interview
キャリア・学ぶ

書道家・野竿 進悟さん インタビュー

筆は思いを伝えるただの道具。大切なのはその心にある。

2009年6月1日掲載

 

【プロフィール】
野竿 進悟氏 Shingo Nozao
書道家。大阪府出身。17歳のときに書道家・井上有一氏の作品に感銘し、大学で書道を学ぶことを決意。2005年に初来豪し、現在は京都を拠点に活動しながら、オーストラリアでの活躍の場を広げている。2009年5月18日~23日までメルボルンにて個展を開催した。

インタビュアー:嶋田 美歌・塚本 真衣


 

--書道家になろうと決心したきっかけは何ですか?

「字がきれいに書けると頭が良く見えるから書道を習いなさい」と親に勧められて、小さい時から高校まで書道を習っていました。当時は「習わされている」という気持ちが強かったのですが、高校に入った頃から美術に興味を持ち始め、それがきっかけで書道の魅力に気付いたのが始まりです。


--そこから実際に書道家になるまでの道のりを教えてください。

高校二年生の時、学校に進路調査票を提出しなければならず、進路について真剣に考える時期がありました。当時、バンドを組んでいたのでバンドを続けていこうかとも思ったのですが、現実的ではないのでやめました。そこで残ったのが書道でした。書道もマニアックかなとは思ったのですが、書道の先生など色々な道があるのではないかということで進路を書道に決め、自己推薦入試で自分の持つ書道力を最大限にアピールし、大学に入学しました。大学卒業後、本格的に書道家としての活動を始めました。


--バンドと書道はすごくかけ離れたことのように見えるのですが、周りの反応はどうでしたか?

「え?どうして書道に行くの?」という感じで周りのみんなは引いていましたね。大学3回生の時に教育実習で母校に帰ったときも、先生に「おまえ。何で来てん?」と言われました。教育実習で書道を教えるという話をすると、さらに先生方は驚いていましたね。


--書道の先生になろうと考えていたのですか?

いや、全く考えていなかったですね。ずっと書道家としてアーティスト活動をしたいと思っていました。やはり若かったですから、正直に言って最初からすごい志があったというわけではありませんでした。最初は書道で芸術を表現するのは意外性があっていいのではないかな、という軽い気持ちでいましたね。でも、何事もそういう気持ちから始めてしまってもいいと思います。例えば海外に行くにしても、最初の気持ちは「何かを伸ばしたい」とか、「海外に行ったらちょっとかっこいいかも」でもいいと思います。実はそういう気持ちこそが行動を起こすモチベーションへと繋がっていきますから。私自身もそうでしたが、いつのまにか真剣になっていましたね。

--2005年から2007年までメルボルンにいらっしゃったそうですが、どうしてメルボルンを選ばれたのですか?

海外渡航を計画していた時に考えていたことは、近くて、コストが安くて、住みやすくて、アートの盛んな街に行こうということでした。日本で色々と調べていると、メルボルンはアートで創られた街だということを知り、メルボルンに決めました。大学4回生の時には下見のためメルボルンに初めて来たのですが、英語が話せないので1週間ほとんどビクトリア・ホテルにこもっていました。滞在中に、自分の書いた書を売ってみようと思い、実際に道端で売ってみました。何点か売れたのですが、許可書を持っていないため注意されてしまうということもありましたね。その後、大学を卒業してすぐメルボルンにやって来ました。


--実際にメルボルンに来てみて、どうでしたか?

もう、最高でした。路地裏に行くと色々なグラフィティ(落書き)があったり、その辺にぽつんとあるイス一つでも絵になったり、とにかくメルボルンはかっこいいしおもしろい街ですよ。街中を歩いていてもインスピレーションを受けることがたくさんあって、それが自分自身の書に変化をもたらしたりもしました。メルボルンで活躍している色々なアーティストのラインなどから学ぶことも多くありました。  またメルボルンでのシンプルな生活もスタイルも私自身に大きな影響を与えてくれたりして、確実にこっちに来たことによってスタイルは変わりました。以前よりすーっとしたラインを引くようになりましたね。メルボルンに来てからシンプルにいこうと思うようになりました。あんまりいらないことをしない方がいいのではないかなと。以前はザーッというような、無理やり筆を和紙に押し付けるような感じで、その分、迫力は出るのですが、そういうのはなくなりましたね。


--活動の拠点は現在どちらですか?

