更新日: 2010/05/30
「すごいよ、シン君って!」
彼女が電話越しで興奮している。どうしたのか尋ねると、じゃがりこを新太郎と一緒に食べていて、彼女が何個かまとめて取ったら"One each!(1個ずつだよ!)"と怒られたと言うのだ。僕はひとり東京のアパートで、卑しい嫁と息子のじゃがりこを賭けた骨肉の争いを想像して呆れてしまった。なんて、ケチな奴らだろうと。
彼女は新太郎を連れて一週間ほど広島の実家に帰っている。毎日ひとり寂しくコンビニ弁当を食べ、発泡酒を飲んで一週間が過ぎるのを待っている僕にとっては、毎晩の電話は束の間のオアシスである。恋焦がれる嫁と息子の姿を想像しつつ電話を取った僕の耳に飛び込んだケチな二人のじゃがりこ騒動。「いいじゃん仲良く食べれば」僕が冷めた声でそう言うと、「そうじゃないの!」と彼女のトーンは一層高まった。
"One each!"と新太郎に怒られた彼女が、「シン君、どこでone eachなんて覚えたの?」と新太郎に尋ねると、新太郎が"Daddy Natto."と言ったらしい。そうだ、彼女たちが広島に行く日の朝、僕は3パックまとめ売りの納豆をひとつずつ僕と新太郎の前に置いて、"One each, OK(1個ずつだよ、いいね)."と言ったのだった。「そんなことを覚えていたのか!すごいなあシンは!」ほんの一瞬前までケチな嫁だと決め付けていたのをすっかり忘れ、僕は携帯電話を片手にひとりニヤニヤしていた。
こんな感じで新太郎が何かをする度に、僕らは親バカ丸出しで喜んだ。今になって冷静に振り返ってみると、新太郎が生まれてから2年間、意味があるのかもわからない状態で始めたバイリンガル子育ての成果が出始めたことが、僕ら夫婦にとってはとても大きかったのだと思う。逆に言えばそれだけお互いに頑張ったのだ。
そんな親バカに答えるように新太郎も色々なことをしてくれた。おもちゃのドラムを「これ何?」とママが聞けばドラムと答え、僕が英語で聞けば"Dram"と英語発音で答えたり、僕が食べていたお菓子を食べたくて、"Can I have?(ちょうだい)"と言ったり、ママが机の角に足の小指を思いっきりぶつけた時には、"Are you OK?(大丈夫?)"と心配して、"Don't cry.(泣かないで)"と声を掛けた。彼女は涙を浮かべて喜んでいた。
極めつけはこれだ。テレビに映ったゾウガメを指差して、"Big turtle isn't it?(大きなカメだよね)"と言ったのだ。"isn't it?"という表現は付加疑問文という文法で、僕が中学3年生で習ったものだ。彼女は人生で一度もこの付加疑問文を使ったことはないし、今後も使うつもりもないと言った。そんな高度な言葉を、少し前まで赤ちゃんだった若干2歳2ヶ月の子が話したのである。赤ちゃんが「~だよね。」とフランクに話しているのである。「お前はEAST END×YURI(1994年に『DA.YO.NE』がミリオンセラーを達成した日本のヒップホップユニット)か!」と日本語でつっこめないのが残念だったのは、後にも先にもこの時だけだろう。
そして新太郎は、別の意味でも成長を遂げていた。僕の友達がうちに来て飲み会をやったときのことだ。皆でテレビをつけながら酒を飲んで談笑していると、新太郎が突然テレビを指差して"Naked!(はだかんぼ)"と言ってニヤけたのだ。ブラウン管の中では土曜ワイド劇場のお姉さん達がお約束のポロリをしながら温泉を楽しんでいた。僕の悪友共は「シン君、お父さんに似て好きだなあ」「将来有望だぞ」などと言って喜びだした。そして新太郎はこともあろうに自らシャツをまくっておへそを出してヘラヘラしている。「それは俺じゃない、俺じゃない…」僕の叫びは悪友達の笑い声にかき消されていった。(つづく)

※読者の方からの質問や応援メッセージ大歓迎です。コメントお待ちしております。
僕の会社です→メモリアルCDショップ音吉プレミアム
書籍化された僕のブログ→イタリア人は日本のアイドルが好きっ
英語で日本のサブカルチャーについて書いているブログ→ROAD TO OTAKU
