

メルボルンでは、どんな景色がいい?

「どこ行ってもそうだけど、空が好きだね」。

 

 

聞き手・文:田部井紀子
写真:佐藤全俊

 

Horihiro, Japanese Traditional Tattooist
www.tattoo-horihiro.com

 

コメント

以前のコメント

荒尾えいこ   (2014-02-20)
先生ご無沙汰したてます。荒尾です。永田さんと一緒行ったものです。なかなか行けなくて申し訳ございませんm(__)m入院しててなかなか段取りがあわなくてσ(^_^;時間あいてますが、やってもらえますか?
錦   (2013-10-14)
感謝を表したいのなら、その人物と家族、友人に相談してから入れなさい 一人よがりにならないように気をつけなさい もし、理解されなくても仕方がない。決して怒りを覚えないように。一歩踏み出すのは許しを得てから 貴方がやろうとしているのなら、そういった類のものです
明友美   (2013-09-07)
思い入れを 身体に刻む。 忘れないように。 理解し難い世界かもしれんけど 伝わる人もおる。 食べさせてもらったから 返さな。 感謝の気持ちを 私も忘れずに持ちたい。
とみ   (2013-08-04)
入れ墨とか頭おかしいだろ キチガイですね、 痛い思いをしてまで、体にお絵描きするなんて、頭どうかしてます
秋山   (2013-04-20)
背中に龍を入れはじめまし図柄が至極気に入りません!まだ、筋彫り段階ですが、表情とか玉を握る部分は特に変!? 修正なんて可能ですか?
ちゃぼう   (2013-03-08)
ペ-スメ-カ-がは入ってます、電気彫りはむりなのですか?
田部井紀子   (2012-11-23)
たらこさん、いつもお読みいただいてありがとうございます。これからもまたぜひ、感想をお聞かせくださいね。
たらこ   (2012-11-23)
田部井さんのインタビュー、いつもいいですね。

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