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前世療法(2)

玲子からの電話を切った後、佐代子は、初めて聞いた前世療法というのが、いまいちピンとこないので、ネットで調べてみた。すると、前世療法で見た人生というのが、男はエジプトの王のファラオ、女はクレオパトラだと言う人が多いので、眉唾物と言う説もあると載っていた。でも、学者の中には真面目に前世を見た人と言う人の話を検証していった人もいるそうだ。たとえば、イアン・スティーブンソンという学者は、退行催眠中知らない言語を話した人がいたと報告している。その結果、中には実際に過去に生きていた人物だったという確証を得られた人もいるそうで、全面的には否定できないとも説明がでていた。

 佐代子は、ともかく、百聞は一見に如かず。嘘か誠か自分の目で確かめてみようという気になった。

 ワークショップの当日、約束通り玲子が迎えに来てくれた。玲子は、

「何が出て来るか、楽しみだわ」と、まるで玉手箱を開ける前の浦島太郎のようにうきうきしていた。そして、

「佐代子さんは、前世は、何者だったと思う?」と興味津々で聞いた。

「クレオパトラかな」

「え、クレオパトラ?」

佐代子の答えをまじめに受け取った玲子は、びっくりして佐代子の顔を見た。

「冗談よ、冗談。来る前に前世療法に関して調べてみたの。そしたら、前世がクレオパトラだったという女性が圧倒的に多いんですって」

「へえ、そうなの。それって変だよね」

「うん、変だよね。昔は、貴族何てまれな存在で、ほとんどが農民だったんでしょ。だから、多分、私の前世は百姓だったと思うわ。まあ、そう思っていれば、落胆しなくてすむわ」

「そうね」と言いながらも玲子は前世はヨーロッパのお姫様だったというのを期待しているようだった。

著作権所有者:久保田満里子

 

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前世療法(1)

第一章        佐代子

「ああ、また今日のデイト、失敗かあ!」

 佐代子は、アパートに帰るなり、ハンドバックを床に放り投げて、ソファーに座り込んだ。

 「もう嫌だ、嫌だ、嫌だ。これで、何回目のデイトだろう」

そう思うと、気が滅入って、頭を抱え込んでしまった。インターネットのデートサイトで、少し脈がありそうな男に片っ端からデートを申し込んでいるのだが、どの男とも、お互いしっくり来ない。佐代子は最近焦りを感じ始めていた。何しろもう33歳。高齢出産と言われるお産のリスクの多くなる35歳までには、何とか子供を出産したいと思っている。だからできるだけ早く結婚相手をみつけたいのだ。

 佐代子は、なかなかの美人で、若いころはモテモテで、ボーイフレンドと別れてもすぐに新しいボーイフレンドができ、ボーイフレンド探しで苦労をしたことがなかった。それが裏目に出たようだ。20代は大いに遊んで、結婚相手は30歳になって慎重に選べばいいとおっとりと構えていたが、30過ぎて、同棲していたボーイフレンドに別れようと言われて、深くも考えずにさようならをして、さて、次のボーイフレンドは誰にしようかとあたりを見回すと、めぼしい男は皆、すでに結婚していた。

 そんな訳で、自分のプライドを捨てて、インターネットのデートサイトで、相手を探し始めたのが1年前のことだったが、うまくいかないのである。

 気が腐っているところに、親友の玲子から電話がかかってきた。彼女も、佐代子のことを気にかけてくれているようだった。玲子もボーイフレンドはいないのだが、5歳年下のせいか、まだ結婚に関しては、悠長に構えている。

「どうだった、今日のデイトは?」

「もう、そのことは聞いてほしくないわ」とは言ったものの、うっぷんのはけ口が欲しい。ついつい愚痴をこぼした。

「インターネットに載っていた写真は、きっと10年くらい前の物だと思うわ。だって、頭が剥げていて、いかにもおっさんって感じだったもの。まだ40歳だというのに、趣味はって聞いたら、ゲートボールだって言うの。ゲートボール何てじいさんばあさんがするものだと思っていたから、ずっこけたわ」

