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私のソウルメイト(8)


 日本から帰ってくると待ち構えていたかのように、京子から電話があった。京子はいつもと違って、何か嬉しいことがあったらしく、声が弾んでいた。しかし、「何かいいことがあったの?」と聞いても、「ちょっと、電話ではいえないから、会って話すわ。いつ会える?」と聞いてきた。私も誰かにロビンのことを話したくてうずうずしていたので、「明日はどう?」と聞いた。「じゃあ、明日うちに朝10時に来て」と京子が言うので、翌朝の10時に京子のうちのドアをノックした。待ち構えたように出てきた京子に引き入れられてうちに入り、ソファーに腰掛けるまもなく京子は
「私、タツロットで600万ドル当たったわ」と言った。
「えっ、600万ドル。それ、6億円のことじゃない。本当」
「本当よ。私も最初は信じられなかったけれど、早急に作った銀行口座にきのう600万ドル入っていたわ」
その時の私は目をまん丸にしていたに違いない。夢を見ているのではないと脳が理解するまでに、時間がかかった。その後出た私の言葉は、
「600万ドルなんて、羨ましいわ。600万ドルも何に使う気?」だった。
「夕べ、どうしようかと興奮して寝られなかったわ。これは誰にも言わないでね。ロベルトにもエミリーにもフランクにも言ってないの」
「えっ、どうして」
「だって、あのしみったれのロベルトのことだもの、自由にお金を使わせてくれないに決まっているわ。だから、ロベルトには秘密にしておきたいの。エミリーやフランクには言いたいのは山々で、もう口から言葉が出掛かることがあるんだけれど、我慢して言ってないのよ。だって、言っちゃうと、エミリーもフランクもロベルトに言いたくなるだろうし、言わないと罪悪感を感じるだろうと思うと、結局は子供たちを苦しませるだけだけじゃない。だから、二人を巻き込まないことにしたのよ」
「600万ドルあったら、もう左手団扇で暮らしていけるわね。銀行の利子だけでも、年間42万ドルはいるじゃない」
私は羨ましさが先にたって、ロビンのことを聞いてもらおうと思ったのに、ロビンのことはすっかり忘れてしまった。
「ねえ、マンションを買おうと思うんだけど、どう思う?」
「いいじゃない」
「私、うちにいるとロベルトがきれい好きで、少し散らかしただけでも機嫌が悪いので、結婚してからはずうっと自分だけの自由にできる空間がほしいと夢見ていたのよ。だから、私がまずやりたいことは、マンションを買うこと」
「600万ドルあれば、豪邸だって買えるじゃない」
「豪邸って、維持するのに結構大変じゃない。庭の手入れとか、プールの手入れとか。ロベルトに知られないように、自由を満喫するのは、マンションで十分よ。きのう不動産屋に行って、パンフレットをもらってきたんだけど、もとこさん、一緒に見に行ってくれない?」
「勿論よ。私、家を見るのは大好きなのよ。いつ行くの?」
「来週の火曜日はどう?火曜日なら私もパートの仕事がないから」
「ええ、600万ドルも持っているのに、スーパーのレジの仕事続けるつもり?」
「勿論よ。やめたら、ロベルトに変に思われるわよ。これから送る2重生活のことを考えると、楽しいわ。だって、何のとりえもないスーパーのおばさんが、実は金持ちなんだって、小説に出てきそうじゃない。でも、このことを知っているのは親友のあなただけだから、私を裏切らないでよ。絶対、アーロンやダイアナにも内緒よ」
私は京子の幸運が自分の幸運のように思われてきて、舞い上がってしまった。親友と二人だけの秘密を持つスリル。それに家族にも秘密にしていることを私に教えてくれた京子の気持ちが嬉しかった。私も京子の信頼を裏切らないように、京子の秘密を絶対に口にしてはいけないと思いながら、京子のうちを出た。

著作権所有者:久保田満里子

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私のソウルメイト(7)


