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前世療法(15)

 正二が夜ぼんやりとテレビを見ていると、けたたましく電話の呼び鈴が鳴り響いた。正二は一瞬どきっとした。まだ佐代子にもキムにもなんと言ったらいいのか、決断が付きかねていた。だから電話を無視しようとしたが、電話の呼び鈴はしつこく鳴り続き、とまりそうもなかった。しかたなく重い気持ちで電話に出た。電話をかけて来たのは、キムでも佐代子でもなかった。電話の相手はキムの父親、テッドだった。キムの家族とは何度か会っているのでテッドの声は聞き覚えがあった。挨拶も抜きで、テッドは大声で怒鳴りつけるように言った。

「キムが交通事故に遭って、今XX病院に運ばれて治療をうけているところだ。君もすぐに来たまえ」

有無を言わさぬ口調に、正二は反射的に答えた。

「すぐ、行きます」

正二は病院に行く途中、テッドにもう少しケガの状況を聞いておけばよかったと後悔していた。ただのケガなのか、それとも重症なのか、さっぱりわからない。

 慌てて病院に駆け付けた正二に手術室の前の待合室で、うなだれて座っているテッドの姿が目に入った。正二は「キムの容態はどうなんです?」と急き込んで聞くと、テッドは顔をあげて厳しい目つきで正二を見て聞いた。

「君は、キムとは一緒じゃなかったのか」

テッドの非難するような声に、正二は小さくなって答えた。

「この2週間キムとは会っていなかったんです。一体どこで、どのような事故に遭ったんですか?」

「キムは町中の大通りを酔っぱらって歩いていて、車に轢かれたんだ」

「それじゃあ、轢き逃げされたんですか?」

「いや、キムを轢いた運転手は、警察で尋問を受けているそうだ。キムが酔っぱらって道を歩いていたと聞いて、てっきり君と一緒だと思っていた。キムはアルコールに強くもないのにどうして、酒を飲んだんだろう。何かに悩んでいたんだろうか。君は何か知っていないか?」

 「僕はこの2週間キムと話していないんです。もしかしたら、キムが悩んでいたのは僕達の事かもしれません」

「なんだ、喧嘩でもしたのか?」とテッドに聞かれた時、看護師がテッドを呼びに来た。

「手術が終わって、キムさんは集中治療室に運ばれることになりました」

「集中治療室?手術は不成功だったのですか?」とテッドが聞いた。

「いえ、手術はうまくいったのですが、脳が腫れあがっているので、その腫れが引かないと危険です」

「危険ということは?」

「詳しい説明は執刀医のスティーブンソン先生に聞いてください」

その後聞いた執刀医の話は、テッドにとっても正二にとっても、ショッキングなものだった。

「キムさんは脳に強い衝撃を受けています。脳の腫れが3日以内にひかないと、脳の機能が失われて、たとえ足の骨折などが治っても、植物人間になる可能性があります」 

テッドは、「なんてことだ」とその場に膝から崩れ落ちた。正二は呆然と立ちすくんだ。この事故の全責任は自分にあるように思えた。キムを自暴自棄にしてしまったという罪悪感が、正二を打ちのめし、それから3日間、正二はキムのベッドのそばに付き添って、献身的な介護をした。とはいえ、じっと顔を眺め、時折手を握り締めるくらいのことしかできなかったが、正二は心の中で真剣に祈った。「キムが元気になってくれますように。僕はキムが目を覚ましたら、彼女と結婚することを誓います。だから、神様、キムをあの世に連れて行かないでください」

正二には特別な信仰というものはなかったのだが、おぼれるもの、藁をもつかむと言う気持ちだった。

著作権所有者:久保田満里子

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前世療法(14)

