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ケリーの母(4)

誠が言っていたように、晩御飯の時間になって、ビルが来た。ビルの奥さんは3年前に亡くなったそうで、二人いる子供たちは広島に出てしまい、今は一人暮らしだと言う。

晩御飯に出たすき焼きを食べ終わると、清子は早めに寝てしまい、恵も食事の後片付けでいなくなり、ケリーとビルと誠三人が客間に残された。それまでは誠が通訳をしなければならなかったので、会話も途絶えがちだったのだが、三人は英語に切り替えて、話し始めた。

「いやあ、今だから言えるけど、僕も実は美佐子さんには目をつけていたんだよ。明るくて、頭が良くて、進駐軍の食堂では、人気者だったんだよ。ジェラルドが、彼女をデートに誘って成功したと聞いた時は、悔しかったものだ」

お酒が回ってきたのか、ビルは饒舌になった。

「ジェラルドとは、1946年に一緒に呉に来たんだよ。進駐軍として日本に行く兵士の公募があってね。その時、仕事にあぶれていたし、オーストラリア人の捕虜に対する日本軍の残酷な仕打ちに仕返しをしてやりたいという気持ちもあって、応募したんだ。

ジェラルドも同じような気持ちだったらしい。ニップ(ジャップよりもっと軽蔑の意味をこめた日本人を表す言葉)に思いしらせてやるという気持ちで来たんだけれど、呉の沖合いに沈没した戦艦を見たとき、戦争の悲惨さを見せ付けられた気がしたよ。さび付いた船が傾いて上体だけが見えたんだ。呉に上陸した時、出迎えた日本人たちは、皆空虚な目をしていたよ。笑いもせず、泣きもせず、まるでお面のような何の感情ももたない目をしていた。誰一人話す人もなく、しーんとしていたことも不気味だったな」

「何人くらい、呉に来たんですか?」と誠が聞いた。

「多い時は1万2千人いたよ。僕たちに最初に与えられた仕事は広島の原爆跡の調査だったが、あの光景を見て、それまでの仕返しをしたやりたいという気持ちは吹き飛んだよ。原爆で焼け爛れた人たち、あちこちに転がっている人間とは思えない焼けた肉の塊になったような死骸の山。その死骸のにおいがすごいんだ。あの時、たとえどんな敵であったにしても、原爆だけは落とすべきではなかったと、つくづく思ったよ」

ケリーは、母親から余り戦争の話を聞いたことがなかったので、ビルの話には衝撃を受けた。

「僕たち進駐軍の使命は、日本を民主化することだったんだけど、日本人と個人的につきあわないようにと厳しく言われていたんだ。日本人の家に入ってはいけない。日本人と個人的につきあってはいけない。映画館やダンスホール、バーなどでも日本人と交わってはいけないと命令がだされていたんだ。けれど、それは無理な話っていうものだよな。お互い人間なんだから。それに個人的に接しないで、日本人に民主主義を教えろというのは、無茶な話だよな。あの頃進駐軍には1万人から2万人もの日本人が雇われていたんだ。毎日顔を合わせていれば、情もわくというもんだよ。僕も結局は美佐ちゃんには振られちゃったけど、文子と言う、ウエイトレスとして働いていた子と、付き合って結婚したんだよ。もっとも、オーストラリアでは、敵国との女との結婚は許されていなかったから、皆日本式の結婚式をあげる以外なかったんだけれど。1951年に日本と平和条約が結ばれると僕たちの役目は終わったって言うんで、1952年には皆オーストラリアに引き揚げてしまったけれど、僕は結局日本にいついたんだよ」

「なぜ、オーストラリアに帰らなかったんですか?」

「もうその頃息子もいたからね。オーストラリアではまだ日本に対して恨みを持つ人たちも多かったから、文子や息子にはオーストラリアは住みにくい所だと思ったんだよ」

「オーストラリアに帰らなかったことを後悔しませんでしたか?」

ケリーは、思わず聞いてしまった。

「後悔?していないよ。英語教師をしたり、通訳をして、結構収入も良かったし、白人と言うことで、ちやほやされるところもあったし、居心地がよかったよ」

それを聞くと、思わずケリーは、父親があのまま日本にいることを決意していたら、僕たちの家族は崩壊してしまわなかったのだろうかと、ふと思った。

「そういえば、一度オーストラリアのチーフリー首相が呉に慰問に訪れたことがあるんだ。その頃、性病にかかる兵隊が多くて、一年で4500人は性病にかかったそうだ。チーフリーが僕たちを前にして、日本人の女との結婚は禁じる。白豪主義政策を今まで以上に厳しくして、日本人の女は一人たりともオーストラリアには入国させないと、息巻いていたよ」

ケリーは父母がそんな困難な状況に反して結婚したのかと、改めて父母の情熱が思い起こされた。

「ところで、ジェラルドは、今何をしているんだ?」ビルが思い出したように聞いた。

「知りません」

「知らない?」

「ええ、母が亡くなる前に父を探し出して連絡しようかと思いましたが、母からそんなことをするなと言われ、結局母は父と別れて一度も会わずに死んでしまいました」

「そうだったのか。それじゃあ、僕のほうが君よりジェラルドのことはくわしいかもしれないな」

「最後に父と連絡をとったのはいつでしたか?」

「5年前だったな。クリスマスカードが来たよ」

「父は何をしていたのでしょうか?」

「タクシーの運転手を長いことしていたが、65歳で退職して、年金暮らしのはずだよ。そういえば、普通従軍すれば普通の人よりはたくさん年金がもらえるはずなのだが、日本に駐屯していた兵隊は長い間従軍したとは認められないで、それを認めさせるために随分運動をしたようだったよ」

「そうですか。その時は、どこに住んでいましたか?」

「ジーロングに住んでいたよ」

ジーロングといえば、メルボルンから75キロ離れた人口22万人のビクトリア州第二の都市だ。

「父は再婚したのでしょうか?」

「そうだよ。そういえば、君には10歳違いの腹違いの妹がいるはずだ」

腹違いの妹がいるといわれても、ケリーにはピンとこなかった。

「最後のクリスマスカードには君が有名な学者になって鼻が高いと書いてあったよ」

それには、ケリーは驚かされた。もう自分のことなどすっかり忘れているだろうと思っていたからだ。

「僕のことを覚えていたんですか」

今度はビルのほうが驚いた顔をして、

「勿論だよ。君のことが新聞に載るたびに、その記事を切り抜いていると言っていたよ。君は彼の自慢の息子だったよ。実は君に見せようと思って、ジェラルドから来たクリスマスカードを持ってきたよ」と、ビルがポケットから取り出したクリスマスカードは、10枚5ドルで買える、クリスマスツリーが描いてある安物のカードだった。そこには、

「ビル、クリスマスおめでとう。

今年で82歳になった。去年シェリーが亡くなって一人になってしまったが、今でも自分の家に一人で住んでいる。娘のレオーニーはメルボルンに住んでいて、時々様子を見に来てくれる。息子のケリーのことは、君も覚えているかもしれないが、あのやんちゃ坊主が今ではノーベル賞候補にのぼっていると先日新聞で読んだ。親として鼻が高いよ。

では、元気で。       ジェラルド」

簡単な文だったが、自分の名前が書いてあるカードを見ると、ケリーは、一度父親に会ってみたいという気持ちがわいてきた。母が生きているときは、たまに会ってみたいと思うことはあったが、会うなんてことは母を裏切るような気がして、会えなかったのだ。

「父の住所は、分かりますか?」

「今日は持ってこなかったよ。いつ帰るんだ?」

「明日の昼過ぎです」

「もう、明日帰るのか。じゃあ、明日の朝、持ってくるよ」

そういうと、ビルは帰ってしまった。

恵が敷いておいてくれた布団にもぐりこむと、ケリーはすぐに眠ってしまった。

 

参考文献

Neville Meaney (2007) towards a new vision: Australia and Japan across time. University of New South Wales Press Ltd.