彼女が電話越しで興奮している。どうしたのか尋ねると、じゃがりこを新太郎と一緒に食べていて、彼女が何個かまとめて取ったら"One each!(1個ずつだよ!)"と怒られたと言うのだ。僕はひとり東京のアパートで、卑しい嫁と息子のじゃがりこを賭けた骨肉の争いを想像して呆れてしまった。なんて、ケチな奴らだろうと。
彼女は新太郎を連れて一週間ほど広島の実家に帰っている。毎日ひとり寂しくコンビニ弁当を食べ、発泡酒を飲んで一週間が過ぎるのを待っている僕にとっては、毎晩の電話は束の間のオアシスである。恋焦がれる嫁と息子の姿を想像しつつ電話を取った僕の耳に飛び込んだケチな二人のじゃがりこ騒動。「いいじゃん仲良く食べれば」僕が冷めた声でそう言うと、「そうじゃないの!」と彼女のトーンは一層高まった。
"One each!"と新太郎に怒られた彼女が、「シン君、どこでone eachなんて覚えたの?」と新太郎に尋ねると、新太郎が"Daddy Natto."と言ったらしい。そうだ、彼女たちが広島に行く日の朝、僕は3パックまとめ売りの納豆をひとつずつ僕と新太郎の前に置いて、"One each, OK(1個ずつだよ、いいね)."と言ったのだった。「そんなことを覚えていたのか!すごいなあシンは!」ほんの一瞬前までケチな嫁だと決め付けていたのをすっかり忘れ、僕は携帯電話を片手にひとりニヤニヤしていた。
こんな感じで新太郎が何かをする度に、僕らは親バカ丸出しで喜んだ。今になって冷静に振り返ってみると、新太郎が生まれてから2年間、意味があるのかもわからない状態で始めたバイリンガル子育ての成果が出始めたことが、僕ら夫婦にとってはとても大きかったのだと思う。逆に言えばそれだけお互いに頑張ったのだ。
そんな親バカに答えるように新太郎も色々なことをしてくれた。おもちゃのドラムを「これ何?」とママが聞けばドラムと答え、僕が英語で聞けば"Dram"と英語発音で答えたり、僕が食べていたお菓子を食べたくて、"Can I have?(ちょうだい)"と言ったり、ママが机の角に足の小指を思いっきりぶつけた時には、"Are you OK?(大丈夫?)"と心配して、"Don't cry.(泣かないで)"と声を掛けた。彼女は涙を浮かべて喜んでいた。
極めつけはこれだ。テレビに映ったゾウガメを指差して、"Big turtle isn't it?(大きなカメだよね)"と言ったのだ。"isn't it?"という表現は付加疑問文という文法で、僕が中学3年生で習ったものだ。彼女は人生で一度もこの付加疑問文を使ったことはないし、今後も使うつもりもないと言った。そんな高度な言葉を、少し前まで赤ちゃんだった若干2歳2ヶ月の子が話したのである。赤ちゃんが「~だよね。」とフランクに話しているのである。「お前はEAST END×YURI(1994年に『DA.YO.NE』がミリオンセラーを達成した日本のヒップホップユニット)か!」と日本語でつっこめないのが残念だったのは、後にも先にもこの時だけだろう。
そして新太郎は、別の意味でも成長を遂げていた。僕の友達がうちに来て飲み会をやったときのことだ。皆でテレビをつけながら酒を飲んで談笑していると、新太郎が突然テレビを指差して"Naked!(はだかんぼ)"と言ってニヤけたのだ。ブラウン管の中では土曜ワイド劇場のお姉さん達がお約束のポロリをしながら温泉を楽しんでいた。僕の悪友共は「シン君、お父さんに似て好きだなあ」「将来有望だぞ」などと言って喜びだした。そして新太郎はこともあろうに自らシャツをまくっておへそを出してヘラヘラしている。「それは俺じゃない、俺じゃない…」僕の叫びは悪友達の笑い声にかき消されていった。(つづく)

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小説版バイリンガル子育て 第13話 『時を越え沖縄で再会した僕ら』
更新日: 2010/05/20
