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前世療法(11)

案の定、その女性はキムだった。キムは佐代子たちのテーブルに来ると、正二に向かって、

「最近、どうも私を避けているように思ったから、後をつけて来たら、浮気していたのね」と目を吊り上げて言う。

佐代子は突然の成り行きに、戸惑い、正二の方を見た。二人の女に見つめられて、正二は明らかに狼狽していた。佐代子は、余りの居心地の悪さに、すぐに自分が退散すべきだと思い、

「二人で話をして。私は一足先に退散させていただくわ」と席を立つと、正二はすまなそうに佐代子を見て、

「ごめん。また後で電話するよ」と、言った。

後ろを振り向くこともなくレストランを後にした佐代子は、「ああ、またもはずれか」と、がっかりしたが、深入りする前に婚約者が現れて良かったと、自分を慰めた。

 家に帰っても、むしゃくしゃするだけだ。すぐに、玲子に電話をかけた。

玲子は、佐代子が正二とデートをするのを知っていたので、電話に出て来るなり、

「デート、うまくいかなかったの?」と言った。

「どうして、そんなことが分かったの?」

「だって、デートがうまくいったら、こんなに早くは電話くれないでしょ」

「ご名答。そうなんだ。レストランに婚約者が現れてね、私は退散したって言うわけ。これから家に帰っても、気がくさくさするだけだから、玲子と晩御飯食べるのもいいかなあって思って電話したの」

「なんだ。落ち込んでいる人のお相手をするなんて、御免蒙りたいわ」

「そんなこと言わないで。ご馳走するからさ」

「え、ご馳走してくれるの」と途端に元気を取り戻した玲子の声が聞こえ、

「今、どこにいるの?じゃあ、今から出かけるから、そこで待ってて。今日は高級料理をご馳走してもらうから、覚悟しておいてね」と言うと、電話が切れた。

玲子を待っている間、「どうして、こんなに落ち込むのかしら。先週会ったばかりの人なのに、私はもうあの人が運命の人のように思い込んでいる。いつものあなたらしくないわよ」と佐代子は自嘲気味につぶやいた。

 

著作権所有者:久保田満里子 

 

 

 

 

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前世療法(10)

第6章 三角関係

 「もしもし」と佐代子が電話に出ると、

「こんにちは。正二です」と、正二の声が聞こえて来た。先日初めて会ったのに、懐かしくていとおしい人の声を聞くような気分に陥った。

「あ、正二さん、今晩は」と言うと、

「佐代子さん、確か今日、前世療法のセッションに行ったんですよね」

「そうです。正二さんは?」

「ぼくも、佐代子さんの後にセッションを受けました」

「そうですか。どうでしたか?」と佐代子が聞くと、

「あなたは?話したいことがたくさんあるので、明日にでも会って、夕飯を食べながらでも、お互いに見たものを話し合いませんか?」

佐代子には異存はなかった。そこで、翌日に会うことを約束をして電話を切った。

彼の見た過去の自分は、私の見たトムと言う人物と同じだったのか。佐代子は、正二の見たものを知りたくて、翌日の夕方までの時間がゆっくりと流れていくのに、いらだちを感じた。

 待ち合わせ場所の、町中にある中華料理店には、佐代子の方が先についた。ウエイトレスがメニューを持ってきてくれたが、

「あとで連れが来ますから、注文はちょっと待ってもらえませんか」と言うと、ウエイトレスはすぐに引っ込んで、水の入ったグラスを持ってきてくれた。

メニューを見ていると、ほどなく正二が現れた。

「いやあ、お待たせ。出かけようと思ったら彼女から電話がかかってきて、ちょっと長電話になってしまってんだ。遅れてしまって、申し訳ない」

その言葉を聞いて、佐代子は正二には婚約者がいることを思い出した。

「彼女には、前世療法の話をしたの?」

「いや、話していないんだ。だって、君も同じ気持ちだろうけれど、僕はまだ完全に自分の見た過去生を信じたわけではないので、そんな不確実なことで婚約者を戸惑わせるのは悪いので、僕が確信するまで、何も言わないつもりだんだ」