Kelly Ryan (2010)  True love triumphed for Digger Gordon Parker and his young wife Cherry.

 Herald Sun May/25/2010

Momento: National Archives of Australian. Winter 06. Australian women in the British Commonwealth Occupation Force (1946-1952)

Walter Hamilton. Children of the Occupation: Japan’s untold story


著作権所有者:久保田満里子

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ケリーの母(3)

広島駅で降り、改札口を出ると、40歳代の男が、ケリーに話しかけてきた。

「ケリーさんですか?」

流暢な英語だった。

ケリーが黙ってうなずくと、その男の顔には笑顔が広がって、

「僕、柳沢まことです」

と、自己紹介した。ケリーは日本に来ることが決まって、初めて母の実家に手紙を書いたら、この柳沢まことから返事が来て、広島駅に出迎えるということだった。

「ケリーです。今日は出迎えをありがとう」と言って、握手のために手を出すと誠もその手を握って握手をした。

「手紙でも説明しましたが、僕は、ケリーさんのお母さんの従姉、清子の孫です。僕の家族の中で英語が出来るのは、僕だけだというので、僕がケリーさんの出迎えを祖母に頼まれたんですよ。僕は高校の英語の教師をしています。駐車場に車を停めていますから、駐車場まで行きましょう。お荷物、お持ちしましょうか?」

誠は、ケリーの小さなスーツケースとアタッシュケースを見て言った。

「いや、いいですよ。世界中、この荷物で旅行して、慣れていますから」

「そうですか。ケリーさんは日本は初めてだそうですね」

「4歳の時に母に連れられて戻って以来、初めてです」

「ケリーさんのお母さんも一度も日本に戻らないと祖母がこぼしていましたよ」

「余り、日本にはいい思い出がありませんからねえ」ケリーは苦虫をつぶした顔で言った。

誠は、白いマツダの車に乗ってきていた。オーストラリアではナビのついている車は珍しいが、この車にはナビがついていた。

「この車、ナビがついているんですねえ」とケリーが驚いたように言うと、誠は不思議そうな顔をして、

「日本の車はほとんどナビがついているんですが、オーストラリアでは珍しいんですか?」

「ナビがほしい人はほとんど別売りのナビを買うので、最初からナビを備え付けた車って言うのは、高級車に限られていますねえ」

「そうですか」今度は、誠が驚く番だった。

車は広島の市街地を出ると、右手に瀬戸内海のたおやかな海、左手に丘のような山を見て電車の線路に沿って走った。

「おばあさんはお元気ですか?」

「祖母ももう90歳ですからね。元気といえば元気ですが、耳が遠くって、大声で話さなければいけないので、話すほうは疲れますよ」

「そうですか」

「お母さんは、いつ亡くなられたんですか?」

「去年です」

「そうですか。亡くなられる前に一緒に一度日本にいらしたら良かったのに…」

「ええ。でも、母が日本に帰りたがらなかったので…」

「曾おじいさんのことを聞きましたよ。お母さんにひどい仕打ちをしたんだそうですね」

「もう、そのことは思い出したくありませんね」とケリーの表情が硬くなった。

それからしばらく沈黙が続いたが、呉の町が近くなったとき、誠は急に思い出したように言った。

「実は、僕子供の頃、ビル・モーガンさんというオーストラリア人から英語を習っていたのですが、そのモーガン先生は、ケリーさんのお父さんをよく知っていると言っていましたよ。今日の晩御飯にはモーガン先生も招待していますから、モーガン先生から色々昔のことなど聞かれたらいいでしょう」

ケリーは、急に父親の話が出ても、何の感慨もわかなかった。4歳のとき別れたまま一度も会っていない。母が去年病気で倒れたとき、父に知らせようかなとも思ったが、母から絶対に知らせないようにと言われ、居所をつきとめることさえしなかった。

「その、ビルという人もオーストラリアの進駐軍の兵士だったんですか?」

「そうだそうです。モーガン先生も日本女性と結婚したんですが、結局オーストラリアには戻らないで日本に住み着いちゃったんですよ」

「そうですか。そんな人もいたんですか」

呉の市街地に入って少し山道に入ったところに、清子の家があった。山の中腹にあるその家は、古い日本家屋だったが、がっちりしていて、大きかった。駐車場のある前庭で車を降りると、大きな松に大きな石があり、典型的な日本庭園が見られた。

家の中に入るとすぐに清子の待っている応接間に通された。応接間には日本の置物や人形などが所狭しと飾られた。清子は、ケリーが誠の後について入ってくると、しわくちゃの顔をほころばせて、

「ケリーね。いらっしゃい」と、言った。

しゃきっと背中を伸ばして座っている清子は90歳とは思えなかった。

ケリーが清子の肩を抱いて、ほっぺたにキスをすると、清子はまるで乙女のようにはにかんで、ケリーを驚かせた。

「おばあちゃん。まるで恋人に会ったみたいじゃね」と誠がひやかすと、

「外人さんにキスされるなんて、初めてじゃけんね」と、清子は顔を赤くして言った。

清子の外人さんと言う言葉を誠は訳さなかった。ケリーが気を悪くするだろうと、思ったからだ。代わりに若い男の人と訳した。

ケリーが清子の向かい側のソファーに腰をおろすと、応接間のドアが開き、30代の清楚な感じがする女性が、お盆にコーヒーとケーキを持って入ってきた。

誠は「僕の妻の、恵です」と言って、ケリーに紹介した。

「誠さんは清子さんと同居しているんですか?」

「ええ、そうです。まあ、今では核家族が普通ですから、祖母と同居の家なんて珍しがられるんですが…」

清子、誠、恵の三人に囲まれて、母親が亡くなって以来、ケリーは初めて血のつながりのある人たちと会ったことに気づいた。ケリーはずうっと独身だった。研究に専念したこともその理由の一つだが、母親と同居していたためでもある。なんだか、血縁関係のある人といることが、こんなにも穏やかな気持ちにさせるのかと、自分でも不思議だった。

清子が誠に用意させていた写真のアルバムがテーブルにのっていた。

「これが、私と美佐ちゃん。うちも近くじゃったし、年も3歳しか離れとらんかったけん、昔はとっても仲が良かったんよ」

そのアルバムには、海水浴に行ったときの二人の写真や、お花見のときの写真など、幸せな子供時代を思われる写真が収められていた。もっとも写真は小学生のときのしかなく、それから日本が戦争に突入してからは、写真をとることもなかったようだ。

「美佐ちゃんは、ちょっとおませなところがあってね。よく近所の男の子をからかっていたわ。頭は良くて、いつも学年で一番じゃった。だから、あんたのような優秀な子供ができたんじゃろうけれど…」