「ふーん。じゃあ、だめだったって訳ね」

「そういうこと」

「ところでさあ、今日面白い人に会ったんだ」

「男?女?」

今の佐代子にとっては、どんな人物であるかよりも、男のほうに関心がある。

「残念ながら、女性よ。彼女、先週私たちの職場に入って来たんだけれど、前世療法ができるんだって」

「前世療法?それって、何?」

「あら、佐代子さん、知らないの?佐代子さんは、輪廻(りんね)って信じる?」

「輪廻(りんね)って、人が生まれ変わることでしょ?うん、信じている」

「それだったら、話しやすいわ。今いろんな問題を抱えている人の中には前世にその問題の原因がある人がいるんだって」

「それは、ちょっとどうかなあ」

佐代子は、はなはだ懐疑的であった。

「まあ、聞くだけ聞いて。ブライアン・ワイスってアメリカの精神科医が始めたものなんだけれど、そのきっかけっていうのが面白いのよね。ブライアンの患者の中に水恐怖症の人がいて、いろんな治療法を試みたけれど、どれも不成功だったんだって。それで、子供の時、何かが起こって、そのトラウマから水恐怖症になったのかもしれないと考えて、その患者さんに退行催眠をかけたんだって。そしたら、なんと大昔エジプトに住んでいた時、洪水に見舞われて、抱いていた子供ともどもに流されて、溺死する場面が現れたんですって。これには、ブライアンもびっくりしたそうよ。あの世何てないんだと思っていた人だったから」

「それで?」

「水恐怖症の原因が分かったら、嘘のように、水恐怖症の症状がすっかり消えてしまったそうよ」

「ふうん」

「それでね、新しく同僚になった、リリーさんていう人、前世療法のできる人で、来週の日曜日に前世療法のワークショップをするっていうんだけれど、一緒に出てみない?」

「まあ、行ってみてもいいけれど」

佐代子は来週の日曜日はデイトの予定をいれていないので暇だったし、ちょっと興味をそそられた。

「良かったあ。私一人ではちょっと行きづらいなと思っていたけれど、佐代子さんと一緒なら安心だわ」

「それって、どこであるの?」

「コミュニティー・センターであるんだけれど、迎えに行ってあげるわよ」

「そう。それじゃあ、お願いね」と、佐代子はワークショップに行く約束をして電話を切った。

参考文献:ブライアン・ワイス 「前世療法」

著作権所有者:久保田満里子

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すさまじきものは宮仕え(後編)

 隅田と2か月ぶりに会った。隅田はAPECの首脳会議が日本の地方都市で開催されることになったので、その準備と後始末のために出向させられていたのだ。2か月ぶりに見る隅田は少しやつれて見えた。

 メニューから適当なものを選んで、ウエイトレスが去ると、私は早速聞いた。

「どうだった、日本は?ご家族に、会えた?」

「それどころじゃなかったよ。ともかく、大変だったよ。毎日仕事が終わるのが午前4時。出勤時間が午前8時半だから、4時間の睡眠時間しかとれなかったよ。毎晩というか毎朝帰ったらバタンキューだよ。それに朝目覚ましの音に起こされて、ぼうっとした頭で出勤するという毎日だったよ」

「まあ、そんなことしたら、過労死するじゃない。そんなに大変だったのなら、上司に交渉して、人を増やしてもらえばいいのに」

「残念ながら、僕たちが任された仕事っていうのはちょっと複雑でね。いちいち人に説明しているよりは自分でやったほうが速いと思ったんだ」

「ふうん、そんなものかしら」

「僕が割り当てられた宿舎って、コップもないひどいところだったよ。日ごろ、コップのありがたさなんて感じたことがなかったけれど、コップがないって不自由なもんだね。歯磨きした後、うがいもできないし、水を飲もうにも飲めない。でもさあ、そのことを一緒に仕事をした男に言うと、『コップがないくらい、いいほうですよ。僕のところなんて布団もないんですからね』というんで、びっくりしたよ」

「まあ、布団がなかったら、どうやって寝たのかしら」

「座布団を並べて寝たそうだ。それに幸いにも夏だったからね。掛布団の代わりにバスタオルをかけて寝たそうだ」

「外務省ももっとましな宿舎を用意してくれればいいのにね」と隅田に同情して言うと、

「いやあ、僕らはまだましなほうだったんだよ」

「えっ!もっとひどいところに泊まらせられた人がいるの?」

「うん。僕たちは中堅だからまだましだったんだ。もっと新人になると、歩いて帰られない宿舎を割り当てられて、困っていたよ。午前4時には公共交通機関も走っていないから、皆タクシーを使わなければいけないからね」

「あら、そのほうがいいじゃない。夜テクテク歩いて帰るよりは」

「とんでもない。タクシー代は自腹を切らなければいけないんだよ」

そう聞いて、私はまたもやびっくりした。

「だって、仕事のためにやむを得ずタクシーを使わなければいけないんだったら、出張経費としてだしてもらえるんじゃないの?」

「玲子さんは本当に、ノーてんきだなあ。今は公務員の出費に対して厳しい監視の目が光っていてね。政府は経費削減にやっきになっているんだ。そんな状況の中でタクシー代の請求をしても請求書を突き返されるだけだよ」

