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みんなで祝おうオーストラリアデー

パレードが市内を行進。各国チーム、バンドや州首相も

2010年1月27日掲載

Australia Day

1月26日はオーストラリア・デー(Australia Day)である。建国記念日のこの日はオーストラリアの全ての州と準州で祝日となる。

 

 1788年1月26日に、オーストラリアの初代総督アーサー・フィリップ(Arthur Phillip)がシドニーに上陸しイギリス国旗を掲げた。当時のイギリス社会は乱れており、犯罪者の数が激増していた。イギリス国内に囚人を収容する場所が足りなくなり、軽犯罪を犯した者でさえ国外追放の罰を受けることになった。その囚人たちを収容するために新しく利用されるようになったのがオーストラリアである。そして200年以上前のこの日、フィリップが囚人たちを率い、流刑地としてオーストラリアに上陸した。また、それと同時に原住民アボリジニ侵略が始まることになる。

ビクトリア州のジョン・ブランビー(John Brumby)首相(中央)  

イギリスが囚人を上陸させた日、またアボリジニ侵略が始まった日をオーストラリア・デーとして祝うことは古くから疑問視されていたが、最終的にオーストラリア政府が1935年にオーストラリア・デーを制定した。

  それ以来長い年月が経ち、オーストラリア・デーは「移民の日」という意味合いに変わってきた。白豪主義にも終わりを告げ、世界中から数多くの移民がやってくる多民族国家となったオーストラリア。民族問題は全てなくなったとは言いがたいが、様々な背景を持つ民族がより暮らしやすい国を目指している。オーストラリアにとって、移民の代名詞ともいえる1月26日。現在では、他民族の国民一人一人が、オーストラリア人であるということの意味、オーストラリアの素晴らしさを再確認する一日になっている。

 市民の30%以上が移民である多民族都市メルボルンでは、メインのイベントとして、スワンストン・ストリート(Swanston Street)で数多くの民族、文化のグループによるパレードが行われた。それぞれのグループが色鮮やかな衣装を身にまとい自分たちを紹介、主張した。地元の人、観光客が溢れんばかりに道路を囲み、民族、文化の多様性を楽しんだ。ビクトリア州のジョン・ブランビー(John Brumby)首相もパレードに参加し、市民の声援にオーストラリア国旗を振って応えた。パレードの参加者、見物者、首相みんながオーストラリア国旗を振り、多民族国家としての国民の団結を確認しているようであった。

 オーストラリアの歴史や問題と共に歩んできた1月26日のオーストラリア・デー。とはいっても、お祭り好きのビクトリア州のことなので、市民のほとんどは昔のことを忘れてお祭り騒ぎを楽しんでいるだけかもしれない。

 

パレードの模様はこちら!

 

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