そういっていると、ウエイトレスが、

「ご注文の料理、決まりましたか?」と聞きに来た。すると、正二はメニューに目を通したわけではないのに、すぐにすらすらと、

「春巻きに、牛肉のカキソース煮、チャーハンに、わさびチリソースのホタテガイをお願いします。それから、ウーロン茶」と注文をした。

佐代子が驚いて、

「よく、ここに来るんですか?」と聞いた。

「良くって言うほどではないけれど、月に一回くらい来るかな。ここのわさびチリソース、すごくおいしんだよ」と、笑いながら答えた。

「早速だけれど、君の見た前世の続き、聞かせてくれないかな」

そこで、佐代子が、自分の見た前世を話し始めた。

「私が待っていたのは、トムって言う恋人だったの」と言うと、正二は大きく目を見開いて

「え、その恋人って、トムって言うの?」と驚いた。

「どうして、そんなに驚くの?」

「実は、その時の過去生の僕の名前はトムって言うのが、先日の個人セッションで分かったんだよ」

今度は、佐代子が驚く番だった。

「じゃあ、トムの恋人の名前は何ていうのか分かったの?」

「うーん、それがハリオットとかサリーとかそんな感じの名前だったことしか覚えていないんだ。ともかく、君の話を続けてよ」

そこまで言って、正二は驚いたように、レストランの入り口を見た。

「どうしたの?」と、佐代子も振り返って入り口を見ると、こちらにまっすぐこちらに向かっている女性がいた。直感的に佐代子は、彼女がキムに違いないと思った。

著作権所有者:久保田満里子

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前世療法(9)

第5章 正二の個人セッション

 正二は土曜日の4時にリリーの家に着いた。1時から佐代子のセッションがあったのを知っていた正二は、リリーに佐代子のセッションはどうだったか聞きたい衝動に襲われた。

「今日、佐代子さんが来たんですよね?彼女のセッション、どうでしたか?」

すると、そっけない返事が返ってきた。

「ええ。でも内容に関しては、私は秘密厳守の義務がありますから、何もお答えできません」

正二は、その返事を聞いてがっかりすると同時に、安心もした。リリーが秘密厳守するということは、正二のことをべらべら他人にはしゃべらないということでもある。

正二もまた佐代子と同じ寝椅子に体を横たえるように言われ、仰向けに寝た。今度こそは、あの夢に出て来た少女に出会いたいと言う願望を禁じえなかった。

「さあ、頭をリラックスさせましょう」

リリーの静かだが澄み切った声が耳元で聞こえる。正二はリリーの指示に従って、深い催眠状態に入っていった。

 最初にもやが見え、その靄(もや)が晴れていくと、美しい山が見えた。空は晴れ渡り、空気も澄んでいた。すがすがしい秋の一日のようだった。前に見える小道をずんずんすすんでいくと、村が見えてきた。日本の村ではない。ヨーロッパの村で、レンガでできた小さな小屋のような家が建て並んでいた。

「あなたはどんな格好をしていますか?」

リリーに言われて、自分の体を見ると、傷もぐれで、服は破れていた。そこで初めて、自分が傷ついていることを知り、傷の猛烈な痛みが正二を襲った。靴も破れている。リリーに言われるまで自分が傷ついていることを知らなかったのが、不思議だった。正二は感じたままをリリーに伝えた。

「それでは、あなたは自分の体を離れて、上空から自分を見てください。そうすれば、痛みを感じず、傍観者として、過去の自分を見ることができます」

正二は、リリーに言われるままにした。すると、痛みが遠のいて、自分の姿全体を見下ろすことができた。変な気持ちだった。上から傍観している自分が、小道を歩いている自分を見ている。

「さあ、村が見えたと言いましたが、村の中に入って行きましょう」

家の立ち並ぶ所に行くと、あちらこちらで子供が遊んでいる姿が目に入った。子供達の甲高い声が、耳に入ってくる。牧場が見え、のんびり五頭ばかりの牛が草を無心に食べている。平和な村の風景だ。