「確かに、経費削減ということはよく聞くけど、そこまで厳しいとは思わなかったわ」

「あちらで仕事をしているときに、担当が変わってね。それでまた苦労させられたよ」

「また慣れない仕事でも押し付けられたの?」

「仕事自体はそれほど複雑なものでないので問題なかったんだよ。でも、テロ対策で警戒が厳しいから、僕たちはいつも身分証明書を首につり下げていなければならなかったので、担当が変わると、新しい身分証明書が必要になんだ。それで、証明書を発行する部署に電話すると、『取りに来てください』って言うんだ。行くのに1時間はかかるところだよ。『とてもじゃないけれど、5時までには取りに行けない』って言うと、『24時間対応できるようになっていますから、いつでも来てください』って言うんだ」

「それで、取りに行ったの?」

「仕方ないから取りに行ったよ。午前3時に。その日の睡眠時間を減らしてさ」

「私、外交官ってかっこいい仕事をする人たちの集まりだと、うらやましく思ったことがあったけど、あなたの話を聞いていると、まだ料理屋の女将をやっているほうが気楽みたいね」

「そうだよ。清少納言も言っているだろ。すさまじきは宮仕えだって」

「本当に、そうみたいね」と、私はうなずいた。

 私は、隅田と再会するまでは、外交官はエリート中のエリートの人ばかりで、仕事だってラクチンだと思っていたのだが、最近はその認識が一転した。まさしく、すさまじきものは宮仕えである。もっとも、清少納言の時代のすさまじきという意味は興ざめするということで、現代使われている意味とはちょっと違うようだが、華やかな国際会議の舞台裏では、隅田のような人たちのすさまじき働きがあったことは確かである。


著作権所有者:久保田満里子

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すさまじきものは宮仕え(前編)

「いやあ、遅れてごめんごめん」といいながら、私が座っているテーブルの向かい側に隅田は座った。

 隅田と私は高校時代の同級生。でも大学は別々だったので、たいして親しくもなかった隅田とは音信不通となっていた。それがメルボルンで再会したのは、2年前だった。隅田は高校時代も英語が堪能だったが、大学卒業後は外務省に入り、外交官の道をたどって、2年前からメルボルンに勤務している。それに対して、私はメルボルンで小さな料理屋を経営している。その私の料理屋に隅田が客として現れ、「あら、まあ!」と言う感じで、再会したのだ。隅田の奥さんは息子の大学受験のために日本に残り単身赴任だったし、私も独身で身軽だったから、月に一回、日本料理店以外のところで一緒に食事をするつきあいが始まった。日本語が分かるお店に行くと、色々世間にしれてはまずいことが、もれてしまうこともあるからだ。しかし世間に知れてまずい事と言うのは、別に私たちの間に秘密の色事があるわけではない。外交官の隅田には、色々公言することができない思いなどがあっても、なかなか愚痴をこぼすところがないので、日本国籍も捨ててしまった私は、気軽に愚痴をこぼせるかっこうの相手として、重宝されているのである。私も隅田と話していると、色々知らない世界の話に、時には感嘆し、時にはくだらないと思ったりして、興味をそそられるのだ。

 最初に一緒に食事に行ったとき、ロシアにいたときのことを話してくれた。

「大使館で重要な機密の会議をする時にはね、部屋にテントをはって、盗聴されないようにするんだよ。どこに盗聴器が隠されているかわからないからね。もっとももう10年前のことだから、今では、もっとほかの方法をとっているかもしれないけれどね」と、聞いたときは、スパイ映画の話を聞くようで、ワクワクした。

 それから、アフリカにいた時のことも話してくれた。

「アフリカにはどの国にも日本大使館があるわけではないからね、周りの国も管轄に入っていて、一度隣国に出張になったことがあるんだけれど、行きはよいよい、帰りは恐いでね。帰るときひどい目にあったことがあるよ。帰りの飛行機に乗るためのバスに乗って、空港に着くと、バスを降りた乗客がみんな荷物を持って一斉に走り出すんだ。僕は何が起こっているのかわからなかったし、荷物も多かったから、のんびり出発口に行ったら、みんなが走っていた理由がわかったよ。僕が搭乗口についたときは、飛行機は出た後だったんだ。それでは次の便に乗りたいというと、なんと一週間に一便しかでていないというんだ。まさか1週間も何もしないで、その国にとどまるなんてことは考えられなくて、途方に暮れて、上司に電話したんだ。そしたら、上司から、その国の政治家を知っているから、何とかしてもらえないか聞いてみようという返事で、10分後に電話を掛け直した僕に、上司は、その国の大金持ちの企業家が、ベンツを運転手付きで貸してくれることになったから、空港でベンツを待っていろと言うんだ。そこで、しばらく待っていると、ピカピカに磨かれたシルバー色のベンツが現れたんだ。結局、そのベンツに乗って、10時間車に揺られて何とか勤務地に帰ることができたこともあったよ」

