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私のソウルメイト(48)

月曜日の朝、デイビッドにアドバイスされたように、会社の人事課に足を運んだ。余り期待もしていなかったが、案の定、今社員募集の予定はないと言われた。浮かない顔で人事課を出たところで、社長秘書にばったり出くわした。確かアマンダと言う名前だったことを思い出した。
アマンダは私を見ると、
「お元気ですか?」と話しかけてきた。そして
「大変なんですってね。デイビッドから聞きましたよ」と言う。どうやら私の離婚をデイビッドから聞いたようだ。私は「デイビッドのおしゃべりめ」と心の中でデイビッドを罵りながら、
「ええ。週二日のパートではとても生活していけないので、今フルタイムの仕事を探しているんですが、なかなか難しいですね」と、答えた
「フルタイムの仕事が見つかったら、ここをやめるんですか?」
「ええ、本当はここでフルタイムの仕事が見つかればいいと思ったんですが、なさそうだし、他で仕事を探さなければいけないようです」とため息をついた。
「それでは、社長ががっかりされるでしょうね」と意味ありげに微笑した。
「どういう意味ですか?」と頭を傾げた私に「社長は元子さんの能力をかってらっしゃいますからね」と慌てたように付け加えた。
「そうですか。社長さんによろしくお伝えください」と言って、アマンダと別れた。
 その晩、プライベートのメールにロビンからメールが入っていて、私を驚かさせた。どうしてロビンが私のプライベートのメールアドレスを知っているのだろうかと考えたら、初めてロビンに会った時、名刺を渡したことを思い出した。はやる気持ちを抑えながらメールを開くと、次のようなメッセージが入っていた。
「親愛なるもとこ
元気ですか?しばらく会っていないけれど、どうしても話したいことがあるので、今週の土曜日の八時に一緒に食事をしませんか。 ロビン」
デートの誘いと分かり、嬉しさで顔がほてってくるのを感じた。勿論すぐに「イエス」の返事を出したのは言うまでもない。
 結局、前に会った「嵐山」で今週の土曜日の午後八時に会うことになった。前に会った時は、アーロンにもダイアナにも知られたくなく、こそこそと会ったものだが、アーロンと別れた今、ダイアナにも隠す必要がなくなったのは、嬉しいことだった。
「ダイアナ。ママね、今週の土曜日にお食事に誘われたから、あなたは自分で好きなものを作って、勝手に食べてよね」
「えっ、ママ。ボーイフレンドができたの?」
「違うわよ。ただお食事に誘われただけよ」と言いながらも顔が赤くなるのを禁じえなかった。そんな私を見て、ダイアナは面白そうに
「ママ、頑張ってね」とはっぱをかけた。

著作権所有者:久保田満里子


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私のソウルメイト(47)