第八章  正二の決心

 正二から佐代子に電話がかかってきたのは、佐代子がメッセージを残して1週間後だった。電話の向こうから憔悴したような正二の声が聞こえた。

 「僕も君に話したいことがあるんだ。今晩、以前一緒に行った中華料理店で会おう」と言った。佐代子は正二の沈んだ様子を励ますように、正二をちゃかした。

「まさか、またキムが現れて、私たちのデートが台無しにされるんじゃないでしょうね」

すると、怒ったような正二の声が戻ってきた。

「そんなことない」

 佐代子は正二がなぜ怒るのか不可解だったが、それは会って見ればわかることだと思い、その晩会うことを約束して電話を切った。

 正二に会ったら、ともかく自分の気持ちをぶつけるしかないと覚悟を決め、鏡に映った自分の姿に「頑張れ佐代子」とガッツポーズを決めて、出かけた。

 前回は自分が先に行って待っていたが、今回は正二の方が早く来ていた。佐代子は正二の座っているテーブルに近づき、

「久しぶりね」と声をかけた。すると、正二がかすかに笑った。正二の頬は少しこけ、やつれたように見えた。

「もう、食事の注文は僕が勝手にしておいたからね」

「じゃあ、今回はお勧めのわさびチリソースのホタテガイが食べられるのね」と言うと、初めて正二はすまなさそうな顔になり、

「この間はごめん。あれから色々あって、君に連絡を取る気持ちのゆとりがなくて、連絡する気になれなかったんだ」

佐代子は、キムのことが原因だと直感した。色々あったというのは、どんなことがあったんだろうと思いながら、彼の次の言葉を待った。

「キムは先週死んだんだ」

佐代子は思わず

「えっ?」と言って、佐代子は驚きの声をあげた。

「それって、どういうこと?自殺したってこと?」

「いや、自殺だったのか、事故死だったのか、よく分からない死に方だったんだ」

 それから正二は、この3週間起こったことをぽつぽつと話し始めた。

 彼の話によると、あの日、佐代子の帰った後、正二はキムに前世療法の話を初めてして、佐代子が過去生での婚約者だったらしいということまで説明したということだ。

「前世が、そんなに大切なの?私たち、今を大切にしなくちゃ。今更前世での二人のつながりを聞かされても納得できないわ」と、キムは怒って席を立ったのだそうだ。

 正二は自分の気持ちをまとめかねて、キムのあとを追いかけなかった。注文した料理が出て来て、箸に手をつけたが、もう料理の味を楽しむ余裕を失っていて、砂をかむ思いで機械的に手を動かして食べたそうだ。正二は、前世療法のワークショップに行ったことを後悔し始めていた。前世で婚約者がいたことさえ知らずにいたら、今のような三角関係の宙ぶらりんの状態は起きなかっただろう。料理を半分ほど食べた後、正二は頭を冷やすため、ぶらぶら夜の街を歩きながら家に帰った。もう何もなかったことにしてキムと結婚しようか?でも、正二の心に佐代子の存在が大きくなっているのは確かだ。それを無視し通せるかどうか、自分でも自信がなかった。その晩はなかなか寝付けず、やっと明け方になってうつらうつらしただけだった。

 結局、自分の気持ちが定まるまで、自分の方からは、キムにも佐代子にも連絡をしないということだけは決めた。だから、自分から電話をかけなかっただけでなくキムからの電話も佐代子からの電話を無視した。もっとも佐代子からはあれ以来連絡が途絶えた。そして会社からは1週間の休暇を取り、タスマニアにハイキングの旅に出た。その旅のさなかでも、正二の心は迷い、決断のつかむままメルボルンに戻って来た。そうして1週間たった夜のことだった。

著作権所有者:久保田満里子

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前世療法(13)

しばらくして医者が呼びに行った女と一緒に小屋に入ってきた。

ハリオットを見た医者は顔をしかめた。どうやらハリオットを助けるのは難しそうだ。それでも、ハリオットの脈を測ったり口を開けさせたりして診察している医者にハリオットの母親が、

「何の病気なんですか?急に倒れてしまったんです」と言うと医者は、

「どうやら破傷風にかかったようだね」と言った。破傷風と聞いて驚愕した母親が

「先生、助けてくれるんでしょうね」と医者に縋りつくように言うと、

「助けたいのはやまやまだが、助かりそうもないよ。早く親戚縁者を呼んだ方がいいよ」と言われ、近所の女に、「ジョゼフを呼んできて」と頼んだ。どうやらハリオットの父親の名前はジョゼフと言うようだ。ハリオットは、聞き取りないくらいの小さな声でしきりにトムの名を呼んでいる。