「へえ、アフリカに住んでいる人は貧しい人達ばかりだと言うイメージがあったけれど、すごいお金持ちもいるんだね」

「そうだよ。貧富の差が激しくて、お金持ちは途方もなくお金持ちなんだ」

 隅田の話が面白くて、いつも身を乗り出すようにして、「ふんふん」と熱心に話に耳を傾けるので、隅田も私に話すのが楽しいようだった。 (続く)

著作権所有者:久保田満里子

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さようならジョン(最終回)

 ジョンの葬儀は彼がこの世を去って10日後に教会で行われた。その日は、大雨が降り、皆、いたずら好きだったジョンが雨を降らせて、参列者を困らせているんだとこぼしあった。

 オーストラリアの葬儀では、参列者は派手な色は避けるものの、派手でない限り、何色を着ても皆余り気にしない。でも、服装にやかましかったジョンを参列者は皆知っていたようで、男性は皆白いシャツにネクタイをして黒い背広を着ていた。女性もほとんど礼服のような黒い服を着ていたが、一人だけ派手な赤色の服を着た女性を見かけた。近寄ってい見ると、ジョンの元妻のケリーだった。

「ケリー、お久しぶりです」と声をかけると、みるみるうちにケリーの目から大粒の涙が流れだした。のどを詰まらせながら、「ジョンがこんなに早く亡くなるなんて、夢にも思わなかったわ」と言うと、ハンドバックからハンカチを取り出して、涙をぬぐった。ケリーはまだジョンを愛していたんだと、胸をつかれた。

 他の参列者達は、お互いに靴を見せ合って、「今朝はちゃんと磨いてきたぞ」と言い合っていた。勿論、私もこの日の朝、靴をきれいに磨きあげ、黒いスーツを着てきた。

 葬儀の手順は、ジョンが全部死ぬ前に決めていた。リハーサルは、できなかったらしいが。

 キャシーが司会を務め、男の牧師が聖書の言葉を読み上げ、賛美歌を皆で歌った。

 生前のジョンと仲の良かった人たちが壇上に上がり、それぞれが経験したジョンの奇抜な行動を披露する。そのたびに、皆笑い、ジョンを懐かしんだ。ジョンがレストランで、テーブルの上で、踊った話。株主総会の重要な日でも、クロコダイルダンティーという映画の主人公のように、カーボーイのような恰好をして現れ、皆を煙に巻いたことなど。茶目っ気たっぷりのジョンを思い出させる話ばかりだった。

 葬儀で初めて知ったことがたくさんあった。彼はイギリスからの移民の子で田舎で育ち、家が貧しかったので、高校一年で学校をやめ、メルボルンにきて、いろいろな職を転々とし、ベトナム戦争にも駆り出されて、2年間、ベトナムで戦ったということだ。そのあと、メルボルンに戻ってきて、セールの仕事をして、やり手として知られるようになり、私がジョンと会った会社に引き抜かれたということだ。大学にも行かないで、社長の座を射止めたというジョンは、オーストラリアならではの出世物語と言えるだろう。

 スライドショーが披露されたが、スターウォーズのテーマソングが流れるとともに、スターウォーズの出だしと同じように文字が川が流れているように上へ上へと流れて消えていった。ジョンらしい演出だと、誰かがささやいた。

披露された写真には、ケリーとの幸せな結婚生活を送っていた頃のものや、かつらをかぶって着物を着て、芸者姿に変装したジョンもあった。皆から愛されたジョンを、私は再確認し、初めて涙がでた。

 皆の思い出話が長かったため、2時間も葬儀が続いた。そのあと、飲み物や食べ物が用意されていたが、私は、何となくみんなと話をする気になれなく、疲れを感じて帰りの道を急いだ。

 帰りの車を運転しながらラジオをかけたら、奇しくも、ビクトリア州政府が安楽死の議案を提出したというニュースが流れた。すると、ジョンがあの世で右の親指を挙げて、ウインクしている姿が目に浮かんだ。

追記:この物語はフィクションですが、モデルになった人がいます。その人は2016年11月23日に安楽死をしました。この物語を彼にささげ、彼の冥福を祈りたいと思います。

 

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さようならジョン(6)

