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ドタキャンの女(2)

大人になって、さつきも私も家を出て、別々のマンションに暮らしていたときのことである。さつきがボーイフレンドができたけど、両親に紹介する前に私に会ってほしいと言うので、承知した。私は朝早く起きて、腕によりをかけてご馳走を作り、さつきのボーイフレンドに良い印象をもってもらいたいと、よそ行きのワンピースを着て化粧もして、二人が現れるのを、今か今かと待った。1時に来る予定だったのに、1時半になっても現れない。携帯に電話しても通じない。一体何があったのかと心配して、作ったご馳走を前におなかの虫がなき始めるのを我慢していたが、さすがに一時間も待たされると、目の前にあるご馳走に手が伸びて、一口、もう一口と食べていくうちに、自分の皿の上の料理は半分にもなってしまった。午後4時になって、ドアをノックする音が聞こえた。さつきの奴め、やっと来たのか、どう言って文句を言ってやろうかと勢い込んで、ドアを開けた私の前に立っていたのは、半分泣きべそをかいたようなさつきだった。私は今までの怒りもすぐに消え、心配が先にたった。
「どうしたの?」と顔を覗きこむ私に、さつきは、「お姉ちゃん!」と言って、私に抱きついてきた。
さつきの気分が落ち着いた後、ようく話を聞くと、ボーイフレンドと別れることになったという。
「なんで?」と聞くと、
「彼、今朝シンガポールへの転勤命令が出たんだった。それで私がシンガポールに行きたくないと言ったものだから、それじゃあ、もう僕達は終わりだねって言うのよ。ひどいと思わない?私を大切に思ってくれるなら、そんな辞令、断ってくれればいいじゃない」
「あんたさあ、それ、あんたにも言えることだよ。あんたが本当にその人を好きなら、その人の都合に合わせるべきでしょ?自分の都合に相手が合わせないからって、相手を責めてばかりいては、向こうも立つ瀬ないでしょ?」
「そんなこと言ったって…」と、私の言うことに納得しない様子だ。
結局は、その日のランチは台無し。その晩は、さつきは私がそのボーイフレンドのために作った物までやけ食いした。そして、私はついに一度もそのボーイフレンドと会うこともなかった。


ちょさく

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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