行方不明(12)
更新日: 2010-03-14
後でジョージから話を聞いて分かったことは、ジョンは静子のうちに行く途中、どういうものか道端の電柱に車を突っ込み、そのため車は大破したのだそうだ。その後、なんとか消防員の手で車のドアを切り取って救出された時には、もう意識がない状態だったという。警察では、どうして電柱に突っ込んだか、飲酒運転の疑いもあるので、その原因を調査することになったということだった。
ジョンのお葬式は3日後に、葬儀屋の集会所で行われた。静子は、オーストラリアでお葬式に行くのは初めてだったので、どんな服装でいけばよいか分からなかったが、とりあえず黒いワンピースを着ていった。集会所に入ると、100人ばかりの人が詰め掛けていた。みな茶色や紺色の地味な色の服を着ているものの、黒い服を着ている人は少なかった。お葬式に来ている人を見渡しても、見知った顔は見当たらなかった。場違いなところに来たかなと思い始めた時、ジョージが近づいてきた。こんなとき死者の家族に英語でどんなことを言っていいか分からず、黙礼した。
「静子さん、よく来てくれましたね。ジョンはいつもあなたのことを話していましたよ」と言って握手をした。よく考えたらジョンからジョンの家族について聞いたことがないことに思い至った。家族に限らず、ジョンはあまり自分のことを話さない人だった。
ジョージに連れられて、前の席に座った。マホガニーでできたような立派なお棺の上に白い花束が置かれていた。葬式は、葬儀屋の司会で行われた。
「今日お集まり願ったのは、ジョンの死を悼むためではありません。ジョンの生涯を祝うためです。今流れているビートルズの『レットイットビー』はジョンが好きだった歌です。ジョンがどんな人だったかお父様から伺ったところ、物静かで優しい人ということでした。今からジョンの幼馴染のトムさんに、ジョンの生前の話をしてもらいましょう」
トムという人を見るのは初めてだった。トムはジョンと対照的な、話好きな人のようだった。
「ジョンと初めて会ったのは小学校の時でした。皆さんご存知のように、ジョンは物静かなタイプなのですが、真反対の性格の私は、どういうものか気があって、よく一緒に遊んだものです。普段はおとなしいジョンが一度本気で怒ったのを今でも覚えています。僕がトンボを捕まえて羽をむしりとって遊んでいた時です。僕から羽がなくなったトンボを奪い取ると、死んでいるのを見て、僕を本気で殴ったのです。僕は跳ね飛ばされながらも、どうしてジョンがそんなに怒るのか理解ができなくて、きょとんとしていたものです。後で、ジョンはトンボの墓を作っていました。今でこそベジタリアンの人は多くて、ベジタリアンは若者のファッションのようになっていますが、僕たちが子供の頃、ベジタリアンというのは耳慣れない言葉でした。でもジョンは子供の頃から肉を食べませんでした。動物を殺してとる肉を食べるのはいやだといって。ともかくジョンは心優しいやつでした」
そう言うと喉をつまらせた。
その後、ジョンのおじさんと言う人と、高校時代の恩師のグレッグの話があったが、葬式はそれでおしまいだった。静子は外国の葬式は賛美歌や牧師の説教があるのだろうと想像していたのだが、宗教的なものは一切なかった。ジョンは無神論者で教会には通っていなかったので、宗教色のない葬式になったのだろう。簡潔だが、心温まる葬式だった。
その後、静子はジョージに誘われて、火葬場まで一緒に行った。葬式に参列していた人の大部分はいなくなってしまい、火葬場に行ったのは、ジョージと静子、ジョンのおじさん夫婦とトム、そしてグレッグだけだった。ジョンのおじさんは不謹慎に思われるぐらい盛んにジョークを飛ばして皆を笑わせようとしていた。
グレッグは静子に「あんたがトニーの奥さんか。トニーも僕のお気に入りの生徒だったよ。行方不明になったと聞いたけど、何かてがかりになるようなものはあったの?」と話しかけてきた。
「残念ながら、てがかりは何もないんです。生きているのか死んでいるのかさえもわからないんです」と答えた。グレッグは憐憫の目で静子を見ながら、「きっとどこかで生きているよ。気を落とさないで」と慰めてくれた。
一時間ほどすると火葬されて灰になったジョンがつぼに入れられてジョージに手渡された。ジョージがつぼを開けたのをそばから覗きみると、さらさらとした砂のようなった灰が銀色に輝いて見えた。灰はジョージのうちの庭にばらまくということだった。
「そうすると、いつまでもジョンがそばにいてくれるような気がするからね」とジョージは言った。
著作権所有者:久保田満里子
コメント