その2週間後に、ビルが、

「ジョンから僕たちに昼食に来ないかと誘いがかかったよ」と言うので、ジョンの2度目の見舞いに行った。

 前回あったときは、退院して間もなかったせいか、10分も話すとつらそうだったのが、

少し体力を取り戻したように思えた。この時もキャシーがそばについていて、料理は彼女が準備したようだった。

「キーコ、クリスを覚えているか?」と私に聞く。一瞬どのクリスのことを言っているのか考えていると、

「ほら、辞表を僕にたたきつけて、辞職したセールスマネージャーのクリスだよ」

「ああ、あのクリス」

 私は、ものすごい形相をして社長室から出てきたクリスのことを思い出した。

「彼からね、見舞いのカードが来たんだよ」と、カードを私に渡してくれた。そこには、

「ジョン、

 癌にかかったと聞き、驚いている。早期回復を祈っている。

君から僕の仕事ぶりについて注意を受けたとき、僕は全力投球で仕事に取り組んでいたと思っていたので、君の忠告は心外だった。でも、あれからほかの会社のセールスマネージャーになって、君の忠告を思い出し、ときおり自分を反省するようになったよ。いまでは物わかりの良いボスだと思われている。これも君の忠告があったからだと、今では感謝している」

私が読み終わるのを待って、

「クリスとは喧嘩別れになって、後味の悪い思いをしていたんだが、彼から、こんなカードをもらって、僕はうれしかったよ」

「和解できて、よかったですね。それで、クリスは会いに来たんですか?」

「いや、彼は今アメリカにいるそうだ」

「そうですか」

 会話はなごやかにすすんでいったが、ジョンは、スープを一口飲んだだけで、それ以上、料理に手を付けなかった。

「食欲もないし、無理して食べると、吐き出すだけだからね」

そういう、病気のつらさをこぼしているかと思えば、突然いたずらっ子のように、

「今朝、キャシーに抱いてほしくなって、彼女の寝ている客室のベッドの中にもぐりこんだんだけど、キャシーったら、パジャマを着て寝ているんだよ。興ざめしたよ。裸で寝ればいいのに」

と、愚痴をこぼすので、私は思わず笑ってしまった。女のベッドにもぐりこむくらいの気力があれば、当分は大丈夫だと思った。

 しかし、この時が、私が生きているジョンに会った最後の日になってしまった。それからのジョンの状況は、マスコミに報道される情報で得るだけになってしまった。彼は安楽死の合法化を目指してのキャンペーン運動で多忙になっていっていた。

 テレビのドキュメンタリーでは、キャシーとダンスしているジョンを見ることができた。ジョンの安楽死を手助けするという医者も、不治の病の痛みで苦しんでいる人たちを安らかに眠らせてあげることの重要性を強調していた。私も心の中で、大賛成と言っていた。私には痛みに耐えながら死だけが待つ生活は、思っただけでも耐えられそうもない。。

 新聞にも何度にも渡って安楽死の記事が記載され、そのたびにジョンのことが報道された。新聞に記載されたベッドに横たわっているジョンの写真を見ると、ジョンは骨と皮になってしまっていた。癌が肺にも転移したと書かれていた。テレビのドキュメンタリーで、ジョンに安楽死の薬をあげると宣言した医者は、裁判にかけられてしまったとの記事を読んだ1週間後、ジョンの姪という人から電話をもらった。

「ジョンは、夕べ、薬を飲んで、安らかに眠りました。葬儀の日は、ジョンの遺体が検視に回されたので、遺体が戻ってきたら、またお知らせします。ジョンが、知らせてほしい人のリストを作っていましたが、そのリストにあなたの名前があったので、お知らせします」

 こんなに早く、ジョンの死が訪れるとは、夢にも思わなかった。彼が重病なのは知っていたが、現実にその時が来ると、実感がわかなかった。いつか見た、スイスの病院で安楽死した人のドキュメンタリーを思い出した。ジョンも自分で、死のカクテルを飲んだのだろうか。電話が切れた後も、私は呆然としてそのまま長い時間たたずんでいた。

著作権所有者:久保田満里子

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さようならジョン(5)

ジョンが退職して1年後、ジョンが会社に足を運ぶこともなくなった。うわさでは、ウェンディとも別れたということだった。新しいパートナーができたのかと思っていた私に、ビルがびっくりするニュースをもたらした。

「ジョンは舌癌にかかったようだ。かなり悪性の癌みたいだよ。一応治療は終わって退院したということだ」

  あの、いつもエネルギッシュに動き回っていたジョンが、病気にかかるなんて夢にも思わなかった。彼はまだ70代の初めのはずである。言葉を失った私にビルが

「今週の日曜日家にお見舞いに行くつもりだけれど、君も行くかね」と誘ってくれた。

 会社の中で、社長秘書だった私が一番ジョンのことを知っていたことを、ビルは配慮して、誘ってくれたらしい。私は勿論「是非連れて行ってください」と答えた。

 花束を持って、ビルと共にジョンの家を訪れると、玄関の扉を開けたのは、美しい金髪の大柄な女性だった。ジョンは、病気をしてもやっぱりモテるんだと、思わず頬がゆるんだ。