 
 水曜日の新聞を買って、求人広告に目を走らせた。翻訳の仕事に限ってみると、全然なかった。不動産の広告を見ると、今住んでいる郊外にある小さな家が50万ドルくらい、ユニットと呼ばれる平屋の集合住宅とタウンハウスと言われる2,3階建ての集合住宅が40万ドルくらい、小さなアパートが30万ドルくらいなのが、分かった。
 ダイアナに、「新しい家に住んでみたいわ。新しい家を建てようかしら」と言ったら、猛反対された。
「ママ、この間週刊誌に載っていたけど、人生で一番ストレスになることは配偶者の死、2番目は離婚、3番目は新しい家を建てることだって書いてあったわ。オーストラリアでは、業者に頼んでも、予定通りにできることはまずありえないし、できたって、ひびが入っていたりして問題があっても、なかなか直してくれなくて、本当にストレスになるわよ。私の友達の両親なんて、そのストレスで離婚したくらいだもの」
それを聞いて、私は新しい家を建てることはあきらめた。
 その週末、ダイアナと二人でユニットやタウンハウスを三軒見て歩き、一軒、二人とも気に入ったタウンハウスを見つけた。それは、一階にダイニングキッチンと客間とトイレ、二階に寝室二つとトイレと浴室、三階に書斎のある新しくできたばかりの明るいタウンハウスだった。ダイニングキッチンには裏庭に続くガラスドアがあり、そのガラス戸を通して小さい裏庭が見渡せるのが気に入った。競売の日は2ヵ月後と聞き、手帳にその日付を書きとめた。
  久しぶりに、電子メールを開いてみた。サイモンに今の状況を説明して、仕事をもっと回してほしいと頼んでおいたのだが、仕事の依頼のメールが入っていた。今度日本の精肉会社の社長の跡取り息子が、精肉工場の見学に行くので、その通訳をしてくれと言う依頼だった。精肉工場と言うのは、余り気がすすまなかったが、今は仕事の選り好みをしている状況ではなかった。
 次の日の10時、指定のホテルにその跡取り息子を迎えに行くと、ダイアナと余り変わらない年齢の青年が待っていた。まだ大学の3年生だそうで、名前は山下守と言った。余り背は高くないが、がっちりした体格で精悍な感じがした。将来の社会勉強のためにオーストラリアに行って精肉工場を見て来いと父親から言われて来たということで、物怖じするところが全く見られず、社長の息子としての貫禄のようなものが伺えた。
 山下と一緒にホテルからタクシーに乗り目指した工場は、町外れの人家の見られない草原の中にあった。その理由はすぐに分かった。屠殺するためにつれて来られる牛や羊を満載したトラックが、ひっきりなしに出入りするからだ。こんな工場の傍に家を建てたいと思う人はいないだろう。私は、屠殺の現場に案内されたら卒倒するのではないかとタクシーを降りたとたん不安に陥った。私たちを出迎えたのは、50代前半のイタリア系の出身と思われる髪の毛も目も黒い中肉中背の工場長だった。工場長が、屠殺場の方に行かず、肉の処理工場に向かったときは、私は内心ほっとした。私の様子をにやにやしながら見ていた山下は、「僕、もう屠殺の方はシドニーで見てきたので、今日は、肉の処理だけを見せてもらうようお願いしていたんですよ」と言った。しかし肉の処理工場も、余り気分のいいものではなかった。工場の建物に入ったとたん、血と肉の腐ったような強烈なにおいが鼻をついた。私は思わず手で鼻をつまんで、顔をしかめた。しかし山下も工場長も、においは全然気にならないようで、何事もないように話を続けた。
「ここでは、毎日500頭の牛を処理しています。この工場では50名の従業員がいまして、朝7時から始業し、午後3時には仕事を終わります。」
「この隣の棟で、牛を射殺して、その後、それぞれの部分を切り取り、シュートで落としてきます。ここでは、牛の舌をシュートで落としてくるので、落とされてきた舌を切り取って箱に詰め込む作業をしています」
最初に工場長が案内してくれたセクションには、私と同年代と思われるおばちゃんたち10名が、白い制服に白いエプロンをつけ、頭には白いキャップをかぶって、楽しそうにおしゃべりをしながら、シュートで落とされてくる牛の舌のよけいな部分を切り取っては箱に入れていっていた。私は吐き気を抑えることで精一杯だった。この強烈な肉の腐ったようなにおいと、牛の舌のべろっとした感触に何の抵抗も感じないようなこのおばちゃんたちが自分とは違った星に住むに人間のように思えた。
次は、頭部と手足を切り落とされ、皮をはがされて肉の塊だけになった牛の胴体が、フックに吊り下げられ、コンベアでゆっくり回っているところに案内された。ここでは、肉を切り取る作業をしているのだが、これはかなりの体力を要するためか、ここにいる作業員は全員男であった。ここの作業員も白いコート、白いキャップと、白尽くめの制服を着ていたが、その白い制服も全員血が飛び散って赤く染まっていた。ここでは楽しそうなおしゃべりをする光景は見られなかった。皆それぞれ自分の持ち場に回ってきた牛の胴体から自分に割り当てられた部分の肉を黙々と切り取っていた。
 通訳の仕事自体はたいした労力はいらなかった。肉の部分の名前を英語と日本語で頭に叩き込んできたのだが、山下は専門用語にはなれているとみえ、たいして訳すこともいらなかった。しかしうちに帰ったとき、精神的にぐったりしたのは、あの強烈な牛の死体のにおいのせいだった。その晩、あの楽しそうにおしゃべりしているおばさんたちの手元の牛の舌が脳裏について離れなかった。そして、ドフトエフスキーの小説にでてきた「人間はどんなことにでも慣れることができるものだ」と言う言葉を思い出した。そして、どんな仕事も拒まれない状況になった自分のこれからの人生が思いやられた。