すると、ハリオットの部屋にドタバタと駆け込んでくる足音が聞こえた。

「ハリオット、ハリオット、どうしたんだ」ハリオットの父親のジョゼフだった。

ジョゼフはハリオットを抱きしめると、

「どうしてこんなことになったんだ。死んじゃだめだ」と、大きな体を揺すりながら、泣きじゃくった。

ハリオットは最後の息を振り絞るように、

「パパ、これまでありがとう。ママも。そしてトムに待っていたと伝えて」と言ったかと思うと、大きく息をして、そのあと、ハリオットの呼吸が止まった。ハリオットのそばで号泣する人々を見た時、タイミングよく、リリーが催眠をといてくれた。

「どうでしたか?」というリリーの問いに

「ありがとうございます。ハリオットの最期が分かって、何となく納得できました」と、佐代子は答えた。

 佐代子はリリーの家を後にし家に帰った後も、あの過去生から抜けられなくなっている自分に気づいた。ハリオットが最後までもったトムへの思慕。ハリオットのその気持ちがのり移ったかのように、佐代子は正二のことを簡単に諦められなくなっていた。どうしても、正二と一緒になりたい。でも正二にはキムと言うライバルがいる。この1週間正二から連絡が来ないということは、正二はキムと一緒になる決心をしたということだろう。

 佐代子は玲子に電話した。

「玲ちゃん、相談したいことがあるんだけれど」と言うと、

「ハハーン、正二さんのことでしょ。今日のセッションでどんなことが分かったの?」

「それも教えてあげるから、今からうちに来ない?」

「行く行く」と玲子はすぐに電話を切った。

佐代子はいつでもすぐに駆けつけてくれる友達のいるありがたさをしみじみ感じた。

 30分後に佐代子の家に現れた玲子に、今回のセッションの話をし、正二のハートを射止めるためにはどうしたらいいか、相談した。すると玲子は、

「ボーイフレンドもいない私に相談することではないでしょ」と笑い飛ばした。

「ともかく、正二を呼び出して、正二とキムの関係はどうなっているのか、聞くのが一番よ。作戦はそれから考えたほうがいいわ」と、至極まともなことを言った。

その晩、佐代子は思い切って正二に電話した。すると、

「今電話に出られません。ご用件は留守電に入れてください」というメッセージが返って来た。佐代子は、「佐代子です。連絡ください」とだけメッセージを残して、電話を切った。

著作権所有者:久保田満里子

 

 

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前世療法(12)

第七章 佐代子の2回目の個人セッション

 佐代子は、自分の方から正二に電話するのは控えた。正二の出した結論を聞くのがこわかったからだ。そうこうしているうちに、瞬く間に1週間が過ぎ、佐代子は2回目の個人セッションの日が来た。この1週間正二から連絡がないということは、キムと仲直りをしたので、もう自分には用がないからだと佐代子は解釈した。そうなると、もう前世のことが分かったからって、意味はないように思えて、何度もキャンセルをしようかと思ったが、あの前世での自分の人生に対する興味を捨てきれなかった。トムが戦争から帰ってきて、めでたく結婚できたのか?それとも、彼は戦争で死んでしまって、私は一生未亡人を通したのか?あるいは、トムの訃報を聞いて自殺をしたのか。あるいは、彼のことを諦めて、ほかの人と結婚したのか?いろんな可能性が考えられた。

 佐代子の好奇心が勝って、結局2回目の個人セッションを受けることにした。正二のことはもう諦めようと何度も自分に言い聞かせているうちに、どんな結果が出たとしても傷つかない覚悟ができた。今のところ、佐代子、いや、この過去生では、ハリオットだったが、戦争に駆り出されたトムの帰りを待ちわびていたことまでは、分かっている。佐代子が知りたいのは、トムが戦争に行った後、ハリオットがどうしたかということである。

 これで、前世療法を受けるのは3回目となる。3回目ともなると、最初のように緊張した気持ちはなく、リリーの誘導を受けて、すぐに過去生を見れた。

 また、美しい緑色でおおわれた山の景色が見えた。そして村が見え、一つの貧しい小屋のような家から、ハリオットが出てきた。随分疲れているようだった。手には桶を持っているので井戸から水を汲んで、家に運ぶつもりのようだ。それにしてもおぼつかない足取りだった。ゆっくり井戸の水をくみ上げたかと思うと、力尽きたかのようにその場にしゃがみこんだかと思うと、のめり込むように前に倒れた。しばらくして中年の女が水を汲みに来てハリオットが倒れているのに気付き、呼び起こすが、ぐったりとしているハリオットを抱えることはできず、走ってハリオットが出て来た小屋に行ってハリオットの母親を呼んできた。そして二人でハリオットを抱えてハリオットの家に運び込んだ。ベッドに寝かされたハリオットの息は荒く、苦しそうである。

