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行方不明(12)

後でジョージから話を聞いて分かったことは、ジョンは静子のうちに行く途中、どういうものか道端の電柱に車を突っ込み、そのため車は大破したのだそうだ。その後、なんとか消防員の手で車のドアを切り取って救出された時には、もう意識がない状態だったという。警察では、どうして電柱に突っ込んだか、飲酒運転の疑いもあるので、その原因を調査することになったということだった。

 ジョンのお葬式は3日後に、葬儀屋の集会所で行われた。静子は、オーストラリアでお葬式に行くのは初めてだったので、どんな服装でいけばよいか分からなかったが、とりあえず黒いワンピースを着ていった。集会所に入ると、100人ばかりの人が詰め掛けていた。みな茶色や紺色の地味な色の服を着ているものの、黒い服を着ている人は少なかった。お葬式に来ている人を見渡しても、見知った顔は見当たらなかった。場違いなところに来たかなと思い始めた時、ジョージが近づいてきた。こんなとき死者の家族に英語でどんなことを言っていいか分からず、黙礼した。

「静子さん、よく来てくれましたね。ジョンはいつもあなたのことを話していましたよ」と言って握手をした。よく考えたらジョンからジョンの家族について聞いたことがないことに思い至った。家族に限らず、ジョンはあまり自分のことを話さない人だった。

 ジョージに連れられて、前の席に座った。マホガニーでできたような立派なお棺の上に白い花束が置かれていた。葬式は、葬儀屋の司会で行われた。
「今日お集まり願ったのは、ジョンの死を悼むためではありません。ジョンの生涯を祝うためです。今流れているビートルズの『レットイットビー』はジョンが好きだった歌です。ジョンがどんな人だったかお父様から伺ったところ、物静かで優しい人ということでした。今からジョンの幼馴染のトムさんに、ジョンの生前の話をしてもらいましょう」

 トムという人を見るのは初めてだった。トムはジョンと対照的な、話好きな人のようだった。

 「ジョンと初めて会ったのは小学校の時でした。皆さんご存知のように、ジョンは物静かなタイプなのですが、真反対の性格の私は、どういうものか気があって、よく一緒に遊んだものです。普段はおとなしいジョンが一度本気で怒ったのを今でも覚えています。僕がトンボを捕まえて羽をむしりとって遊んでいた時です。僕から羽がなくなったトンボを奪い取ると、死んでいるのを見て、僕を本気で殴ったのです。僕は跳ね飛ばされながらも、どうしてジョンがそんなに怒るのか理解ができなくて、きょとんとしていたものです。後で、ジョンはトンボの墓を作っていました。今でこそベジタリアンの人は多くて、ベジタリアンは若者のファッションのようになっていますが、僕たちが子供の頃、ベジタリアンというのは耳慣れない言葉でした。でもジョンは子供の頃から肉を食べませんでした。動物を殺してとる肉を食べるのはいやだといって。ともかくジョンは心優しいやつでした」
そう言うと喉をつまらせた。

 その後、ジョンのおじさんと言う人と、高校時代の恩師のグレッグの話があったが、葬式はそれでおしまいだった。静子は外国の葬式は賛美歌や牧師の説教があるのだろうと想像していたのだが、宗教的なものは一切なかった。ジョンは無神論者で教会には通っていなかったので、宗教色のない葬式になったのだろう。簡潔だが、心温まる葬式だった。

 その後、静子はジョージに誘われて、火葬場まで一緒に行った。葬式に参列していた人の大部分はいなくなってしまい、火葬場に行ったのは、ジョージと静子、ジョンのおじさん夫婦とトム、そしてグレッグだけだった。ジョンのおじさんは不謹慎に思われるぐらい盛んにジョークを飛ばして皆を笑わせようとしていた。
 グレッグは静子に「あんたがトニーの奥さんか。トニーも僕のお気に入りの生徒だったよ。行方不明になったと聞いたけど、何かてがかりになるようなものはあったの?」と話しかけてきた。
「残念ながら、てがかりは何もないんです。生きているのか死んでいるのかさえもわからないんです」と答えた。グレッグは憐憫の目で静子を見ながら、「きっとどこかで生きているよ。気を落とさないで」と慰めてくれた。