清子の思い出話はつきなかった。そして清子の思い出に残っている美佐子と、ケリーの記憶に残っている美佐子には、大きなギャップがあることに、ケリーは気づいた。おちゃめで陽気だったという子供の時の美佐子。いつも眉間にしわを寄せて、笑うことも少なかったオーストラリアでの美佐子。それだけ、母親がオーストラリアで苦労したためだろうと、ケリーは思った。

「あんたのおじいちゃん、10年前に亡くなってしもうたけれど、美佐ちゃんのことは、気に病んでいたようじゃ。美佐ちゃんがあんたを連れて帰ったとき、あんな仕打ちをしたことを悔やんでいたようだよ。死ぬ前に、美佐子はどうしとるんじゃろかと、何度もおばさんに聞いたいたそうじゃけんね。おじいさんは、美佐ちゃんを自分の友達の息子さんと結婚させるつもりじゃたけん、美佐ちゃんがジェラルドさんを連れてきたときには、驚くやら怒るやら。可愛さあまって憎さ百倍というのが、本当のところじゃろうね」

あの鬼のような祖父が、そんな気持ちでいたとは、ケリーには意外だった。しかし、そんな話を聞いても、祖父に対する嫌悪感はなくならなかった。

著作権所有者:久保田満里子

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ケリーの母(2)

小池に送られてホテルに戻ったケリーは、ホテルの冷蔵庫に入っていたウイスキーを飲んだが、なかなか寝付けなかった。そして、オーストラリアで一度も嫌な思いをしたことがないと言ったが、一度あった嫌な思い出が鮮明によみがえってきた。

それは、ケリーが小学校2年生の時だった。母と二人でスーパーマーケットに行ったとき、身なりのいい日本人の親子を見かけた。30代くらいのくらいの母親と3歳くらいの女の子だった。母親が女の子に話している言葉で、日本人だと分かった。女の子がハンカチを落としたのに気がついたケリーの母親が、「すみません。これ落とされましたよ」と、日本語で話しかけた。するとお母さん風の女は、にっこり笑って「まあ、すみません」と、ケリーの母親からハンカチを受け取り、「日本の方ですか?」と聞いた。

ケリーの母親は久しぶりに日本語が使えるのが嬉しかったのか、「そうなんですよ」とニコニコしながら答えているところに、ケリーが「ママ、これ買って」と、チョコレートの袋を母親に渡した。ケリーの顔を見たとたん、その見知らぬ女は急に表情を固くして、言った。

「こちらの人と結婚しているんですか?」

「そうです」

「それじゃあ、あなた戦争花嫁?」

その言い方には、人を見下したような響きがあった。

ケリーの母親の顔色がさっと変わり、

「それが、どうかしたんですか」と、挑戦的な声色に変わった。

「別に、どうもしません。ハンカチありがとうございました。じゃあ、さよなら」と言うとその女は子供の手をひっぱってさっさと行ってしまった。女の子が突然の母親の変貌に驚いたように、不思議そうに何度もケリーたちのほうを振り向いてみた。

その二人の後姿を見送りながら、ケリーの母親は悔しさで唇をかみ締めていた。

その時から、母親は日本人と会っても、自分から話しかけるようなことはしなくなった。

 

大学の講演がすんだ翌日、ケリーは呉の町に向かった。東京から呉に行くには、新幹線で広島駅まで出て、呉線に乗り換えればいいが、ケリーを出迎えに広島駅まで行くという連絡を、母親の従姉の孫から受け、広島駅までの切符を買った。いつもは乗り物の中でも、コンピュータを使ったり、研究論文を読んだりと、ケリーは寸時を惜しんで研究に没頭するのだが、その日は、新幹線の窓から見える外の風景を見て楽しんだ。車窓から見える景色は、都会の高層ビルの風景が去ると、田んぼが見え、その田んぼの向こうは山また山で、広大な平原のあるオーストラリアとは違った風景に見入っていた。広島駅近くになると、トンネルが多くなり、余り外の風景を楽しむことができなかった。そして新幹線が広島が近づくにつれて、ケリーの頭に、あの4歳の時の、悲しい思い出がよみがえってきた。

ケリーが4歳の時、両親は離婚してしまった。母が亡くなる前に聞いたところによると、日本にいたときのケリーの父親、ジェラルドは、母にとって、とても頼もしい人だったそうだ。日本人が戦後の食べ物の欠乏にあえいでいるなか、チョコレートやビスケットなどふんだんにケリーの母親、美佐子に貢いでくれたそうだ。「私は食べ物につられたのかもしれない」と母は苦笑いした。美佐子の家族は皆ジェラルドとの結婚に猛反対をした。外国の兵士と結婚するなんて、売春婦くらいのものだと皆が思っていたような時代だったから、呉の名士だった父親は烈火のごとく怒り、親子の縁を切るとまで言った。そんな反対を押し切って結婚したのだが、オーストラリアに行くと、頼もしかったジェラルドは、ただの失業者となり、生活苦にあえぐことになった。美佐子も働こうと思っても、日本人に対する偏見は強く、その上英語がそれほど得意でないため仕事はみつからなかった。そのため夫婦の間で喧嘩が絶えなくなり、とうとう離婚することになったのだ。離婚をしたあとは、食べていけなくなった。そこで、美佐子はケリーを連れて、日本に帰ることにしたのだ。ところが、美佐子が実家に帰って玄関から入ろうとすると、血相を変えた父親が飛び出してきて、「この恥さらし奴が!」と言うなり、美佐子の頬を平手で殴りつけた。そして、立て続けに何度も往復ビンタをくわせた。その時の美佐子の父親の顔は真っ赤になっていて、ケリーには赤鬼のように見え、恐怖に身がすくんだ。美佐子は黙って父親の暴行に耐えた。嵐のようなこの暴行に耐えれば、きっと許してもらえると信じたからだろう。ところが予想に反して、父親は美佐子とケリーを玄関から追い出すと、玄関の鍵を閉めてしまった。行き場のなくなった美佐子は、しばらく玄関の外で呆然としてつったっていたが、気を取り直して、玄関をたたき続けた。「お父さん、ごめんなさい。中に入れてください!」しかし、誰も玄関の戸を開ける者はいなかった。家の者は父親の怒りに触れるのを恐れていたからだろう。美佐子はしばらく玄関をたたきつけていたが、それにも疲れ果て、玄関の側にしゃがみこむと、しくしく子供のように泣き始めた。その一部始終を側で見ていたケリーは、ともかく心細く、恐怖で声もでなくなっていた。美佐子を救ったのは、美佐子の従姉の清子だった。騒動を聞いて駆けつけてきた清子は、うずくまって泣いている美佐子の肩を抱いて、

「美佐ちゃん。今日は、うちに泊まりんさい」と言ってくれた。そしてその晩清子のところに泊めさせてもらったものの、そこに長居もできないため、また船でオーストラリアに戻ってきた。ケリーが日本に来たがらなかった理由は、祖父のあの母親に対する仕打ちを見て、日本人全体が自分たちに対して敵愾心をもっているように思えたからだ。

著作権所有者:久保田満里子

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ケリーの母(1)