その女性は、「私、キャシーです。どうぞ入って」と私たちを家に招じ入れてくれた。  

 家の中は相も変わらずチリ一つ落ちておらず、ピカピカだった。

見舞いに行くとビルがあらかじめ連絡していたのか、

「おお、来たか」と寝室から出てきたジョンは、ちゃんとズボンとTシャツを着ていたが、ジョンの頬がこけ、手足が細くなっているを見て、私は胸が痛んだ。

「この女性は、僕のダンス教室でのパートナーだった人でね、牧師なんだ。僕の葬式をちゃんとしてくれることになっているんだ」

「葬式なんて、まだそんなことを考えるのは早いんじゃないか」とビルが言うと、

「慰めてくれなくてもいいよ。自分の体のことはよく分かる。このままいろんな治療を続ければ、1年くらい生きながらえるかもしれないと医者が言うんだが、苦しい治療を続けるのは、まっぴらごめんだよ。幸い僕には家族がいないから、いつ僕が死んだって、誰も困らないし」

 あのなんでも積極的に物事に取り組んでいたジョンの言葉とは思えなかった。しかし、苦しい思いをして延命しても、また元気になる可能性がないとなれば、私もジョンと同じように考えたかもしれない。

「だからさ、自分の死の時は、自分で決めたいと思っているんだ」

「それって、安楽死のことを考えていると言う意味ですか」私が驚いて聞きただすと、

「そうだよ」と、こともなげに言う。

「でも、安楽死は合法化されていないよ、オーストラリアでは」とビルが言うと、

「だから、僕は合法化にむけて、キャンペーンをしたいと思っているんだよ」

そう聞くと、いつもの物事を積極的におしすすめていく、いつものジョンは変わっていないことを知り、私の気持ちは少し楽になった。

「安楽死に使う薬が売っていないかって、ネットで調べたら、それが売っていたんだよ、メキシコで」

「え、そんなに簡単に薬が手に入るんですか」と、安楽死にはついての知識が全くない私が聞くと、

「薬は500ドルって書いてあったから、500ドル送ったら、郵送料や手数料として500ドル追加のお金を送れというので、また500ドルを送ったんだ。ところが、いつまでたっても品物が来ないんだ。きっと、だまされたんだと思う」と、いいながら、綿棒のようなものをしきりになめた。私の視線に気づいて、ジョンは、

「これはね、痛み止めのためのモルヒネなんだよ」と説明してくれた。

私たちは、ジョンが疲れ始めたのを感じて、その日は、退散した。 (続く)

著作権所有者:久保田満里子

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さようならジョン(4)

会食から一週間たった頃、ジョンに言われた。

「キーコは犬が好きなようだね」

「ええ、大好きです。リック君、可愛いですね」と言うと、嬉しそうに

「きのうリックの誕生日パーティーをしたんだよ。写真、見る?」と言って、携帯に写っているリックの写真を見せてくれた。それは、床に置かれたバースデーケーキを3匹の犬が一心に食べている写真だった。

「近所の犬も呼んでね。犬用のケーキを作って食べさせたんだ」と、まるで小さな息子の誕生日パーティーの話をするようだった。リックは、子供のいないジョンにとっては、まさに息子だったに違いない。

 ある日、すごい形相をしたセールスマネージャーのクリスが、「ジョンに会いたい」と言ってきた。ちょうどジョンは社長室にいたので、入るように言ったが、その意気込みから何か問題が起こったことは、一目瞭然だった。

 社長室に入って5分もすると、クリスは憤懣やるかたないという顔をして部屋から出て来て、大股で去っていった。何事が起ったのか心配になって、社長室を覗くと、ジョンが浮かない顔をしていた。

「どうかしたんですか?」と聞くと、

「いやあ、クリスに辞表をたたきつけられたよ。最近のクリスは独断で物事をすすめて、部下の忠告も聞かず、部下が反対しようものなら頭ごなしに怒鳴りつけるので、クリスの部下から苦情がでていたんだよ。だから、それを注意したら、反対に、切れてしまったね。優秀な部下を失って残念だよ」と、大きなため息をついた。

