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私のソウルメイト(5)

 BTの仕事が終わった後は、裁判に関する翻訳の仕事が入り、一ヶ月はその仕事に没頭し、ロビンのことは自然に忘れていった。ところがその翻訳の仕事が終わったとたん、またロビンから通訳の依頼が来た。今度はロビンが日本に行って契約の調印をするので、日本に同行してほしいという依頼であった。旅行は3日なのだが、私はその時、ロビンと二人で行く旅行のことを考えると心がときめいた。アーロンは私が日本に出張するというと予想通りいい顔をしなかった。
「そんな仕事、独身の人にでも頼めばいいじゃないか」
「でも、契約のときの話し合いの時通訳した私が事情が詳しいし信頼できるから是非お願いしたいということだもの。通訳料金も随分はずんでくれるみたいよ」
私は自分の気持ちをアーロンに見透かされないように、用心しながら言った。
「うちは僕の稼ぎで十分やっていけるんだから、何も君がそんなに仕事をしなくても、、、」
いつもアーロンが言う言葉だった。
「お金がもらえるのも嬉しいけれど、私は自分の能力が評価されたってことが一番嬉しいの。私だって自分の生きがいを見つけたっていいでしょ。あなたにとって私はあなたの妻でしかないけれど、私は自分の能力を試してみたいのよ」
私たちの言い合いを聞いていたダイアナが、「ママだって、自分の仕事に誇りを持っているんだから、行かせてあげるべきよ」と、私の味方をしてくれた。おかげで、アーロンはしぶしぶ私の要求に譲歩した。
京子に日本行きの話をすると、私の弾んだ声に、京子は何かを感じたらしい。
「彼と日本に一緒に行くのはやめたほうがいいわよ」と、警告するように言った。
出張に行く前の打ち合わせのために、またロビンに会いに行った。私はスキップしながら歩いて行きたい気持ちを抑えた。まっすぐ25階にある社長室に行き、ドアをノックした。「どうぞ」という、はりのある透き通った声が聞こえた。ドアを開けると、ロビンは一心に書類を読んでいた。私がドアを閉めたところで顔をあげ、「まあ、座ってくれたまえ」と言った。ロビンの多忙が伺えた。窓の外に目をやると、澄み切った青空が広がり、高層建築物が見えた。
まもなくロビンは傍に来て「やあ、ちょっと急ぎの仕事ができたもので、待たせたね」と言った。
「君が今度の日本旅行に同行してくれることに同意してくれて、ほっとしたよ。君に断られてまた知らない通訳を頼むのも気が重いからね」と、にこやかに言った。
「こちらこそ、またお仕事をいただけて感謝しています」
「今度行くところは名古屋なんだけど、名古屋のこと知っている?」
「おばが名古屋にいますから、時々遊びに行ったことがあります」
「それはよかった。航空券や新幹線の手配は秘書がしてくれるから心配は要らないのだが、何しろ僕は日本に一度も行ったことがないので、全面的に君に頼ることになると思うが、よろしく」
ロビンは謙虚な性格らしかった。彼に最初に会ったときから好意をもつようになったのは、彼の飾らない真摯な態度によるところが多いと気づいた。
その日は日程の説明を聞いて、帰った。帰り際、ロビンは「君のご主人に悪いね、出張まで一緒にしてもらうのは」と私の結婚指輪に目を向けていった。私は反射的にロビンの左の薬指を見たが、結婚指輪は見当たらなかった。帰り道で私は自問自答していた。
「結婚指輪をしていないということは独身かしら?まさかね。あの年で独身なんて考えられないわ。結婚していても指輪しない男の人ってけっこういることだし。けいこのご主人も機械修理の仕事をしていて、指輪をすると機械にひっかかることもあり危険だと言って、結婚指輪をしないっていっていたわ。」
私はロビンの家族のことが気にかかり始めた自分に気づき、自嘲した。
「私には関係のないことなのに、どうしてこんなにあの人が気になるんだろう」自分で不思議な気持ちがした。だって、かっこよい男なら引かれるということは考えられるが、ロビンは10歳以上も年上の頭の髪の毛のはげかかったおじさんじゃない。かっこのよさから言えば、アーロンの方が上をいっているのにと。

著作権所有者:久保田満里子


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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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