Logo for novels

私のソウルメイト(6)


 日本に出発する日、ロビンの運転するベンツがうちに迎えに来てくれて、一緒に空港に向かった。ロビンの車の助手席に座ると、少し胸がドキドキしたが、すぐにその気持ちはなくなった。それというのも、ロビンは見かけによらずスピード狂だったからだ。ロビンのベンツはものすごいスピードをあげて、前を走る車の間をぬってどんどん追い越していくのには、冷や冷やさせられ、ロマンチックな気分はすぐに吹き飛んでしまった。恐怖で胸がドキドキさせられることも多かったが、急なカーブにも横揺れしないのは、さすがにベンツだからだと感心もした。
 空港には無事に到着したもののカンタス航空のカウンターを遠くから見ると長い人の列ができていた。チェックインにどのくらい時間がかかるのかうんざりしていたら、ビジネスクラスのカウンターは5人ぐらいしか並んでいなかった。座席を書いた航空券を手にすると、税関に向かい、手続きを済ませると、搭乗時間まで、まだ時間があり、ビジネスクラスのラウンジで搭乗時間までの時間をすごした。ラウンジには自分のラップトップを出してインターネットをしている人、新聞を読んでいる人、子供連れの家族などで溢れていた。ロビンもさっそくラップトップを出して、メールを調べ始めた。まだロビンとは1時間も一緒にすごしていないが、彼の頭の中はビジネスのことで一杯のようで、余り世間話をする雰囲気ではなかった。飛行機に乗ってからも、ロビンは書類を読んだり、メモを取ったり忙しくしていた。私は飛行機ではさしてやることもなく映画を3本も見た。名古屋空港に到着した時は夜の8時になっていた。タクシーに乗って、ホテルについた時は午後10時。その晩はそれぞれ秘書が予約をとってくれていた部屋にすぐにひっこんだ。翌朝の10時にロボット製作所に行くことになっていたので、緊張していたせいか、疲れてはいるのに頭はさえて、なかなか眠れなかった。明け方うとうとして、翌朝は7時に目が覚めた。ロビンに誘われて7時半にホテルのダイニングルームで一緒に朝食をとり、ホテルを9時に出た。この頃になると彼も緊張している様子だったが、そういう私もかなり緊張し始め、最初の修学旅行気分はふっとんでいた。 
 ロボット製作所の社長、安藤は、いかにも社長と言う感じの傲慢そうな男だった。私が女だったからか、それとも通訳と言うのは付き人くらいにしか思われなかったのか、私は全く無視された。契約書はもう用意されており、それに署名をするだけだったが、契約書をちゃんと読んで日本語版と英語版に食い違いはないかを確認するのが私の役目だったから、随分神経を使った。お互いに契約の内容が確認され、署名がすんだところで、安藤とロビンが握手し、その様子をロボット製作所の広報部の社員がカメラにおさめ、私の今回の日本での役目が終わった。
 その晩は、ロボット製作所の接待で、高級料亭に招待され、私もロビンのお供でついて行った。料亭では、ふぐ料理が出され、初めてふぐを口にした。ふぐを口に含むと、舌がぴりぴりする感覚が脳に伝わってきた。初めて経験する奇妙な感触だった。ロビンが物珍しそうに芸者の三味線や踊りに見とれていた。私も実際に芸者さんに接するのは初めてだったし、お酒に少し酔ったこともあって、大いにはしゃぎ、誰かが歌い始めると手拍子をとっていた。
 ホテルに戻ったのは、夜の11時ごろだった。帰りのタクシーの中で急に酔いが回ってきて、頭が朦朧としてきて、タクシーから降りれなくなってしまった。結局は、ロビンの肩を借りて、部屋に戻るはめになった。私をベッドに寝かせた後、ロビンは自分の部屋に戻ったらしいが、ここのところは記憶にはっきり残っていない。翌朝起きたとき、洋服のままでベッドに寝ているのに気づき、夕べのことが、断片的に思い出され始めた。ロビンの肩を借りて、部屋に戻ったことを思い出すと、私は恥ずかしさで顔がほてってきた。普段大してお酒も飲めないくせに、すすめられるままに、お酒とビールをちゃんぽんで飲んでしまったことを後悔した。頭ががんがんする。完全に二日酔いだった。そのまままた一寝入りして、目を覚ますと、もう8時になっていた。それから起きて洗面所で顔を洗っていると、誰かがドアをノックする音が聞こえた。慌ててドアを開けると、ロビンが立っていた。
「夕べは、すみません。」私は、恥ずかしさで消え入りそうな声で、ロビンに侘びを言った。
ロビンは苦笑いしながら、「今日はもう大丈夫?これ、オーストラリアからもってきたベロッカだけど、二日酔いには抜群に利くから飲んでみたら?」と、オレンジ色の平べったくて丸い錠剤のようなものをくれた。飲み込むには大きすぎる。
「これ、このまま飲むんですか?」
「まさか。これに水を注いで、泡がたくさん出始めたところで一気に飲むんだよ。気分がよくなったら、僕の部屋をノックしてくれ」と言うと、すぐに踝を返して自分の部屋に戻っていった。
 この日の飛行機は午後8時出発なので、ロビンを観光案内したいという私の予定はすっかり狂い、私はほとんどベッドですごすことになってしまった。すっかり恐縮してしまった私に、ロビンは、「いや、やらなければいけない仕事がたくさんあるから、そんなに物見遊山をする時間がないから、気にしなくてもいいよ。」と言ってくれた。彼のこの思いやりある言葉に、私はますますロビンに惹かれていった。

著作権所有者:久保田満里子


コメント

関連記事

最新記事

カレンダー

<  2019-06  >
            01
02 03 04 05 06 07 08
09 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

記事一覧

マイカテゴリー