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カウラへの旅(1)

~~16歳になる伊藤良太は、毎日が退屈で仕方がなかった。コンピューターゲームにのめりこんでしまって、共働きの両親が出かけたあと、学校にも行かずに一日中ゲームをしていたのがばれたのが、去年の7月だった。良太の担任から呼び出された両親は、その時初めて良太の不登校に気づき、このままでは高校も卒業できないと言われて、パニック状態に陥ってしまった。勿論良太は両親から強い叱責を受けたのだが、もうゲームの中毒に陥っていたから、両親から叱られたってそんなに生活態度がすぐに変わるわけがない。両親が良太の生活態度を改めるために思いついたのが、オーストラリアの高校の留学だった。最近のオーストラリアの高校はどこも資金繰りが苦しいため、お金さえ出せば外国人の留学生を簡単に引き受けてくれる。そういう事情で、今年の1月から急遽オーストラリアに住むことになったのだ。急に英語ばかりの生活に放り込まれた良太は、学校でも、下宿先でも、何を言われているのか分からず、退屈極まりなかった。学校と下宿先との往復。コンピュータは使わせないでくださいという両親の強い要望があったため、コンピュータが使えないので、友達とのメールのやり取りさえできない。学校には日本人の生徒が10人ばかりいるけれど、ゲームで過ごした良太は社交は苦手で、あまり交流はない。ましてや、オーストラリア人の友人なんて一人もいなかった。普通は、ホームステイ先に留学生が何人もいるという所が多いけれど、幸か不幸か良太のホームステイ先は70歳代のオーストラリア人の老人夫婦がいるだけだ。孤独感に襲われるようになり、いまさらながらホームシックになってしまった。そんな時、ホストファーザーの友達のデニスという人と知り合った。デニスは、80歳だが、元気そのもので、昔日本語を勉強したことがあるとかで、時々良太のホームステイ先に来て、日本語でおしゃべりをして帰った。ホストファーザーの話ではデニスの奥さんは日本人だったけれど、去年亡くなったのだそうだ。
ある日、良太とおしゃべりを楽しんだデニスは、帰り際に聞いた。
「良太。来週の土曜日に、何か予定は入っているのかね」
「別に、何もないけれど…」
「それじゃあ、カウラに行ってみないか?」
「カウラって、どこにあるんですか?」
良太にとってカウラなんて初めて聞く名前だ。
「良太、カウラも知らないのかね」と、デニスが驚きの声を上げるので、良太のほうがびっくりした。
「カウラって、そんなに有名なところなんですか?」
「日本人にとっては、有名なところだと思ったんだけれど、本当に聞いたことはないのかね」
「ないですよ」
いかにも自分の無知を馬鹿にされたような気がして、良太はむっとなった。
「第二次世界大戦で、日本とオーストラリアは敵国だったのは、知っているだろ?」
第二次世界大戦なんて、そんな大昔のことを言われたって、知っているわけないだろと、良太はむくれた顔をデニスに向けた。
「ともかく、第二次世界大戦では敵国だったんだよ。その時日本人の戦争捕虜が収容されていたのがカウラっていう所なんだ」
良太は、戦争と聞いただけで、うんざりした。そんな昔の事を知りたくもないという気持ちだった。
「そこに捕虜収容所が残っているんですか?」
「収容所はもうないけれど、カウラで暴動を起こした捕虜たちのお墓があるところだよ。終戦後、日本とオーストラリアの友好のために、日本庭園も作られているんだ。一度行ってみたらいいと思うけれど、行って見ないか?」
デニスにそう言われて、格別行きたいとも思わなかったけれど、退屈しのぎにはいいかもと、良太は思った。
 

著作権所有者:久保田満里子

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アンブレラーツリーは見ちた(最終回)