心配そうにハリオットの母親が、ハリオットの顔を覗き込んでいるのが見える。

「ハリオット、大丈夫?しっかりして」

ハリオットがどうして倒れたのか、よくわからない。

「クレア、悪いけれど、お医者さんを呼んできて」と言われて、ハリオットを見つけた女は医者を呼びに行った。その間、ハリオットの母親はハリオットの顔にあふれ出す汗を濡れた布で拭いていた。ハリオットは意識ははっきりしているようで、苦しそうな息の中で

「ママ、もう、わたし、だめみたい。トムが帰ってきたら、彼を待っていたと伝えて」と言うので、母親は、

「そんな弱気ではだめよ。今お医者さんが来るからね。それまで頑張るのよ」とハリオットを励ましている。

著作権所有者:久保田満里子

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前世療法(11)

案の定、その女性はキムだった。キムは佐代子たちのテーブルに来ると、正二に向かって、

「最近、どうも私を避けているように思ったから、後をつけて来たら、浮気していたのね」と目を吊り上げて言う。

佐代子は突然の成り行きに、戸惑い、正二の方を見た。二人の女に見つめられて、正二は明らかに狼狽していた。佐代子は、余りの居心地の悪さに、すぐに自分が退散すべきだと思い、

「二人で話をして。私は一足先に退散させていただくわ」と席を立つと、正二はすまなそうに佐代子を見て、

「ごめん。また後で電話するよ」と、言った。

後ろを振り向くこともなくレストランを後にした佐代子は、「ああ、またもはずれか」と、がっかりしたが、深入りする前に婚約者が現れて良かったと、自分を慰めた。

 家に帰っても、むしゃくしゃするだけだ。すぐに、玲子に電話をかけた。

玲子は、佐代子が正二とデートをするのを知っていたので、電話に出て来るなり、

「デート、うまくいかなかったの?」と言った。

「どうして、そんなことが分かったの?」

「だって、デートがうまくいったら、こんなに早くは電話くれないでしょ」

「ご名答。そうなんだ。レストランに婚約者が現れてね、私は退散したって言うわけ。これから家に帰っても、気がくさくさするだけだから、玲子と晩御飯食べるのもいいかなあって思って電話したの」

「なんだ。落ち込んでいる人のお相手をするなんて、御免蒙りたいわ」

「そんなこと言わないで。ご馳走するからさ」

「え、ご馳走してくれるの」と途端に元気を取り戻した玲子の声が聞こえ、

「今、どこにいるの?じゃあ、今から出かけるから、そこで待ってて。今日は高級料理をご馳走してもらうから、覚悟しておいてね」と言うと、電話が切れた。

玲子を待っている間、「どうして、こんなに落ち込むのかしら。先週会ったばかりの人なのに、私はもうあの人が運命の人のように思い込んでいる。いつものあなたらしくないわよ」と佐代子は自嘲気味につぶやいた。

 

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前世療法(10)

第6章 三角関係

 「もしもし」と佐代子が電話に出ると、

「こんにちは。正二です」と、正二の声が聞こえて来た。先日初めて会ったのに、懐かしくていとおしい人の声を聞くような気分に陥った。

「あ、正二さん、今晩は」と言うと、

「佐代子さん、確か今日、前世療法のセッションに行ったんですよね」

「そうです。正二さんは?」

「ぼくも、佐代子さんの後にセッションを受けました」

「そうですか。どうでしたか?」と佐代子が聞くと、

「あなたは?話したいことがたくさんあるので、明日にでも会って、夕飯を食べながらでも、お互いに見たものを話し合いませんか?」

佐代子には異存はなかった。そこで、翌日に会うことを約束をして電話を切った。

彼の見た過去の自分は、私の見たトムと言う人物と同じだったのか。佐代子は、正二の見たものを知りたくて、翌日の夕方までの時間がゆっくりと流れていくのに、いらだちを感じた。