 今までの私は能天気で、社長になれば、悩み何てないのだろうなと思っていたが、下っ端の私に比べて、社長ともなると、悩みはもっと大きくなると言うのを知った。

 会社が一番の危機に陥ったのはリーマンショックの時だった。その頃、どんどん業績を伸ばし、かなりの利益を得ていた会社は、その利益を株に投資して、利益を倍増していたので、リーマンショックの影響をもろに受け、黒字経営から赤字経営に転落してしまった。その時、経理担当だったテッドは、責任を感じて、見る見るうちにやせ細り、ノイローゼとなり辞職した。赤字経営になったこともさることながら、テッドの辞職は、ジョンをうちのめにしたようだ。悪いことは重なってくるという英語の諺があるが、その時のジョンは、まさにそういう状況だった。ケリーが家を出て、クイーンズランドに行ってしまい、離婚してしまったのだ。リックも彼女がクイーンズランドに連れて行ったということだ。

 ジョンは、あけっぴろげな人なのに、この時も、驚かされた。私が離婚の原因を聞いたわけではないのに、自分の方からすすんで離婚の原因を話してくれた。

「キーコ、ケリーはね、子供の時、父親が女たらしだったものだから、男を信用することができなかったんだよ。僕たち一日だってセックスを欠かしたことがなかったんだけれど、あのリーマンショックの後始末で、僕はリピドーがとたんになくなってね。セックスをしない日が続いたら、ケリーが怒ってね。セックスをしないのは、私を愛していないからだと、僕は責め立てられたよ。浮気をしているんだろうとも言われたよ。ケリーにとって、愛とセックスは同意語だったんだよ。僕が自分の気持ちを説明しても、聞き入れてくれなかった。それが原因で別れたんだよ」

 独身の私にはちょっと刺激の多い話だったが、いろんな夫婦がいるものだと、考えさせられた。でも、これだけあけっぴろげに話してくれるのは、私を信用してくれているからだと思い、ジョンの離婚の原因を、私は自分の胸に秘め、誰にも話すことはなかった。

 しかし、その時が、会社の一番のどん底で、その後、ジョンの積極的なリーダーシップによって、3年後には赤字経営から黒字経営に転じた。ジョンは再再婚をする様子もなかったが、社員のウエンディーと同棲をはじめ、二人の仲はおおっぴらとなり、二人仲良く出勤してき始めた。そして、ジョンは、60歳の誕生日を迎えたところで退職をした。

退職のパーティーのあいさつでは、

「これから、ゴルフをして、社交ダンスも習って、人生を楽しみたいと思います」と言ったが、社員全員が知っていた。子供のいないジョンにとっては、会社が自分の子供のようなものだったことを。だから、心の奥底にある寂しさは隠しきれなくて、最後に涙が止まらなくなったジョンを見て、皆は盛大な拍手を送った。

 ジョンは、退職した後も、時折会社に姿を見せ、私をはじめ、親しかった昔の部下たちと立ち話をして帰った。

著作権所有者:久保田満里子

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さようならジョン(3)

仕事が順調にいっていないときのジョンは、部下を叱るつけることも多かったが、奇妙な叱り方で、冗談なのか真面目に言っているのか判断に困ることがあった。

 交渉が思うように進んでいないことがあった時、担当の部下を呼びつけて、

「何とか、取引相手の懐柔を図れ。高級売春婦でも雇って、相手を懐柔させろ」と、言っているのが聞こえた。それを聞いた部下は一瞬たじたじとなり、「女をあてがうというのは、ちょっと…」ともごもご言うと、

「女には興味がない奴なのか?だったら、奴の好みそうな男を探しせ!」と言う。

部下は困った表情で、「いや、僕は奥さんも知っているので、女を世話するというのは、奥さんに悪いので、やりたくないのですが」と言うと、

「ともかく、早く交渉をまとめろ!」と怒鳴って、社長室から追い出してしまった。

怒鳴られた部下は、「ジョンは本気であんなことを言っているのかしら」と首をかしげながら社長室から出てきた。

 働き始めて1か月たった頃、初めてジョンのうちに夕食に招待された。ジョンのうちは高級住宅街にあったが、それほど大きな家ではなかった。もっとも子供がいなくて奥さんと二人暮らしだということだから、二人だけが住むにしては大きな家だった。門から家に続く道は白い小石が敷き詰められ、玄関の戸口まで飛び石があった。石灯籠があって、松が植えられている庭は、私に日本の旧家の庭を思い出させた。玄関に入ると目の前に大きな金色と赤の刺繡の入ったあでやかな模様の打掛が飾られていた。まるで日本に帰ったような錯覚を受けた。家の中に入って驚いたことは、無駄なものが一切置かれておらず、まるで展示用の家のようだったことだ。生活の匂いが感じられないと言ったほうが良いかもしれない。白と黒で統一された家具は、モダンな感じを与えた。案内された客間には、すでに日本の取引先の客も2人いた。