現在は主に日本の京都で書道家として活動しながら、高校4校で書道の講師をしています。今回はJapan Festivalでのライブ・パフォーマンスとメルボルンでの個展のために2週間だけ来豪しています。日本では2008年の10月に「墨蜂」を結成し、精力的に活動しています。この「墨蜂」は書道家集団で、全員で10名いますが、その内9名が書道家、1名が音楽製作兼舞台監督です。今年の8月23日には京都の呉竹ホールでライブ・ペインティング・ショーが決まっています。このイベントは一時間ぐらい続くもので、少し劇的なものを取り入れています。チケットがこれから発売になるので、興味のある方はぜひ「墨蜂」のホームページに遊びにきてもらいたいです。


--メルボルンと京都はどこか似ていると思うのですか、どうでしょうか?

似ていると思います。碁盤の目の街作りであったりとか、歴史と今とが共存している部分であったりとか似ていますよね。ライゴン・ストリート(Lygon Street)辺りが京都の北区みたいな感じがしますよ。メルボルンに帰ってくると第二の故郷のように、何の違和感もなく過ごすことができてしまいます。


--ライブ・ペインティングはいつから始められたのですか?

メルボルンで始め、グレンフェリー(Glenferrie)にあるMLCホールで行いました。実際にライブ・ペイントをして出来上がった作品を見てみると、字なのか字じゃないのかわからないものになってしまいがちです。どちらを追及していくかですよね。作品と呼べるものをその場で書くのか、アクションをつけてパフォーマンスとして披露するのか。また、完成した作品を見たいのか、パフォーマンス自体を見たいのか。どちらを見たいのかにもかかわってきますよね。パフォーマンスと作品、両方がいい形で提供できることが一番ですが、実際にはそうはいかないですからやはり難しいです。実はジャパン・フェスティバルのライブ・パフォーマンスで出来上がった作品は作品の方により過ぎてしまってあんまり好きじゃなかったですね。きれいにまとめすぎたという感じがしています。

 

--墨を刷る時にオーストラリアのお水と日本のお水では何か違いが出てくるのでしょうか?

硬度が違いますからね。多少違うかなという感じはありますが、あまり気になる程度ではありません。それより和紙への影響の方が大きいですね。オーストラリアの乾燥した環境の方が、和紙の状態には良いです。日本のように湿気が多い環境だとにじみが出すぎてしまうことがあるので、イメージ通りに仕上がらなかったりする場合が多くなってしまいますね。墨は、刷るときに使用する水の温度を上げれば問題ありませんから。だいたい35度ぐらいのぬるま湯が適温です。


--作品を書いている時、先にイメージが頭の中にあるのか、書きながらイメージが湧いてくるのかどちらですか?

それはケース・バイ・ケースですね。でもだいたい頭の中に描いてからが多いです。書道はテクニックと経験がなければ、偶然的なものに頼るしかなくなってくるのですが、私は今ではこういう風に書きたいと思えば、そのイメージ通りのものを書くことができます。でもそれ以上のものを書けるようになりたいですね。書きたいと思った時に一気に集中して書くことが多いです。書くときのスタイルは生まれた時の姿に戻ってというわけではないですが、基本的には裸ですね。作業中に服が邪魔になってしまいイライラしてしまうと、その気持ちが書に表れてしまったりしますから、裸が一番です。


--徹夜で書いたりすることはありますか?