~~取調室に犯行現場にあったアンブレラの木を運びいれ、嘘発見器をそのアンブレラの木の葉っぱに取り付け、その部屋でロバートの聞き取り調査に協力してもらうという名目で容疑者を一人ひとり呼び出すという段取りができたのは、事件発生1週間後のことだった。刑事でもない私は、その実験には参加させてもらえなかったので、家で、どんな結果がでるかとやきもきしながら待っていた。
その晩家に帰って来たロバートを玄関で出迎えて、お帰りのキスをするのも忘れて
「どんな結果がでたの?」とせっつくように聞いた。
ロバートは私を抱き寄せて
「君のおかげで犯人逮捕に踏み切れたよ」と顔中をほころばせていった。
ロバートの抱擁から解放された私は、
「で、犯人は誰だったの?」
「誰だったと思う?」ロバートは私をじらすのが愉快でたまらないという風に聞いた。
「分からないわ。じらさないで、早く教えてよ。まさか、ピーターじゃなかったんでしょうね」
「うん。ピーターじゃなかったよ」
それを聞くと、ひとまず安心した。
「犯人はね、大学院生のジムだったよ。植物の反応って、すごいんだね。彼が部屋に入ってきたとたん、ポリグラフの針が大きく揺れ始めたよ」
「で、ジムは自白したの?」
「なんとかね。何もかも調べがついているんだ、いい加減白状したらどうだとかまをかけたけれど、かたくなに黙って何も言わないんだよ。黙秘権を使おうって訳だ。
そしたらキャサリンが、あっ、キャサリンって知っているだろ?最近うちの班に入って来た女刑事。彼女がマイクって随分ひどい奴だったようだけど、あなたもあんな人の下で研究するの、大変だったんじゃないって優しく言うと、突然下を向いて泣き出したんだよ。その後はぼそりぼそりとこちらがびっくりするくらい、あっさりと白状したよ。彼の話によると、あの日、いつものように7時まで大学に残っていたけれど、帰りがけ、まだ学科長室の電気がついていたので、学科長に博士論文を提出したいと交渉しようと部屋のドアをノックし、マイクに会ったそうだ。博士論文を提出したいと言うと、こんな論文でパスすると思うのかと馬鹿にされて、かっとなってマイクの胸を強くついて押し倒したところ、運悪く本棚の角で頭を打って、倒れたまま動かなくなったんだそうだ。それを見てパニック状態になり、逃げ出したということだ」
「ふうん。マイクって悪い奴だったようだから、何だか死んだマイクより、ジムのほうに同情しちゃうな」
「そうだな。ジムの話では、このまま彼のもとについていたら、永遠に博士号は取得できないし、そうかと言って他の大学に移ってまたやり直すとなると、今までの3年間の苦労が水の泡になると、自分の将来に絶望していたそうだ」
「犯人が捕まっても、あんまり喜べないわね」
「そうだな。いつも殺人事件が起こるたびに思うことだが、殺人事件の裏には、それぞれ色んな人生の葛藤が隠されている。勿論憎悪に値する犯人もいるが、ジムのように同情をさそう犯人もいる。幸いなことに、僕の仕事は犯人を見つけることで、後は弁護士や検事の仕事だ」
「そういわれれば、刑事よりも弁護士や検察官の方が精神的に大変でしょうね。誰からも憎まれる凶悪犯を弁護しなければならない弁護士。誰からも同情を買うような事情で殺人に走った犯人の求刑しなければいけない検事。考えただけで、気が重くなるわ。あなたが刑事でよかったわ」
ロバートは苦笑いをしながら言った。
「本当はね、僕は弁護士になりたかったんだけど、法学部に入れるほど頭が良くなかったんだよ。法学部に入れなかったので、随分落ち込んだこともあったけれど、何が幸いするかわからないね」
「そうね。私も日本で受験に失敗して、オーストラリアに語学留学をしていなければ、あなたに会えなかったわ。何が幸いするか、分からないわね。ジムも災い転じて福となすになればいいんだけど」
「そうだな。僕達みたいにね」と言うと、ロバートは私を見てにっこり笑った。

参考文献
ロバート・B・ストーン著、奈良毅訳 「あなたの細胞の神秘な力」(Secret life of your cells)祥伝社 1994年

著作権所有者:久保田満里子

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アンブレラツリーは見ていた(2)