2008年6月30日午前11時30分、僕らは沖縄の那覇空港にいた。中学の同級生が結婚して奥さんと沖縄に移住したので遊びに来たのだ。その友達とは、当時は挨拶する程度の仲だったけど、2005年に同窓会で卒業以来の再会をしてから、何度か他の同級生と飲みに行って、現在の彼の考え方とか、生き方に共感して少しずつ仲良くなった。沖縄に行く前に送別会をした時に、「皆いつでも遊びに来てよ」と言うので、社交辞令じゃないのに賭けて、彼女と息子を連れて本当に遊びに行ってみたのだ。
思えばこれが、新太郎が生まれてから初めての家族旅行だった。慣れない子育てに二人で奮闘している間にあっという間に二年が過ぎた。少しだけしゃべれるようになった新太郎は、この沖縄でどんな思い出を作るのだろうか。
空港で友達と会って、まずはA&Wという沖縄ではメジャーなハンバーガーを食べた。アメリカ人が好きそうなこってり味でボリューム満点だった。しかもコーラはお代わり自由。 食後は、着付けの免許を持つ彼女の希望で、沖縄かすりという着物を作っている工場を見学して、その後、早速沖縄の海に行った。新太郎を海に入れるのは初めてだったので、最初が肝心だと海に落としてやったら溺れて大泣きして、"Scary!(怖いよぉ!)"と叫びながら砂浜に逃げ帰って行った。 僕は"Scary"なんて言えるのかと息子に感心しながら、「人間は生命力に溢れているから、海に落とせば自然に泳げるようになる。俺はそうだった」と焼酎をあおりながら言っていた親父の言葉を信じた自分を恥じた。

泳いだ後は、ホテルに戻って着替えて、再出発。車を走らせること10分。突然友達が畑のような所に車を入れた。そう、彼の「マイファーム」だ。年間5500円で借りられて、水は使い放題。トマト、アロエ、パパイヤ、ゴーヤ、とうもろこし、オクラ、紅イモなど、たくさんの野菜や果物がなっていた。毎日の食卓には、この畑で作られた食材が必ず何点かは並ぶそうだ。「今回は中身がスカスカだったから、来年はこうしよう」などと相談して美味しい食材を作るのも楽しいし、多少苦いのができたときもそれを個性として受け入れて、楽しく食べられるという話を聞いて、素敵な生活をしているな、と改めて思った。新太郎は、はじめて実際になっているトマトやパパイヤを見たり、水をあげるのを手伝わせてもらって目を輝かせていた。その輝きがテレビでミッキーマウスを見ている時のそれとは違っていて、ミッキーが悪いとも思わないけど、やっぱり子どもは自然に触れさせてあげたいなと思った。
畑を出た後は、世界遺産に認定されている座喜味城跡(ざきみじょうあと)に行った。 ここは1420年頃に護佐丸(ごさまる)という武将が築城したとされている城の跡で、入口の石碑以外に特に何の説明も無いのだけど、ものすごいパワーを感じる場所だった。お城があるわけじゃなく、石垣に囲まれているだけの空間なのだが、ここが何だったかとか、そういうことを知らなくても説得力があるもの凄い場所で、言葉では上手く説明できないのだが、あえて言うならば、築城から600年後の現在までの時間の渦の中にいるような気分になってしまうというのが一番近い。ここに来るまで車の中ではしゃいでいた新太郎だったが、車を止めた途端にパタリと眠ってしまった。僕は新太郎を抱きかかえて城跡に入っていった。先に来ていた一組の外国人観光客とすれ違い、木でできた細くて急な階段を登り、一番高いところで友達が記念撮影をしようとカメラを構えた瞬間だった。ふっと何かがよぎった。自分なんだけど自分ではない感覚。すぐに隣にいた彼女を見た。
「今、昔ここに来た気がしなかった?」
「した。沖縄に来るの初めてなのに、ずっと昔にきたような気がした」
「俺たち昔も一緒にいた時があったのかなあ」
「ここに来てすぐに新太郎がパタって寝ちゃったから、きっと新太郎が過去と現在を繋いでるんだ」
「じゃあその時も三人一緒だったんだね」
普通に聞いたら笑っちゃうくらい恥ずかしい会話だけど、その時は素直にそう思った。「また会えたんだね」そう言って僕らは笑った。

