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家族(1)

マーガレットは、明るい日差しのさすサンルームから、庭に咲いているピンクのバラの花をぼんやりと眺めていた。目は花を見ていても頭の中には別の思いが駆け巡っていた。「いつ話したらいいだろう。その話を聞いた後、二人の娘、ケイトとガブリエルは、どんな反応をするだろう」

 マーガレットは3か月前に、ケイトとガブリエルの父親、ニールと離婚した。ニールが若い女を好きになって、家を出てしまったのだ。よくある話である。離婚に傷ついたマーガレットに、娘たちは故郷のイギリスのリバプールに、休みを兼ねて遊びに行ったらと勧めてくれた。だから、看護師の仕事を一か月休ませてもらって、一人リバプールに帰った。そのマーガレットに、故郷で思わぬことが起こったのだ。きっかけは、高校時代からの友人のサーシャに会ったことから始まる。久しぶりに会ったサーシャは陽気で高校時代から余り変わったようには見えなかった。いや、全然変わらないと言うと嘘になる。ティーンエージャーの時はほっそりしていたサーシャの腰回りは2倍くらいに膨れ上がっていたのが大きな変化だと言える。カフェで紅茶とスコーンを楽しみながら昔話に花を咲かせていた時、サーシャが言った。「ねえ、サイモンを覚えている?」

 勿論マーガレットはサイモンのことを忘れるはずはない。サイモンはマーガレットの初恋の人だっただけでなく二人の間には子供までできていたのだ。でもまだ16歳だったマーガレットが妊娠したことをサイモンに告げると、サイモンは逃げ腰になった。無理もない。二人とも高校生だったのだから。マーガレットは子供を生むかどうか悩みに悩んだ。でも経済力もないマーガレットは両親の決定に従うことしかできなかった。両親から言い渡されたのは、子供を生んで養子に出すことだった。カソリックの信者だった両親には堕胎という選択肢はなかったのだ。生まれたのは、男の子だった。生まれたばかりの小さな赤ん坊の体を抱きしめた時、子供を手放さなければならないことがつらくて泣いた。その時の身を切られるような心の痛みが鮮明によみがえってきた。その子が生まれて一度も会っていない。それにニールや娘たちにも話したことがない秘密だった。サーシャも、その事情を知っている。

「勿論、覚えているわ。サイモンがどうかしたの?」

「サイモンね、最近離婚したんだって」

「えっ、離婚した?」

「そう。もしあなたがまた彼との仲を取り戻したいと思うのなら、今がチャンスよ」

ニールが去った後の心の空洞を、果たしてサイモンが満たしてくれるのだろうか。そんなことを思いながら、サーシャに聞いた。

「彼の住所知っている?」

「勿論よ。住所書いてあげるわね」と言って、ハンドバックから手帳を取り出し、ペーパーナプキンに、住所を書き写してくれた。

もらったペーパーナプキンを握りしめて両親の家に帰ったその晩、マーガレットはサイモンに連絡しようかどうか迷った。よりが戻るところまでは期待できなくても、サイモンがどんな風に変わっているか興味はあった。

「私もフリーなのだし彼もフリーだったら、別に会ってもやましいことはない」そう、自分に言い聞かせて、サーシャのくれたサイモンの電話番号を押した。

著作権所有者:久保田満里子

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前世療法(最終回)

正二との再会の日が来た。夕方ハイヒールの音をこつこつとさせながら、レストランの前に立った。大きく息を吸って、レストランに入って行った。まず中に正二がいないか見回したが、彼の姿は見えなかった。時計を見ると、約束の7時までまだ5分あった。

ウエイトレスが、「お一人様ですか?」と声をかけて来たので、

「いえ、連れがいるんですが、」と答えた。

「ご予約は入っていますか?」と聞かれて、ハタと困った。正二が予約を入れているかどうかまでは確認していない。

「ショージ・マッケンジーという名前で予約が入っていると思うんですが」

「ああ、マッケンジー様。ええ、入っていますよ。どうぞこちらへ」とテーブルに案内されて、二人用のテーブルに座って腰を落ち着けると、いつ正二が入ってくるかと入り口に目をやった。すると、正二の姿が見え、思わず笑みを浮かべて立ち上がろうかと思ったら、正二の横には金髪の美しい女性がいた。二人は楽しそうにおしゃべりをしながら入って来た。一瞬、佐代子の頭はカーッとなった。正二には、すでに新しいガールフレンドができていたと思うと、この1年間待ったことが無駄だったと、悔し涙が出てきた。席を立って帰ろうと思ったら、正二が佐代子の姿を見つけて、一緒に入って来た女性に「じゃあ、また」と手を振って別れて、佐代子のいるテーブルに笑顔を浮かべて近づいてきた。