 待ち合わせ場所の、町中にある中華料理店には、佐代子の方が先についた。ウエイトレスがメニューを持ってきてくれたが、

「あとで連れが来ますから、注文はちょっと待ってもらえませんか」と言うと、ウエイトレスはすぐに引っ込んで、水の入ったグラスを持ってきてくれた。

メニューを見ていると、ほどなく正二が現れた。

「いやあ、お待たせ。出かけようと思ったら彼女から電話がかかってきて、ちょっと長電話になってしまってんだ。遅れてしまって、申し訳ない」

その言葉を聞いて、佐代子は正二には婚約者がいることを思い出した。

「彼女には、前世療法の話をしたの?」

「いや、話していないんだ。だって、君も同じ気持ちだろうけれど、僕はまだ完全に自分の見た過去生を信じたわけではないので、そんな不確実なことで婚約者を戸惑わせるのは悪いので、僕が確信するまで、何も言わないつもりだんだ」

そういっていると、ウエイトレスが、

「ご注文の料理、決まりましたか?」と聞きに来た。すると、正二はメニューに目を通したわけではないのに、すぐにすらすらと、

「春巻きに、牛肉のカキソース煮、チャーハンに、わさびチリソースのホタテガイをお願いします。それから、ウーロン茶」と注文をした。

佐代子が驚いて、

「よく、ここに来るんですか?」と聞いた。

「良くって言うほどではないけれど、月に一回くらい来るかな。ここのわさびチリソース、すごくおいしんだよ」と、笑いながら答えた。

「早速だけれど、君の見た前世の続き、聞かせてくれないかな」

そこで、佐代子が、自分の見た前世を話し始めた。

「私が待っていたのは、トムって言う恋人だったの」と言うと、正二は大きく目を見開いて

「え、その恋人って、トムって言うの?」と驚いた。

「どうして、そんなに驚くの?」

「実は、その時の過去生の僕の名前はトムって言うのが、先日の個人セッションで分かったんだよ」

今度は、佐代子が驚く番だった。

「じゃあ、トムの恋人の名前は何ていうのか分かったの?」

「うーん、それがハリオットとかサリーとかそんな感じの名前だったことしか覚えていないんだ。ともかく、君の話を続けてよ」

そこまで言って、正二は驚いたように、レストランの入り口を見た。

「どうしたの?」と、佐代子も振り返って入り口を見ると、こちらにまっすぐこちらに向かっている女性がいた。直感的に佐代子は、彼女がキムに違いないと思った。

著作権所有者:久保田満里子

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前世療法(9)

第5章 正二の個人セッション

 正二は土曜日の4時にリリーの家に着いた。1時から佐代子のセッションがあったのを知っていた正二は、リリーに佐代子のセッションはどうだったか聞きたい衝動に襲われた。

「今日、佐代子さんが来たんですよね?彼女のセッション、どうでしたか?」

すると、そっけない返事が返ってきた。

「ええ。でも内容に関しては、私は秘密厳守の義務がありますから、何もお答えできません」

正二は、その返事を聞いてがっかりすると同時に、安心もした。リリーが秘密厳守するということは、正二のことをべらべら他人にはしゃべらないということでもある。

正二もまた佐代子と同じ寝椅子に体を横たえるように言われ、仰向けに寝た。今度こそは、あの夢に出て来た少女に出会いたいと言う願望を禁じえなかった。

「さあ、頭をリラックスさせましょう」

リリーの静かだが澄み切った声が耳元で聞こえる。正二はリリーの指示に従って、深い催眠状態に入っていった。

 最初にもやが見え、その靄(もや)が晴れていくと、美しい山が見えた。空は晴れ渡り、空気も澄んでいた。すがすがしい秋の一日のようだった。前に見える小道をずんずんすすんでいくと、村が見えてきた。日本の村ではない。ヨーロッパの村で、レンガでできた小さな小屋のような家が建て並んでいた。