 帰りの飛行機では、私はすっかり元気を取り戻していた。ロビンも大仕事を無事におえ、リラックスしたようで、ぽつりぽつりと自分のことを話し始めた。
「僕の両親は、スコットランドからの移民でね。父親は早くなくなったんだけど、母とはとても仲がよかったんだ。その母も去年なくなってね」とさびしそうに言った。私はなんと慰めていいかわからなかった。いつも仕事できびきびしていたので、ロビンのもう一面の姿を見せられたように思った。
「私の母は私が7歳のときになくなりましたわ。だからロビンさんはラッキーだわ、私が母とすごせた時間より、ずっと長くお母さんとすごせたんですもの。羨ましいですわ」と言うと、
「僕もそういう面ではラッキーだと思っているよ。もう母も年をとってしまっていたからね。仕方がないと思うんだ」と、言った。
私は「もうすぐクリスマスですね。クリスマスはご家族と過ごされるんでしょうね」と言うと、あたかも私の言葉が聞こえなかったように、
「もとこさんは、クリスマスはどうするの?」と聞いてきた。
私は、このときよっぽど「あなたと一緒にすごしたいわ」と言いたかったが、口から出てきたのは、
「家族と過ごしますよ、勿論」と言う言葉だった。
それから、ロビンは窓の外を向いて、黙ってしまった。気まずい空気が流れた。飛行機の中は眠り始めた乗客が多くなったのか、暗くなっていた。私もそのまま眠るふりをしたが、ロビンの孤独を思うと眠れなかった。周りに人がいなかったら、きっと私はロビンの肩を抱いていただろう。この時はアーロンもダイアナも私の記憶からすっかり消えていた。
 メルボルン空港についた後は、ロビンはそのまま会社に出るというので、私はタクシーを拾ってうちに帰ることになった。別れ際、「今回はありがとう。おかげで契約もうまくいったよ。」と手を差し出した。私はその手を取って握手をしながら「お役に立てて嬉しいです」と言った。握った手は暖かく、その手を放すのが惜しかった。タクシーの中から後ろを振り返ると、私を乗せたタクシーが走り去るのをロビンは見届けて、自分の車のほうに向かっている姿が、目に映った。その後、心に大きな穴が空いたような、さびしい気持ちに陥った。確実に私は彼に恋し始めているのを自覚した。

著作権所有者:久保田満里子




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私のソウルメイト(6)