 正二の足は、見覚えのある家の前で止まった。そのままじっと立ち止まって家を見ていると、中から疲れた感じの年取った女がかごを片手に持ってのろのろと出てきた。そして、正二の顔を見ると、急に顔を輝かせ、持っていたかごを落とし、

「トム、生きていたの?」と言うと、その女は正二のもとに駆け寄り、正二を抱きしめて、「良かった、良かった。生きていてくれたのね」と言った。

「ママも、生きていてくれて、ありがとう」と言うと、トムと呼ばれた青年の目から涙が流れ落ちた。

二人は、しばらく抱き合っていたが、女は目じりにたまった涙をエプロンの端で拭くと、気を取り直したように、

「トム、早く家に入って!パパもあなたの顔を見たら、どんなに喜ぶことか」とその女は、トムの手を引っ張って、家の中に入った。明るい日差しのもとから家に入ると薄暗く、家の中が良く見えない。しばらくして目が慣れてくると、食堂と思われるテーブルのそばの椅子に年老いた男が座っているのが見えた。

トムの母親は、その老人に、「ジョージ、トムが帰って来たわ」と弾んだ声で言うと、その老人は

「トム?本当か。トムは生きていたのか」と言うと、老人のそばに立っているトムを見上げ、驚いたようにたちあがるなり、トムを抱きしめた。

「パパ」とトムも彼を抱きしめた。

そう言ったあと、トムは一番気がかりになっていることを聞いた。

「ハリオットは、元気?」

ハリオットと言う名前を聞いた途端、今までトムとの再会で顔を輝かせていたトムの両親の顔が曇った。

「どうしたの?ハリオットに何かあったの?」

トムは不吉な予感に襲われた。

「ハリオットは、ハリオットは」と言ったかと思うと、トムの母親は声を詰まらせ、あとが続かなかった。

その続きを聞こうと思っていたら、リリーから、今日のセッションは終わりにしますと言われた。正二は、深い失望を感じたが、もし佐代子がハリオットなら、彼女の方が何か見ているかもしれないと、彼女が教えてくれることに、期待することで、失望感を克服した。。 

 

著作権所有者:久保田満里子

 

 

 

 

 

 

 

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前世療法(8)

第四章 佐代子の個人セッション

 翌日、リリーに個人セッションを申し込んで、5日後に予約を取った。

 個人セッションは、大体、ワークショップと同じ手順で進められた。もっとも、体を横たえたのは床でなく、リクライニングの寝心地の良い寝椅子だったことと、時間をもっとかけて、リリーが質問するたびに、答えていくことが違った。

 最初のリラックスする段階が終わり、自分の過去生を見る段階になると、

「それでは、何が見えますか?」とリリーが聞いた。

佐代子は、ワークショップで見た場面がよみがえってきた。一人ポツンと座っている。背景には高い山があり、佐代子はアルプスの少女のような服を着ている。見たままを、リリーに伝えた。すると、リリーは質問を続けて行った。

「あなたは、何歳くらいですか?」

「18歳くらいです」

「名前は、何て言いますか?」

すると、自然に佐代子の頭に「ハリオット」という、名前が浮かんだ。佐代子がそう告げると、そのあとのリリーは、ハリオットと呼びかけながら、指示を出した。

「ハリオット、それでは、あなたが17歳だった時のことを思い出してください」

すると、一気に場面が変わって、佐代子は、母親と一緒に料理を作っている場面を思い浮かべた。母親は、ウエーブのかかった金髪で青い目をしていた。優しそうな感じの美しい人だった。なんだか、二人で楽しそうにおしゃべりをしながら、ローストを焼いたり、ジャガイモを切ったりしている。テーブルには、たくさんのご馳走がのっている。どうやら、村のお祭りの日のようだ。すると、父親が若者を連れて、家に帰って来た。