佐代子は、正二とその女性の関係が把握できず、憮然として正二を迎えた。

「待たせちゃったかな。今同僚の奥さんに会ってね」と言うので、初めて二人の関係を知った。二人が恋人ではなかったと聞いて佐代子の乱れていた心が落ち着き、正二に向かってにっこりと笑った。

「元気だった?」と正二が聞いたので、佐代子は頷いた。

「あなたのほうは?」

「やっとキムの一周忌がすんで、気持ちが落ち着いたよ」

「それは、良かったわ。私ね、あれからまた前世療法を受けて、あなたとキムの前世のつながりが分かったの」

「えっ?僕とキムの前世の関係?僕はキムにも前世で会っていたの?」

「そう。彼女はあなたのお母さんだったのよ」

一瞬正二は驚いた顔をしたが、そのあと納得したように、

「そうだったのか」と頷いた。

「で、君はまだ独身なの?」

「そう。あなたに1年待てと言われたもの。まだ結婚できないでいるわ」

「それは悪かった。1年待ってくれてありがとう。僕は君みたいな魅力的な女性が1年も待ってくれているなんて、半信半疑だったよ。もう待たせないからね」

佐代子は魅力的な女性と言われて少しくすぐったい気持ちがした。

「それを聞いて安心したわ。私たちがソウルメイトだと99%は信じられたのだけど、あなたと一緒になれるかどうか、自信がなかったの」

「我々の再会を祝して、乾杯しようよ」と言って、正二はシャンパンを注文してくれ、二人でシャンパングラスをカチンとかち合わせた。この時ほど、佐代子は幸せだと思ったことはなかった。シャンペングラスに映った佐代子の顔はバラ色に輝いていた。

 それから3か月後、二人は小さな教会で結婚式をあげた。佐代子のブライドメイドは、勿論玲子だった。

 結婚して一年目に、佐代子の待ち望んでいた子供が生まれた。女の子だった。生まれたばかりの赤ん坊を抱いて顔を見た時、佐代子の中で「この子はキムの生まれ変わりかもしれない」と言う突拍子もない思いが浮かんだ。そのことを正二に言うと、「実は、僕もそう思ったんだ」と複雑な顔をして答えた。佐代子は、キムが正二の母親だった前世を知った後は、彼女に対する嫉妬は完全に消えていた。そして、赤ん坊に頬ずりしながら、「私たちの子供として生まれ変わってくれてありがとう」とつぶやいていた。

 

著作権所有者:久保田満里子

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前世療法(17)

第九章 1年後

 佐代子が正二に最後に会って、1年の年月が流れた。その間、佐代子は男探しをやめた。玲子はそんな佐代子を見て、

「随分、変わっちゃったねえ」と驚いていた。

「最近医学が進んだから、40歳までの出産は大丈夫だって、新聞に書いてあったわ。だから、焦らないことにしたわ」

佐代子は、この1年間、何回か前世医療法に通った。そして、ある日、驚くべきことを発見した。

いつものように、催眠状態に入った佐代子は、あのヨーロッパの中世の村にいた。そこにいる佐代子、いやハリオットは、まだ10歳にも満たない幼いお提髪の可愛い子で、これまた12歳くらいのトムと、追いかけっこをしている。鳥が鳴き声を聞き、森の大きな枝の間から漏れる光を浴びながら、二人はキャッキャッと言いながら、駆け回っている。その二人の耳に遠くから、「トム!」と呼ぶ女の人の声が聞こえてくる。

「あ、ママが呼んでいる」とトムは、足を止めて、

「ママ、ここにいるよ」と叫んだ。

その二人の前に、息をハーハ―させながら、太っちょの人のよさそうな女の人、つまり、トムの母親が姿を見せた。その母親の目を見て、佐代子はハッとなった。それは、キムだった。キムは、トムの母親だったのだ。そこで初めて、佐代子はキムが正二にあれほどまでに執着を感じたのか理解できた。

