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私のソウルメイト(31)

 食事の後、子供たちを寝かしつけてお久が囲炉裏の傍に戻ってきたところで、庄屋の職を私に譲って引退している父親が「話し合いの結果はどうなったんじゃ?」と口を切りました。
「結論は出んかったが、このままでは村中皆飢え死にしてしもう。直訴する以外にねえと言う話になったんじゃが、そうなると、俺が直訴をかってでんといけんことになる」
父は直訴をするということが、私の死を意味することを知っていました。「そうか」とだけ言うと、また物思いに沈んでいきました。お久は「誰か他の人に頼むわけにはいかんのですけ?」と、不安を隠しきれない様子で言いました。「そんなこと、できるわけないじゃろ」私はつい声を荒げてお久を叱り付けました。その晩は、私は床の中で、死に対する恐怖と、自分が直訴をしなければ村中の者が飢え死にするという二つの恐怖にさいなまされていました。でも、結論は決まっていました。直訴以外に考えられないということでした。私は翌日家中の者を集め、自分の決心を伝えました。
「皆も知ってのとおり、この村はイナゴの害で作物は収穫できず、年貢を納めることは全くできない状態になった。年貢の免除を願うには直訴しかない。わしは、直訴をすることを決心した。心残りなのは、長男の吾助がまだ12歳で家督を継ぐには幼すぎることだ。皆で吾助を助け、仲良く家を盛り立てていってくれ」
 皆私が言うことを予想をしていたようですが、私の口からはっきり伝えると、啜り泣きが聞こえました。お久は嗚咽を他の者に聞かせないために、手で口を押さえて、席を立ち、足早に座敷を出てしまいました。子供たちは何が起こっているかはわからないものの母親が泣いている様子を見て「おっかあ」とお久の後を追っていきました。家の手伝いをしている下女と下男も、泣きながら座敷を出て行き、後は父親と私だけが取り残されました。父親は「わしはもうおいぼれて役にたたんから、本来ならわしが直訴をすればいいんじゃが、庄屋のお前がやるしかないじゃろうのう。わしはもう先が長くねえからいいが、お久や子供たちが不憫じゃのう」と言いました。
そこで、時間がきたようです。マクナマラ先生の声が聞こえてきました。
「いまから、1,2,3と言いますから、3が聞こえたら、あなたの目が覚めます。さあ、いきますよ。いちい、にいい、さん」
私はいつものようにゆっくり目を開けた。夢からさめたような気分だった。
しかし、死に対する恐怖は、余韻として残っていた。
私は今度のセッションで、ダイアナが出てこなかったのが気がかりだった。
「先生、今度は娘のダイアナが出てこなかったんですが、どうしてでしょうか?」
「毎回、皆同じ人が自分の人生に関わっているわけではないのですよ。この度は、あなたは男として生まれた人生を見たわけですが、結婚相手も今回は違っていたわけでしょ?」
「はい、今回見た人生では、私の気になっていた人とは夫婦でした」
「夫婦の関係の人とも毎回人生を共にするわけではないのですよ。その人生で学ぶための環境作りが一番優先されるのですよ」
「はあ、そうですか」
その帰り道、私は少し満足していた。ロビンとはやはり深いつながりがあったのだと分かっただけでも嬉しかったのだ。アーロンとロビン、二人とも今まで私の人生に深くかかわってきた人なのだ。
私はクリニックから、そのまま京子のアパートに向かった。
ピンポーンとベルを鳴らすと、ワイングラス片手に京子がドアを開けてくれた。
一人だと思っていた京子の部屋には先客がいた。若いダンディーな感じのする男だった。
京子はその男を「同じアパートの住民のケビンさん。きのうアパートのプールで知り合ったの」と紹介してくれた。
「初めまして」
長い睫をしたちょっとトム・クルーズに似たするどい人を見透かすような目をしたハンサムな男は握手をしようと手を差し伸べた。
私は「京子の友達のもとこです」と言いながら、その男と握手をした。
「私たち、ワインを飲んでいるんだけど、もとこさんもワインでいい?」と京子がきくので、「そうね、じゃあ私もワインをいただこうかしら」と二人のパーティーに仲間入りした。
「ケビンさんは、何していらっしゃるの?」と私が聞くと、
「銀行で投資のアドバイスをしています。もとこさんは?」と言う。
「私は、翻訳の仕事をしています。今週二日はBTで働いていますが」
「へえ、僕は英語しか話せないんだけど、英語に比べて日本語って難しいってきくけど、どうですか?」と話を続ける。なかなか如才ない男らしい。
「発音なんかは英語ほどいろんな音がないので、やさしいし、文法だって、英語ほど例外がないので簡単ですよ。ただ敬語など、相手によって話し方の丁寧度を変えなければいけないのと、漢字を覚えるのが、英語話者にとっては難しいでしょうね」と、どこかで読んだ本の受け売りをした。
「そうですか」
京子がワイングラスを私に渡して、「今日の退行催眠はどうだった?」と聞いてきた。
ケビンは「えっ?退行催眠って何ですか?」と聞く。
今日は少し酔っているのか、京子の舌は良く回る。
「この人ね、自分の過去世がどうだったか知るために、退行催眠を受けているの」と茶化すようにケビンに説明した。
「過去世?何だか面白そうだなあ」とケビンは本当に好奇心を持ったようで目を輝かせて聞いてきた。
私は、今日初めて会ったばかりの男にぺらぺら自分のことをしゃべる気にはならず、「いえ、ちょっと好奇心から受けてみただけです」と答えた。それを京子がさえぎって
「この人ね、好きな人ができて、その人と過去世ではどんな関係だったか興味をもって、調べているの」といい始めた。私は段々京子の饒舌が不愉快になってきた。
「京子さん、ちょっと人のことをぺらぺらしゃべるのはやめてよ。それより自分のことを話したらどうなの」と、私は苛立って言った。
京子と私が険悪なムードになりそうなのを察知してケビンは
「まあ、まあ。そんなに怒らないでくださいよ。ちょっと面白いなと思っただけだから」と二人をとりなそうとした。
「私、今日は失礼するわ」と言うと、私は半分も飲んでいないワイングラスを置いて立ち上がった。
「あら、怒ったの?怒らなくっていいじゃない。もう少しいなさいよ。今日はどんなことが分かったか、聞きたいし」という京子の言葉を後にして私は、京子のアパートを出て行った。
最近の京子はどうかしている。マリファナを吸ったり、若い男を連れ込んだり。結局彼女は退屈してるんだ。だから何かの刺激を求めているんだ。よく言う『中年の危機』っていうやつだ、と私は結論付けた。

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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