「その若者は、だれだかわかりますか?」

「顔はよく分かりません。でも、私はこの若者に恋をしているようです。胸がドキドキしているのが自分でも分かります」

「若者の名前は分かりますか?」

「トム。母親が、彼のことをトムって呼んでいます」

「トムとあなたはどういう関係なのですか?」

「近所に住む、幼馴染のようです」

「トムは、あなたのことをどう思っているか、分かりますか?」

「たぶん、彼も私のことを好きだと思います。私を見る目の輝きで、分かります」

「それでは、トムと別れる場面を思い浮かべてください」

すると、また場面が変わった。

「私の前にトムがいます。トムは目に涙を浮かべています。トムは王様の命令で隣国との戦争で、兵士として駆り出されることになったのです。私もあふれる涙で、トムの姿がぼやけてしまっています。すると、トムは私を抱きしめて、キスをしました。とても情熱的で、長いキスでした。私も彼を抱きしめ、いつまでもこうしていたいと思いました。長いキスが終わると、私は涙ながらにかすれた声で言いました。『絶対帰ってくると、約束して』。すると、トムも『絶対帰ってくるよ。帰ってきたら結婚しよう』と言ってくれました。その翌日、村の若者たちは、村中の人たちが見送るなか、出兵しました。その若者の中にトムがいました。トムは何度も何度も振り返って私を見ました。私も彼が見えなくなるまで手を振り続けました。そして、彼の姿が見えなくなると、その場で泣き崩れてしまいました」

「それでは、現代に戻りましょう。10から1までゆっくり数えますから、現在に戻ってください。10、9、8、…」

リリーが1というと同時に佐代子はゆっくりと目を開けた。

すると、リリーが

「今日は、たくさんのことを知ることができて良かったですね」と言った。しかし、佐代子には物足りなかった。

「もっと、知りたいのですが、また個人セッション来週受けることができますか?」

「勿論ですよ。では、また来週の土曜日午後1時にお会いしましょう」と、リリーとの予約を取り付けて、佐代子はリリーの家を出た。家を出たとたん、疲れがどっと出た感じだった。頭がぼやけて、まともに考えられない。その日は、家に帰ると、早々と寝てしまった。

佐代子は、電話の呼び鈴で起こされた。時計を見ると、8時だった。

著作権所有者:久保田満里子

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前世療法(7)

「あなたの住んでいた村って、どんな所だったんですか?」

リリーは、途中から口をはさんだ佐代子に驚いて、佐代子の方を見た。しかし、リリーが何か言おうとする前に、正二が、佐代子の顔をまじまじと見ながら言った。

「住んでいた村ですか?山に囲まれた、自然の美しい村だったような気がします」

30分という短い時間に見たことは、限られる。だから正二も、そこのところは自信がなさそうだったが、佐代子は正二の答えを聞いて、確信した。

「もしかして、あなたは、同じ前世を見たの?」と、リリーが佐代子に聞いた。

「そうなんです。私も中世のヨーロッパの山に囲まれた村に住んでいて、誰かをいつまでも待っていたんです。でも、その人は現れなかったんです」

正二は、少し落ち着いて、佐代子に言った。

「僕、あなたにはどこかで会ったような気がしたんですが、どこかで会いませんでしたか?」

「いいえ」佐代子は首を振った。

リリーは、おもしろそうに二人を見比べて、

「もしかしたら、あなたたちはソウルメイトだったのかもしれませんね。このあと、二人で話し合ったら、もっといろんなことが分かるかもしれませんよ」と言った。

玲子も意外な事の成り行きに、目を丸くしていた。

 佐代子は、改めて正二を見た。よく見るとなかなかハンサムで目が大きく、まつ毛が長い。背も高く、もしかして、アングルサクソン系の白人と日本人の混血児かなと思った。

 そのあとは佐代子は、早く二人で話し合いと、いらいらしながら、ほかの人の、前世話を聞いた。アメリカのインディアンだったと言う人、インド人だったという人、日本の江戸時代の大名のお姫様だったと言う人。太平洋の島の酋長の娘だったという人。ヨーロッパの小さな国の王様だったという人。色々奇想天外な話があったが、佐代子は上の空で聞いていた。