それから数日後、沖縄から戻った僕らには日常が待っていた。朝起きて、新太郎と少し遊んで仕事に出かける毎日。あの沖縄の座喜味城跡での感覚はなんだったんだろうか?あれから彼女とはその話はしていない。新太郎が、沖縄で買った小さなシーサーの人形を両手にひとつずつ握り締め、それを交互に差し出して"Girl""Boy"と言った。口を開いているのがオス、閉じているのがメスである。なんで知っているんだ新太郎。やっぱりお前もあの場所にいたのか。
「また会えたんだね」 (つづく)

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思えばこれが、新太郎が生まれてから初めての家族旅行だった。慣れない子育てに二人で奮闘している間にあっという間に二年が過ぎた。少しだけしゃべれるようになった新太郎は、この沖縄でどんな思い出を作るのだろうか。
空港で友達と会って、まずはA&Wという沖縄ではメジャーなハンバーガーを食べた。アメリカ人が好きそうなこってり味でボリューム満点だった。しかもコーラはお代わり自由。 食後は、着付けの免許を持つ彼女の希望で、沖縄かすりという着物を作っている工場を見学して、その後、早速沖縄の海に行った。新太郎を海に入れるのは初めてだったので、最初が肝心だと海に落としてやったら溺れて大泣きして、"Scary!(怖いよぉ!)"と叫びながら砂浜に逃げ帰って行った。 僕は"Scary"なんて言えるのかと息子に感心しながら、「人間は生命力に溢れているから、海に落とせば自然に泳げるようになる。俺はそうだった」と焼酎をあおりながら言っていた親父の言葉を信じた自分を恥じた。

泳いだ後は、ホテルに戻って着替えて、再出発。車を走らせること10分。突然友達が畑のような所に車を入れた。そう、彼の「マイファーム」だ。年間5500円で借りられて、水は使い放題。トマト、アロエ、パパイヤ、ゴーヤ、とうもろこし、オクラ、紅イモなど、たくさんの野菜や果物がなっていた。毎日の食卓には、この畑で作られた食材が必ず何点かは並ぶそうだ。「今回は中身がスカスカだったから、来年はこうしよう」などと相談して美味しい食材を作るのも楽しいし、多少苦いのができたときもそれを個性として受け入れて、楽しく食べられるという話を聞いて、素敵な生活をしているな、と改めて思った。新太郎は、はじめて実際になっているトマトやパパイヤを見たり、水をあげるのを手伝わせてもらって目を輝かせていた。その輝きがテレビでミッキーマウスを見ている時のそれとは違っていて、ミッキーが悪いとも思わないけど、やっぱり子どもは自然に触れさせてあげたいなと思った。
畑を出た後は、世界遺産に認定されている座喜味城跡(ざきみじょうあと)に行った。 ここは1420年頃に護佐丸(ごさまる)という武将が築城したとされている城の跡で、入口の石碑以外に特に何の説明も無いのだけど、ものすごいパワーを感じる場所だった。お城があるわけじゃなく、石垣に囲まれているだけの空間なのだが、ここが何だったかとか、そういうことを知らなくても説得力があるもの凄い場所で、言葉では上手く説明できないのだが、あえて言うならば、築城から600年後の現在までの時間の渦の中にいるような気分になってしまうというのが一番近い。ここに来るまで車の中ではしゃいでいた新太郎だったが、車を止めた途端にパタリと眠ってしまった。僕は新太郎を抱きかかえて城跡に入っていった。先に来ていた一組の外国人観光客とすれ違い、木でできた細くて急な階段を登り、一番高いところで友達が記念撮影をしようとカメラを構えた瞬間だった。ふっと何かがよぎった。自分なんだけど自分ではない感覚。すぐに隣にいた彼女を見た。
「今、昔ここに来た気がしなかった?」
「した。沖縄に来るの初めてなのに、ずっと昔にきたような気がした」
「俺たち昔も一緒にいた時があったのかなあ」
「ここに来てすぐに新太郎がパタって寝ちゃったから、きっと新太郎が過去と現在を繋いでるんだ」
「じゃあその時も三人一緒だったんだね」
普通に聞いたら笑っちゃうくらい恥ずかしい会話だけど、その時は素直にそう思った。「また会えたんだね」そう言って僕らは笑った。

