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前世療法(5)

第三章 前世療法ワークショップ

 玲子が連れて行ってくれたコミュニティーセンターには、すでに5人ばかりの人が集まっていた。皆知らない人たちばかりで、メルボルンには、結構日本人がいるんだとびっくりした。そういえば、いつだったか、総領事がメルボルンは日本以外の都市では、11番目に日本人の人口が多い都市だと言っていたのを思い出した。玲子は、きょときょとあたりを見回して、いかにもヨガの先生という感じの小柄でほっそりしている30代の女性を見つけると、

「リリー、私の友達の佐代子さん。そして、こちらがリリーさん」と二人を引き合わせてくれた。

「ようこそ。前世療法を受けるのは初めてですか?」

「ええ。前世療法という言葉自体、聞いたのは初めてでした」

「そうですか。今日は過去生が見れるといいですね」

リリーは物静かな言い方をする、優しい感じの人だった。参加費の50ドルを渡すと、私は玲子とマットレスの敷かれた床に腰を下ろして、開始時間までたわいないおしゃべりをして過ごした。

 開始時間の2時になると、全部で10人参加者が集まった。女性9人に男性が1人。玲子以外には、今まであったことのない人ばかりだった。それぞれが名前だけの自己紹介をした後、リリーの前世療法の説明があった。

「皆さんが普段気づかないところに潜在意識があり、そこには過去の経験などがつまっています。潜在意識のふたをあけることによって、過去生を見ることができます。潜在意識を引き出すうえで一番有効な方法は、催眠をかけることです。ところが残念ながら10人が10人催眠にかかるわけではなく、30%くらいの人は、何も見えないかもしれません」という説明が終わって、いよいよ催眠を受ける態勢になり、皆床に横たわった。

 何が起こるのか、佐代子は少し胸がどきどきした。瞑想に合いそうな、ソフトな音楽をバックグラウンドに、リリーの物静かなやさしい声が耳に入ってくる。

「さあ、目をつむってください。そして体をリラックスさせてください。まずは、頭から…」と、体全体をリラックスさせていくように言われ、佐代子は、言われたように、体の力を抜いて行った。

「さあ、あなたはお花畑にいます。その花を見てください。何色ですか?花弁はどうなっていますか?臭いをかいでください」と、段々誘導された。

「さあ、お花畑を抜けて川を渡るともやが見えますが、その向こうに、過去のあなたがいます。さあ、あなたはどこにいますか?何が見えますか?足を見てください。あなたは、どんなものをはいていますか?あなたは、どんなものを着ていますか?何をしていますか。」と、ゆっくりと間をおいて、質問され、佐代子は、その質問に従って、頭に色々思い浮かべた。佐代子は中世のヨーロッパの山のふもとの村にいた。年は18歳くらいの女性だった。何やら、他人待ち顔で、夕暮れ時、山の向こうを眺めている。

リリーの、

「さあ、その過去の自分をハグしてください。そして、大丈夫だよと言ってください」という言葉を聞いた途端、突然、佐代子の目に涙がぽとぽととあふれ出て来た。思わぬ、感情のうねりに、佐代子自身が戸惑いを感じた。過去の自分をハグすると、その過去の自分の悲しみが全身をおおったのだ。

「どうなっちゃったの?私は誰を待っているの?」そう思っても、答えは出てこない。

そうして、その回答をさがしているうちに、

「それでは、催眠をときますよ。10から数を数えて1になると、あなたは目をさまします。10、9、8、…」とリリーの声がして、佐代子は催眠から目覚めた。でも、目が覚めても、物悲しい気持ちは残った。

 

著作権所有者:久保田満里子

 

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前世療法(4)

 正二の見た奇妙な夢というのは、靄の中に一人のほっそりした少女が立っているというものだった。うす暗くて顔は輪郭くらいしかわからない。何だか心細げで、思わず抱きしめたくなったが、正二が近づいていくと忽然と目の前から消えてしまった。いつもなら、夢を見てもすぐに忘れることが多いのに、この夢は鮮烈に正二の記憶に焼き付いた。夢の中の少女は一体、誰だろう?キムでないことだけは確かだった。そう思うと、その少女の正体を無性に知りたくなった。

 そんな時だった。母親から、前世療法のワークショップの話を聞いたのは。正二の母親、千秋は、目に見えない世界に対して興味を持っていたため、正二は幼い頃からいろんな不思議な話を千秋に聞かされせていた。