 日本に出発する日、ロビンの運転するベンツがうちに迎えに来てくれて、一緒に空港に向かった。ロビンの車の助手席に座ると、少し胸がドキドキしたが、すぐにその気持ちはなくなった。それというのも、ロビンは見かけによらずスピード狂だったからだ。ロビンのベンツはものすごいスピードをあげて、前を走る車の間をぬってどんどん追い越していくのには、冷や冷やさせられ、ロマンチックな気分はすぐに吹き飛んでしまった。恐怖で胸がドキドキさせられることも多かったが、急なカーブにも横揺れしないのは、さすがにベンツだからだと感心もした。
 空港には無事に到着したもののカンタス航空のカウンターを遠くから見ると長い人の列ができていた。チェックインにどのくらい時間がかかるのかうんざりしていたら、ビジネスクラスのカウンターは5人ぐらいしか並んでいなかった。座席を書いた航空券を手にすると、税関に向かい、手続きを済ませると、搭乗時間まで、まだ時間があり、ビジネスクラスのラウンジで搭乗時間までの時間をすごした。ラウンジには自分のラップトップを出してインターネットをしている人、新聞を読んでいる人、子供連れの家族などで溢れていた。ロビンもさっそくラップトップを出して、メールを調べ始めた。まだロビンとは1時間も一緒にすごしていないが、彼の頭の中はビジネスのことで一杯のようで、余り世間話をする雰囲気ではなかった。飛行機に乗ってからも、ロビンは書類を読んだり、メモを取ったり忙しくしていた。私は飛行機ではさしてやることもなく映画を3本も見た。名古屋空港に到着した時は夜の8時になっていた。タクシーに乗って、ホテルについた時は午後10時。その晩はそれぞれ秘書が予約をとってくれていた部屋にすぐにひっこんだ。翌朝の10時にロボット製作所に行くことになっていたので、緊張していたせいか、疲れてはいるのに頭はさえて、なかなか眠れなかった。明け方うとうとして、翌朝は7時に目が覚めた。ロビンに誘われて7時半にホテルのダイニングルームで一緒に朝食をとり、ホテルを9時に出た。この頃になると彼も緊張している様子だったが、そういう私もかなり緊張し始め、最初の修学旅行気分はふっとんでいた。 
 ロボット製作所の社長、安藤は、いかにも社長と言う感じの傲慢そうな男だった。私が女だったからか、それとも通訳と言うのは付き人くらいにしか思われなかったのか、私は全く無視された。契約書はもう用意されており、それに署名をするだけだったが、契約書をちゃんと読んで日本語版と英語版に食い違いはないかを確認するのが私の役目だったから、随分神経を使った。お互いに契約の内容が確認され、署名がすんだところで、安藤とロビンが握手し、その様子をロボット製作所の広報部の社員がカメラにおさめ、私の今回の日本での役目が終わった。
 その晩は、ロボット製作所の接待で、高級料亭に招待され、私もロビンのお供でついて行った。料亭では、ふぐ料理が出され、初めてふぐを口にした。ふぐを口に含むと、舌がぴりぴりする感覚が脳に伝わってきた。初めて経験する奇妙な感触だった。ロビンが物珍しそうに芸者の三味線や踊りに見とれていた。私も実際に芸者さんに接するのは初めてだったし、お酒に少し酔ったこともあって、大いにはしゃぎ、誰かが歌い始めると手拍子をとっていた。
 ホテルに戻ったのは、夜の11時ごろだった。帰りのタクシーの中で急に酔いが回ってきて、頭が朦朧としてきて、タクシーから降りれなくなってしまった。結局は、ロビンの肩を借りて、部屋に戻るはめになった。私をベッドに寝かせた後、ロビンは自分の部屋に戻ったらしいが、ここのところは記憶にはっきり残っていない。翌朝起きたとき、洋服のままでベッドに寝ているのに気づき、夕べのことが、断片的に思い出され始めた。ロビンの肩を借りて、部屋に戻ったことを思い出すと、私は恥ずかしさで顔がほてってきた。普段大してお酒も飲めないくせに、すすめられるままに、お酒とビールをちゃんぽんで飲んでしまったことを後悔した。頭ががんがんする。完全に二日酔いだった。そのまままた一寝入りして、目を覚ますと、もう8時になっていた。それから起きて洗面所で顔を洗っていると、誰かがドアをノックする音が聞こえた。慌ててドアを開けると、ロビンが立っていた。
「夕べは、すみません。」私は、恥ずかしさで消え入りそうな声で、ロビンに侘びを言った。
ロビンは苦笑いしながら、「今日はもう大丈夫?これ、オーストラリアからもってきたベロッカだけど、二日酔いには抜群に利くから飲んでみたら?」と、オレンジ色の平べったくて丸い錠剤のようなものをくれた。飲み込むには大きすぎる。
「これ、このまま飲むんですか?」
「まさか。これに水を注いで、泡がたくさん出始めたところで一気に飲むんだよ。気分がよくなったら、僕の部屋をノックしてくれ」と言うと、すぐに踝を返して自分の部屋に戻っていった。
 この日の飛行機は午後8時出発なので、ロビンを観光案内したいという私の予定はすっかり狂い、私はほとんどベッドですごすことになってしまった。すっかり恐縮してしまった私に、ロビンは、「いや、やらなければいけない仕事がたくさんあるから、そんなに物見遊山をする時間がないから、気にしなくてもいいよ。」と言ってくれた。彼のこの思いやりある言葉に、私はますますロビンに惹かれていった。

著作権所有者:久保田満里子


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私のソウルメイト(5)