それから数日後、沖縄から戻った僕らには日常が待っていた。朝起きて、新太郎と少し遊んで仕事に出かける毎日。あの沖縄の座喜味城跡での感覚はなんだったんだろうか?あれから彼女とはその話はしていない。新太郎が、沖縄で買った小さなシーサーの人形を両手にひとつずつ握り締め、それを交互に差し出して"Girl""Boy"と言った。口を開いているのがオス、閉じているのがメスである。なんで知っているんだ新太郎。やっぱりお前もあの場所にいたのか。
「また会えたんだね」 (つづく)

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小説版バイリンガル子育て 第12話 『人生で一番大切な時間』
更新日: 2010/05/11
6月2日、新太郎は2歳になった。新太郎の顔をあしらえたケーキを注文して家族3人で祝った。去年の1歳の誕生会は、新太郎と同じ誕生日の彼女のお母さんや、親戚を呼んで盛大にやったけど、今年は3人だけでお祝いした。去年は何が起こっているのかもよくわからず、歩くこともできなかったのに、今年は自分の指を2本立てて"Two"と言えるし、ろうそくの火を吹いて消すこともできる。部屋を暗くして、ハッピーバースデーの歌を歌って、ろうそくを消すのが嬉しいらしく、何度もアンコールするので十回くらい歌を歌った。たくさん歌を歌っちゃったけど、ゆっくりと成長して欲しいと思った。毎日少しずつ成長しているわが子を見られる喜びをずっと楽しみたい。

僕が高校生の時に留学していたホストマザーや、イタリア人やシンガポール人の友達からもプレゼントが届いた。遠く離れた国で、僕の子どものことを思ってくれているのがありがたい。僕が2歳だったころ、僕の世界は家の中と庭、それから家の前の道路くらいだったけど、新太郎は既に海を越えている。何になるでもいい、でっかい地球の中の自分を感じられる心の広さを持って欲しい。生まれた時からやっている英語での子育て、これがいつか役に立つ時が来るだろう。
そんな風に僕がロマンティックな思いにふけっていたころ、彼女は別の角度から新太郎の成長をかみしめていた。2歳になった途端、うんちが出たら毎回教えてくれるようになったのだ。そして2歳になって3日目の6月4日、ついにトイレでうんちをした。毎日身の回りの世話をしている母親からすれば、むしろこちらの成長の方が現実的で、金銭的にも嬉しいのだなと感じて、改めて彼女がしてくれている全てに感謝をした。
英語の方も順調で、毎日のように新しい言葉を話している。僕の携帯電話が鳴ったら"Phone!"と教えてくれた。高校生の時に始めて携帯電話の存在を知った僕と、生まれながらに携帯電話がある世界で生きている新太郎とでは、色々な面で環境が違うのだと実感した。お風呂が終ったら"Finish"と言った。これは僕の真似だろう。朝、僕の枕元に来て"Wake up!"と言いながら僕を叩き、僕が起きたら"Yes!"と言って喜んだ。これはディズニーのあいさつのDVDから学んだのだと思う。
こうして新太郎が英語を話すようになってくると、実際に僕がやって見せたことだけでなく、DVDやテレビの映像からも学んでいることが確認できた。つまり、そういったものを上手く使えば、僕の能力ではできないことも教えてあげられるということだ。経営でもそうだけど、数字が苦手なら数字に強い人を味方にすればいい、芸術センスがなければ、センスのある人に宣伝用のポップを作ってもらえばいい、それは子育てでも同じみたいだ。もっと言えば、世の中のもの全てがきっとそんな仕組みになってるんじゃないかと少し思った。