「茶碗に入れたご飯を二つ用意して、一つに向かっては『バカたれ』など、罵詈雑言をなげかけ、もう一つに対しては、『きれいだね』『愛しているよ』と賛辞の言葉を投げかけ続けたら、罵詈雑言を投げかけられたご飯は、賛辞の言葉を投げかけられたご飯より、早く腐るのよ。だから、憎悪も愛情も相手に及ぼす力って、すごいのよ」と言われたこともあったし、「水からの伝言」(注)と言う、氷の結晶の写真集を見せられたこともあった。いろんな美しい音楽を聞かせたり、優しい言葉をかけたりした時の水を氷らせてできた結晶は美しく、罵詈雑言や不協和音を聞かせた結晶は、形が崩れているという写真集だった。だから、普通の人が「そんな非科学的な」と非難めいたことをいうことでも、正二には当たり前のこととして受け止められた。

「前世療法のワークショップがあるって知り合いからメールが来たけれど、キムと婚約もしたことだし、キムとは前世、どんなつながりがあったか、調べてみるのも面白いかもしれないわよ」と、言われた時、ワークショップに参加すれば、あの少女のことが分かるかもしれないと思った。

 正二は、夢で見た少女の話は照れくさくて千秋には言えなかったが、ワークショップで手がかりがつかめれば、今の自分のもやもやとした気分も晴れるだろうと、千秋に参加を申し込んでもらった。前世療法のワークショップのことは、キムには何も言わなかった。きっと彼女のことだから好奇心丸出しで、正二についてくると言うのが目に見えていたからだ。しかし、これはキムと関係のない自分一人の問題なのだと思った。

 

(注)江本勝著 『水からの伝言』

 

著作権所有者:久保田満里子

 

 

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前世療法(3)

 第二章        正二

 正二は、キムとの待ち合わせ場所に足を速めた。7時に会う約束が、すでに7時を2分過ぎてしまっている。携帯に連絡したほうがいいかなとも思ったが、待ち合わせ場所まで5分もかからないからと、連絡をしなかった。すると、携帯が鳴り響き、立ち止まって携帯を見るとキムからのSMSだった。ちらっと携帯を見た後、返事をしないで、小走りになって、待ち合わせ場所のパブに向かったた。パブのドアを開けると、たくさんの人でにぎわっていて、中全体は見通せない。人をかき分け中に入ると、ふてくされた顔で座っているキムを見つけた。

「やあ、遅れてごめん」と、キムの隣の席に腰を下ろすと、

「なによ。メッセージ、送ったのに。返事もくれないなんて、」とむくれ顔のキムに、

「もう近くに来ていたから、メッセージに答えるよりも、少しでも早く来た方がいいと思ったんだよ」と、正二は答えた。

「それよりもさ、おなかがすいたよ。早く、何か食べようよ」と言うと、キムも少し気を取り直したようで、「うん」と頷いた。

 正二は、キムと付き合い始めて1年になる。キムは、歯医者の受付嬢をしていて、正二が毎年行く歯医者で初めて会った。第一印象はかわいい子だなと思った。茶色い柔らかな髪が肩までかかり、彼女が話すたびにゆさゆさ揺れたのが、心に残った。そして、その一週間後、キムとばったりショッピングセンターであった。その時、キムの方からお茶に誘って来た。こんなに積極的に女の子からアプローチされるのは初めてだったので、正二は戸惑ったが、すぐに同意して、キムが案内してくれたカフェに入った。

「私、キムって言うの。よろしくね」と言って握手のために手を差し出した。その手を握って正二も

「僕は正二、よろしく」と答えた。

 それから、お互いの仕事や趣味のことを話した。二人ともロックが好きだと分かって、次にロックコンサートに一緒に行く約束をした。それをかわぎりに、映画、ハイキングとデートを重ねて、二人が他人でなくなったのは、その正二の誕生日の日だった。その日、二人でコンサートに行き、コンサートの興奮が冷めかねて、正二がキムを自分の住処に誘ったのだ。こういうこともあるかもしれないという期待感は正二にあったので、出かける前に部屋の掃除をしておいた。いつもなら起きたらそのままにして、くしゃくしゃに丸められたままの掛布団もきれいにベッドメイキングをして、シーツもやり替えておいた。

 その半年後にキムの方から結婚しないかと話があった。キムは、正二がなかなかプロポーズをしないので、業を煮やしたようである。正二は、積極的に彼女と絶対結婚したいという願望はわかなかったが、他に心を動かされる女性もいなかったので、「うん、いいよ」と、深く考えもせずに答えた。正二のその返事を待っていたかのように、キムは「善は急げと言うから、今から婚約指輪を買いに行きましょうよ」とねだり、その日すぐにキムに引っ張られて宝石店に行った。

