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幽霊(1)

この世の中には、幽霊が見える人間と見えない人間がいる。ヒル晴美は、統計を取ったことはないが、見える人間は十人に一人くらいしかいないのではないかと思う。晴美は見える人間だが、見えない人間が多いので、下手に幽霊を見たなどと言おうものなら、変な人と見られるので、公言したことはない。科学が全能の神のようにあがめられている現代、幽霊の存在を証明するのは、極めて困難だとため息がでる。科学では、ある条件を満たせば同じ現象が起こると言うことを証明する必要があるのだが、この幽霊と言うやつは気まぐれで、出たり出なかったりする。困ったものである。
晴美が初めて幽霊を見たのは、五年前、夫のジェフリーと二人、ジープでアウトバックを旅行しているとき、サウス・オーストラリア州の田舎町のモーテルに泊まった夜のことだった。どこにでもある、平屋のモーテルで、客室は10室くらいの小さなモーテルだった。夜シャワーを浴びた後、ベッドの上に寝転がって、部屋に備え付けられたテレビをジェフリーと二人で見ているときに、部屋の片隅にあった二つしかない椅子にちょこんと知らない白人の若い女が座っているのに気づいて、びっくり仰天した。女の顔色は悪く、悲しそうである。晴美はなぜ知らない女が自分たちの部屋にいるのか、この女は何者なのかと思い、もしかしたらジェフリーが自分の知らないところで浮気をしていて、その浮気相手ではないかと勘繰り、隣でテレビに見入っているジェフリーの腕をつついて、「ねえ、ジェフリー。あの女の人は誰?」と聞いた。ジェフリーは、「え、何?」と晴美が指さした方を見たが、けげんそうな顔をして、「女の人なんていないじゃないか。晴美、どうかしちゃったんじゃないか?」と言う。「え、見えないの?」と、その時初めて、この女は幽霊ではないかと思い至った。そう思うと恐怖が先に立ち、「キャア!」とベッドから飛び降り、できるだけ女との距離を開くために壁に身を寄せながら、「幽霊だわ」と叫んだ。「幽霊?そんな馬鹿な」とジェフリーはあきれ顔で、晴美を見ている。
「あなたは、誰なの?どうしてここにいるの?ここは私たちが借りた部屋よ。出ていって!」と、そばにあった枕をその女に向かって投げつけた。その枕が女に当たったかと思うと、その女の姿は消えた。
「やっぱり、幽霊だったんだ」と、まだパクパクとする心臓のあたりを手で押さえながら、晴美が言うと、ジェフリーは「幽霊が出て来るなんて、晴美、誰かに恨まれているんじゃないか」と晴美を茶化した。
「本当にいたんだって。それに私の知らない人だったから、私を恨んでいるなんて考えられない」とジェフリーに訴えたが、ジェフリーは「バカバカしい」と晴美の言うことに取り合ってくれなかった。分かってくれないジェフリーに対してプンプンと腹を立てながらも、恐怖がよみがえって、夜はまんじりともしなかった。

ちょさ

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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