6月3日には、元々僕の店のお客さんで、友達になったイタリア人のレオが彼女のパオラと来日したので、一緒に観光に出かけた。レオと会うのはもう4回目、これまでは弟と来ていたが、今回は彼女を連れて来た。レオはこれまでほとんどの有名な観光地には行っているので、マイナーだけど風情がある青物横丁に観光に行った。そして観光のあとには、僕の家がある中野に移動して、スーパーマーケットで食材を買って、僕の家に向かった。毎年恒例のイタリア料理VS日本料理対決だ。今年は僕はお好み焼き、レオはアマトリチャーナ(トマトとベーコンのスパゲティ)を作った。料理を作り終えた僕らは、テーブルに料理を置いて記念写真を撮ろうとした。すると新太郎がやって来て、僕らの間に入って僕とレオの握手している手の上に自分の手も重ね合わせた。"It's good to have good food with good friends(いい友達と美味しい料理を食べるのは楽しいね)"と僕が言うと、パオラが「すごくいい言葉。こういう時間が人生で一番大切ね」と言った。同感だった。傍から見ればこんなことのためだけに英語を教えているのかと言われるかもしれないけど、僕は新太郎には英語を使って、こんなことをして欲しいし、こんな喜びを味わって欲しい。そんな気持ちを知ってか知らずか、レオと僕の間に立つ小さなシェフはギュッと僕らの手を握り直した。(つづく)

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僕が高校生の時に留学していたホストマザーや、イタリア人やシンガポール人の友達からもプレゼントが届いた。遠く離れた国で、僕の子どものことを思ってくれているのがありがたい。僕が2歳だったころ、僕の世界は家の中と庭、それから家の前の道路くらいだったけど、新太郎は既に海を越えている。何になるでもいい、でっかい地球の中の自分を感じられる心の広さを持って欲しい。生まれた時からやっている英語での子育て、これがいつか役に立つ時が来るだろう。
そんな風に僕がロマンティックな思いにふけっていたころ、彼女は別の角度から新太郎の成長をかみしめていた。2歳になった途端、うんちが出たら毎回教えてくれるようになったのだ。そして2歳になって3日目の6月4日、ついにトイレでうんちをした。毎日身の回りの世話をしている母親からすれば、むしろこちらの成長の方が現実的で、金銭的にも嬉しいのだなと感じて、改めて彼女がしてくれている全てに感謝をした。
英語の方も順調で、毎日のように新しい言葉を話している。僕の携帯電話が鳴ったら"Phone!"と教えてくれた。高校生の時に始めて携帯電話の存在を知った僕と、生まれながらに携帯電話がある世界で生きている新太郎とでは、色々な面で環境が違うのだと実感した。お風呂が終ったら"Finish"と言った。これは僕の真似だろう。朝、僕の枕元に来て"Wake up!"と言いながら僕を叩き、僕が起きたら"Yes!"と言って喜んだ。これはディズニーのあいさつのDVDから学んだのだと思う。
こうして新太郎が英語を話すようになってくると、実際に僕がやって見せたことだけでなく、DVDやテレビの映像からも学んでいることが確認できた。つまり、そういったものを上手く使えば、僕の能力ではできないことも教えてあげられるということだ。経営でもそうだけど、数字が苦手なら数字に強い人を味方にすればいい、芸術センスがなければ、センスのある人に宣伝用のポップを作ってもらえばいい、それは子育てでも同じみたいだ。もっと言えば、世の中のもの全てがきっとそんな仕組みになってるんじゃないかと少し思った。
6月3日には、元々僕の店のお客さんで、友達になったイタリア人のレオが彼女のパオラと来日したので、一緒に観光に出かけた。レオと会うのはもう4回目、これまでは弟と来ていたが、今回は彼女を連れて来た。レオはこれまでほとんどの有名な観光地には行っているので、マイナーだけど風情がある青物横丁に観光に行った。そして観光のあとには、僕の家がある中野に移動して、スーパーマーケットで食材を買って、僕の家に向かった。毎年恒例のイタリア料理VS日本料理対決だ。今年は僕はお好み焼き、レオはアマトリチャーナ(トマトとベーコンのスパゲティ)を作った。料理を作り終えた僕らは、テーブルに料理を置いて記念写真を撮ろうとした。すると新太郎がやって来て、僕らの間に入って僕とレオの握手している手の上に自分の手も重ね合わせた。"