ここは、とある日本の有名大学の講堂。その中で、聴衆の拍手を受けているのは、ケリー・ホワイトだった。ケリーはオーストラリア人で、ノーベル物理学賞候補にものぼっているとうわさされる著名な物理学者である。日本の大学から以前にも講演の依頼が何回かあったのだが、どういうものか断り続け、今日が日本で行われた最初の講演だった。その講演が終わったのだ。聴衆の熱狂的な拍手から、ケリーは講演が成功したことを肌で感じた。そして聴衆の拍手に、何度も「サンキュー」と繰り返し、控え室に引っ込んだ。控え室には、ケリーを招待した理学部の教授、小池不二男が待っていた。

「先生、お疲れ様です。講演は大成功に終わりました。ありがとうございました。今から学長や理学部長と、お食事の席を用意していますから、車のほうにどうぞ」

と誘われ、ケリーは、そのまま料亭に向かった。

 ケリー達が到着すると、料亭の50代と思える着物のよく似合ううりざね顔の美人の女将が、ケリーたちを迎えてくれた。

ケリーたちが案内された座敷には、すでに学長と理学部長は来ており、「やあ、よく来てくださいました」と、ケリーを床の間を背にした上座に座らせた。挨拶がすむと、すぐにお酒をすすめられた。学長も理学部長も、挨拶程度の英語はできたが、それ以上の会話になると、オーストラリアの大学にも留学したこともある小池教授の通訳が必要だった。

「先生は、隠れ蓑を作られているそうですね」学長が、興味深そうに、聞いた。

「僕も、子供の頃、透明人間の話に興味を持っていましたが、実際にそんなことができるなんて思ってもいませんでしたなあ。僕は経済学が専門だから、物理のことはさっぱりわかりませんが、どんなにすれば透明人間になれるんですか」

小池が学長の言葉を英語に訳して言ってくれると、ケリーはニコニコしながら、答えた。

「まあ、ご存知のように、物が見えるというのは、物質に光が当たって、その反射したものが、網膜に当たって見えると認知するわけですが、光があたっても、屈折させることによって、その物質の周りを回って見えないようにすることが出来るのですが、屈折させるために、どんな物質を使えばいいか見つけるのに、やっと実験で成功することができたのです」

「それは、すごいですね」と、理学部の学長が驚嘆の声をあげた。

「まあ、まだ実用化するためには、4,5年はかかりますが」

それから、お酒が入って、学長は、最初の肩苦しい雰囲気がとれると、饒舌になっていった。

「いやあ。小池先生の話では、世界各国で講演をしていらっしゃるのに、日本の大学の講演だけは、今まで断り続けられたというのは、何かわけがあるのですか?」

そう聞かれて、ケリーは、少しどぎまぎしたようだ。

「確かに、日本には来たくなかったのですが、65歳にもなると、やっとわだかまりが解けた感じで、今回の講演のお話を受けて、思い切ってきました」

「わだかまり?先生、何か、日本人にいやなことでもされたんですか?」

一瞬皆の間で緊張感が漂い始め、学長の質問に、接待役の日本人三人は、次に出てくるケリーの言葉に、耳をそばだてた。。

「ええ、ありました」

「そんな失礼な奴がいたんですか?けしからんなあ。昔は確かに外人に対して、日本人も偏見を持っている人が多かったかもしれませんが、今でもそんな奴がいるなんて、信じられないなあ」と、学長が言った。

「確かに昔の話です。僕がまだ4歳のときでしたから」

「4歳のときの経験が、今まで焼きついていたということは、よっぽど嫌な経験だったんでしょうなあ。失礼かもしれませんが、どんな経験があったのか、聞かせてもらえませんか」

学長は、興味津々と言う顔つきで、ケリーの答えを促した。

「実は、僕の母親は日本人なんです」

「えっ!」

三人が同時に驚きの声をあげた。ケリーは東洋人の血が混じっているとは思えないくらい、アングロサクソン系の顔をしている。高い鼻。まつげの長い大きな目。肌は白く、ほりの深い顔。髪が黒いところだけが、東洋人の血を引いているためかもしれないが、それでも、にわかには信じがたいくらい、ケリーには東洋人の面影はなかった。

「その母ももう亡くなってしまいましたが…」

「そうですか」

「講演が終わったので、明日にでも母のふるさとに行ってみようと思っているんです」

「お母様のふるさとは、どちらですか?」

「広島県に呉というところがあるのですが、ご存知ですか?」

すると、今までずっと聞き手だった理学部長の井上が、勢い込んで言った。

「知っていますよ。僕も実は呉の出身なんです。もしかしたら、先生のお父様は、オーストラリアの進駐軍の兵士ではなかったのですか?第二次大戦が終わった1945年から平和条約が結ばれる1951年までは呉にはオーストラリア兵がたくさんいましたからね」

「ええ、そうなんです。母は、いわゆる戦争花嫁だったんですよ」

「へえ」

三人は意外そうな顔をして、ケリーの顔をまじまじと見た。それには、戦争花嫁のような無教養な女に、このような優秀な息子ができたのが不思議だという思いがあるのを、ケリーは感じ取っていた。この三人だけでなく、皆戦争花嫁と言うと、パンパンと呼ばれる売春婦を連想する人が余りにも多い。だから、皆戦争花嫁とレッテルを貼り付けられるのを恐れているのだ。ケリーの母親も、自分の過去を聞かれることを極端に嫌った。

「戦争花嫁と言うと、皆売春婦だったと勘違いしている人がいるようですが、母は女学校も卒業して、実家も呉では知られた家の出だったんですよ」

ケリーは苦笑いをしながら、言った。

「そうなんですか。それじゃあ、先生は日本で生まれられたんですか?」

「ええ。進駐軍は、日本人の女性と付き合うことを禁じていたそうですが、両親は恋に落ちて、結婚したんだそうです。母は少し英語ができたので、その時進駐軍の事務員として雇われていたんだそうです。それで、2歳のとき、父の国、オーストラリアに移ったんです」

「そうですかあ。戦争が終わってまもなく敵国だったところに住むというのは、先生のお母さんも先生も大変な思いをされたんでしょうなあ」と、学長が感慨深げに言った。

「僕は小さかったので、余り記憶にないのですが、ともかく当時はオーストラリア政府は白豪主義の政策を打ち出していましたから、日本人との結婚を認めないので、日本人の妻をオーストラリアに連れて帰るのは大変だったということですよ。でも、僕はオーストラリアでは、母親が日本人だからと言って、個人的にはいじめられたという経験はないんですよ。それよりも、日本人の母に対する差別は、今でも許せない気持ちなのです」

「どんなことが、あったんですか?」

初対面の人に話すには、余りにもつらい経験なのか、ケリーはそのまま口をつぐんでしまった。そして、ただ黙って自分で杯に酒を注ぎ、ぐいぐいと飲み始めた。

ケリーが黙ったことで、座敷がしらけてきた。もてなし役の三人も、どんな会話を続けていいものかとまどったようだ。、

「先生、今日は、お疲れでしょう。ありがとうございました。今晩はゆっくり休んでください」と、学長が言い、ケリーの歓迎慰労会をお開きにした。

注:この物語はフィクションです。

著作権所有者:久保田満里子

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飛鳥の麗人(最終回)

