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カウラ(最終回)

 カウラの町の郊外に出て、野原の中の道を走ったら、右手に何かが見えてきた。
グーグルマップに誘導されて目的地に到着して、二人して降りた所から見えたのは、広大な墓地だった。どのお墓も赤や青や黄色のあでやかな花が供えられていた。戦争捕虜のお墓だから、きっとひっそりしたお墓だろうと思ったのだが、どうも様子が違う。
「ここかしら?」と疑問に思いながら墓地の中に入って墓標を見て歩いたが、どの墓標の名前もアングロサクソン系の名前だった。しばらく墓地を歩いて、
「どうも、ここじゃないらしいわね」と言って、元来た道を戻ってみると、左手の方に塀が見える。
「もしかしたら、あの塀に囲まれているところじゃないの?」と塀の中に入ってみると、そこはまさしく日本軍の捕虜の墓だった。30センチくらいの高さの長い棒状のコンクリートが何列にも並んでいた。その一つ一つのコンクリートには日本人の名前が死んだ日と共に書かれた金属でできた銘板がずらりと取り付けられていた。一つ一つ見ていくと、ほとんどが没年が1944年8月5日になっている。暴動の起きた日だった。その墓地には、私達しかいないと思い込んでいたら、一人の老人がお墓に水をかけているのが見えた。日本人かしらと思いながら近づくと、その老人は私たちの気配に気付き、下を向いて水をやっていた顔をあげた。その顔は日焼けした白人の顔だった。鼻が高く、茶色い目をしていた。額にはしわが刻み込まれ、頭のてっぺんは禿ていて、火山のすそ野を取り巻く雑草のように生えた頭髪は白かった。
「どなたか知り合いのお墓ですか?」と、ハロルドが聞くと、
「いや、別に知り合いじゃないよ」と言った後、
「でも、知らない人間じゃないよ」と、付け加えた。
何だか、ややこしいことを言う。
「どうして、この人を知っているんですか」と私が聞くと、その老人は、私の方に目をやり、
「あんたは、日本人かね」と聞いた。
「そうです。私の祖父がカウラに3年間収容されたと、母から聞かされています」
「あんたのお爺さんは、あのカウラの暴動で、亡くなったのかね?」
「いいえ。無事に日本に戻ってきました。でも、もう5年前に亡くなってしまいましたが。祖父が入っていた収容所に興味があって、来たんです」
「そうか。私は生まれてからずっとカウラに住んでいるものだが、カウラ暴動の時に逃亡した日本人を、仲間と追いかけて捕まえたんだ。その捕まえた脱走兵が、ここで眠っている川崎正二郎と言う男だったんだ」と言う。
私は、この老人が、どんな状況で、どんな具合に日本人の脱走兵を捕まえたのか知りたいという思いに駆られた。
「すみませんが、どんな状況で捕まえられたか、聞かせてもらえませんか?」
「うん、いいよ。僕は、あの頃、カウラ郊外で牧場を持っていたんだ。カウラ郊外に収容所ができた時は、治安の面で不安だったが、収容所ができて3年間、これと言った騒動もなかったので、安心していたんだ。それが、1944年の8月5日に真夜中に突然収容所の方からラッパが聞こえ、目が覚めたんだ。慌てて外に出てみると、収容所の方で火の手が上がっていて、すさまじい銃声が聞こえてきたんだ。どうやら、暴動が起きたらしいと言うことは分かったが、一体だれが暴動を起こしたのか見当もつかなかった。外で様子を眺めていると、武装したオーストラリア兵がジープに乗って現れ、「日本兵が脱走した。危険だから戸締りを良くして家の中にいるように」と私に言うと、すぐに他の住民にしらすため、すぐに立ち去ったんだ。その晩は、言われたように、僕は戸締りをしっかりして寝たけれど、不安で何度も目が覚めた。夜が明けて、外に出てみると、騒動は収まっていたようで、銃撃の音は聞こえなくなっていた。だからもう大丈夫だと思っていたら、隣の牧場の持ち主のジョージが、車で血相を変えて来たんだ。
「『どうも、うちの牧場にある馬小屋に、日本兵が忍んでいるようだ。どんな武器を持っているか分からないので、一人で対決するのは危険だと思うので、一緒に来てくれないか』と言うんだ。だから、二人で恐る恐る馬小屋に近づいたら、腕を撃たれたらしく、腕から血を流してぐったりしている日本人がいるのが見えたんだ。その日本人は、俺たちを見ると、おびえたように体を丸めて、ぎらぎらする目で僕たちを睨んだんだ。僕たちはそれぞれ猟銃を持って恐る恐る近づいたが、男は武器を持っていないようで、じっとしているだけだった。だから、その男を捕まえるには手間はかからなかった。その男が川崎正二郎だと言うのだけは聞いて、収容所の兵士に引き渡したんだ。その男は腕にけがをしてると言うので、すぐに病院に運ばれたが、その後のことは、全然知らなかったんだ。ところが、日本人の戦争捕虜の墓ができたというので、来てみると、あの時僕が近所の人と捕まえた男の名前の銘板があるので、驚いたんだ。僕たちは、腕のケガなんて、致命傷になるようなものではなかったので、てっきり僕たちの捕まえた男は戦後日本に送り返されたんだろうと思っていたからね。僕たちが捕まえたせいで、結局命を落とすことになったのなら、申し訳ない気がしたんだ。だから毎年、この男の死んだ日の8月10日になると、墓参りに来ているっていう訳さ」
「8月10日と言うと、暴動が起きた5日後と言うわけですね。母が祖父から聞いた話では、暴動の後生き残った人達の中には、死んだ仲間に申し訳ないと自殺した人もいたそうですよ。だから、病院で手当てまでしてもらったと言うのなら、あなたが殺したと言うことにはなりませんよ。きっと、その人は自殺したんだと思います。昔の日本軍は捕虜になることは屈辱的なことだと考えていたそうですから」
「僕たちがあの男を捕まえなかったら、あの男はどうなっていたか僕にも分からない。でも、この男を捕まえなかったほうがいいのではないかと思うと、心が重くなるのだよ」
ハロルドが口を挟んだ。
「誰だって、あなたの立場に立たされたら、きっとあなたと同じことをしたと思いますよ。何もかも戦争がいけないんですよ」と言うと、その老人は大きく頷き、「そうだな。戦争がいけないんだよな」と言った。それには、私も大きく頷き、「そう。戦争だけはしたくないですね」と同意した。
 老人と別れて道路わきに出ると、塀の外にある門の前には石灯篭がたち、その傍の石碑には「日本人戦没者の墓」と書かれていた。それを見たとたん、私は、異国の地で家族に知られることもなく死んでいった人々の悲しい思いにとりつかれ、目元が潤った。

ちょ


 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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