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教え子(2)

試験や採点、そして生徒の成績表をつけるなど忙しくしていると、その日は、思ったより早くやって来た。日本と違って、オーストラリアの学校では、それぞれの生徒にコメントを書くことが義務付けられているので、成績表を出すのに時間がかかった。多忙な毎日だったが、日本の教え子に会えると思うと、洋子の心は躍った。
 オーストラリアの9月の春休みに入ると、すぐに日本に帰った。
 木村から後で送られてきた招待状には
「9月28日土曜日6時より、パレスホテルにてパーティーを催します」と書かれていた。
 9月28日、洋子はパレスホテルに15分早く着き、ホテル内の高級品ショップのショーウィンドーを覗いていると後ろから、「林先生ではありませんか」と声をかけられた。振り向くと、30代半ばの背広姿の男が立っていた。「僕、木村です」とその男は言って、近づいてきた。そういえば昔のやんちゃそうな面影は残っている。もっともあの頃と比べて随分背丈が伸びていたが。
「まあ、木村君。このたびはご招待ありがとう。今日は何人くらい出席するの?」
「20人ばかりです。福原はもう来ていますから、会場に行きませんか」と誘われ、会場に行くと、すでに5名ばかりがグループになって話をしていた。その輪の中心に福原がいた。
福原は洋子に気がつくと、
「先生!」と喜びの声をあげて近づいてきた。
「福原君、おめでとう!」と言うと、「ありがとうございます」と、深々と頭を下げた。
すると、着物姿の女性が「先生。私、誰だか分かりますか?」と聞く。
先日見たアルバムの写真を思い返しながら、
「ええとね。副学級委員をしていた、田中敏子さん?」と言うと、
「わあ、嬉しい。先生、私のこと覚えていてくださったんですね」と甲高い声をあげた。
「先生がオーストラリアに行かれたなんて、びっくりしました。今日は先生からオーストラリアの話が聞けると思って、楽しみにしてきたんですよ」と言う。すると、敏子の隣にいた川瀬まゆみが、「先生、私、新婚旅行はオーストラリアだったんですよ」とニコニコしながら言う。教え子たちからの質問攻めにあっていると、すぐに木村の、「皆さん、6時になったので、席についてください」と言う声が聞こえ、皆ぞろぞろと席に着いた。洋子の席は主賓の福原の隣に用意されていた。
「長い間会っていない人も多いと思うので、まず簡単な自己紹介から始めましょう」と木村が言うので、福原から順番に近況が語られていった。三番目に自己紹介をした中山恵理子は、「私はまだ独身で、婚活していま~す。誰か独身の人いませんか?」と言うと、誰かが「福原は、まだ独身じゃなかったか?」と言う。すると、すかさず木村が、
「残念ながら、福原は婚約中で来年早々結婚することになっています」と言うので、恵理子が「なあんだ。つまんない」と言うので、皆の間から笑いが起こった。
新聞社に勤めている者。会社勤めの者、デパート勤務の者、老人ホームの介護士や看護師など、皆それぞれの職場で頑張っている様子なのが、洋子を嬉しい気持ちにさせた。
しかし、あの時の学級委員だった世羅川俊之の顔が見当たらないのが気になった。自己紹介も終わり、それぞれ雑談で騒がしくなった時、隣に座っていた福原に、「世羅川君の姿が見当たらないようね」と言うと、「世羅川、東大を出て、大手商社でバリバリ仕事をしていたようですが、うつ病になったとかで、今は家でぶらぶらしているということです」という答えが戻ってきて、洋子を驚かせた。世羅川とうつ病とは洋子の頭の中では結びつかない。世羅川は頭が良く、いつも明るくて、リーダー格の生徒だった。将来は大物になるだろうと教員仲間で噂していたくらいだった。
「本当に、人生、どんなことが起こるか分からないわねえ」と感慨深げに言うと、福原も「ええ、僕も、まさか先生がオーストラリアに行かれるとは思っても見ませんでした」と言った。洋子も、「私も」と言って笑った。

ちょさk

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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