 BTの仕事が終わった後は、裁判に関する翻訳の仕事が入り、一ヶ月はその仕事に没頭し、ロビンのことは自然に忘れていった。ところがその翻訳の仕事が終わったとたん、またロビンから通訳の依頼が来た。今度はロビンが日本に行って契約の調印をするので、日本に同行してほしいという依頼であった。旅行は3日なのだが、私はその時、ロビンと二人で行く旅行のことを考えると心がときめいた。アーロンは私が日本に出張するというと予想通りいい顔をしなかった。
「そんな仕事、独身の人にでも頼めばいいじゃないか」
「でも、契約のときの話し合いの時通訳した私が事情が詳しいし信頼できるから是非お願いしたいということだもの。通訳料金も随分はずんでくれるみたいよ」
私は自分の気持ちをアーロンに見透かされないように、用心しながら言った。
「うちは僕の稼ぎで十分やっていけるんだから、何も君がそんなに仕事をしなくても、、、」
いつもアーロンが言う言葉だった。
「お金がもらえるのも嬉しいけれど、私は自分の能力が評価されたってことが一番嬉しいの。私だって自分の生きがいを見つけたっていいでしょ。あなたにとって私はあなたの妻でしかないけれど、私は自分の能力を試してみたいのよ」
私たちの言い合いを聞いていたダイアナが、「ママだって、自分の仕事に誇りを持っているんだから、行かせてあげるべきよ」と、私の味方をしてくれた。おかげで、アーロンはしぶしぶ私の要求に譲歩した。
京子に日本行きの話をすると、私の弾んだ声に、京子は何かを感じたらしい。
「彼と日本に一緒に行くのはやめたほうがいいわよ」と、警告するように言った。
出張に行く前の打ち合わせのために、またロビンに会いに行った。私はスキップしながら歩いて行きたい気持ちを抑えた。まっすぐ25階にある社長室に行き、ドアをノックした。「どうぞ」という、はりのある透き通った声が聞こえた。ドアを開けると、ロビンは一心に書類を読んでいた。私がドアを閉めたところで顔をあげ、「まあ、座ってくれたまえ」と言った。ロビンの多忙が伺えた。窓の外に目をやると、澄み切った青空が広がり、高層建築物が見えた。
まもなくロビンは傍に来て「やあ、ちょっと急ぎの仕事ができたもので、待たせたね」と言った。
「君が今度の日本旅行に同行してくれることに同意してくれて、ほっとしたよ。君に断られてまた知らない通訳を頼むのも気が重いからね」と、にこやかに言った。
「こちらこそ、またお仕事をいただけて感謝しています」
「今度行くところは名古屋なんだけど、名古屋のこと知っている?」
「おばが名古屋にいますから、時々遊びに行ったことがあります」
「それはよかった。航空券や新幹線の手配は秘書がしてくれるから心配は要らないのだが、何しろ僕は日本に一度も行ったことがないので、全面的に君に頼ることになると思うが、よろしく」
ロビンは謙虚な性格らしかった。彼に最初に会ったときから好意をもつようになったのは、彼の飾らない真摯な態度によるところが多いと気づいた。
その日は日程の説明を聞いて、帰った。帰り際、ロビンは「君のご主人に悪いね、出張まで一緒にしてもらうのは」と私の結婚指輪に目を向けていった。私は反射的にロビンの左の薬指を見たが、結婚指輪は見当たらなかった。帰り道で私は自問自答していた。
「結婚指輪をしていないということは独身かしら?まさかね。あの年で独身なんて考えられないわ。結婚していても指輪しない男の人ってけっこういることだし。けいこのご主人も機械修理の仕事をしていて、指輪をすると機械にひっかかることもあり危険だと言って、結婚指輪をしないっていっていたわ。」
私はロビンの家族のことが気にかかり始めた自分に気づき、自嘲した。
「私には関係のないことなのに、どうしてこんなにあの人が気になるんだろう」自分で不思議な気持ちがした。だって、かっこよい男なら引かれるということは考えられるが、ロビンは10歳以上も年上の頭の髪の毛のはげかかったおじさんじゃない。かっこのよさから言えば、アーロンの方が上をいっているのにと。

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私のソウルメイト(4)