 「それでは、お開きにしましょう」とリリーが言ったのは、1時間たってからだった。その言葉を待っていたかのように、佐代子は正二に近づいて、

「これからお茶でも飲みに行きませんか」と誘った。初対面の男に声をかけられることはあっても、声をかけるということは、初めての経験だった。

 正二はにっこり笑って、

「僕も、お茶に誘おうかなと思っていました」というので。すぐに話はまとまった。

二人でさっさとコミュニティーセンターを出て、近くのカフェに入った。その時、佐代子は玲子のことをすっかり忘れていた。それほど、興奮していたのだ。玲子は、そんな佐代子を見て、「なんだ、冷たい奴だなあ」とぼやいて、佐代子を残してさっさと帰った。あとで電話して、彼とどうなったか聞かなくちゃと思いながら。

 

著作権所有者:久保田満里子

 

 

 

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前世療法(6)

リリーは、参加者の顔を眺めまわし、

「皆さん、過去生が見えましたか?見えなかった人、いますか?」

すると、3人ほど手を挙げた。手を挙げた中に玲子がいて、とても残念そうな顔をしていた。

「10人中3人見られなかったなんて、私の予告したとおりになりましたね」と、リリーは至極満足そうに言った。

「見られなかった人、個人セッションもしますからね、個人セッションに来てください。さあ、何か見れた人。どんなものが見えましたか?」とリリーが左から時計回りで一人一人の見たものを言わせていった。最初に発表した女性は、

「私はクレオパトラでした」と言ったのを聞いて、佐代子は思わずくすっと笑ってしまった。クレオパトラのイメージとは程遠い、太っちょのニキビだらけの丸顔の、とてもじゃないが、美人とは言い難い女性の口から出た言葉なので、よけいにおかしかったのだ。リリーがどう言うか、興味を持ったが、リリーは、

「そうですか」と言って、否定も肯定もしなかった。

次の女性は、「私は、過去生では男でした。ローマ人で、戦争で凱旋して、ローマにもどっていく場面を見ました」と言った。

「その時、どんな気持ちでしたか?」とリリーが聞くと、

「とても誇らしい気持ちがしました」

「今の自分と結びつけて、その過去の自分は、何を教えてくれていると思いますか?」

「さあ、そこまでは、ちょっと分かりませんでした」と、その女性は正直に答えた。

その次は、参加者で唯一の男性だった。

「僕は、中世のヨーロッパにいました」

佐代子は『あら、私と同じだわ』と思った。

「あなたはそこで何をしていましたか?」

「僕は戦争に駆り出されていました。でも、本当は僕は農民で、戦争なんかに行きたくなかったんです。僕の村に、僕の好きな女性がいて、結婚の約束をしていたので、一刻も早く村に帰りたかったんです。でも、僕は馬に乗った敵の騎兵に槍で一突きされて、死んでしまいました」

「その時、どんな気持ちでしたか?」とリリーが聞いた途端、見る見る間にその青年、正二の目に涙があふれ出し、

「彼女と結婚の約束をしていたんです。その約束が果たせなくて、とても悲しいかったです」と言うと、手の甲で、あふれ出る涙をぬぐった。

リリーが物静かに、

「では、今世で、その恋人に会えましたか?」

「それが、よく分からないのです。実は僕今婚約をしているんですが、なんだか、気が進まないんです。彼女はとってもかわいい人で、彼女に積極的に言い寄られた感じなのですが、どこか心の奥底で、なんだかしっくりこない物を感じているんです。そしたら、先日ほっそりした少女が夢の中で現れたんです。婚約者でないことだけは確かなのですが、彼女は一体何者なのか知りたいのです。この前世療法のワークショップに参加したのも、もしかしたら、その少女が何者か分かるかもしれないと思って、参加したんです」 

その正二の話を聞くと、まだ自分の順番ではないのに、佐代子は、思わず、口をはさんでしまった。

 

著作権所有者:久保田満里子

 

 

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前世療法(5)