著作権所有者:久保田満里子



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私のソウルメイト(46)

 アーロンが家を出て行った今、週二日のバイトだけでは、食べていけない。まずWTでフルタイムにしてもらえないか交渉してみようと思い立ち、月曜日に出勤すると、すぐにデイビッドのところに行った。
「デイビッド、ちょっと事情があって、お金がもっとほしいんだけど、フルタイムとして雇ってもらえないかしら」
デイビッドは、
「ご主人の具合がまた悪くなったの?」と心配そうに聞いてくれた。
「そういう訳ではないんですが…」と言うと、めざとく私の左の薬指から結婚指輪が消えているのに気づき
「ご主人と別れるの?」と聞いた。
「そうなりそうです。だから自立するために、フルタイムで働きたいんです」
「僕の課では、今のところ人員募集をしていないからね。人事課で、聞いてみたほうがいいんじゃないかな」
「はい、分かりました。そうします」
私は、サイモンにも、フルタイムで仕事がないか問い合わせのメールを送った。
 うちに帰ったら、ダイアナがアーロンとの交渉の結果を報告してくれた。
「今日、パパと会って、慰謝料の話をしてきたわ。そしたら、この家はママに上げるって言っていたわ。その代わり、現金は上げられないって。年金として積み立てられているお金の半分はママにも権利があるはずよって言ったら、現金を渡せない代わりに、この家のローンの支払いをすませるって言っていたわ。ママ、どうする?」
「今、メルボルンの家って高いから、この家1億円はするんじゃないかしら。ダイアナ、この家、売りましょ」
ダイアナは見る見るうちに、泣き顔になって、
「この家売るの、いやよ。ここは私が生まれ育った思い出が一杯ある家よ」
と、抗議した。

「ダイアナ、ごめんね。でも、思い出がいっぱい詰っている家だから、ママは住みたくないのよ。新しく人生をやり直したいの、パパのことを忘れて。それにダイアナだって、いつかは家を出てしまうわけだし、こんな大きな家、ママ一人でとても管理できないわ」
ダイアナは私の言葉を聞いて、それ以上抗議するのはやめ、うなだれて自分の寝室に引っ込んだ。
 アーロンとは21年も一緒に住んだはずなのに、アーロンが家を出て行ってから、アーロンがどんな顔をしていたか思い出そうとしても、顔がぼやけてはっきり思い出せないのが不思議だった。その代わり、ロビンの笑顔が私の頭にしばしば浮かんでき始めた。
 私は、翌日不動産屋に連絡して、家の予想価格を見積もってもらった。4つの寝室と居間、客間、食堂、浴室2つある大きな家だったので、予想通り1億円だろうということだった。家を売った後、どこに住むかが問題だが、新しい住居が見つかるまで、京子のアパートに転がり込もうと思い、京子に話したら、快くいいわよと言ってくれた。そこで、不動産屋に家を競売に出すと言うと、小柄なインド系の40代くらいと思われるトムと呼ばれる不動産屋はほくそえんで、すぐに広告を出すと言ってくれた。不動産屋と話しながら、オーストラリアでは、信用できない人のトップは車のセールスマンだが、不動産屋も車のセールスマンに劣らず、信用のおけない人たちと定評があることを思い出した。しかし、不動産屋なしで家を売ることはできない。トムと話し合った結果、競売の日は2ヵ月後とし、毎週土日は家を1時間公開することにした。
それからは、家探しと職探しで俄然忙しくなってきた。

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私のソウルメイト(45)