「あなたはどんな格好をしていますか?」

リリーに言われて、自分の体を見ると、傷もぐれで、服は破れていた。そこで初めて、自分が傷ついていることを知り、傷の猛烈な痛みが正二を襲った。靴も破れている。リリーに言われるまで自分が傷ついていることを知らなかったのが、不思議だった。正二は感じたままをリリーに伝えた。

「それでは、あなたは自分の体を離れて、上空から自分を見てください。そうすれば、痛みを感じず、傍観者として、過去の自分を見ることができます」

正二は、リリーに言われるままにした。すると、痛みが遠のいて、自分の姿全体を見下ろすことができた。変な気持ちだった。上から傍観している自分が、小道を歩いている自分を見ている。

「さあ、村が見えたと言いましたが、村の中に入って行きましょう」

家の立ち並ぶ所に行くと、あちらこちらで子供が遊んでいる姿が目に入った。子供達の甲高い声が、耳に入ってくる。牧場が見え、のんびり五頭ばかりの牛が草を無心に食べている。平和な村の風景だ。

 正二の足は、見覚えのある家の前で止まった。そのままじっと立ち止まって家を見ていると、中から疲れた感じの年取った女がかごを片手に持ってのろのろと出てきた。そして、正二の顔を見ると、急に顔を輝かせ、持っていたかごを落とし、

「トム、生きていたの?」と言うと、その女は正二のもとに駆け寄り、正二を抱きしめて、「良かった、良かった。生きていてくれたのね」と言った。

「ママも、生きていてくれて、ありがとう」と言うと、トムと呼ばれた青年の目から涙が流れ落ちた。

二人は、しばらく抱き合っていたが、女は目じりにたまった涙をエプロンの端で拭くと、気を取り直したように、

「トム、早く家に入って!パパもあなたの顔を見たら、どんなに喜ぶことか」とその女は、トムの手を引っ張って、家の中に入った。明るい日差しのもとから家に入ると薄暗く、家の中が良く見えない。しばらくして目が慣れてくると、食堂と思われるテーブルのそばの椅子に年老いた男が座っているのが見えた。

トムの母親は、その老人に、「ジョージ、トムが帰って来たわ」と弾んだ声で言うと、その老人は

「トム?本当か。トムは生きていたのか」と言うと、老人のそばに立っているトムを見上げ、驚いたようにたちあがるなり、トムを抱きしめた。

「パパ」とトムも彼を抱きしめた。

そう言ったあと、トムは一番気がかりになっていることを聞いた。

「ハリオットは、元気?」

ハリオットと言う名前を聞いた途端、今までトムとの再会で顔を輝かせていたトムの両親の顔が曇った。

「どうしたの?ハリオットに何かあったの?」

トムは不吉な予感に襲われた。

「ハリオットは、ハリオットは」と言ったかと思うと、トムの母親は声を詰まらせ、あとが続かなかった。

その続きを聞こうと思っていたら、リリーから、今日のセッションは終わりにしますと言われた。正二は、深い失望を感じたが、もし佐代子がハリオットなら、彼女の方が何か見ているかもしれないと、彼女が教えてくれることに、期待することで、失望感を克服した。。 

 

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前世療法(8)

第四章 佐代子の個人セッション

 翌日、リリーに個人セッションを申し込んで、5日後に予約を取った。

 個人セッションは、大体、ワークショップと同じ手順で進められた。もっとも、体を横たえたのは床でなく、リクライニングの寝心地の良い寝椅子だったことと、時間をもっとかけて、リリーが質問するたびに、答えていくことが違った。

 最初のリラックスする段階が終わり、自分の過去生を見る段階になると、

「それでは、何が見えますか?」とリリーが聞いた。

佐代子は、ワークショップで見た場面がよみがえってきた。一人ポツンと座っている。背景には高い山があり、佐代子はアルプスの少女のような服を着ている。見たままを、リリーに伝えた。すると、リリーは質問を続けて行った。

「あなたは、何歳くらいですか?」

「18歳くらいです」

「名前は、何て言いますか?」

すると、自然に佐代子の頭に「ハリオット」という、名前が浮かんだ。佐代子がそう告げると、そのあとのリリーは、ハリオットと呼びかけながら、指示を出した。

「ハリオット、それでは、あなたが17歳だった時のことを思い出してください」

すると、一気に場面が変わって、佐代子は、母親と一緒に料理を作っている場面を思い浮かべた。母親は、ウエーブのかかった金髪で青い目をしていた。優しそうな感じの美しい人だった。なんだか、二人で楽しそうにおしゃべりをしながら、ローストを焼いたり、ジャガイモを切ったりしている。テーブルには、たくさんのご馳走がのっている。どうやら、村のお祭りの日のようだ。すると、父親が若者を連れて、家に帰って来た。