第三章 前世療法ワークショップ

 玲子が連れて行ってくれたコミュニティーセンターには、すでに5人ばかりの人が集まっていた。皆知らない人たちばかりで、メルボルンには、結構日本人がいるんだとびっくりした。そういえば、いつだったか、総領事がメルボルンは日本以外の都市では、11番目に日本人の人口が多い都市だと言っていたのを思い出した。玲子は、きょときょとあたりを見回して、いかにもヨガの先生という感じの小柄でほっそりしている30代の女性を見つけると、

「リリー、私の友達の佐代子さん。そして、こちらがリリーさん」と二人を引き合わせてくれた。

「ようこそ。前世療法を受けるのは初めてですか?」

「ええ。前世療法という言葉自体、聞いたのは初めてでした」

「そうですか。今日は過去生が見れるといいですね」

リリーは物静かな言い方をする、優しい感じの人だった。参加費の50ドルを渡すと、私は玲子とマットレスの敷かれた床に腰を下ろして、開始時間までたわいないおしゃべりをして過ごした。

 開始時間の2時になると、全部で10人参加者が集まった。女性9人に男性が1人。玲子以外には、今まであったことのない人ばかりだった。それぞれが名前だけの自己紹介をした後、リリーの前世療法の説明があった。

「皆さんが普段気づかないところに潜在意識があり、そこには過去の経験などがつまっています。潜在意識のふたをあけることによって、過去生を見ることができます。潜在意識を引き出すうえで一番有効な方法は、催眠をかけることです。ところが残念ながら10人が10人催眠にかかるわけではなく、30%くらいの人は、何も見えないかもしれません」という説明が終わって、いよいよ催眠を受ける態勢になり、皆床に横たわった。

 何が起こるのか、佐代子は少し胸がどきどきした。瞑想に合いそうな、ソフトな音楽をバックグラウンドに、リリーの物静かなやさしい声が耳に入ってくる。

「さあ、目をつむってください。そして体をリラックスさせてください。まずは、頭から…」と、体全体をリラックスさせていくように言われ、佐代子は、言われたように、体の力を抜いて行った。

「さあ、あなたはお花畑にいます。その花を見てください。何色ですか?花弁はどうなっていますか?臭いをかいでください」と、段々誘導された。

「さあ、お花畑を抜けて川を渡るともやが見えますが、その向こうに、過去のあなたがいます。さあ、あなたはどこにいますか?何が見えますか?足を見てください。あなたは、どんなものをはいていますか?あなたは、どんなものを着ていますか?何をしていますか。」と、ゆっくりと間をおいて、質問され、佐代子は、その質問に従って、頭に色々思い浮かべた。佐代子は中世のヨーロッパの山のふもとの村にいた。年は18歳くらいの女性だった。何やら、他人待ち顔で、夕暮れ時、山の向こうを眺めている。

リリーの、

「さあ、その過去の自分をハグしてください。そして、大丈夫だよと言ってください」という言葉を聞いた途端、突然、佐代子の目に涙がぽとぽととあふれ出て来た。思わぬ、感情のうねりに、佐代子自身が戸惑いを感じた。過去の自分をハグすると、その過去の自分の悲しみが全身をおおったのだ。

「どうなっちゃったの?私は誰を待っているの?」そう思っても、答えは出てこない。

そうして、その回答をさがしているうちに、

「それでは、催眠をときますよ。10から数を数えて1になると、あなたは目をさまします。10、9、8、…」とリリーの声がして、佐代子は催眠から目覚めた。でも、目が覚めても、物悲しい気持ちは残った。

 

著作権所有者:久保田満里子

 

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前世療法(4)

 正二の見た奇妙な夢というのは、靄の中に一人のほっそりした少女が立っているというものだった。うす暗くて顔は輪郭くらいしかわからない。何だか心細げで、思わず抱きしめたくなったが、正二が近づいていくと忽然と目の前から消えてしまった。いつもなら、夢を見てもすぐに忘れることが多いのに、この夢は鮮烈に正二の記憶に焼き付いた。夢の中の少女は一体、誰だろう?キムでないことだけは確かだった。そう思うと、その少女の正体を無性に知りたくなった。