 その日アルバイトから帰って来たダイアナに、アーロンは家を出て行くことを告げた。ダイアナはショックの余り、自分のベッドルームに駆け込んで、その日は部屋から出てこなかった。
 アーロンが出て行ったのは、その翌日だった。洋服ダンスにある服をスーツケースに入れるアーロンを見るのがつらくなって、私は京子のうちに行った。
京子は、私の青白いやつれた顔を見て、驚いた。
「どうしたの? 幽霊みたいよ」
私は京子の顔を見ると、今までたまっていたものがほとばしり出て、わっと泣いた。悲しみの波が押し寄せては引いた。その波が涙によって流されて、やっと落ち着きを戻したところで、京子にアーロンが出て行ったことを話した。
京子に話すことによって、私はやっと理性を取り戻した。
「きっとアーロンは中年の危機なのよ。今にその女に捨てられて、あなたの元に帰ってくるわよ」
私は、一応「そうね」と、頷いたが、もうアーロンは戻ってこないことを知っていた。
ダイアナから私の携帯に電話がかかってきた。
涙声のダイアナは
「パパ、でていっちゃったよ」と言った。
「そう」
「ママ、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。今、京子おばさんのうちにいるけど、今から帰るわ」
 家に帰るとダイアナが心配そうな顔をして待っていた。
「パパ、好きな女の人ができたのね。ママ、気がつかなかったの?」
「実はね、パパが倒れたとき、病院でその人と会ったことがあるのよ。その時、ママはパパが浮気したんだと思ったの。でも、浮気じゃなかったのね」
「私、パパを許せない」と言うと、ダイアナは私を抱きしめて
「私は、いつもママの味方よ」と言ってくれた。
家の中から、アーロンの私物が消え去っていた。アーロンの使っていた洋服ダンスは空っぽになり、彼がいつも持ち歩いているラップトップも消えていた。洗面台の歯ブラシや、髭剃りもなくなっていた。本棚の3分の2も空になっていた。突然家が大きく感じられた。その晩、私はアーロンからもらって一度もはずしたことがなかった結婚指輪と婚約指輪をはずした。
 オーストラリアでは別居して一年たって離婚が正式に認められることを知っていたが、財産分けのことなど、知らないことだらけだった。一年前に離婚が成立した翻訳仲間のレイチェルに電話して、相談した。レイチェルは自分が離婚するときに依頼したという弁護士の電話番号を教えてくれた。その時、レイチェルから警告を受けた。
「弁護士に電話して、長話しちゃだめよ。あの人たちは分刻みで手数料をとっていくからね」
「こんなこと聞くのは失礼だけど、あなたが離婚するとき、いくら弁護士料を払ったの?」
「私は、一万ドルかかったわ。私の場合、元夫がごねたからね、長引いちゃったの。余り、喧嘩にならなければ五千ドルぐらいですむそうよ」
私は受話器を置くと、ため息がでた。財政のことはアーロンに任せてきたので、はっきり言って、家のローンがどのくらい残っているかも知らない。しかし、いまある財産を二人で分けるとなると、そんなにお金が残るとは思わない。もうアーロンに会わないで、弁護士を通して話をつけてもらおうと思ったが、そんなにお金がかかるとは、思いもしなかった。オーストラリアに来てから、面倒なことは一家の主人としてアーロンが全部片付けてくれていた。それをこれから全部自分で処理していかなければいけないかと思うと、気が遠くなった。
幸いにもダイアナは、私のいい相談相手になってくれた。
「ママ、弁護士なんかに頼んだら、いくらお金取られるか分からないわ。なんだったら私が交渉してあげるわ。パパが勝手に出て行ったんだから、このうちはママがもらうべきだと思うわ」
「ママね、実はうちの財産がどれだけあるのか、全然知らないのよ。だから、半分は権利があると言っても、いくら要求すればいいのか、さっぱり分からないのよ」
「ママって、本当にナイーブね。でも私に任せておいて。パパからせびり取ってくるから。だってママは何にも悪くないんだから」と言うダイアナはすっかり大人びて、頼もしく思えた。しかし、「ママは、何も悪くないんだから」と言う言葉を聴いて、ちょっぴり胸が痛んだ。どちらかが全面的に悪いと言う夫婦はいるのだろうか。アーロンに別れないでと泣きつかなかったのは、自分のプライドが許さなかったのではなく、ロビンのことでアーロンに対して罪意識があったからだ。

著作権所有者:久保田満里子

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