玲子にこの話をすると、「えっ!そうだったの。正二さんにこのことを知らせてあげたら」と言う。佐代子も、携帯に電話をかけかけたが、呼び出しのボタンを押す前に思いとどまった。正二とは1年間、会わないことになっている。

それからの佐代子は再会の約束の日が来るのを、待ち焦がれた。正二に会ったら、あれも言おう、これも言おうと、言いたいことが山ほどあった。それでも時折不安に駆られることがある。「もしかしたら、正二はほかの女性を好きになっているのではないかしら」と。その度に「そんなこと、ありえないわ。だって私たちはソウルメイトなんですもの」と不安な気持ちを打ち消した。

 明日がやっと再会をする約束の日となった。佐代子はそわそわして、どんな服を着ようか、どんな髪型にしようかと、落ち着かない。そんな佐代子を見て玲子がからかった。

「まるで、恋人に会いに行くみたい」

「だって、正二さんは、私の恋人だもの」

「でも、正二さんにほかに好きな人ができていたら、どうするの?」玲子が水をさした。

「そんなこと、99%、ありえないわ」

「でも、1%の可能性はあるって言うわけね」

佐代子はこの時ほど玲子をうっとおしいと思ったことはない。

「そんなに意地悪な事しか言えないのなら、明日正二さんと会ってどうなったか、教えてあげないわ」

「あ、ごめんごめん。意地悪のつもりで言ったんじゃないのよ。その可能性も否定できないのなら、それなりの心の準備をしておかないと、あなたまでキムのように自暴自棄になるんじゃないかって、親友として心配してあげているだけよ」

「ともかく、明日着ていく服は、これでいいかしら?」と、佐代子は白いレースでできているワンピースを着て、真珠のネックレスをした。

「うん、ばっちりよ」と玲子に言われ、デートの準備は整った。後一晩寝ると彼に会えると思うと、その晩は、なかなか眠られなかった。

著作権所有者:久保田満里子

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前世療法(16)

正二はキムが今目覚めるか、今目覚めるかと、キムの顔を眺めたが、3日が過ぎても、結局キムは目覚めなかった。キムが入院して4日目にテッドと正二はスティーブンソン医師に呼ばれた。

「残念ながら、もう、キムさんが回復する見込みはなくなりました。どうなさいますか?」テッドは、

「どんな選択肢があるんですか?」と聞いた。

「一つは人工呼吸器を取り外して、自然の死を待つこと。もう一つの選択肢は、このまま集中治療室で過ごすことですが、そうなると、植物人間になったまま、意思の疎通もできないでしょう。それに、治療費が莫大かかります。また、人工呼吸器を外す場合は、臓器の移植提供ということも考えられます。そうすれば、他の人の中で、キムさんの心臓や肝臓が生き続けることができるのみならず、今臓器を待っている病気の人達を救うこともできます」

医者は、暗に治療を停止し、臓器を提供することをすすめているように聞こえた。

「今この場で決めるのは難しいでしょうから、今日一晩考えて、明日の朝にでも決めたことを教えてください」

医者にそう言われ、テッドと正二は、病院のカフェテリアに行った。まずいコーヒーを飲みながら、最初に口を開いたのはテッドだった。

「もう元のキムには戻れないのなら、救命装置を止めてもらって、臓器を提供したほうがいいと思うんだが、君は、どう思う?」

正二は、しばらく黙っていたが、

「僕も、そうしたほうがいいと思います」と言った。正二は、自分がキムの生死を決める資格がないと思った。二つの選択肢、どちらをとっても、正二の罪悪感が薄れるわけではない。だから、テッドが決めたことに従うことにした。