 サイモンがまわしてきた通訳の仕事を通して、いろんな顧客ができたが、オーストラリアの会社社長のロビンと会ったのが、私の平凡だった人生を覆すことになった。ロビンと初めて会ったのは、ロビンの会社、BT商事が日本の会社と初めて取引することになり、その初めての会議の通訳を頼まれた時だった。サイモンから言われた住所を頼りに、ロビンの会社を訪れた私は、彼の会社の大きさにまず驚いた。500名の社員がメルボルンで働いているということだったが、街中の大きなビルに彼の会社があった。大理石でできたようなピカピカ光る床に高い天井は、まるで高級ホテルのような雰囲気だった。受付で彼の部屋は25階にあると聞き、エレベーターに乗ったが、25階まで着くのに1分もかからなかった。エレベーターを降りたところで、また受付があり、きれいな長い黒髪に青い目の若い女性が座っていた。
「社長にお会いしたいのですが、」
「お約束はおありです?」
「ええ、2時にお会いすることになっている高橋もとこと申します」と言うと、すぐに社長室に電話してくれた。それから1分もしないうちに、足のすらりと長いハイヒールに黒いスーツの社長秘書と思われる20代半ばの女性が現れ、
「こちらに、どうぞ」と社長室に案内してくれた。
「社長は今席をはずしておりますので、少々お待ちください」と一人社長室に残された。社長室は広々としており、一面が天井から床までがガラス張りになっていて、明るかった。そのガラス張りを通して街中の景色が見渡せた。緑の多いところはフラッグ・スタッフガーデン、まっすぐ伸びている電車道はエリザベス通りだろうとか思いながら窓から見える景色を眺めていると、背後でドアが開き、人が入ってくる気配がして、振り向いた。入ってきたのは55歳ぐらいの大柄な恰幅のよい紺色のスーツを着た男であった。その男は顔に慢心の笑みを浮かべて、大きな手を差し出し、「ロビンです」と言った。それを受けて、私も右手を出し、握手しながら「高橋もとこです」と言った後、バッグから名刺を取り出し、ロビンに渡した。その時感じた、ロビンの手の柔らかさと大きさそしてその暖かさは今でもはっきり覚えている。その後秘書の持ってきた紅茶を飲みながら、これからする仕事の打ち合わせをした。ロビンは「これはうちの会社の業務だけれど、参考のため読んでおいて」と言って、パンフレットの山を私の前に置いた。
「今度が日本の会社との初めての取引で、向こうは英語の話せる社員を連れてくるとは思うんだけど、こちらが日本語が分からなければ、こちらに不利だと思ってね、通訳を君に頼むことにしたんだよ」
「このたびはどんな取引をされる予定なんですか」
「工業用のロボットの輸入を考えているんだ」
「へえー。そんなものを輸入するんですか」
「日本の技術は優れているからね」とロビンは言った。
社長室を出て腕時計を見ると3時になっており、30分の打ち合わせの予定が、30分も超過したことを知った。
 その日は帰ってから、「BT商事」の業務内容のパンフレットに目を通した。パンフレットをベッドで読み終え、ベッドの傍のランプを消したが、どういうものか目がさえて眠れなかった。眠ろうとすると、今日会ったばかりのロビンの涼しい眼をした面長な顔が思い浮かんできた。隣で寝ているアーロンの鼾が聞こえ始めると、私の目はますますさえて、眠れなくなった。ロビンのことを思うと、心が温かくなるのを禁じえなかった。
 仕事まで一週間あった。その間私は工業用ロボットについての本を買い込み、読んでいった。分からない単語が出てきた時は日本語の訳をしらべ、学生だった時の様に、単語帳を作っていった。今では、インターネットで専門性の高い単語の訳も調べられるので、単語帳を作るのに昔ほど苦労しなくて済む。その単語帳に書いた単語を覚えるので忙しく、一週間はあっと言う間に過ぎていった。
 BT商事の通訳の仕事の日、私は言われたように、予定の時間に会議室に向かった。会議室に入ると、3人ほどBT側の社員と思われる人たちとロビンがいた。「グッドモーニング」と一人ひとりに挨拶をして握手をし、ロビンが社員を紹介してくれたが、名前と顔をすぐには覚えられず、席に着いた後、メモ用紙に今聞いたばかりの名前を書き込んでいった。10分ほどして廊下が騒がしくなったかと思うと、ドアが開き、オーストラリア人に率いられて日本人が二人入ってきた。今度の取引相手である。二人はBTの社員と名刺の交換をした後、席についた。そこで、私は自己紹介をして、その2人の名前を聞き出した。一人は佐藤、もう一人は中山と言う人だったが、その名前もメモに書き記した。
 その日の会議は、思ったよりスムーズにいき、日本のロボット製作所側はBTの商品に対する要望を詳しく聞いた後、取引価格も取引量、受け渡しの日などの予定まで話し合うことができた。勿論日本側はいったんこちらで出たことを日本にもって帰って、最終的な決定をするということだった。3時間に渡る会議で神経を使い、会議が終わった後は、頭が朦朧としてきた。その晩日本人社員の接待をするために、メルボルンの高級日本料理店に一緒に行かないかと誘われたが断った。その晩はその時のロビンの残念そうな顔が何度も頭の中に浮かんでは消えた。

著作権所有者:久保田満里子



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