失意のうちに毎日を過ごしていた額田王のところに、十市皇女が自害したと言う知らせが届いたのは、壬申の乱が終わって1ヶ月後のことだった。どういう経緯で毒草を手に入れたのか定かでないが、十市皇女は毒薬をあおって血を吐いて倒れているのを侍女が見つけたのだ。

夫の死のあと、床に就くことも多く、額田王に、

「生きていくのが虚しくなりました」とよくこぼしていたが、明らかに世をはかなんでの自殺であった。

皇女の死を聞いて駆けつけた額田王は、まだ体のぬくもりの残っている皇女の体を抱きしめて号泣した。

泣くだけ泣いて気が治まったところで、十市皇女が額田王に書き残した手紙を、十市皇女の侍女から手渡された。

涙でかすんだ目で読んだ手紙には、葛野王は乳母に託したこと、そして葛野王をよろしく頼むと書かれていた。

十市皇女の葬儀で、額田王は天武天皇となった大海人皇子にあった。天武天皇に会うのは、4年ぶりのことだった。額田王は葬儀のあと、天武天皇を散歩に誘った。天武天皇はお供の者に10歩離れてくるようにと言って、ススキの生え茂る野原の小道を先に歩き出した。額田王はそのあとを黙ってついて歩き始めた。

沈黙を破ったのは、天武天皇だった。額田王のほうを振り向いて言った。

「額田、散歩に誘ったのは、そちなのに、なぜ黙っている。何か言いたいことがあるのであろう」

「大君、私は大君を恨んでおります」

そういうと、天武天皇は額田王の目を避けて言った。その横顔は悲しげであった。

「わかっておる」

「大友皇子がなくなられた後、なぜ一度も十市を見舞ってくださらなかったのです」

「なぜ?」天武天皇は額田王の顔を射るような目で見た。

「それは、十市に合わせる顔がなかったからだ。十市から大友皇子と和解してほしいと文をもらったが、その返事も書けなかった。それは、できぬことだったからだ。正直にそんなことはできぬと言えば、十市はますます傷つくだけだと思ったからだ。十市のことを全く考えなかったわけではない。そなたと同様、朕も十市の親じゃ」

天武天皇の目に光る涙を見たとき、初めて天武天皇の悲しみが、矢で心臓を突き刺すように、額田王に伝わってきた。額田王は娘の死の悲しみを同じように分かち合える人に初めて会った気がした。

「大君、十市皇女が大友皇子に嫁ぐことが決まった日のことを覚えていらっしゃいますか」

「ああ。兄上から婚姻の話があったとき、そなたは大喜びしていたな」

「ええ。天智天皇が一番期待をかけていらした大友皇子でしたから。十市皇女も大友皇子を慕っておりました。だから、これ以上のご縁はないと、天にも昇る気持ちでした。あなたさまがあんな乱など起こさなければ、今頃十市皇女は皇后になっていたことでしょう」

「そうだな。あの時は、まさかこんなことになるとは夢にも思わなかった」

そのあと、二人は並んで琵琶湖の美しい水面が太陽に照らされきらきら揺れ動くのを黙っていつまでも眺めていた。

それが、二人が交わした最後の会話であった。

額田王は十市皇女の死後、屋敷にこもって和歌を書き続けた。和歌だけが、額田王に最後に残された生きがいであった。しかし、宮廷で呼ばれることもなくなった額田王の書いた歌は、和歌集に載せられることはなかった。額田王が屋敷にこもっている間に、すでに時代は柿本人麻呂の世に移っていた。

 

参考文献

壬申の乱(松本清張)講談社

隠された帝(井沢元彦)祥伝社

文車日記「額田女王の恋」(田辺聖子)新潮社

額田女王 (井上靖)新潮文庫

茜に燃ゆ:小説額田王(黒岩重吾)中央公論新社

インターネット:

額田王:ウイキペディア

歴史の智恵:額田王の男女15人の恋物語

 

著作権所有者:久保田満里子

 

 

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飛鳥の麗人(3)

大友皇子の予想に反して、最初少人数だった大海人皇子の軍勢は近江京に向かう途中で、どんどん地方の豪族の兵を加えて膨れ上がっていき、数万の軍になっていた。その上、朝廷方だと思われていた豪族の間で、仲間割れや裏切りも相次ぎ、勢いついた大海人皇子の軍は近江京に突入した。大友皇子は都は抜け出たものの逃げ場がなく、結局松前で首をくくって死んでしまった。

大友皇子の悲報を聞いた額田王は、十市皇女の身を案じて、すぐに十市皇女に会いに行こうとしたが、侍従から街中は今不穏な状態なので、外出をしないほうがいいと、とめられた。それで仕方なく侍従に都の様子を探らせた。

そわそわ部屋の中を歩き回って侍従の帰りを今か今かと待っていた額田王の前に、侍従があわただしく部屋に入ってかしずいたのは、3時間後であった。

「どうでした。十市皇女は、ご無事ですか?」

気が焦って聞く額田王の声は、うわずっていた。

「ご無事でございます」と言う言葉が戻ってきたとき、ほっと安堵のため息をついた。

「ああ、よかった。それで、葛野王は?」

「はい、十市皇女様と一緒に宮殿にいらっしゃるとのことです」

額田王は、今までの不安が去ると、へなへなとその場に座った。

「ただ…」

そのあと、侍従は言葉を続けた。

「朝廷にお味方された方々が、大海人皇子のご命令で、次々首をはねられている状態で、まだ処罰の決定されていない者もおり、そのご採決を待っているとのことです」

「と、言うことは、十市皇女が無事でいられるという保証はないということか」

「はい。でも、十市皇女様は、大海人皇子のご息女。よもや大海人皇子様が十市皇女様を殺めることなど、なさるはずがございません」

侍従は自信をもって言ったが、額田王は確信がもてなかった。大海人皇子一人が採決するのなら、勿論娘に危害を加えるとは思えない。しかし、大海人皇子の側にいる鸕野讚良皇女の勝気な目を思い出した額田王は、一抹の不安をおぼえた。居ても立ってもいられなくなった額田王は、自分の書く手紙など、読んではくれないかもしれないが、ともかく十市皇女と葛野王に危害を加えることだけはしないでくれと、大海人皇子に懇願の手紙をしたためた。そしてその手紙を侍従に持たせ、必ず大海人皇子にお渡しするようにきつく申し付けて、その返事を待った。

朝使いに出た侍従が戻ってきたのは、日も暮れかけた頃であった。

侍従の顔を見ると、額田王は侍従の挨拶の言葉も待たず、

「大海人皇子にお会いできたか?」と、聞いた。

「はい。大海人皇子様はお忙しそうで4時間待たされましたが、お返事を頂いてまいりました」と、侍従は恭しく両手でその手紙を差し出した。

侍従からひったくるように取って読んだその手紙には、次のようなことが書かれていた。

「懐かしい額田王、

そなたの手紙を受け取り、久しぶりにお前と過ごした日々を思い出した。

お前と十市は、私が大友皇子を死に追いやったことを恨んでいるやもしれぬが、大友皇子が天皇になったとき、まず大友皇子の政権を脅かすものとして、私の命がねらわれるのは、目に見えていた。お前も兄上のやり方をみていたであろう。ライバルになる者は容赦なく殺害していったことを。だから、やられる前に、大友皇子の政権をつぶしたのだ。