 その夜は意識はなくても生きているキムと一緒にいられる最後の時となった。テッドも正二も、その晩は一睡もしないで、キムの傍らにいた。

翌朝、テッドの決断を聞いた医師は、

「キムさんを救えなかったのは残念ですが、キムさんによって救われる人が何人もいることを忘れないでください」と言って、テッドと正二を慰めた。

 目を開けないキムにお別れをして、テッドと別れて病院を去ったとき、正二は、この4日間、一度も佐代子のことが頭に浮かばなかったことに気づいた。

 1週間後にあったお葬式に参列した後、正二はやっと佐代子に電話する気になったということだった。

 佐代子は、じっと正二の話を聞いた。

「そうだったの」

佐代子の声もしんみりしたものになっていた。

食べ物が運ばれたが、佐代子も正二も完全に食欲を失っていた。佐代子は、箸だけは手に持ったが、手は動かなかった。

しばらくして、佐代子は思い切ったように聞いた。

「で、これからあなたはどうするつもり?」

「今は何も考えられない。君は早く結婚したいと焦っているって言ったね。でも、1年の余裕をくれないか?1年たって、お互いにまだ独身だったなら、結婚しよう。もし1年の間に君に他に好きな人ができたなら、結婚してもらっても構わない」

「そう。運命にゆだねるっていうわけね」

「そうだ。もし僕たちが本当にソウルメイトだったのなら、きっとまた会えるよ。でも今は結婚する気にはなれないんだ」

「あなたの気持ちはわかったわ。それじゃあ、1年後の今日、この店で会いましょう」

佐代子は正二の決心をきくと、さばさばした気持ちになった。もし、自分の見た前世が本当だったなら、きっとまた彼に会えるだろう。そんな確信が心の中に広がっていった。

「せっかく今日はワサビチリソースのホタテ貝が食べられると楽しみにしていたんだから、ジャンジャンいただくわ」

佐代子の明るい声に救われたように、正二もやっと料理に手を付けた。出て来た料理を全部平らげるほどの食欲は二人ともなく、かなりの料理を残して、レストランを二人一緒に出た。そしてレストランの前で、

「じゃあ、また来年の3月15日に会いましょう」と両手を出して握手をした。佐代子は正二の手のぬくもりを感じた。佐代子は、一度正二の行ったほうを振り返ったが、正二は、そのまま背を向けたまま、振り向かなかった。その正二の後ろ姿は、物悲しく感じられた。

 

著作権所有者:久保田満里子

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前世療法(15)

 正二が夜ぼんやりとテレビを見ていると、けたたましく電話の呼び鈴が鳴り響いた。正二は一瞬どきっとした。まだ佐代子にもキムにもなんと言ったらいいのか、決断が付きかねていた。だから電話を無視しようとしたが、電話の呼び鈴はしつこく鳴り続き、とまりそうもなかった。しかたなく重い気持ちで電話に出た。電話をかけて来たのは、キムでも佐代子でもなかった。電話の相手はキムの父親、テッドだった。キムの家族とは何度か会っているのでテッドの声は聞き覚えがあった。挨拶も抜きで、テッドは大声で怒鳴りつけるように言った。

「キムが交通事故に遭って、今XX病院に運ばれて治療をうけているところだ。君もすぐに来たまえ」

有無を言わさぬ口調に、正二は反射的に答えた。

「すぐ、行きます」

正二は病院に行く途中、テッドにもう少しケガの状況を聞いておけばよかったと後悔していた。ただのケガなのか、それとも重症なのか、さっぱりわからない。

 慌てて病院に駆け付けた正二に手術室の前の待合室で、うなだれて座っているテッドの姿が目に入った。正二は「キムの容態はどうなんです?」と急き込んで聞くと、テッドは顔をあげて厳しい目つきで正二を見て聞いた。

「君は、キムとは一緒じゃなかったのか」

テッドの非難するような声に、正二は小さくなって答えた。

「この2週間キムとは会っていなかったんです。一体どこで、どのような事故に遭ったんですか?」

「キムは町中の大通りを酔っぱらって歩いていて、車に轢かれたんだ」

「それじゃあ、轢き逃げされたんですか?」

「いや、キムを轢いた運転手は、警察で尋問を受けているそうだ。キムが酔っぱらって道を歩いていたと聞いて、てっきり君と一緒だと思っていた。キムはアルコールに強くもないのにどうして、酒を飲んだんだろう。何かに悩んでいたんだろうか。君は何か知っていないか?」