 店員が見せてくれる指輪を見ては、キムは「あら、これ素敵!」「これも、いいわね」「いや、こっちのほうが私に似合うかしら?」とさんざん迷ったあげく、千ドルの小さいけれど他の指輪よりは一段とキラキラ輝いて見えるダイヤモンドを買った。キムの指のサイズに合わせるために一週間必要だと言われ、手付金を払い1週間後に受け取りに行くことになった。店から出た後ルンルン気分のキムから、

「婚約のパーティーはどうする?」と聞かれ、その時になって正二は初めて結婚の重みに気づいた。これから、婚約のパーティーをしなくてはいけないし、結婚式もしなければいけない。子供が生まれたら、自分の給料だけで暮らしていかなくなるかもしれない。突然これから起こるであろう現実に目覚めさせられた気がして、正二はキムほど結婚に対して心が浮かれる気にはなれなかった。

 そして、その晩、正二は奇妙な夢を見た。

 

著作権所有者:久保田満里子

 

 

 

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前世療法(2)

玲子からの電話を切った後、佐代子は、初めて聞いた前世療法というのが、いまいちピンとこないので、ネットで調べてみた。すると、前世療法で見た人生というのが、男はエジプトの王のファラオ、女はクレオパトラだと言う人が多いので、眉唾物と言う説もあると載っていた。でも、学者の中には真面目に前世を見た人と言う人の話を検証していった人もいるそうだ。たとえば、イアン・スティーブンソンという学者は、退行催眠中知らない言語を話した人がいたと報告している。その結果、中には実際に過去に生きていた人物だったという確証を得られた人もいるそうで、全面的には否定できないとも説明がでていた。

 佐代子は、ともかく、百聞は一見に如かず。嘘か誠か自分の目で確かめてみようという気になった。

 ワークショップの当日、約束通り玲子が迎えに来てくれた。玲子は、

「何が出て来るか、楽しみだわ」と、まるで玉手箱を開ける前の浦島太郎のようにうきうきしていた。そして、

「佐代子さんは、前世は、何者だったと思う?」と興味津々で聞いた。

「クレオパトラかな」

「え、クレオパトラ?」

佐代子の答えをまじめに受け取った玲子は、びっくりして佐代子の顔を見た。

「冗談よ、冗談。来る前に前世療法に関して調べてみたの。そしたら、前世がクレオパトラだったという女性が圧倒的に多いんですって」

「へえ、そうなの。それって変だよね」

「うん、変だよね。昔は、貴族何てまれな存在で、ほとんどが農民だったんでしょ。だから、多分、私の前世は百姓だったと思うわ。まあ、そう思っていれば、落胆しなくてすむわ」

「そうね」と言いながらも玲子は前世はヨーロッパのお姫様だったというのを期待しているようだった。

著作権所有者:久保田満里子

 

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前世療法(1)

第一章        佐代子

「ああ、また今日のデイト、失敗かあ!」

 佐代子は、アパートに帰るなり、ハンドバックを床に放り投げて、ソファーに座り込んだ。

 「もう嫌だ、嫌だ、嫌だ。これで、何回目のデイトだろう」

そう思うと、気が滅入って、頭を抱え込んでしまった。インターネットのデートサイトで、少し脈がありそうな男に片っ端からデートを申し込んでいるのだが、どの男とも、お互いしっくり来ない。佐代子は最近焦りを感じ始めていた。何しろもう33歳。高齢出産と言われるお産のリスクの多くなる35歳までには、何とか子供を出産したいと思っている。だからできるだけ早く結婚相手をみつけたいのだ。

 佐代子は、なかなかの美人で、若いころはモテモテで、ボーイフレンドと別れてもすぐに新しいボーイフレンドができ、ボーイフレンド探しで苦労をしたことがなかった。それが裏目に出たようだ。20代は大いに遊んで、結婚相手は30歳になって慎重に選べばいいとおっとりと構えていたが、30過ぎて、同棲していたボーイフレンドに別れようと言われて、深くも考えずにさようならをして、さて、次のボーイフレンドは誰にしようかとあたりを見回すと、めぼしい男は皆、すでに結婚していた。

 そんな訳で、自分のプライドを捨てて、インターネットのデートサイトで、相手を探し始めたのが1年前のことだったが、うまくいかないのである。

 気が腐っているところに、親友の玲子から電話がかかってきた。彼女も、佐代子のことを気にかけてくれているようだった。玲子もボーイフレンドはいないのだが、5歳年下のせいか、まだ結婚に関しては、悠長に構えている。

