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山中翔太(仮名)の物語(1)

山中翔太さんは、1992年生まれ。2024年現在、31歳である。ワーキングホリデービザを取るためには30歳未満が条件なので、ぎりぎりビザが取れた。兵庫県西宮市で生まれ尼崎で育ち、大学は大阪経済大学に行った。
 オーストラリアに来る前に、旅行会社に5年務めた。業務内容は、企業相手の視察旅行の手配などで、個人客は取り扱ったことがない。具体的にどんなことをしたかといえば、アメリカのスーパーの視察旅行とか、中国だと電子決済が進んでいるので、それを体験してみるツアーとか、企業相手のツアーを組む仕事である。飛行機、ホテル、大型バスの手配などをするが、英語はあまり必要なかった。海外にホテルやガイドを手配してくれる会社があるので、そのやりとりは日本人同士でやり、その人が現地の会社との連絡はしてくれて、見積もりをメールで送ってくれる。メールでは、そのほかキャンセルポリシーの確認などを英語でしたが、余り英語を使う場面はなく、英語を話せるのはたいしたメリットではなかった。
この会社では社会貢献を重視していたために、海外で植樹をするイベントを年2回行っていたが、その企画、現地に行っての手回しも僕の仕事で、そんなイベントの準備には一年近くかかった。
 しかし、コロナでいろんな制約が出てくると、旅行業界は多大なダメージを受け、先行きが不安になってきた。その頃、新しい挑戦がしたい気持ちも芽生えていた。大手の会社だと自分ができることが限られてくるので、仕事のやりがいと言う面では、物足りなくなってきていたこともある。
 転職サイトで次の仕事を探した。給料とか、勤務地を見て決めたのが、ベンチャージムのパーソナルトレーナーだった。2年近くそこで働いた後、店長を任せられた。特にスポーツが得意だったわけではないが、マシンの使い方を教えたり、食事管理のアドバイスをしたりする仕事なので、特に運動能力は必要ではなかった。この仕事は、自分の成長につながると思い、やりがいを感じた。


著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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