 「僕はこの2週間キムと話していないんです。もしかしたら、キムが悩んでいたのは僕達の事かもしれません」

「なんだ、喧嘩でもしたのか?」とテッドに聞かれた時、看護師がテッドを呼びに来た。

「手術が終わって、キムさんは集中治療室に運ばれることになりました」

「集中治療室?手術は不成功だったのですか?」とテッドが聞いた。

「いえ、手術はうまくいったのですが、脳が腫れあがっているので、その腫れが引かないと危険です」

「危険ということは?」

「詳しい説明は執刀医のスティーブンソン先生に聞いてください」

その後聞いた執刀医の話は、テッドにとっても正二にとっても、ショッキングなものだった。

「キムさんは脳に強い衝撃を受けています。脳の腫れが3日以内にひかないと、脳の機能が失われて、たとえ足の骨折などが治っても、植物人間になる可能性があります」 

テッドは、「なんてことだ」とその場に膝から崩れ落ちた。正二は呆然と立ちすくんだ。この事故の全責任は自分にあるように思えた。キムを自暴自棄にしてしまったという罪悪感が、正二を打ちのめし、それから3日間、正二はキムのベッドのそばに付き添って、献身的な介護をした。とはいえ、じっと顔を眺め、時折手を握り締めるくらいのことしかできなかったが、正二は心の中で真剣に祈った。「キムが元気になってくれますように。僕はキムが目を覚ましたら、彼女と結婚することを誓います。だから、神様、キムをあの世に連れて行かないでください」

正二には特別な信仰というものはなかったのだが、おぼれるもの、藁をもつかむと言う気持ちだった。

著作権所有者:久保田満里子

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前世療法(14)

第八章  正二の決心

 正二から佐代子に電話がかかってきたのは、佐代子がメッセージを残して1週間後だった。電話の向こうから憔悴したような正二の声が聞こえた。

 「僕も君に話したいことがあるんだ。今晩、以前一緒に行った中華料理店で会おう」と言った。佐代子は正二の沈んだ様子を励ますように、正二をちゃかした。

「まさか、またキムが現れて、私たちのデートが台無しにされるんじゃないでしょうね」

すると、怒ったような正二の声が戻ってきた。

「そんなことない」

 佐代子は正二がなぜ怒るのか不可解だったが、それは会って見ればわかることだと思い、その晩会うことを約束して電話を切った。

 正二に会ったら、ともかく自分の気持ちをぶつけるしかないと覚悟を決め、鏡に映った自分の姿に「頑張れ佐代子」とガッツポーズを決めて、出かけた。

 前回は自分が先に行って待っていたが、今回は正二の方が早く来ていた。佐代子は正二の座っているテーブルに近づき、

「久しぶりね」と声をかけた。すると、正二がかすかに笑った。正二の頬は少しこけ、やつれたように見えた。

「もう、食事の注文は僕が勝手にしておいたからね」

「じゃあ、今回はお勧めのわさびチリソースのホタテガイが食べられるのね」と言うと、初めて正二はすまなさそうな顔になり、

「この間はごめん。あれから色々あって、君に連絡を取る気持ちのゆとりがなくて、連絡する気になれなかったんだ」

佐代子は、キムのことが原因だと直感した。色々あったというのは、どんなことがあったんだろうと思いながら、彼の次の言葉を待った。

「キムは先週死んだんだ」

佐代子は思わず

「えっ?」と言って、佐代子は驚きの声をあげた。

「それって、どういうこと?自殺したってこと?」

「いや、自殺だったのか、事故死だったのか、よく分からない死に方だったんだ」

 それから正二は、この3週間起こったことをぽつぽつと話し始めた。

 彼の話によると、あの日、佐代子の帰った後、正二はキムに前世療法の話を初めてして、佐代子が過去生での婚約者だったらしいということまで説明したということだ。

「前世が、そんなに大切なの?私たち、今を大切にしなくちゃ。今更前世での二人のつながりを聞かされても納得できないわ」と、キムは怒って席を立ったのだそうだ。

 正二は自分の気持ちをまとめかねて、キムのあとを追いかけなかった。注文した料理が出て来て、箸に手をつけたが、もう料理の味を楽しむ余裕を失っていて、砂をかむ思いで機械的に手を動かして食べたそうだ。正二は、前世療法のワークショップに行ったことを後悔し始めていた。前世で婚約者がいたことさえ知らずにいたら、今のような三角関係の宙ぶらりんの状態は起きなかっただろう。料理を半分ほど食べた後、正二は頭を冷やすため、ぶらぶら夜の街を歩きながら家に帰った。もう何もなかったことにしてキムと結婚しようか?でも、正二の心に佐代子の存在が大きくなっているのは確かだ。それを無視し通せるかどうか、自分でも自信がなかった。その晩はなかなか寝付けず、やっと明け方になってうつらうつらしただけだった。