「どうだった、今日のデイトは?」

「もう、そのことは聞いてほしくないわ」とは言ったものの、うっぷんのはけ口が欲しい。ついつい愚痴をこぼした。

「インターネットに載っていた写真は、きっと10年くらい前の物だと思うわ。だって、頭が剥げていて、いかにもおっさんって感じだったもの。まだ40歳だというのに、趣味はって聞いたら、ゲートボールだって言うの。ゲートボール何てじいさんばあさんがするものだと思っていたから、ずっこけたわ」

「ふーん。じゃあ、だめだったって訳ね」

「そういうこと」

「ところでさあ、今日面白い人に会ったんだ」

「男?女?」

今の佐代子にとっては、どんな人物であるかよりも、男のほうに関心がある。

「残念ながら、女性よ。彼女、先週私たちの職場に入って来たんだけれど、前世療法ができるんだって」

「前世療法?それって、何?」

「あら、佐代子さん、知らないの?佐代子さんは、輪廻(りんね)って信じる?」

「輪廻(りんね)って、人が生まれ変わることでしょ?うん、信じている」

「それだったら、話しやすいわ。今いろんな問題を抱えている人の中には前世にその問題の原因がある人がいるんだって」

「それは、ちょっとどうかなあ」

佐代子は、はなはだ懐疑的であった。

「まあ、聞くだけ聞いて。ブライアン・ワイスってアメリカの精神科医が始めたものなんだけれど、そのきっかけっていうのが面白いのよね。ブライアンの患者の中に水恐怖症の人がいて、いろんな治療法を試みたけれど、どれも不成功だったんだって。それで、子供の時、何かが起こって、そのトラウマから水恐怖症になったのかもしれないと考えて、その患者さんに退行催眠をかけたんだって。そしたら、なんと大昔エジプトに住んでいた時、洪水に見舞われて、抱いていた子供ともどもに流されて、溺死する場面が現れたんですって。これには、ブライアンもびっくりしたそうよ。あの世何てないんだと思っていた人だったから」

「それで?」

「水恐怖症の原因が分かったら、嘘のように、水恐怖症の症状がすっかり消えてしまったそうよ」

「ふうん」

「それでね、新しく同僚になった、リリーさんていう人、前世療法のできる人で、来週の日曜日に前世療法のワークショップをするっていうんだけれど、一緒に出てみない?」

「まあ、行ってみてもいいけれど」

佐代子は来週の日曜日はデイトの予定をいれていないので暇だったし、ちょっと興味をそそられた。

「良かったあ。私一人ではちょっと行きづらいなと思っていたけれど、佐代子さんと一緒なら安心だわ」

「それって、どこであるの?」

「コミュニティー・センターであるんだけれど、迎えに行ってあげるわよ」

「そう。それじゃあ、お願いね」と、佐代子はワークショップに行く約束をして電話を切った。

参考文献:ブライアン・ワイス 「前世療法」

著作権所有者:久保田満里子

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すさまじきものは宮仕え(後編)

 隅田と2か月ぶりに会った。隅田はAPECの首脳会議が日本の地方都市で開催されることになったので、その準備と後始末のために出向させられていたのだ。2か月ぶりに見る隅田は少しやつれて見えた。

 メニューから適当なものを選んで、ウエイトレスが去ると、私は早速聞いた。

「どうだった、日本は?ご家族に、会えた?」

「それどころじゃなかったよ。ともかく、大変だったよ。毎日仕事が終わるのが午前4時。出勤時間が午前8時半だから、4時間の睡眠時間しかとれなかったよ。毎晩というか毎朝帰ったらバタンキューだよ。それに朝目覚ましの音に起こされて、ぼうっとした頭で出勤するという毎日だったよ」

「まあ、そんなことしたら、過労死するじゃない。そんなに大変だったのなら、上司に交渉して、人を増やしてもらえばいいのに」

「残念ながら、僕たちが任された仕事っていうのはちょっと複雑でね。いちいち人に説明しているよりは自分でやったほうが速いと思ったんだ」

「ふうん、そんなものかしら」

「僕が割り当てられた宿舎って、コップもないひどいところだったよ。日ごろ、コップのありがたさなんて感じたことがなかったけれど、コップがないって不自由なもんだね。歯磨きした後、うがいもできないし、水を飲もうにも飲めない。でもさあ、そのことを一緒に仕事をした男に言うと、『コップがないくらい、いいほうですよ。僕のところなんて布団もないんですからね』というんで、びっくりしたよ」