 そんな時だった。母親から、前世療法のワークショップの話を聞いたのは。正二の母親、千秋は、目に見えない世界に対して興味を持っていたため、正二は幼い頃からいろんな不思議な話を千秋に聞かされせていた。

「茶碗に入れたご飯を二つ用意して、一つに向かっては『バカたれ』など、罵詈雑言をなげかけ、もう一つに対しては、『きれいだね』『愛しているよ』と賛辞の言葉を投げかけ続けたら、罵詈雑言を投げかけられたご飯は、賛辞の言葉を投げかけられたご飯より、早く腐るのよ。だから、憎悪も愛情も相手に及ぼす力って、すごいのよ」と言われたこともあったし、「水からの伝言」(注)と言う、氷の結晶の写真集を見せられたこともあった。いろんな美しい音楽を聞かせたり、優しい言葉をかけたりした時の水を氷らせてできた結晶は美しく、罵詈雑言や不協和音を聞かせた結晶は、形が崩れているという写真集だった。だから、普通の人が「そんな非科学的な」と非難めいたことをいうことでも、正二には当たり前のこととして受け止められた。

「前世療法のワークショップがあるって知り合いからメールが来たけれど、キムと婚約もしたことだし、キムとは前世、どんなつながりがあったか、調べてみるのも面白いかもしれないわよ」と、言われた時、ワークショップに参加すれば、あの少女のことが分かるかもしれないと思った。

 正二は、夢で見た少女の話は照れくさくて千秋には言えなかったが、ワークショップで手がかりがつかめれば、今の自分のもやもやとした気分も晴れるだろうと、千秋に参加を申し込んでもらった。前世療法のワークショップのことは、キムには何も言わなかった。きっと彼女のことだから好奇心丸出しで、正二についてくると言うのが目に見えていたからだ。しかし、これはキムと関係のない自分一人の問題なのだと思った。

 

(注)江本勝著 『水からの伝言』

 

著作権所有者:久保田満里子

 

 

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前世療法(3)

 第二章        正二

 正二は、キムとの待ち合わせ場所に足を速めた。7時に会う約束が、すでに7時を2分過ぎてしまっている。携帯に連絡したほうがいいかなとも思ったが、待ち合わせ場所まで5分もかからないからと、連絡をしなかった。すると、携帯が鳴り響き、立ち止まって携帯を見るとキムからのSMSだった。ちらっと携帯を見た後、返事をしないで、小走りになって、待ち合わせ場所のパブに向かったた。パブのドアを開けると、たくさんの人でにぎわっていて、中全体は見通せない。人をかき分け中に入ると、ふてくされた顔で座っているキムを見つけた。

「やあ、遅れてごめん」と、キムの隣の席に腰を下ろすと、

「なによ。メッセージ、送ったのに。返事もくれないなんて、」とむくれ顔のキムに、

「もう近くに来ていたから、メッセージに答えるよりも、少しでも早く来た方がいいと思ったんだよ」と、正二は答えた。

「それよりもさ、おなかがすいたよ。早く、何か食べようよ」と言うと、キムも少し気を取り直したようで、「うん」と頷いた。

 正二は、キムと付き合い始めて1年になる。キムは、歯医者の受付嬢をしていて、正二が毎年行く歯医者で初めて会った。第一印象はかわいい子だなと思った。茶色い柔らかな髪が肩までかかり、彼女が話すたびにゆさゆさ揺れたのが、心に残った。そして、その一週間後、キムとばったりショッピングセンターであった。その時、キムの方からお茶に誘って来た。こんなに積極的に女の子からアプローチされるのは初めてだったので、正二は戸惑ったが、すぐに同意して、キムが案内してくれたカフェに入った。