 結局、自分の気持ちが定まるまで、自分の方からは、キムにも佐代子にも連絡をしないということだけは決めた。だから、自分から電話をかけなかっただけでなくキムからの電話も佐代子からの電話を無視した。もっとも佐代子からはあれ以来連絡が途絶えた。そして会社からは1週間の休暇を取り、タスマニアにハイキングの旅に出た。その旅のさなかでも、正二の心は迷い、決断のつかむままメルボルンに戻って来た。そうして1週間たった夜のことだった。

著作権所有者:久保田満里子

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前世療法(13)

しばらくして医者が呼びに行った女と一緒に小屋に入ってきた。

ハリオットを見た医者は顔をしかめた。どうやらハリオットを助けるのは難しそうだ。それでも、ハリオットの脈を測ったり口を開けさせたりして診察している医者にハリオットの母親が、

「何の病気なんですか?急に倒れてしまったんです」と言うと医者は、

「どうやら破傷風にかかったようだね」と言った。破傷風と聞いて驚愕した母親が

「先生、助けてくれるんでしょうね」と医者に縋りつくように言うと、

「助けたいのはやまやまだが、助かりそうもないよ。早く親戚縁者を呼んだ方がいいよ」と言われ、近所の女に、「ジョゼフを呼んできて」と頼んだ。どうやらハリオットの父親の名前はジョゼフと言うようだ。ハリオットは、聞き取りないくらいの小さな声でしきりにトムの名を呼んでいる。

すると、ハリオットの部屋にドタバタと駆け込んでくる足音が聞こえた。

「ハリオット、ハリオット、どうしたんだ」ハリオットの父親のジョゼフだった。

ジョゼフはハリオットを抱きしめると、

「どうしてこんなことになったんだ。死んじゃだめだ」と、大きな体を揺すりながら、泣きじゃくった。

ハリオットは最後の息を振り絞るように、

「パパ、これまでありがとう。ママも。そしてトムに待っていたと伝えて」と言ったかと思うと、大きく息をして、そのあと、ハリオットの呼吸が止まった。ハリオットのそばで号泣する人々を見た時、タイミングよく、リリーが催眠をといてくれた。

「どうでしたか?」というリリーの問いに

「ありがとうございます。ハリオットの最期が分かって、何となく納得できました」と、佐代子は答えた。

 佐代子はリリーの家を後にし家に帰った後も、あの過去生から抜けられなくなっている自分に気づいた。ハリオットが最後までもったトムへの思慕。ハリオットのその気持ちがのり移ったかのように、佐代子は正二のことを簡単に諦められなくなっていた。どうしても、正二と一緒になりたい。でも正二にはキムと言うライバルがいる。この1週間正二から連絡が来ないということは、正二はキムと一緒になる決心をしたということだろう。

 佐代子は玲子に電話した。

「玲ちゃん、相談したいことがあるんだけれど」と言うと、

「ハハーン、正二さんのことでしょ。今日のセッションでどんなことが分かったの?」

「それも教えてあげるから、今からうちに来ない?」

「行く行く」と玲子はすぐに電話を切った。

佐代子はいつでもすぐに駆けつけてくれる友達のいるありがたさをしみじみ感じた。

 30分後に佐代子の家に現れた玲子に、今回のセッションの話をし、正二のハートを射止めるためにはどうしたらいいか、相談した。すると玲子は、

「ボーイフレンドもいない私に相談することではないでしょ」と笑い飛ばした。

「ともかく、正二を呼び出して、正二とキムの関係はどうなっているのか、聞くのが一番よ。作戦はそれから考えたほうがいいわ」と、至極まともなことを言った。

その晩、佐代子は思い切って正二に電話した。すると、

「今電話に出られません。ご用件は留守電に入れてください」というメッセージが返って来た。佐代子は、「佐代子です。連絡ください」とだけメッセージを残して、電話を切った。

著作権所有者:久保田満里子

 

 

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前世療法(12)