「まあ、布団がなかったら、どうやって寝たのかしら」

「座布団を並べて寝たそうだ。それに幸いにも夏だったからね。掛布団の代わりにバスタオルをかけて寝たそうだ」

「外務省ももっとましな宿舎を用意してくれればいいのにね」と隅田に同情して言うと、

「いやあ、僕らはまだましなほうだったんだよ」

「えっ!もっとひどいところに泊まらせられた人がいるの?」

「うん。僕たちは中堅だからまだましだったんだ。もっと新人になると、歩いて帰られない宿舎を割り当てられて、困っていたよ。午前4時には公共交通機関も走っていないから、皆タクシーを使わなければいけないからね」

「あら、そのほうがいいじゃない。夜テクテク歩いて帰るよりは」

「とんでもない。タクシー代は自腹を切らなければいけないんだよ」

そう聞いて、私はまたもやびっくりした。

「だって、仕事のためにやむを得ずタクシーを使わなければいけないんだったら、出張経費としてだしてもらえるんじゃないの?」

「玲子さんは本当に、ノーてんきだなあ。今は公務員の出費に対して厳しい監視の目が光っていてね。政府は経費削減にやっきになっているんだ。そんな状況の中でタクシー代の請求をしても請求書を突き返されるだけだよ」

「確かに、経費削減ということはよく聞くけど、そこまで厳しいとは思わなかったわ」

「あちらで仕事をしているときに、担当が変わってね。それでまた苦労させられたよ」

「また慣れない仕事でも押し付けられたの?」

「仕事自体はそれほど複雑なものでないので問題なかったんだよ。でも、テロ対策で警戒が厳しいから、僕たちはいつも身分証明書を首につり下げていなければならなかったので、担当が変わると、新しい身分証明書が必要になんだ。それで、証明書を発行する部署に電話すると、『取りに来てください』って言うんだ。行くのに1時間はかかるところだよ。『とてもじゃないけれど、5時までには取りに行けない』って言うと、『24時間対応できるようになっていますから、いつでも来てください』って言うんだ」

「それで、取りに行ったの?」

「仕方ないから取りに行ったよ。午前3時に。その日の睡眠時間を減らしてさ」

「私、外交官ってかっこいい仕事をする人たちの集まりだと、うらやましく思ったことがあったけど、あなたの話を聞いていると、まだ料理屋の女将をやっているほうが気楽みたいね」

「そうだよ。清少納言も言っているだろ。すさまじきは宮仕えだって」

「本当に、そうみたいね」と、私はうなずいた。

 私は、隅田と再会するまでは、外交官はエリート中のエリートの人ばかりで、仕事だってラクチンだと思っていたのだが、最近はその認識が一転した。まさしく、すさまじきものは宮仕えである。もっとも、清少納言の時代のすさまじきという意味は興ざめするということで、現代使われている意味とはちょっと違うようだが、華やかな国際会議の舞台裏では、隅田のような人たちのすさまじき働きがあったことは確かである。


著作権所有者:久保田満里子

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すさまじきものは宮仕え(前編)

「いやあ、遅れてごめんごめん」といいながら、私が座っているテーブルの向かい側に隅田は座った。

 隅田と私は高校時代の同級生。でも大学は別々だったので、たいして親しくもなかった隅田とは音信不通となっていた。それがメルボルンで再会したのは、2年前だった。隅田は高校時代も英語が堪能だったが、大学卒業後は外務省に入り、外交官の道をたどって、2年前からメルボルンに勤務している。それに対して、私はメルボルンで小さな料理屋を経営している。その私の料理屋に隅田が客として現れ、「あら、まあ!」と言う感じで、再会したのだ。隅田の奥さんは息子の大学受験のために日本に残り単身赴任だったし、私も独身で身軽だったから、月に一回、日本料理店以外のところで一緒に食事をするつきあいが始まった。日本語が分かるお店に行くと、色々世間にしれてはまずいことが、もれてしまうこともあるからだ。しかし世間に知れてまずい事と言うのは、別に私たちの間に秘密の色事があるわけではない。外交官の隅田には、色々公言することができない思いなどがあっても、なかなか愚痴をこぼすところがないので、日本国籍も捨ててしまった私は、気軽に愚痴をこぼせるかっこうの相手として、重宝されているのである。私も隅田と話していると、色々知らない世界の話に、時には感嘆し、時にはくだらないと思ったりして、興味をそそられるのだ。