「松本です」

 40歳くらいのサラリーマン風な眼鏡をかけた背広姿の男が、名刺を出しながら言った。もう一人いた30代くらいの男もすぐに

「井上です」と言って、名刺をくれた。

私は、それまであまり使うチャンスがなかった名刺を出し、

「社長秘書の木村紀子です」と言って、二人に渡した。

 ジョンはそばにいた50代くらいの化粧の濃い女性を、「家内のケリーだ。キーコは家内に会うのは初めてだよね」とケリーを紹介してくれた。青い目が印象的なハンサムなジョンと女優を思わせるような美女のケリー。エネルギーの塊のような印象を与える二人は、お似合いの夫婦だなと思った。

 食事はアウトドアでバーベキューだった。ジョンがステーキやソーセージを焼いて、ケリーは彼の助手と言う感があった。この時の会話で、ジョンのことをもっと知ることができた。ジョンもケリーもあけっぴろげだった。

「最初の妻と別れた後、元妻が何をしているか気になって、元妻の住んでいる家を覗き込もうとして、夜梯子を持って行って塀にのぼろうとしたんだけれどね、梯子から転げ落ちて、腰を打ってしまって、ひどい目に遭ったよ」と、話すので、その時初めてケリーとは再婚だと知った。ケリーも

「私は息子がクイーンズランドに住んでいるから、将来、クイーンズランドに住みたいと思っているの」

と、初対面の私に対しても、臆する風もなく言う。こんなことを言うと、お互いが傷つくのではないかと私の方がハラハラしたが、二人ともいつものディナーの会話をしているという感じなのが、私には奇異に思えた。

 肉も焼け、皆で座って食事をしていると、どこからともなく白い小犬があらわれた。可愛い目をしてあいくるしい感じのプードルを、ケリーは抱き上げて、

「この子、リックというのよ。私たちの子供なの」と言うと、ほほずりをし、ジョンはリックの頭を撫ぜた。

 もっぱらジョンのおしゃべりが中心になったこの日の会食で、私は、ジョンが再婚者であること、子供がいないことを知ると同時に、かれの潔癖症を再確認した。

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さようならジョン(2)

ジョンは私の思惑など気にもしないふうで、持っている布で私の靴を磨き始めたではないか。あっけにとられて、そのまましばらく突っ立っていたら、

「磨き終わったよ」と言ってジョンが立ち上がった。

「いや、君の靴が余りにも汚れていて見苦しいから磨いてあげたよ」とこともなげに言う。  私は恥ずかしさの余り顔が真っ赤になり、「すみません。これから気を付けます」と言って、そのままトイレに駆け込んだ。胸の動悸が収まるまで5分はかかった。そのあと、おそるおそる社長室に戻ると、ジョンは何事もなかったように、電話で部下に指示を与えていた。そして靴に関しては、それ以降一切口にすることはなかった。

 しばらくして気が付いたのは、ジョンは身なりについて口やかましい人だということだった。靴を磨かれたのは私だけではないと仲良くなった同僚から聞かされ、あの時感じた恥ずかしさが半減したものの、あの日から、私は自分の靴を磨くことを日課にし、それ以来ジョンに靴を磨いてもらうという失態をしなくてすんだ。

 ある日も、部下と一緒に取引相手の人に会いに出かけることになった時、部下が、ネクタイなしのワイシャツ姿で現れると、不快そうに眉をつりあげ、

「ネクタイと背広はどこだ。外に出るときには、ちゃんとネクタイをして背広を着ろ。それが常識だ」と怒鳴った。

 日本だったら、ジョンの言うことはもっともだと思うが、ここはオーストラリアである。皆カジュアルな格好をしているので、それに慣れてしまっていた私は、ジョンはちょっと手厳しいのではないかと思った。

 それから、毎日思わぬハプニングがあり、退屈する日がなかった。

ある日ジョンは私に、

「来週の月曜日の午前は、何も予定を入れないでくれ」と言うので、

「どこかに出かけるんですか?」と聞くと、

「いや、社員の仕事を全部把握しておきたいから、来週の月曜日はサリーと仕事を入れ替わることにしたんだ」と言う。

「ということは、お茶くみをするということですか?」と言うと、

「そうだよ」と、こともなげに言う。

さすがにサリーはジョンの代わりに部下にいろいろ指示をすることはできないので、ジョンのお茶くみの監督をすることになった。

その当日、お昼頃に社長室に現れたジョンは、汗をたらたら流しながら、

「疲れたあ!こんなにお茶くみがきつい仕事だとは思わなかったよ。サリーは僕の2倍は働いているよ」と、汗を拭きながら、社長室のソファーに倒れこむようにどっかりと座りこんだ。それ以降、ジョンはほかの社員と仕事を代ろうとは言わなくなった。お茶くみの仕事がこたえたらしい。

 

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