ありますね。真夜中に集中できるタイプなので、夜の作業が多いです。けれど、本当は夜に書道をすることはあまりいいことではないのですけれどね。「南窓下」と言って南向きの窓の側で書くのがいいと言われています。やはり光の当たり方が全く違うからでしょうね。逆に「北窓下」はよくないと言われていますから、実際に書道をするなら陽の昇っている時間帯が最適です。実際に南向きで書いていると、作品が上手く見えてモチベーションがあがってきますよ。

この作品は大きい筆を使用して一筆で書いています。実は墨に色々な物を混ぜているので、このような二色の色合いになっています。上に浮いているのは粉状のコピーのトナーで、バックに滲んでいるのが墨です。混ぜ方によって滲み具合が全く変わってきます。混ぜ過ぎるとバックの滲みが出ないことがあります。この方法は先駆的に生み出した方々がいるのですが、それを使用して新しい何かを生み出していこうと思っています。
 

--日本の書道界ではその枠組みの中から外れない方がいいという風潮があるのですか?

そうですね。日本で、書道をやっている人間が私の作品を見たら古典化しかけていると評価すると思います。素人の方は私の作品を「新しい」と思われるかもしれないですが、製作者としては過去に多くの方が実践してきた手法なのでわかりますからね。でも、それをどのように一般の方々に見せられるかということが大切になってくるのだと思います。海外でも日本でも書道の世界を広め、伸ばしていくためには書道家同士が協力してもっと宣伝していかなければならないのですが、実際にはそれが難しいのが現状ですね。


--オーストラリアでの書道の評価はどうですか?

オーストラリアの方は結構、書道をアートというよりも古典芸能として捉えている方が多いです。私の作品を見ても絵画みたいに見えるみたいで、私が「実はこれは文字ですよ。」と伝えても「うーーん。」という感じですからね。やはり、文字としてわかる作品の方が、古典的でオリエンタルだから魅力的だと言う方が多いです。そこがポイントでもあり、だからこそやり辛かったというのはありますね。でも、自分が本当に書きたくて書いた作品が売れた時は「好きなやつもおんねんなぁ。」と思いながらも、うれしいですね。


--これから書道家としての目標や夢などありますか?

やはり自分の作品の価値が上がればおもしろいですよね。それはつまり書道が認められた瞬間ってことになるじゃないですか。「書道」が正しく理解してもらえるということが一番うれしいですからね。けれど、書道を世界に広めていくためには書道家だけではできません。日本から書道を研究している学者の方たちにも海外でシンポジウムを開くなど、何かしらの行動を起こしてもらう必要があると思います。我々書道家はあくまで製作者であって、学者じゃないので、そこをどのように捉えていくかがこれからの課題ですね。実際に製作者と学者の間には温度差があると思うので、その差をなくして両者が協力し合って書道の反映に繋がっていけばと思っています。


--これからは「墨蜂」としての活動をメインで行われる予定ですか?

そうですね。メンバーみんなで手を取り合い協力して、書道家がケンカせずにやっていける新しい時代を創り上げていきたいですね。実際に書道が大好きで書道家として活動して行きたいという若者がたくさんいるので、その若者たちの先頭に立って、活動できる場所をどんどん提供していくきっかけを作っていけたらいいなと思っています。こういう活動は私一人ではできないですから、「墨蜂」のみんなで力を合わせてやっていきたいです。そして、将来的にはメルボルン・インターナショナル・アート・フェスティバル(Melbourne International Art Festival)の舞台で「墨蜂」のみんなでパフォーマンスをしたいですね。


--書道家を志す若者に何かメッセージを下さい。

とりあえず、「俺のところへ来い」と言いたいですね。なんでも教えてあげます。


--最後に『GO豪メルボルン』の読者の方にメッセージをお願いします。

海外に夢を持ち過ぎないこと。結局、場所は関係なくどこでも一緒だと思います。もちろん海外で育つことはできるけれど、結局海外に行っても何もしない人は何もしない。できる人はどこに行ったとしてもできる。それをちゃんと踏まえた上で海外に行かないと、あまりいい思い出にならなかったりしてしまうので、現実をしっかり見てほしいです。その現実はたとえどこに行ったとしても変わらないということを忘れないで下さい。

 
野竿 進悟 Website     
URL:http://shingonozao.jounin.jp/

墨蜂 Website
URL:http://sumibachi.jp/

Melbourne International Art Festival
URL:http://www.melbournefestival.com.au/
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