 一時間ほどすると火葬されて灰になったジョンがつぼに入れられてジョージに手渡された。ジョージがつぼを開けたのをそばから覗きみると、さらさらとした砂のようなった灰が銀色に輝いて見えた。灰はジョージのうちの庭にばらまくということだった。
「そうすると、いつまでもジョンがそばにいてくれるような気がするから
」とジョージは言った。

著作権所有者:久保田満里子

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行方不明(11)

州立図書館は堂々とした石造りの建物で、古いギリシャの神殿を思わせた。メルボルンはシドニーと違ってイギリス風の古い建物が多く、オーストラリアがイギリスの植民地であったことを思い起こさせる。建物の中は改装されていてモダンな感じだが、天井が高くひんやりとした空気が流れていた。外の暑さと喧騒とは別世界に思えた。図書館の検索用のコンピュータで、キーワードとして「森」を入れてみた。見る見るうちに何万と言う本があることが分かり、手がつけられそうにもなかったので絵に限ってみることにした。すると、1026と少なくなり、色んな森の絵が出て来た。食い入るようにしてどんどん見ていったが、どれも似たり寄ったりに見えた。途中で目が痛くなり一休みしようとした時、閉館のお知らせがあったので、その日は諦めて帰ることにした。

帰ると留守電にジョンからのメッセージが入っていた。「帰ったら電話してくれ。」と言う短いメッセージだった。

静子はすぐに電話したものかどうか迷ったが、森のことを聞きたい気持ちが勝った。電話をすると、

「ちょっと、話したいことがあるんだけど、今晩行ってもいいかな?」と聞く。

「いいわ。私も聞きたいことがあるの」

「じゃあ、7時半ごろそちらに行くよ。」

「じゃあ、夕食でも作っておきましょうか」

「いや、食べていくから、いいよ」と言って、ジョンの電話は切れた。

それから、ありあわせの物で夕食をすませて、ジョンが来るのを待った。

7時半にテレビのニュースが終わり、そろそろジョンが来る頃だと思ったが、来ない。静子が良く見るテレビ番組の「7時半のレポート」が終わって8時になってもジョンは来なかった。すると、またトニーが失踪したときのことを思い出して、不安が横切った。ジョンの携帯に電話を入れたが、返事はなかった。9時になるといてもたってもいられなくなった。電話が鳴ったのは、9時半ごろであった。飛びつくように電話に出た。

「ジョン?」

しかし、知らない男の声が返ってきた。

「静子さんですか?」

「そうですけど」

「ジョン・ウイーバーの父親のジョージ・ウイーバーと言いますが、実はジョンは交通事故にあって、重態で今ロイヤルメルボルン病院にいるんです。ジョンから静子さんのことを聞いていましたからお知らせしたほうがいいと思って、電話しているんですが。」

「ええ!交通事故?ロイヤルメルボルン病院ですね?すぐ行きます。」

そのままハンドバックを持って車に飛び乗り、病院へ駆けつけた。

病院の受付で「ジョン・ウイーバーさんに会いたいんですが。」と言うと、ジョンに似た白髪の紳士が近づいてきた。

「静子さんですね?」

「そうです。ジョンのお父さんですか?」と聞くと、白髪の紳士は黙ってうなづいた。

「ジョンの容態はどうですか?」

「たった今息を引き取りました。」と言うと、ジョージ・ウイーバーはうつむいた。

それを聞くと静子は目の前が真っ暗になるのを感じた。自分を愛してくれた男が二人とも自分の前から消えていくなんて信じられなかった。

著作権所有者:久保田満里子

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行方不明(10)