It's good to have good food with good friends(いい友達と美味しい料理を食べるのは楽しいね)"と僕が言うと、パオラが「すごくいい言葉。こういう時間が人生で一番大切ね」と言った。同感だった。傍から見ればこんなことのためだけに英語を教えているのかと言われるかもしれないけど、僕は新太郎には英語を使って、こんなことをして欲しいし、こんな喜びを味わって欲しい。そんな気持ちを知ってか知らずか、レオと僕の間に立つ小さなシェフはギュッと僕らの手を握り直した。(つづく)

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小説版バイリンガル子育て 第11話 『親の期待は時に子供を傷つける』
更新日: 2010/05/04
2歳になる1ヶ月程前から、新太郎は英語を話す頻度が急に増えてきた。僕が仕事から帰ると"How are you?"と言って迎えてくれた、毎日僕が言ってきたので、"How are you?"は挨拶だと認識していたのだろうけど、それが声に出せるようになったのだ。家族で買い物に行った時には、店内のポスターに描かれている魚やクマを見て、"Fish""Bear"と指をさして、店員さんが驚いていた。子供服売り場では、たくさんの洋服を見て"Many Many"と言った。
これまでは泣いたり、うなったりして要求していたことを、言葉にできるようにもなってきた。例えば、水筒の水がなくなってもっと飲みたい時には、以前なら水筒を持ってきて「アー、アー」と唸っていたのが、"Water"と言うようになった。新太郎が手でベタベタ触ってキズが付いてしまったDVDを観ていて、映像が止まってしまった時には"Come on!"と叫んでテレビに文句を言っている姿は面白かった。
公園のお友達と初めて取っ組み合いのケンカをして、ほっぺにキズを作ったのもこの頃だったし、今までは怖くて近寄れなかった、僕の実家のトイプードルのジョータローに"Good boy"と言って頭を撫でて、エサをあげられるようにもなった。
こうした新太郎の急激な成長に、僕たちの英語子育ては上手く行っているのだと僕も彼女も大喜びで、毎日新太郎に色々な言葉を教えて言わせるようになった。そして、そのことが新太郎の心を傷つけることになる。
ある朝、新太郎は上手くしゃべれなくなった。何を言うにもどもってしまうのだ。これまで普通に言っていた"How are you?"でさえ、「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ユー」としか言えない。最初は僕も彼女も英語と日本語が混乱しているのだと思い、様子を見ることにした。しかし3日経っても相変わらずどもっている。新太郎は上手く言葉が出せないからか、とても辛そうに見えた。僕が英語子育てなんてしたばっかりに、おかしくなってしまったのだと悲しくなった。英語なんてできなくてもいいから、元気で毎日これまで通り笑顔を見せて欲しいと思った。新太郎が英語をしゃべりだして有頂天になっている自分が愚かなエゴイストだと恥ずかしくなった。
"Shintaro, I'm sorry.You don't have to speak anything.As long as you're here, I'm happy.If you want to say something, I can wait so take it easy.(新太郎、ごめんね。何もしゃべらなくてもいいよ。キミがここにいるだけで十分幸せなんだよ。もし何か言いたければずっと待っているから、焦らなくていいよ)"
僕はそう言って、新太郎を抱きしめた。そしてこの日から、新太郎にこちらから何かをしゃべらせるのを止めた。すると3日ほどで、新太郎はどもらなくなり、英語も日本語も普通に話すようになった。僕たちは新太郎の成長に驚いて、もっともっとと色々しゃべらせてしまった。新太郎は僕たちの期待を感じて、一生懸命しゃべろうとして、それがプレッシャーになり、どもるようになってしまったのだと思う。わずか2歳にも満たない小さな心で、親の為に必死で頑張っていた新太郎には本当に申し訳ない気持ちになった。