「その若者は、だれだかわかりますか?」

「顔はよく分かりません。でも、私はこの若者に恋をしているようです。胸がドキドキしているのが自分でも分かります」

「若者の名前は分かりますか?」

「トム。母親が、彼のことをトムって呼んでいます」

「トムとあなたはどういう関係なのですか?」

「近所に住む、幼馴染のようです」

「トムは、あなたのことをどう思っているか、分かりますか?」

「たぶん、彼も私のことを好きだと思います。私を見る目の輝きで、分かります」

「それでは、トムと別れる場面を思い浮かべてください」

すると、また場面が変わった。

「私の前にトムがいます。トムは目に涙を浮かべています。トムは王様の命令で隣国との戦争で、兵士として駆り出されることになったのです。私もあふれる涙で、トムの姿がぼやけてしまっています。すると、トムは私を抱きしめて、キスをしました。とても情熱的で、長いキスでした。私も彼を抱きしめ、いつまでもこうしていたいと思いました。長いキスが終わると、私は涙ながらにかすれた声で言いました。『絶対帰ってくると、約束して』。すると、トムも『絶対帰ってくるよ。帰ってきたら結婚しよう』と言ってくれました。その翌日、村の若者たちは、村中の人たちが見送るなか、出兵しました。その若者の中にトムがいました。トムは何度も何度も振り返って私を見ました。私も彼が見えなくなるまで手を振り続けました。そして、彼の姿が見えなくなると、その場で泣き崩れてしまいました」

「それでは、現代に戻りましょう。10から1までゆっくり数えますから、現在に戻ってください。10、9、8、…」

リリーが1というと同時に佐代子はゆっくりと目を開けた。

すると、リリーが

「今日は、たくさんのことを知ることができて良かったですね」と言った。しかし、佐代子には物足りなかった。

「もっと、知りたいのですが、また個人セッション来週受けることができますか?」

「勿論ですよ。では、また来週の土曜日午後1時にお会いしましょう」と、リリーとの予約を取り付けて、佐代子はリリーの家を出た。家を出たとたん、疲れがどっと出た感じだった。頭がぼやけて、まともに考えられない。その日は、家に帰ると、早々と寝てしまった。

佐代子は、電話の呼び鈴で起こされた。時計を見ると、8時だった。

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前世療法(7)

「あなたの住んでいた村って、どんな所だったんですか?」

リリーは、途中から口をはさんだ佐代子に驚いて、佐代子の方を見た。しかし、リリーが何か言おうとする前に、正二が、佐代子の顔をまじまじと見ながら言った。

「住んでいた村ですか?山に囲まれた、自然の美しい村だったような気がします」

30分という短い時間に見たことは、限られる。だから正二も、そこのところは自信がなさそうだったが、佐代子は正二の答えを聞いて、確信した。

「もしかして、あなたは、同じ前世を見たの?」と、リリーが佐代子に聞いた。

「そうなんです。私も中世のヨーロッパの山に囲まれた村に住んでいて、誰かをいつまでも待っていたんです。でも、その人は現れなかったんです」

正二は、少し落ち着いて、佐代子に言った。

「僕、あなたにはどこかで会ったような気がしたんですが、どこかで会いませんでしたか?」

「いいえ」佐代子は首を振った。

リリーは、おもしろそうに二人を見比べて、

「もしかしたら、あなたたちはソウルメイトだったのかもしれませんね。このあと、二人で話し合ったら、もっといろんなことが分かるかもしれませんよ」と言った。

玲子も意外な事の成り行きに、目を丸くしていた。

 佐代子は、改めて正二を見た。よく見るとなかなかハンサムで目が大きく、まつ毛が長い。背も高く、もしかして、アングルサクソン系の白人と日本人の混血児かなと思った。

 そのあとは佐代子は、早く二人で話し合いと、いらいらしながら、ほかの人の、前世話を聞いた。アメリカのインディアンだったと言う人、インド人だったという人、日本の江戸時代の大名のお姫様だったと言う人。太平洋の島の酋長の娘だったという人。ヨーロッパの小さな国の王様だったという人。色々奇想天外な話があったが、佐代子は上の空で聞いていた。