~~「最初に挙がった容疑者は5名だったのだが、ガブリエルとマイクの妹のパトリシアにはアリバイがあったんだ。ガブリエルは犯行時間に、友人とレストランで夕食をいたそうで、レストランのウエートレスからも証言が取れている。パトリシアはちょうどシドニーに出張で、メルボルンにはいなかったことが分かっている」と、ロバートが言った。
「と言うことは、容疑者は3人に絞られたわけね」
「そうなんだが、これから捜査は難航するだろうな。何しろ目撃者がいないのだから」
私はテーブルの上に置かれた現場の写真を手にとって見た。
マイクはやり手だということだが、中々ハンサムな男だったようだ。青い目で睫が長く大きな目を見開いたまま机の前で倒れていた。頭を殴られたのか、茶色の髪の毛のこめかみの部分から血が流れ出ていて、クリーム色のカーペットがマイクの頭を取り囲むように赤く染まっていた。マイクの死体があらゆる角度から取れらた写真を一枚一枚見ているうちに、私の目が一枚の写真に吸い寄せられた。
「このマイクの頭のところに植木鉢が倒れているようだけど、これは犯行時に倒れたのかしら?」
「そうらしい。秘書のダイアナは5時にマイクに会いに行った時は、植木鉢は倒れていなかったと言っている。マイクが倒れるときに、思わず植木鉢のアンブレラの木の葉っぱをひっ掴まえたために、植木鉢も倒れたというのが鑑識の見解だ」
それを聞いて、私はあることを思いついた。
「ねえ、この植え木が、犯行を目撃しているってことね」
そう言うとロバートは驚いたように
「勿論、そうだが、それがどうかしたのか?」
「ね、この植木の証言を聞いたらどう?」
「植木の証言?どうやって」と言うと、ロバートは笑い出した。
「まさか、植え木がしゃべるなんていうんじゃないだろうね」
「勿論、植木はしゃべれないけれど、先日私面白い本を読んだのよ。ちょっと待って。持ってくるから」
私は本棚から、最近古本屋で買った本を引き抜き、ロバートに渡しながら言った。
「この本に書いてあったんだけど、バクスター博士と言う嘘発見器の研究者によると、嘘発見器は、植物にも有効だということよ」
「嘘発見器?」
「ええ、バクスター博士は嘘発見器の研究をしている時、面白半分に植木鉢の葉っぱに嘘発見器を取り付けたら、反応したというの」
「眉唾物だなあ」とロバートは疑わしげに言った。
「まあ、眉唾物かもしれないけれど、実験してみる価値はあるんじゃない?」
「どうやって?」
「植物って自分に危害を与えた人物に対して、反応するんですって。また危害を加えられるんじゃないかって。だから、このアンブレラの木の葉っぱに嘘発見器を取り付けて、容疑者一人ひとりをアンブレラの木のある部屋に入ってもらって、アンブレラの木がどう反応するか調べるの。ポリグラフの線のゆれがひどくなったら、その人が犯人って訳」
「そんなことしても、たとえ犯人が分かったとしても、そんな証拠では起訴はできないよ」
「勿論、それは分かっているわ。でも、犯人が分かれば、捜査するにも、その人一人に絞ればいいんだから、楽なんじゃない?勿論容疑者に嘘発見器をとりつけるほうが正統だけれど、それだと一人ひとりに取り付けなければいけないし、質問も考えなければいけないから大変でしょ?それに、私、本当に植物が嘘発見器に反応するかどうか、興味があるのよ」
私の説得に頭を振りながらも
「まあ、捜査が行き詰まりそうだから、やってみるか」とロバートは重い腰をあげることにした。
 

著作権所有者:久保田満里子

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アンブレラツリーは見ていた(1)

