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姑と私(1)

私の名前は斎藤美智子。広島から20キロばかり離れた呉市に住んでいる。結婚して、中田美智子から斎藤美智子に変わった。結婚して1週間目は、結婚式、新婚旅行とあわただしく、あっと言う間にすぎた。結婚後初めて出勤した夫、光男を送り出し、掃除洗濯と家事を済ませ、簡単なお昼ご飯をすませると、私は眠気に襲われた。冬の窓越しに差し込む日差しの暖かさもさることながら、胃に入った昼食の消化に血を吸い寄せられ脳にまで血がめぐりにくくなったせいだろう。私は眠気に誘われ、炬燵にもぐりこむと、うつらうつらし始めた。遠くで誰かが「美智子さ~ん、美智子さ~ん」と呼ぶ声がした。最初は夢の続きだと思っていたのが、現実に私を呼ぶ声だと気が付き、重いまぶたを開けると、はっとした。あれは、姑の声ではないか。そう気がつくと、眠気が一気に吹き飛んで、私はガバッと起き上がった。「まずい、まずい。夫が働いている間に昼寝なんて、きっと不謹慎な嫁だと思われてしまう」。そう思うと、私は反射的に今まで頭を乗せていた枕をポーンと隣の部屋に投げ入れ、ふすまを素早く閉めて、慌てて玄関のドアを開けた。
「ああ、美智子さんおったんね。何度呼んでも返事がなあで、おらんのかと思うたわ」
姑はそういうと、じろっと私を見た。まるで、「あんたが昼寝していたのは、分かっているんだよ」と言いたげな目であった。私はどぎまぎしながら、
「まあ、お母さん。ちょっとトイレに入っていたので、すぐには出られなくて、すみません」と、しおらしく答えた。
「ふん、そうかね」と言うと、姑は
「上がらせてもらうよ」と、ずかずかとうちの中に入って来た。
 炬燵に落ち着いた姑にお茶と茶菓子を出して、姑の真向かいに座ると、
「これ、光男さんに飲ませたってちょうだい」と、私の目の前に大きな日本酒の一升瓶をおいた。夫は大の日本酒好きなので、わざわざ買ってきたようだった。
私の出したお茶をがぶがぶ飲み、お菓子を食べ終わると、姑は、
「今日は光男さんは何時に帰ってくるんね」と聞く。
「6時には帰ってくる言うとりました」
「6時?うちにおった時は、そんなに早う帰ってくるこたあ、めったになかったのに、あんたたち毎日仕事の後にデートしとったんかいね」
光男と私は職場結婚で、確かに仕事の後、デートすることが多かった。しかし、ここで、「はい」なんて答えようものなら、夫が可愛くて仕方がない姑の嫉妬の嵐に見舞われるのは、一目瞭然である。
「いいえ。そんなこたあ、ないですよ、お母さん」
姑は目を細めて私を眺めながら、
「あんたは、幸せもんじゃのう。光男さんみたいに、ええ男と結婚できて。光男さんのようなええ男はめったにおらん」
 この言葉は婚約した時から何回聞かされたことか。母親でなかったら、光男と結婚したかったという姑の気持ちがにじみ出ていて、ぞっとする。それにあたかも私が光男を追っかけまわしたように聞こえる。実際は光男のほうが私に熱を上げて、しつこくデートに誘ったのだ。色々言いたいことはあるが、そこは、大人の私。素直に、
「はあ。そう思います」と答えておいた。
「それじゃあ、ちょっくら戻って、また7時ごろ光男さんが帰って来るころに来るけえの」と、腰を上げて、帰っていった。
「また来るの~?」と心の中で思いながら、顔では笑って、
「はーい。待っちょります」とできるだけ元気に明るく答えて、姑を送りだした後は、かなりの肉体労働をしたような疲労感に襲われた。


ちょさ
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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