お前は十市のことを心配しているが、十市に手出しをするようなまねは決してしない。十市は私にとっても初めての大切な子なのだ。だから、安心してくれ。十市にも、そのように伝えてくれ」

大海人皇子の手紙からは、額田王と十市に対する思いやりが感じられ、額田王は壬申の乱が起こってから、初めて心安らかに眠ることができた。

翌日その手紙を持って十市皇女に会いに行った額田王は、十市皇女が夫の死の衝撃から床に就いたまま起きられなくなっていたのを知った。

寝ている十市皇女の枕元で、額田王は、大海人皇子の手紙を読んで聞かせた。これで、少しは十市皇女の気持ちが休まることを期待していたのだが、十市は上の空で聞いていた。そして、

「母上。私も大友皇子様と一緒に死にとうございました。たとえ生きながらえても、どのような未来が待っているのかと思うと、不安でなりません」と言うと、ハラハラ泣いた。

「そんな気弱なことで、どうするのです。葛野王を守れるのは、そなただけです」

額田王は、十市皇女を叱咤激励して宮殿を去ったが、十市皇女が生きる気力を失っている姿が目に焼きついて、心が痛んだ。

大海人皇子が即位し、天武天皇になってから、額田王は宮中にあがることがことがなくなった。それまで、大きな宴があれば、宮廷歌人として、必ず呼ばれていたのだが、呼ばれることもなくなった。それには皇后になった鸕野讚良皇女の意向があるのを額田王は、感じた。

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飛鳥の麗人(2)

天智天皇が崩御されて1ヶ月も経つと、額田王の耳に不穏なうわさが耳に入ってくるようになった。

「大海人皇子が、乱を起こされるそうだ」

自分には天皇の位など興味はないと言って吉野に隠遁したはずの大海人皇子だが、今は皇子の后となり、大海人皇子について吉野山にいった野心満々の鸕野讚良(うのささら)皇女(後の持統天皇)が、一生吉野の山奥に引っ込んでいるとは、額田王には思えなかった。大海人皇子は物静かな大田皇女を寵愛されていたが、大田皇女は病気で亡くなられ、その後は同じ同母姉妹とは思えない大田皇女の妹で勝気な鸕野讚良皇女を寵愛されるようになった。大友皇子と鸕野讚良皇女はどちらも天智天皇の御子とは言え、大友皇子の母親が伊賀の豪族の出なのに対して、鸕野讚良皇女の母上は名門蘇我一族の出である。母親の出自がものをいう時代だから、鸕野讚良皇女は、大友皇子を目下に見るきらいがあった。その頃の貴族は年少の頃は母親に育てられるので、同母兄弟ならともかく、異母兄弟は他人同然である。大友皇子に対する反感はあっても、好意を持っているとは言えなかった。

大海人皇子が、大友皇子と一戦を交えるとなれば、十市皇女にとっては、父親と夫の対戦になり気も休まらないだろうと、額田王は気が気ではない。大海人皇子には10人の后から22人の子供が生まれているが、初めての子供の十市皇女が可愛くないはずはない。額田王は、戦のうわさを耳にすると、すぐに十市皇女に会いに行った。

しばらく部屋で待たされ、衣擦れの音が聞こえてきたかと思うと、十市皇女が現れたが、顔は憂いをおび、焦燥していることがすぐに見て取れた。

「母上様、お久しぶりでございます」と、十市皇女は手をついて挨拶をした。

「ええ、天皇が崩御された時以来ですね。最近は父上から何か便りでもありますか?」と、額田王が探りを入れると、十市皇女は悲しそうに首を横に振った。

「いいえ。母上は何か父上から聞かれましたか?」

額田王は思わず苦笑をしてしまった。

「そなたの父上とは、もう3年も会っていません」

「ということは、蒲生野の狩以来、会っていらっしゃらないのですか」

「ええ」と答えながら、天智天皇主催の狩の余興の席で歌った歌のことを思い出した。

あかねさす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖振る」

(茜色を帯びる、あの紫草の野をいき、標野を散策しているわたしにあなたは袖をおふりになられていますが、野守にみつかってしまいますよ)

と額田王が詠うと、すぐに大海人皇子から、歌がもどってきた。

紫野にほへる妹を憎くあらば人妻ゆえに吾恋ひめやも

(紫草のように美しい君をすきではなかったら、もう人妻になっているのにこんなに恋しいと思うわけがない)」

あの頃は、まだお互いに対する気持ちがくすぼっていたように思うが、今の状況では、そんな気持ちも吹き飛び、ただただ十市皇女の身が心配である。

「本当に父上は攻めてこられるのでしょうか?」

「攻めてこられる可能性は大いにあります。父上のそばにいらっしゃるのは鸕野讚良皇女様。皇女様には父上との間に草壁皇子がいらっしゃいます。きっと野心家の鸕野讚良皇女にとって、大友皇子が天皇になることは我慢のならないことでしょう。もし大友皇子が天皇に即位されれば、草壁皇子が天皇になれるチャンスは皆無となりますから」

「でも大友皇子と鸕野讚良皇女は、ご兄弟ではありませんか」

「そなたの父上も天智天皇も、舒明天皇と斉明天皇の皇子、同じ母君をもつご兄弟です。権力争いは血で血を洗うもの。このさい、大友皇子を信じて、大友皇子に従う以外ありません。そなたの役目は葛野王を守ることです」

十市皇女は、うつむき、悲しげに

「どうして皆権力のために命を懸けて戦わなくてはならないのでしょうか」と、つぶやいた。

「それほど、権力というものは、魅力のあるものなのでしょう。天智天皇も即位される前には、天皇家をしのぐほどの権力をもっていた蘇我入鹿を暗殺し、ライバルだった

異母兄の古人皇子、母君の弟君であった先の孝徳天皇の皇子の有間皇子をすべて謀反の疑いがあるという名目で殺されました。権力というものは、恐ろしいものです」と、額田王は答えた。

「ともかく、父上に手紙をしたためてはいかがですか」と、十市皇女にすすめて、1時間後には、額田王は自分の館に戻った。

実際に額田王と十市皇女の不安が現実のものとなったのは、天智天皇の死後半年後だった。いわゆる、壬申の乱である。吉野山を出た大海人皇子の率いる兵の数は当初20人ばかりだった。

大海人皇子が兵を率いて吉野山を出たというニュースを聞き、額田王は、すぐに十市皇女のもとに駆けつけたが、十市皇女は思ったより落ち着いていた。

「父上のことも心配ですが、母上のおっしゃるとおり、私にとっては葛野王を守ることが一番大事なことです。ですから、私は大友皇子に従っていくことにしました。大友皇子は、父上の率いる兵の数はしれたもの。だから、都に入る前に決着がついているだろうと言われました」

「父上には、手紙を書いたのですか?」

「書きましたが、何もお返事が来ませんでした。母上はきっと父上を応援していらっしゃるのでしょうね」

十市皇女が探るような目で額田王を見た。

「そなたの父上は、もう私とは縁の切れたお方。今の私にとっては、そなたの身が一番心配です」

たぶん10年前だったら、こんな言葉は出ては来なかっただろう。その頃は恋に生きていたのだから、娘のことは二の次だった。しかし45歳になった額田王にとって、昔の恋人は、遠い過去の人となっていた。