第七章 佐代子の2回目の個人セッション

 佐代子は、自分の方から正二に電話するのは控えた。正二の出した結論を聞くのがこわかったからだ。そうこうしているうちに、瞬く間に1週間が過ぎ、佐代子は2回目の個人セッションの日が来た。この1週間正二から連絡がないということは、キムと仲直りをしたので、もう自分には用がないからだと佐代子は解釈した。そうなると、もう前世のことが分かったからって、意味はないように思えて、何度もキャンセルをしようかと思ったが、あの前世での自分の人生に対する興味を捨てきれなかった。トムが戦争から帰ってきて、めでたく結婚できたのか?それとも、彼は戦争で死んでしまって、私は一生未亡人を通したのか?あるいは、トムの訃報を聞いて自殺をしたのか。あるいは、彼のことを諦めて、ほかの人と結婚したのか?いろんな可能性が考えられた。

 佐代子の好奇心が勝って、結局2回目の個人セッションを受けることにした。正二のことはもう諦めようと何度も自分に言い聞かせているうちに、どんな結果が出たとしても傷つかない覚悟ができた。今のところ、佐代子、いや、この過去生では、ハリオットだったが、戦争に駆り出されたトムの帰りを待ちわびていたことまでは、分かっている。佐代子が知りたいのは、トムが戦争に行った後、ハリオットがどうしたかということである。

 これで、前世療法を受けるのは3回目となる。3回目ともなると、最初のように緊張した気持ちはなく、リリーの誘導を受けて、すぐに過去生を見れた。

 また、美しい緑色でおおわれた山の景色が見えた。そして村が見え、一つの貧しい小屋のような家から、ハリオットが出てきた。随分疲れているようだった。手には桶を持っているので井戸から水を汲んで、家に運ぶつもりのようだ。それにしてもおぼつかない足取りだった。ゆっくり井戸の水をくみ上げたかと思うと、力尽きたかのようにその場にしゃがみこんだかと思うと、のめり込むように前に倒れた。しばらくして中年の女が水を汲みに来てハリオットが倒れているのに気付き、呼び起こすが、ぐったりとしているハリオットを抱えることはできず、走ってハリオットが出て来た小屋に行ってハリオットの母親を呼んできた。そして二人でハリオットを抱えてハリオットの家に運び込んだ。ベッドに寝かされたハリオットの息は荒く、苦しそうである。

心配そうにハリオットの母親が、ハリオットの顔を覗き込んでいるのが見える。

「ハリオット、大丈夫?しっかりして」

ハリオットがどうして倒れたのか、よくわからない。

「クレア、悪いけれど、お医者さんを呼んできて」と言われて、ハリオットを見つけた女は医者を呼びに行った。その間、ハリオットの母親はハリオットの顔にあふれ出す汗を濡れた布で拭いていた。ハリオットは意識ははっきりしているようで、苦しそうな息の中で

「ママ、もう、わたし、だめみたい。トムが帰ってきたら、彼を待っていたと伝えて」と言うので、母親は、

「そんな弱気ではだめよ。今お医者さんが来るからね。それまで頑張るのよ」とハリオットを励ましている。

著作権所有者:久保田満里子

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前世療法(11)

案の定、その女性はキムだった。キムは佐代子たちのテーブルに来ると、正二に向かって、

「最近、どうも私を避けているように思ったから、後をつけて来たら、浮気していたのね」と目を吊り上げて言う。

佐代子は突然の成り行きに、戸惑い、正二の方を見た。二人の女に見つめられて、正二は明らかに狼狽していた。佐代子は、余りの居心地の悪さに、すぐに自分が退散すべきだと思い、

「二人で話をして。私は一足先に退散させていただくわ」と席を立つと、正二はすまなそうに佐代子を見て、

「ごめん。また後で電話するよ」と、言った。

後ろを振り向くこともなくレストランを後にした佐代子は、「ああ、またもはずれか」と、がっかりしたが、深入りする前に婚約者が現れて良かったと、自分を慰めた。

 家に帰っても、むしゃくしゃするだけだ。すぐに、玲子に電話をかけた。

玲子は、佐代子が正二とデートをするのを知っていたので、電話に出て来るなり、

「デート、うまくいかなかったの?」と言った。

「どうして、そんなことが分かったの?」

「だって、デートがうまくいったら、こんなに早くは電話くれないでしょ」

「ご名答。そうなんだ。レストランに婚約者が現れてね、私は退散したって言うわけ。これから家に帰っても、気がくさくさするだけだから、玲子と晩御飯食べるのもいいかなあって思って電話したの」