 最初に一緒に食事に行ったとき、ロシアにいたときのことを話してくれた。

「大使館で重要な機密の会議をする時にはね、部屋にテントをはって、盗聴されないようにするんだよ。どこに盗聴器が隠されているかわからないからね。もっとももう10年前のことだから、今では、もっとほかの方法をとっているかもしれないけれどね」と、聞いたときは、スパイ映画の話を聞くようで、ワクワクした。

 それから、アフリカにいた時のことも話してくれた。

「アフリカにはどの国にも日本大使館があるわけではないからね、周りの国も管轄に入っていて、一度隣国に出張になったことがあるんだけれど、行きはよいよい、帰りは恐いでね。帰るときひどい目にあったことがあるよ。帰りの飛行機に乗るためのバスに乗って、空港に着くと、バスを降りた乗客がみんな荷物を持って一斉に走り出すんだ。僕は何が起こっているのかわからなかったし、荷物も多かったから、のんびり出発口に行ったら、みんなが走っていた理由がわかったよ。僕が搭乗口についたときは、飛行機は出た後だったんだ。それでは次の便に乗りたいというと、なんと一週間に一便しかでていないというんだ。まさか1週間も何もしないで、その国にとどまるなんてことは考えられなくて、途方に暮れて、上司に電話したんだ。そしたら、上司から、その国の政治家を知っているから、何とかしてもらえないか聞いてみようという返事で、10分後に電話を掛け直した僕に、上司は、その国の大金持ちの企業家が、ベンツを運転手付きで貸してくれることになったから、空港でベンツを待っていろと言うんだ。そこで、しばらく待っていると、ピカピカに磨かれたシルバー色のベンツが現れたんだ。結局、そのベンツに乗って、10時間車に揺られて何とか勤務地に帰ることができたこともあったよ」

「へえ、アフリカに住んでいる人は貧しい人達ばかりだと言うイメージがあったけれど、すごいお金持ちもいるんだね」

「そうだよ。貧富の差が激しくて、お金持ちは途方もなくお金持ちなんだ」

 隅田の話が面白くて、いつも身を乗り出すようにして、「ふんふん」と熱心に話に耳を傾けるので、隅田も私に話すのが楽しいようだった。 (続く)

著作権所有者:久保田満里子

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さようならジョン(最終回)

 ジョンの葬儀は彼がこの世を去って10日後に教会で行われた。その日は、大雨が降り、皆、いたずら好きだったジョンが雨を降らせて、参列者を困らせているんだとこぼしあった。

 オーストラリアの葬儀では、参列者は派手な色は避けるものの、派手でない限り、何色を着ても皆余り気にしない。でも、服装にやかましかったジョンを参列者は皆知っていたようで、男性は皆白いシャツにネクタイをして黒い背広を着ていた。女性もほとんど礼服のような黒い服を着ていたが、一人だけ派手な赤色の服を着た女性を見かけた。近寄ってい見ると、ジョンの元妻のケリーだった。

「ケリー、お久しぶりです」と声をかけると、みるみるうちにケリーの目から大粒の涙が流れだした。のどを詰まらせながら、「ジョンがこんなに早く亡くなるなんて、夢にも思わなかったわ」と言うと、ハンドバックからハンカチを取り出して、涙をぬぐった。ケリーはまだジョンを愛していたんだと、胸をつかれた。

 他の参列者達は、お互いに靴を見せ合って、「今朝はちゃんと磨いてきたぞ」と言い合っていた。勿論、私もこの日の朝、靴をきれいに磨きあげ、黒いスーツを着てきた。

 葬儀の手順は、ジョンが全部死ぬ前に決めていた。リハーサルは、できなかったらしいが。

 キャシーが司会を務め、男の牧師が聖書の言葉を読み上げ、賛美歌を皆で歌った。

 生前のジョンと仲の良かった人たちが壇上に上がり、それぞれが経験したジョンの奇抜な行動を披露する。そのたびに、皆笑い、ジョンを懐かしんだ。ジョンがレストランで、テーブルの上で、踊った話。株主総会の重要な日でも、クロコダイルダンティーという映画の主人公のように、カーボーイのような恰好をして現れ、皆を煙に巻いたことなど。茶目っ気たっぷりのジョンを思い出させる話ばかりだった。

 葬儀で初めて知ったことがたくさんあった。彼はイギリスからの移民の子で田舎で育ち、家が貧しかったので、高校一年で学校をやめ、メルボルンにきて、いろいろな職を転々とし、ベトナム戦争にも駆り出されて、2年間、ベトナムで戦ったということだ。そのあと、メルボルンに戻ってきて、セールの仕事をして、やり手として知られるようになり、私がジョンと会った会社に引き抜かれたということだ。大学にも行かないで、社長の座を射止めたというジョンは、オーストラリアならではの出世物語と言えるだろう。