「私、キムって言うの。よろしくね」と言って握手のために手を差し出した。その手を握って正二も

「僕は正二、よろしく」と答えた。

 それから、お互いの仕事や趣味のことを話した。二人ともロックが好きだと分かって、次にロックコンサートに一緒に行く約束をした。それをかわぎりに、映画、ハイキングとデートを重ねて、二人が他人でなくなったのは、その正二の誕生日の日だった。その日、二人でコンサートに行き、コンサートの興奮が冷めかねて、正二がキムを自分の住処に誘ったのだ。こういうこともあるかもしれないという期待感は正二にあったので、出かける前に部屋の掃除をしておいた。いつもなら起きたらそのままにして、くしゃくしゃに丸められたままの掛布団もきれいにベッドメイキングをして、シーツもやり替えておいた。

 その半年後にキムの方から結婚しないかと話があった。キムは、正二がなかなかプロポーズをしないので、業を煮やしたようである。正二は、積極的に彼女と絶対結婚したいという願望はわかなかったが、他に心を動かされる女性もいなかったので、「うん、いいよ」と、深く考えもせずに答えた。正二のその返事を待っていたかのように、キムは「善は急げと言うから、今から婚約指輪を買いに行きましょうよ」とねだり、その日すぐにキムに引っ張られて宝石店に行った。

 店員が見せてくれる指輪を見ては、キムは「あら、これ素敵!」「これも、いいわね」「いや、こっちのほうが私に似合うかしら?」とさんざん迷ったあげく、千ドルの小さいけれど他の指輪よりは一段とキラキラ輝いて見えるダイヤモンドを買った。キムの指のサイズに合わせるために一週間必要だと言われ、手付金を払い1週間後に受け取りに行くことになった。店から出た後ルンルン気分のキムから、

「婚約のパーティーはどうする?」と聞かれ、その時になって正二は初めて結婚の重みに気づいた。これから、婚約のパーティーをしなくてはいけないし、結婚式もしなければいけない。子供が生まれたら、自分の給料だけで暮らしていかなくなるかもしれない。突然これから起こるであろう現実に目覚めさせられた気がして、正二はキムほど結婚に対して心が浮かれる気にはなれなかった。

 そして、その晩、正二は奇妙な夢を見た。

 

著作権所有者:久保田満里子

 

 

 

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前世療法(2)

玲子からの電話を切った後、佐代子は、初めて聞いた前世療法というのが、いまいちピンとこないので、ネットで調べてみた。すると、前世療法で見た人生というのが、男はエジプトの王のファラオ、女はクレオパトラだと言う人が多いので、眉唾物と言う説もあると載っていた。でも、学者の中には真面目に前世を見た人と言う人の話を検証していった人もいるそうだ。たとえば、イアン・スティーブンソンという学者は、退行催眠中知らない言語を話した人がいたと報告している。その結果、中には実際に過去に生きていた人物だったという確証を得られた人もいるそうで、全面的には否定できないとも説明がでていた。

 佐代子は、ともかく、百聞は一見に如かず。嘘か誠か自分の目で確かめてみようという気になった。

 ワークショップの当日、約束通り玲子が迎えに来てくれた。玲子は、

「何が出て来るか、楽しみだわ」と、まるで玉手箱を開ける前の浦島太郎のようにうきうきしていた。そして、

「佐代子さんは、前世は、何者だったと思う?」と興味津々で聞いた。

「クレオパトラかな」

「え、クレオパトラ?」

佐代子の答えをまじめに受け取った玲子は、びっくりして佐代子の顔を見た。

「冗談よ、冗談。来る前に前世療法に関して調べてみたの。そしたら、前世がクレオパトラだったという女性が圧倒的に多いんですって」

「へえ、そうなの。それって変だよね」

「うん、変だよね。昔は、貴族何てまれな存在で、ほとんどが農民だったんでしょ。だから、多分、私の前世は百姓だったと思うわ。まあ、そう思っていれば、落胆しなくてすむわ」

「そうね」と言いながらも玲子は前世はヨーロッパのお姫様だったというのを期待しているようだった。

著作権所有者:久保田満里子

 

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今週末のメルボルン ★6月16日(金)~6月18日(日)