「なんだ。落ち込んでいる人のお相手をするなんて、御免蒙りたいわ」

「そんなこと言わないで。ご馳走するからさ」

「え、ご馳走してくれるの」と途端に元気を取り戻した玲子の声が聞こえ、

「今、どこにいるの?じゃあ、今から出かけるから、そこで待ってて。今日は高級料理をご馳走してもらうから、覚悟しておいてね」と言うと、電話が切れた。

玲子を待っている間、「どうして、こんなに落ち込むのかしら。先週会ったばかりの人なのに、私はもうあの人が運命の人のように思い込んでいる。いつものあなたらしくないわよ」と佐代子は自嘲気味につぶやいた。

 

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前世療法(10)

第6章 三角関係

 「もしもし」と佐代子が電話に出ると、

「こんにちは。正二です」と、正二の声が聞こえて来た。先日初めて会ったのに、懐かしくていとおしい人の声を聞くような気分に陥った。

「あ、正二さん、今晩は」と言うと、

「佐代子さん、確か今日、前世療法のセッションに行ったんですよね」

「そうです。正二さんは?」

「ぼくも、佐代子さんの後にセッションを受けました」

「そうですか。どうでしたか?」と佐代子が聞くと、

「あなたは?話したいことがたくさんあるので、明日にでも会って、夕飯を食べながらでも、お互いに見たものを話し合いませんか?」

佐代子には異存はなかった。そこで、翌日に会うことを約束をして電話を切った。

彼の見た過去の自分は、私の見たトムと言う人物と同じだったのか。佐代子は、正二の見たものを知りたくて、翌日の夕方までの時間がゆっくりと流れていくのに、いらだちを感じた。

 待ち合わせ場所の、町中にある中華料理店には、佐代子の方が先についた。ウエイトレスがメニューを持ってきてくれたが、

「あとで連れが来ますから、注文はちょっと待ってもらえませんか」と言うと、ウエイトレスはすぐに引っ込んで、水の入ったグラスを持ってきてくれた。

メニューを見ていると、ほどなく正二が現れた。

「いやあ、お待たせ。出かけようと思ったら彼女から電話がかかってきて、ちょっと長電話になってしまってんだ。遅れてしまって、申し訳ない」

その言葉を聞いて、佐代子は正二には婚約者がいることを思い出した。

「彼女には、前世療法の話をしたの?」

「いや、話していないんだ。だって、君も同じ気持ちだろうけれど、僕はまだ完全に自分の見た過去生を信じたわけではないので、そんな不確実なことで婚約者を戸惑わせるのは悪いので、僕が確信するまで、何も言わないつもりだんだ」

そういっていると、ウエイトレスが、

「ご注文の料理、決まりましたか?」と聞きに来た。すると、正二はメニューに目を通したわけではないのに、すぐにすらすらと、

「春巻きに、牛肉のカキソース煮、チャーハンに、わさびチリソースのホタテガイをお願いします。それから、ウーロン茶」と注文をした。

佐代子が驚いて、

「よく、ここに来るんですか?」と聞いた。

「良くって言うほどではないけれど、月に一回くらい来るかな。ここのわさびチリソース、すごくおいしんだよ」と、笑いながら答えた。

「早速だけれど、君の見た前世の続き、聞かせてくれないかな」

そこで、佐代子が、自分の見た前世を話し始めた。

「私が待っていたのは、トムって言う恋人だったの」と言うと、正二は大きく目を見開いて

「え、その恋人って、トムって言うの?」と驚いた。

「どうして、そんなに驚くの?」

「実は、その時の過去生の僕の名前はトムって言うのが、先日の個人セッションで分かったんだよ」

今度は、佐代子が驚く番だった。

「じゃあ、トムの恋人の名前は何ていうのか分かったの?」

「うーん、それがハリオットとかサリーとかそんな感じの名前だったことしか覚えていないんだ。ともかく、君の話を続けてよ」

そこまで言って、正二は驚いたように、レストランの入り口を見た。

「どうしたの?」と、佐代子も振り返って入り口を見ると、こちらにまっすぐこちらに向かっている女性がいた。直感的に佐代子は、彼女がキムに違いないと思った。

著作権所有者:久保田満里子

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