月曜日は、仕事が入っていなかった。朝起きてメールを見ると、トレーシーからの返事が来ていた。その日の午後4時までなら空いているというので、午後2時に、シティーにある有名なケーキ屋で、待ち合わせすることにした。

メルボルンの郊外の道はひとっこ一人も見ないことがあるのに、さすがに昼間のシティーは、人でごったがえしていた。いつもの習性から、約束の5分前にはケーキ屋に着いた。昼時に行くと座る椅子を探すのに一苦労するのだが、昼休みの時間が過ぎていたせいか、空席が目立った。トレーシーの写真は見ているので、こちらはトレーシーが分かる。35歳くらいの長いウエーブのかかった栗色の髪のぽちゃぽちゃした感じの女性のはずだ。入り口がよく見える席に座って見ていると、約束の時間を5分過ぎた頃トレーシーは現れた。アジア人で一人座っている女は私しかいなかったせいか、それとも彼女の透視力のせいか、トレーシーは迷うことなく私の方につかつかとよってきて、「静子?」と聞いた。「そうです。今日は会ってくださってありがとう」と手を差し伸べて握手をした。トレーシーはカフェ・ラテとこの店自慢のチーズケーキを注文し、静子はカプチノとブラック・フォーレストと呼ばれるクリームとチェリーのはさまったチョコレートケーキを注文した。

「実は夫が一年前に失踪し、行方が分からないのですところが最近彼が森にいて私を呼んでいる夢を頻繁に見るようになったのです。あなたの体験談が載っている雑誌の記事を読んで、もしかしたら何か夫の行方の手掛かりになるようなことを教えてもらえるのではないかと思ったのです。」

トレーシーは身を乗り出すようにして熱心に私の話に聞き入っていた。
「その夢の中の、ご主人は、どんな表情をしているの?」

「悲しそうな顔をしています」

「そう。それじゃあこんなこと言いたくないけれど、もうご主人は亡くなっていると覚悟した方がいいわね」と言った。

「はやり、そう思われますか。多分、そうじゃないかとずっと思っていたのですが」

「で、どんな森だったの?」

「それが特別これと言って変わった所はないので、特定できないのです。」

「そう。これからも同じような夢を見るかもしれないわね。そしたら、起きた時、何でも覚えていることをメモに書き取るのよ。多分ご主人はあなたに何かを伝えたがっているのでしょうから」

 夢の話をしたら、馬鹿にされるのではないかと今まで胸に秘めていたことを真面目に聞いてくれる人に出会えて、静子はほっとした。

「私に何かできることがあったら、また連絡して。3時にまた他の人に会う約束をしてしまったので、これで失礼するわ。早くご主人の行方が分かることを祈っているわ」

 おいしそうにチーズケーキをあっと言う間に平らげるとトレーシーはバッグからお金を出しかけたが、静子はそれを遮って、「私がお誘いしたのだから、私に払わせて。」と言って、お金を返した。

「それじゃあ、ごちそうになっておくわ。ありがとう」と言って、トレーシーは席を立って出て行った。残された静子はゆっくりケーキを食べ、冷えきったカプチーノをのどに流し込むと、ゆっくり席を立ち、会計を済ませて通りに出た。夢が夫を捜し出す手掛かりになるかもしれないと思うと、少し心に希望の光がともったように思えた。町行く人は、皆急ぎ足だった。押し寄せる人の波に逆らって歩くのは、並大抵のことではなかった。時には人にぶつかってとばされそうになりながらも、メルボルン・セントラルの地下の駅に着いた時は3時半になっていた。

 駅について、突然その近くに州立図書館があることを思い出した。もしかしたら、オーストラリアの森について、情報が手に入るかもしれない。メルボルン・セントラル駅からまた地上に出て、スワンストンストリートと呼ばれるメルボルンの中心を通る電車道を越えて、州立図書館に向かった。

著作権所有者:久保田満里子

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