Logo for takoshacho

第七回 ストリッパーだったジェニーとのダーウィンでの出会い(その2)

ジェニーはハイボールのグラスを回しながら話を続けた。
「でも、今はこう見えても、さっき言ったようにいっぱしの写真家なのよ。結構厳しい競争社会だし、出遅れているので大変だけど頑張ってるわ。」
ジェニーは、写真で生計を立てていて、その仕事でダーウィンに出稼ぎに来ていたのだ。若作りだけど、おそらく40歳に手が届きそうな年なのだろう。きっとストリッパーでは食べていけなくなったのだろう、などと余計なことまで推し量ろうとした。

「私ね、今、ゴールドコーストで父親と一緒に住んでいるの。海のすぐ近くよ。生活は楽じゃないわ。父も仕事はないし。でも、何とかなるものね。もし、ゴールドコーストに来るようなことがあったら寄ってね。父もいるけど、嫌じゃなかったら泊まってもいいのよ。」
ジェニーは、親切心からそういってくれたのだろう。旅に出ると、こういう親切がありがたい。たとえ、実現しなくてもそういう話を受けるだけで気持ちが温まる。因みに、20代前半の大阪のワーホリ女性にメルボルンで出会ったが、彼女はオートバイでオーストラリア一周、そしてヒッチハイクで92台の車を乗り継いで一周、合計二周したといっていた。いろいろな家に呼ばれて泊まって、オージーはなんとおおらかで親切なんだと言っていた。今では、あぶなくて絶対にできないことだ。当時でも武勇伝になっていた。

酒が進むにつれて、ジェニーは期待に反してだんだんと無口になっていった。私の英語力の拙さで、会話がなかなか続かないこともあったのだろう。まさか、酒乱や鬱病なんかじゃないだろうかと少し心配になった。なんせ、今日会ったばかりの人で全く知らないといえば知らない人だった。時々、見せる横顔が微笑んでいない。一体ジェニーは何を考えているのだろう。

やや気まずい雰囲気に押されながら、真っ暗な道をゆっくりと歩いて帰ることにした。彼女は、途中から黒い靴を脱いで裸足になってその両方の靴を肩からかけるようにして歩いていた。会話はほとんどない。生暖かい風に吹かれながら、行きは浮いていた気持ちが重く沈んで砂利に引きづられながら着いてきた。

私は、永住権を目指してオーストラリア入りしたばかりの時の話だ。観光ビザでまず旅行しようと思った。この国を最初に見てみたかった。いきなりオーストラリア女性とこんな設定になるなんて予想はしていなかった。ジェニーが実際にはどんな生活をしてきたのか聞くこともなく、自分も先の見えない永住願望の遅れてきた青年で、身の上話なんかする場もない。ただ2人は黙って歩き続けた。

やっとユースに戻った。午後泳いだプールが、誘うように月の明かりを受けながらも黒く小刻みに揺れていた。

「私、あした早くゴールドコーストに戻るの。今日は本当に楽しかったわ。ゴールドコーストに来るときは、きっと連絡してね。今日は、ごめんなさい。いろいろあってね、、、、、。」
ついて行きたいような顔をしていたのだろうか。そんな私は無言の断りを受けた。誰か一緒に来ているのかもしれない。ジェニーは、そんな私の頬にキスをして足早に離れていってしまった。豆鉄砲をくらった盛りのついたハトのように一人ぽつんと残された。

旅をしていて知り合うのはほとんどが外国人旅行者で、オーストラリア人とは時間を過ごすことも少ない。そんななかジェニーは、唯一のオーストラリア人といえるかもしれない。
ジェニーはあのとき、人生の大きな曲がり角に立たされていたのだろう。私も、日本を脱出して未来の当てもなく唯々突き進んでいたが目の前はダーウィンの夜空のように深く抜けていた。そんな2人が、ある一点で気だるく交差した一日だったのだろう。

小学校3年の時から年増好みのクセの抜けないタコ青年、不完全燃焼のダーウィンの夜はなかなか明けなかった。

タコ社長のブログ       http://plaza.rakuten.co.jp/takoshacho/

オーストラリア留学     http://www.mtsc.com.au/
(タコ社長の本業)


コメント

関連記事

熱気球

冬のメルボルンの風物詩

最新記事

カレンダー

<  2024-05  >
      01 02 03 04
05 06 07 08 09 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

プロフィール

東京は東村山からオーストラリアに移住して24年目を迎えている。その間、人種を超えてさまざまな方々と出会ってきた。そんな方々との出会いをもとにして、定住者、旅行者、中長期滞在者、学生、ワーホリなどの方々との一期一会を綴ってみることにした。また、番外編としてオーストラリア以前の一期一会も記していきたい。

記事一覧

マイカテゴリー