 「それでは、お開きにしましょう」とリリーが言ったのは、1時間たってからだった。その言葉を待っていたかのように、佐代子は正二に近づいて、

「これからお茶でも飲みに行きませんか」と誘った。初対面の男に声をかけられることはあっても、声をかけるということは、初めての経験だった。

 正二はにっこり笑って、

「僕も、お茶に誘おうかなと思っていました」というので。すぐに話はまとまった。

二人でさっさとコミュニティーセンターを出て、近くのカフェに入った。その時、佐代子は玲子のことをすっかり忘れていた。それほど、興奮していたのだ。玲子は、そんな佐代子を見て、「なんだ、冷たい奴だなあ」とぼやいて、佐代子を残してさっさと帰った。あとで電話して、彼とどうなったか聞かなくちゃと思いながら。

 

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前世療法(6)

リリーは、参加者の顔を眺めまわし、

「皆さん、過去生が見えましたか?見えなかった人、いますか?」

すると、3人ほど手を挙げた。手を挙げた中に玲子がいて、とても残念そうな顔をしていた。

「10人中3人見られなかったなんて、私の予告したとおりになりましたね」と、リリーは至極満足そうに言った。

「見られなかった人、個人セッションもしますからね、個人セッションに来てください。さあ、何か見れた人。どんなものが見えましたか?」とリリーが左から時計回りで一人一人の見たものを言わせていった。最初に発表した女性は、

「私はクレオパトラでした」と言ったのを聞いて、佐代子は思わずくすっと笑ってしまった。クレオパトラのイメージとは程遠い、太っちょのニキビだらけの丸顔の、とてもじゃないが、美人とは言い難い女性の口から出た言葉なので、よけいにおかしかったのだ。リリーがどう言うか、興味を持ったが、リリーは、

「そうですか」と言って、否定も肯定もしなかった。

次の女性は、「私は、過去生では男でした。ローマ人で、戦争で凱旋して、ローマにもどっていく場面を見ました」と言った。

「その時、どんな気持ちでしたか?」とリリーが聞くと、

「とても誇らしい気持ちがしました」

「今の自分と結びつけて、その過去の自分は、何を教えてくれていると思いますか?」

「さあ、そこまでは、ちょっと分かりませんでした」と、その女性は正直に答えた。

その次は、参加者で唯一の男性だった。

「僕は、中世のヨーロッパにいました」

佐代子は『あら、私と同じだわ』と思った。

「あなたはそこで何をしていましたか?」

「僕は戦争に駆り出されていました。でも、本当は僕は農民で、戦争なんかに行きたくなかったんです。僕の村に、僕の好きな女性がいて、結婚の約束をしていたので、一刻も早く村に帰りたかったんです。でも、僕は馬に乗った敵の騎兵に槍で一突きされて、死んでしまいました」

「その時、どんな気持ちでしたか?」とリリーが聞いた途端、見る見る間にその青年、正二の目に涙があふれ出し、

「彼女と結婚の約束をしていたんです。その約束が果たせなくて、とても悲しいかったです」と言うと、手の甲で、あふれ出る涙をぬぐった。

リリーが物静かに、

「では、今世で、その恋人に会えましたか?」

「それが、よく分からないのです。実は僕今婚約をしているんですが、なんだか、気が進まないんです。彼女はとってもかわいい人で、彼女に積極的に言い寄られた感じなのですが、どこか心の奥底で、なんだかしっくりこない物を感じているんです。そしたら、先日ほっそりした少女が夢の中で現れたんです。婚約者でないことだけは確かなのですが、彼女は一体何者なのか知りたいのです。この前世療法のワークショップに参加したのも、もしかしたら、その少女が何者か分かるかもしれないと思って、参加したんです」 

その正二の話を聞くと、まだ自分の順番ではないのに、佐代子は、思わず、口をはさんでしまった。

 

著作権所有者:久保田満里子

 

 

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