 スライドショーが披露されたが、スターウォーズのテーマソングが流れるとともに、スターウォーズの出だしと同じように文字が川が流れているように上へ上へと流れて消えていった。ジョンらしい演出だと、誰かがささやいた。

披露された写真には、ケリーとの幸せな結婚生活を送っていた頃のものや、かつらをかぶって着物を着て、芸者姿に変装したジョンもあった。皆から愛されたジョンを、私は再確認し、初めて涙がでた。

 皆の思い出話が長かったため、2時間も葬儀が続いた。そのあと、飲み物や食べ物が用意されていたが、私は、何となくみんなと話をする気になれなく、疲れを感じて帰りの道を急いだ。

 帰りの車を運転しながらラジオをかけたら、奇しくも、ビクトリア州政府が安楽死の議案を提出したというニュースが流れた。すると、ジョンがあの世で右の親指を挙げて、ウインクしている姿が目に浮かんだ。

追記:この物語はフィクションですが、モデルになった人がいます。その人は2016年11月23日に安楽死をしました。この物語を彼にささげ、彼の冥福を祈りたいと思います。

 

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さようならジョン(6)

その2週間後に、ビルが、

「ジョンから僕たちに昼食に来ないかと誘いがかかったよ」と言うので、ジョンの2度目の見舞いに行った。

 前回あったときは、退院して間もなかったせいか、10分も話すとつらそうだったのが、

少し体力を取り戻したように思えた。この時もキャシーがそばについていて、料理は彼女が準備したようだった。

「キーコ、クリスを覚えているか?」と私に聞く。一瞬どのクリスのことを言っているのか考えていると、

「ほら、辞表を僕にたたきつけて、辞職したセールスマネージャーのクリスだよ」

「ああ、あのクリス」

 私は、ものすごい形相をして社長室から出てきたクリスのことを思い出した。

「彼からね、見舞いのカードが来たんだよ」と、カードを私に渡してくれた。そこには、

「ジョン、

 癌にかかったと聞き、驚いている。早期回復を祈っている。

君から僕の仕事ぶりについて注意を受けたとき、僕は全力投球で仕事に取り組んでいたと思っていたので、君の忠告は心外だった。でも、あれからほかの会社のセールスマネージャーになって、君の忠告を思い出し、ときおり自分を反省するようになったよ。いまでは物わかりの良いボスだと思われている。これも君の忠告があったからだと、今では感謝している」

私が読み終わるのを待って、

「クリスとは喧嘩別れになって、後味の悪い思いをしていたんだが、彼から、こんなカードをもらって、僕はうれしかったよ」

「和解できて、よかったですね。それで、クリスは会いに来たんですか?」

「いや、彼は今アメリカにいるそうだ」

「そうですか」

 会話はなごやかにすすんでいったが、ジョンは、スープを一口飲んだだけで、それ以上、料理に手を付けなかった。

「食欲もないし、無理して食べると、吐き出すだけだからね」

そういう、病気のつらさをこぼしているかと思えば、突然いたずらっ子のように、

「今朝、キャシーに抱いてほしくなって、彼女の寝ている客室のベッドの中にもぐりこんだんだけど、キャシーったら、パジャマを着て寝ているんだよ。興ざめしたよ。裸で寝ればいいのに」

と、愚痴をこぼすので、私は思わず笑ってしまった。女のベッドにもぐりこむくらいの気力があれば、当分は大丈夫だと思った。

 しかし、この時が、私が生きているジョンに会った最後の日になってしまった。それからのジョンの状況は、マスコミに報道される情報で得るだけになってしまった。彼は安楽死の合法化を目指してのキャンペーン運動で多忙になっていっていた。

 テレビのドキュメンタリーでは、キャシーとダンスしているジョンを見ることができた。ジョンの安楽死を手助けするという医者も、不治の病の痛みで苦しんでいる人たちを安らかに眠らせてあげることの重要性を強調していた。私も心の中で、大賛成と言っていた。私には痛みに耐えながら死だけが待つ生活は、思っただけでも耐えられそうもない。。

 新聞にも何度にも渡って安楽死の記事が記載され、そのたびにジョンのことが報道された。新聞に記載されたベッドに横たわっているジョンの写真を見ると、ジョンは骨と皮になってしまっていた。癌が肺にも転移したと書かれていた。テレビのドキュメンタリーで、ジョンに安楽死の薬をあげると宣言した医者は、裁判にかけられてしまったとの記事を読んだ1週間後、ジョンの姪という人から電話をもらった。