比較的落ち着いていた十市皇女を見て、額田王も安心した。

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飛鳥の麗人(1)

時は、671年12月3日。近江京の宮殿の中で、額田王は、白い喪服に身を包んで、天智天皇の死を悼んでいた。天智天皇はしばらく病を患われていて、余命いくばくもないと聞いていたので、崩御されたと聞いた時、とうとうその時が来たかという思いだった。すぐに天皇のおそばに駆けつけたが、正妃の倭姫様を始め、お子をなした数々のお后がいらっしゃり、天智天皇との間に子供もいない額田王は、部屋の隅に、ひっそりと身をおいた。あちらこちらでお后や天皇の御子達のすすり泣きがもれ聞こえた。そんな中で、額田王は、天智天皇に愛された日々のことを懐かしく思い出していた。天智天皇がまだ中大兄皇子と呼ばれていた頃、皇子の母君の斉明天皇のお供をして、隣国の新羅の国から攻撃を受けていた朝鮮半島にある百済の国に援軍を出すために、筑紫の国(九州)に向かう途中、熟田津(愛媛県松山)で、皇子に請われて詠んだ歌のことを思い出した。

「熟田津に船乗りせむと月待てば、潮もかないぬ今は漕ぎ出でな」

(熟田津で船に乗ろうと月の出を待っていますと、月が出てきたばかりでなく潮も満ちてきて、船出に具合がよくなりました。さあ、今こそ漕ぎ出しましょう)

この歌を歌ったとき、中大兄皇子から絶賛され、誇らしく胸が高鳴ったことを思い出した。あの頃が一番天皇に愛されていたような気がする。

もの言わぬ天皇の側に、天皇の弟で、額田王にとっては前夫となる大海人皇子との間にできた娘の十市皇女の姿も見えた。天智天皇の跡継ぎとして期待されている天皇の長子、大友皇子の后となった十市皇女は、天皇の亡骸のすぐそばにいる大友の皇子のすぐそばで悲壮な顔をして控えていた。その傍らには、十市皇女と大友皇子との間にできた葛野王(かどのおう)の小さな姿も見えた。十市皇女に声をかけることもためらわれて、額田王は、ひっそりと一人、宮殿をあとにして、自分の館に戻って行った。

額田王が自分の館に帰り、喪にふしているとき、幼友達の鏡女王が訪れてきた。鏡女王とは、何年も会っていない。鏡女王も一時は天智天皇に愛されたが、天皇に飽きられて、中臣鎌足に無理やり嫁がされてしまった。鏡女王も、額田王と同じくらい、天智天皇の崩御には衝撃を受けているであろうが、立場上、天智天皇のお側に駆けつけることはできない身であった。

はたして、額田王が鏡女王と差し向かいに座ると、鏡女王の目は腫れあがっていた。

「額田王様、天智天皇の亡骸を見ましたか?」

「ええ。でも天皇のお側にはたくさんのお后や御子がいらっしゃり、天皇のお顔を見ることはできませんでした。鏡女王様も、さどかしお心が悼むことでしょう」

「ええ。あなたの忠告も聞かず、天皇のおそばにいたいと、飛鳥から中大兄皇子が住んでいらした難波に移ってしまったのは、大きな誤りでした。時々お会いしていたからこそ、天皇も私のことを大事に思ってくださったのでしょう。でも難波に移ってから、いつでも天皇にお会いできると思っていたのに、天皇の周りには数多くの女人がいるのに我慢ができなくて、嫉妬に苦しむようになりました。そのため天皇をなじったりしたので、天皇にうとまれるようになってしまったと、悔やんでおります」

「でも、鎌足殿とは、仲むつまじく暮らされたと聞いております。鎌足殿が病気に伏せられたとき、快癒祈願のために興福寺を建てられたではありませんか」

「ええ。鎌足は私を天智天皇からの贈り物だと、とても大切にしてくれたのは、本当です。天皇に対する燃えるような想いはもてませんでしたが、夫として申し分のない方でした。興福寺を建てたものの、夫の快癒はならなかったのが、残念です。夫も逝き、天皇も崩御され、むなしい思いでいっぱいです」

「そういえば、『君待つと、わが恋ひをれば わが屋戸のすだれうごかし 秋の風吹く』(あなたが来るのを恋焦がれて待っていると、秋の風がすだれを動かして吹いていく)と、私が天智天皇への想いを歌ったとき、あなたは『風をだに 恋ふるは羨し 風をだに来むとしまたば 何か嘆かむ』(風の音にさえ恋を感じ胸をときめかすあなたがうらやましい、訪れてくる人さえいない今の私は風だけでも来ないかと待つ心境だ)と歌ったことがありましたね。あの頃は、二人とも天智天皇のお気持ちを自分のほうに向けてもらうために、競い合っていましたね」

「恋敵でしたね、私達」

二人は顔を見合わせて、微笑みあった。

「額田王様は、大海人皇子とは会われることはないのですか?」

「あなたもお聞き及びのことと思いますが、天皇は最初弟君である大海人皇子に位を譲るおつもりでしたが、聡明な大友皇子が成長されると大友皇子に対する期待が大きくなり、お気持ちが変わられたようです。ですから、大海人皇子は天智天皇との衝突を避けて、身を引いて吉野山に隠遁されてしまったので、お会いすることもありません」

「そうですか。時折、あなたは大海人皇子と天智天皇と、どちらをより深く愛してたのか、考えることがあります」

額田王は、鏡女王の好奇心溢れる目が、自分に注がれているのを感じ、

「それは…」と一息置いて、首を傾けて考えた。

しばらくたって、やっと額田王は口を開いた。

「自分でもよく分かりません。大海人皇子に愛されていたときは、大海人皇子以外の人を好きになるなんて、思いませんでした。でも、天智天皇から言い寄られたとき、大海人皇子は天智天皇の皇女4人も后としてもらい、その中でも特に大田皇女に心を移され、私には見向きもされなくなってさびしい思いをしていたせいか、天皇に心惹かれてしまいました。でも、今から思えば、天皇は、私が大海人皇子の最初の后であったこと、そして私が宮廷歌人として名を上げていたことに対して、興味をそそられただけだったのかもしれません。王者として何でもほしいものを手にしなければ気のすまない方でしたもの。もっともそんな方であったからこそ、私も天智天皇に心を奪われたのだと思います」

「あなたが名だたる宮廷歌人なことは確かですが、天皇は、ほかの女人には見られないあなたの知的な美しさに魅了されたのだと思います」

額田王は、かつての恋敵だった鏡女王から美しいと言われて、少し心をくすぐられたような思いがした。

鏡女王が去ったあと、額田王は、鏡女王と自分の身の上を考えて、物思いにふけった。自分の館で愛する人を待たなければいけない女の身が、いまさらながらせつなく物悲しかった。

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謎の写真(最終回)

田辺は淡々と話し始めた。

「あの写真に写っていたのは、私の曾祖母の高田榮です。あの写真からも分かるように、曾祖母は美人で、名古屋の実業家の目に止まり、その実業家と結婚したんです。ところが、その男、非常にヤキモチ焼きで、曾祖母がたとえ御用聞きの男であれ親戚の男であれ、男と話をするのを極端に嫌いましてね。曾祖母が嬉しそうな声で話そうものなら、そのあとは曾祖母をめちゃくちゃ殴りつけると言った具合だったようです。今でこそ家庭内暴力は社会問題となっていますが、戦前のことですからね、夫は妻を殴る権利があるくらいの認識しかなかったんですよ。曾祖母は子供が生まれれば、夫の暴力が収まると思って、随分我慢したようですね」