~~夫のロバートは、メルボルンで殺人捜査課の刑事をしている。事件が起こると家に帰らないこともしばしばである。だから、ロバートから「今晩殺人事件が発生したから帰られそうもない」と言う電話が入った時も気にしなかった。
しかし、疲れた顔のロバートが翌日の昼過ぎに家に帰り、倒れるようにベッドに潜り込み一寝入りした後、夕食を食べながら話してくれた事件を聞き、私は驚いてしまった。それというのも、親友の雅美の夫のピーターが殺人事件の容疑者にされているというのだ。
「どうしてそんなことになったの?あなたも知っているように、ピーターは本当に学者タイプの温厚な大学教授よ。そのピーターに人を殺せるわけがないじゃない。一体殺されたのは誰?どんな風に殺されたの?」
矢継ぎ早にする私の質問に、ロバートがステーキを頬張りながら話してくれたのは、次のようなことだった。
殺されたのはピーターの所属する某大学の哲学科の学科長、マイク・ブラウン。夕べ警備に回っていた大学の警備員に、学科長室で頭から血を流して倒れているのを発見された。発見された時は、もう脈もなく、救急車に病院に運ばれたところで、すぐに死亡と断定されたそうである。それが夕べの8時。ロバートは仕事を終えて帰ろうと思ったときに、足止めされたわけだ。このマイクなる人物、聞き込みをしたところ、かなりの敵を作っており、彼に殺意を持っているのは一人や二人ではなかったそうである。まず、マイクの妻、ガブリエルは、マイクの浮気が原因で、夫婦喧嘩が耐えなかったそうである。最近離婚話が出ていたそうだ。今マイクが死ねば、全財産が彼女のものになるわけで、被害者が死んで一番利益を得る人物である。マイクに首にされた講師も彼を恨んでいた。学生には人気のあった60歳近い講師、ティム・カーターを、年寄りはいらないとばかり契約更新を拒否して、彼の代わりに、マイクとの仲を噂されている若い女性を雇った。学生からも抗議の手紙が殺到したが、マイクはそれを無視した。彼の元で博士論文に取り組んでいるジム・ウイリアムズも、ロバートの聞き込みに対し、憤懣やるかたない様子で、「僕が書いた博士論文を、自分の論文として発表するんですからね。やり方がきたないですよ。そして僕を手放したくないために僕の就職活動も妨害するんですよ。絶対採用されると思っていた応募先の大学に不採用の通知をもらって驚いて問い合わせたら、推薦人に頼んだ学科長から推薦状がとどかなかったって言うんですよ。学科長を問い詰めても、俺は確かに推薦状を送ったと言い張るんです。なんで、こんな奴のもとで研究を続けなければいけないかと思うと情けなくなってきます。まさに彼は僕にとって疫病神ですよ」と、マイクに対する恨みを語った。マイクの実の妹、パトリシアとも不仲だということが分かった。それと言うのも両親がなくなった時、両親の財産を全部独り占めしたからだ。パトリシアはマイクが殺害されたことを聞いても眉一つ動かさず、「あんな欲の皮のはった兄なんて死んだほうが世のためになります」と言いのけて、ロバートを驚かせた。では、どうしてピーターまでも疑われているのかと言うと、マイクがピーターに随分卑劣なことをして、ピーターを怒らせ、しょちゅう言い合いになっていたのを、マイクの秘書のダイアナが何度も目撃したためである。去年の暮、学科長候補としてマイクとピーターの名前が挙がったとき、マイクは学部長にピーターを誹謗する内容の告げ口をしたのだ。その結果マイクが学科長に任命され、ピーターは副学科長になった。しかしマイクは実際には学会だ研究休暇だとか言って、しょっちゅう留守をするため、実際に学科を切り盛りするのはピーターだった。責任は他人に押し付けて実際の手柄は自分が取るという、いつものマイクのやり方に、さすがに普段は温厚なピーターも堪忍袋の緒を切らすことが度々あったようだ。
「ふうん。大学の先生の中にもひどい奴がいるのね」
「うん。マイクを褒める人物には一人も会わなかったよ」
「じゃあ、容疑者がそんなにたくさんいるのだったら、犯人割り出しに時間がかかりそうね」
「そうなんだ。だから、犯人割り出しには、時間がかかりそうだよ」と、ロバートはため息をついた。

著作権所有者 久保田満里子
 

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