「ジョンは、夕べ、薬を飲んで、安らかに眠りました。葬儀の日は、ジョンの遺体が検視に回されたので、遺体が戻ってきたら、またお知らせします。ジョンが、知らせてほしい人のリストを作っていましたが、そのリストにあなたの名前があったので、お知らせします」

 こんなに早く、ジョンの死が訪れるとは、夢にも思わなかった。彼が重病なのは知っていたが、現実にその時が来ると、実感がわかなかった。いつか見た、スイスの病院で安楽死した人のドキュメンタリーを思い出した。ジョンも自分で、死のカクテルを飲んだのだろうか。電話が切れた後も、私は呆然としてそのまま長い時間たたずんでいた。

著作権所有者:久保田満里子

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さようならジョン(5)

ジョンが退職して1年後、ジョンが会社に足を運ぶこともなくなった。うわさでは、ウェンディとも別れたということだった。新しいパートナーができたのかと思っていた私に、ビルがびっくりするニュースをもたらした。

「ジョンは舌癌にかかったようだ。かなり悪性の癌みたいだよ。一応治療は終わって退院したということだ」

  あの、いつもエネルギッシュに動き回っていたジョンが、病気にかかるなんて夢にも思わなかった。彼はまだ70代の初めのはずである。言葉を失った私にビルが

「今週の日曜日家にお見舞いに行くつもりだけれど、君も行くかね」と誘ってくれた。

 会社の中で、社長秘書だった私が一番ジョンのことを知っていたことを、ビルは配慮して、誘ってくれたらしい。私は勿論「是非連れて行ってください」と答えた。

 花束を持って、ビルと共にジョンの家を訪れると、玄関の扉を開けたのは、美しい金髪の大柄な女性だった。ジョンは、病気をしてもやっぱりモテるんだと、思わず頬がゆるんだ。

その女性は、「私、キャシーです。どうぞ入って」と私たちを家に招じ入れてくれた。  

 家の中は相も変わらずチリ一つ落ちておらず、ピカピカだった。

見舞いに行くとビルがあらかじめ連絡していたのか、

「おお、来たか」と寝室から出てきたジョンは、ちゃんとズボンとTシャツを着ていたが、ジョンの頬がこけ、手足が細くなっているを見て、私は胸が痛んだ。

「この女性は、僕のダンス教室でのパートナーだった人でね、牧師なんだ。僕の葬式をちゃんとしてくれることになっているんだ」

「葬式なんて、まだそんなことを考えるのは早いんじゃないか」とビルが言うと、

「慰めてくれなくてもいいよ。自分の体のことはよく分かる。このままいろんな治療を続ければ、1年くらい生きながらえるかもしれないと医者が言うんだが、苦しい治療を続けるのは、まっぴらごめんだよ。幸い僕には家族がいないから、いつ僕が死んだって、誰も困らないし」

 あのなんでも積極的に物事に取り組んでいたジョンの言葉とは思えなかった。しかし、苦しい思いをして延命しても、また元気になる可能性がないとなれば、私もジョンと同じように考えたかもしれない。

「だからさ、自分の死の時は、自分で決めたいと思っているんだ」

「それって、安楽死のことを考えていると言う意味ですか」私が驚いて聞きただすと、

「そうだよ」と、こともなげに言う。

「でも、安楽死は合法化されていないよ、オーストラリアでは」とビルが言うと、

「だから、僕は合法化にむけて、キャンペーンをしたいと思っているんだよ」

そう聞くと、いつもの物事を積極的におしすすめていく、いつものジョンは変わっていないことを知り、私の気持ちは少し楽になった。

「安楽死に使う薬が売っていないかって、ネットで調べたら、それが売っていたんだよ、メキシコで」

「え、そんなに簡単に薬が手に入るんですか」と、安楽死にはついての知識が全くない私が聞くと、

「薬は500ドルって書いてあったから、500ドル送ったら、郵送料や手数料として500ドル追加のお金を送れというので、また500ドルを送ったんだ。ところが、いつまでたっても品物が来ないんだ。きっと、だまされたんだと思う」と、いいながら、綿棒のようなものをしきりになめた。私の視線に気づいて、ジョンは、

「これはね、痛み止めのためのモルヒネなんだよ」と説明してくれた。

私たちは、ジョンが疲れ始めたのを感じて、その日は、退散した。 (続く)

著作権所有者:久保田満里子

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