存在してくれているだけでいい、そして僕たち親は、彼の人生の可能性を狭めないように縁の下の力持ちになってあげるべきだと痛感した。親のペースで子供に何かをさせてはいけない。子供のペースに合わせて、良かれと思うことを提案する。そして最後は子供が決める。それが一番理想じゃないかと思う。(つづく)

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これまでは泣いたり、うなったりして要求していたことを、言葉にできるようにもなってきた。例えば、水筒の水がなくなってもっと飲みたい時には、以前なら水筒を持ってきて「アー、アー」と唸っていたのが、"Water"と言うようになった。新太郎が手でベタベタ触ってキズが付いてしまったDVDを観ていて、映像が止まってしまった時には"Come on!"と叫んでテレビに文句を言っている姿は面白かった。
公園のお友達と初めて取っ組み合いのケンカをして、ほっぺにキズを作ったのもこの頃だったし、今までは怖くて近寄れなかった、僕の実家のトイプードルのジョータローに"Good boy"と言って頭を撫でて、エサをあげられるようにもなった。
こうした新太郎の急激な成長に、僕たちの英語子育ては上手く行っているのだと僕も彼女も大喜びで、毎日新太郎に色々な言葉を教えて言わせるようになった。そして、そのことが新太郎の心を傷つけることになる。
ある朝、新太郎は上手くしゃべれなくなった。何を言うにもどもってしまうのだ。これまで普通に言っていた"How are you?"でさえ、「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ユー」としか言えない。最初は僕も彼女も英語と日本語が混乱しているのだと思い、様子を見ることにした。しかし3日経っても相変わらずどもっている。新太郎は上手く言葉が出せないからか、とても辛そうに見えた。僕が英語子育てなんてしたばっかりに、おかしくなってしまったのだと悲しくなった。英語なんてできなくてもいいから、元気で毎日これまで通り笑顔を見せて欲しいと思った。新太郎が英語をしゃべりだして有頂天になっている自分が愚かなエゴイストだと恥ずかしくなった。
"Shintaro, I'm sorry.You don't have to speak anything.As long as you're here, I'm happy.If you want to say something, I can wait so take it easy.(新太郎、ごめんね。何もしゃべらなくてもいいよ。キミがここにいるだけで十分幸せなんだよ。もし何か言いたければずっと待っているから、焦らなくていいよ)"
僕はそう言って、新太郎を抱きしめた。そしてこの日から、新太郎にこちらから何かをしゃべらせるのを止めた。すると3日ほどで、新太郎はどもらなくなり、英語も日本語も普通に話すようになった。僕たちは新太郎の成長に驚いて、もっともっとと色々しゃべらせてしまった。新太郎は僕たちの期待を感じて、一生懸命しゃべろうとして、それがプレッシャーになり、どもるようになってしまったのだと思う。わずか2歳にも満たない小さな心で、親の為に必死で頑張っていた新太郎には本当に申し訳ない気持ちになった。
存在してくれているだけでいい、そして僕たち親は、彼の人生の可能性を狭めないように縁の下の力持ちになってあげるべきだと痛感した。親のペースで子供に何かをさせてはいけない。子供のペースに合わせて、良かれと思うことを提案する。そして最後は子供が決める。それが一番理想じゃないかと思う。(つづく)

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