田辺の話は、ウエートレスが、前菜を持ってきたので、一旦中止された。

ウエートレスが去ると、田辺は話を続けた。

「ところが子供が生まれてからも、夫の暴力は一向に収まらなかったんですよ」

良子は、思わず口をはさんだ。

「今さっきから、曾祖母さんのご主人のことを、あの男とか夫とかおっしゃっていますが、田辺さんにとっては曾祖父さんにあたるのでは、ありませんか?なんだか、自分とは関係のない男のような言い方をされていますが」

「まあ、血のつながりはありますが、僕としては、余り関わりたくない人物ですねえ」

「そうですか。話の腰を折ってしまって、すみません。それで、何が起こったのですか?」

「ある日、女中が『今度生まれたお嬢さん、余り、ご主人に似ていないわねえ』と言っているのを小耳に挟んで、逆上した曾祖父は、曾祖母を殴り殺されてしまったんですよ」

「えっ!」

思わぬ話の展開に、良子は声をあげた。そして慌ててシャーリーに説明すると、シャーリーも目をぱちくりとさせた。

「それで、どうなったんですか?」

「どうやら、曾祖父は曾祖母が死ぬとは思わなかったので、ぐったりなっていた曾祖母を物置小屋に閉じ込めて、翌日見に行って、死んでいるのを見て、うろたえたようですよ。そして、慌てて死体を小屋の近くの土を掘って、埋めてしまったそうです。そして曾祖母の失踪を、男と駆け落ちしたと言いふらして、ごまかしたそうです」

「どうして、ひいおじいさんが殺したなんて言えるんですか?ひいおじいさんが誰かに話したんですか?」

「まさにその通りです。曾祖父は亡くなる前、しきりに曾祖母の幽霊が出てくるとうなされるようになり、曾祖父の介護をしていた、祖母に話したんだそうです」

「祖母はもう余命いくばくもない父親を、母親殺害の罪で暴き立てる勇気もなく、毎日悶々と過ごしているうちに、曾祖父は亡くなったそうです。父親の葬式が終わったあと、母親を埋めたという所の土を掘り返して、白骨と化した母親をみつけたそうです。女中からあんなことを言われたものだから、曾祖父は、祖母は自分の子ではないと思ったらしく、すぐに親戚の田辺家に養女として出したんですよ。そのあと曾祖父は再婚して、子供を三人も授かったのに、財産を全部政治資金として使い果たしたため、子供たちからも愛想を尽かされ、最後には看取る人もいなかったので、田辺家の養女に出された祖母は父親をかわいそうに思って、介護したということです。祖母は父親が死ぬ間際まで、自分が養女に出されたのは、父の再婚の妨げになったからだろうと単純に考えていたので、父親の告白は衝撃の強いものだったようです。そして自分は母親の不倫の子かどうか調べるために、最近父親の親戚筋の人に協力してもらって、DNA鑑定をしてもらったそうです」

「結果は、どうだったんですか?」

「間違いなく、曾祖父の子だったそうです。祖母は母親を信じなかった父親を恨みましたが、父親の犯罪は、胸の内深くおさめ、母親の墓は父親とは別に作り、頻繁にお参りしたそうです」

話があまりにも深刻だったので、良子もシャーリーも目の前に出された料理に手を付けずにいた。

田辺は話し終わると、

「私の話は、おしまいです。天ぷらが冷たくなっちゃいましたね。食べましょう」と気をとり直したように、料理をすすめた。

「どうして私が、曾祖母のことを、他人にほじくり返して欲しくなったか、わかっていただけましたか?我が家の恥ですからね。特に犯罪者を裁く検事としては、皆に知ってほしくはないことだったんですよ」

良子は、あの写真に写っていた人の不幸だった結婚生活を思うと胸がつまり、いつもなら飛びつく美しい皿に盛られた天ぷらを見ても、一向に食欲が湧かなかった。シャーリーも同じ気持のようで、ふたりとも黙ったまま、ゆっくりと箸を動かした。窓の外で、雨が降り始めたらしくパラパラと言う音がかすかに聞こえた。

「雨ですね」と言う、田辺の声が、重ぐるしい空気の中に、感慨深げに漂った。

注:この物語はフィクションです。

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謎の写真(4)

翌日、良子は午前5時には目が覚めた。オーストラリアとの時差もあったが、それ以上に今日会う田辺が、一体写真に関して、どう弁明するのかが気になったためでもあった。シャーリーも5時半には目を覚まし、朝食の時間まで、ホテルの周りを二人で朝の散歩した。ところどころにある信号の警報機が「ピーポ、ピーポ」と鳴るのを聞いて、良子は「ああ、ここは日本なんだな」と改めて思った。オーストラリアの「ピ、ピ、ピ」と急かすように鳴る警報機より、のんびりしているように感じられる。

検察庁は9時から開いていると聞いていたので、良子たちは、8時半にはホテルを出た。検察庁には9時5分前には着いた。

ビルの前で、5分を過ごし、9時かっきしに、二人はきのう会った受付嬢の前に立った。

受付嬢は二人を見るとすぐに、

「田辺検事の事務室は2階にありますから、2階へどうぞ」と言ってくれた。

2階の部屋のドアに「田辺聡」と書いてあるところを見つけ、ノックすると、すぐに「どうぞ」と、中から声がした。

ドアを開けると、すぐ部屋全体が見渡せたが、その部屋の奥の窓際のところに大きな机があり、その机の前に、似顔絵そっくりの男が立っていた。

「田辺検事ですか?」と良子が聞くと、

「そうですが‥」と言って、不審そうに良子とシャーリーの顔を代わる代わる見た。

良子は、シャーリーを一瞥して、

「こちら、栄子さんの写真の持ち主だった、シャーリーさんです」と言うと、田辺の顔色が変わった。しかし、すぐさま平静を取り戻して、

「何のことでしょうか?」と、とぼけた。

今度は良子のほうが気色ばんで、

「とぼけないでください。どうして前島豊だなんて、偽名を使って、写真を持って行かれたんですか」と、声を荒らげて聞いた。

田辺の顔が一瞬ゆがんだ。

「偽名を使ったのは認めますが、あの写真に写っているのは本当に私の曾祖母なので、あの写真を受け取る権利はあると思います」

彼の言ったことを訳してシャーリーに伝えると、今度はシャーリーが怒って、

「元々あの写真は私の買ったものの中に入っていたのですから、私のほうが法的には保持する権利があると思います」とまくしたてたのを良子はすぐに日本語に訳して田辺に伝えた。

「それは、お金を払ってほしいと言う意味でしょうか」と、田辺が聞いた。

「そういう訳ではありません。シャーリーさんは、あの写真に写っていた女性がどんな人だったのかに興味を持って、写真を取りに来たあなたに聞きたいと思って、オーストラリアから訪ねてきたのです。最初は、ただそれだけでしたが、あなたが偽名まで使って写真を取りに来たので、ますますどうしてあなたは写真を持っていったのを隠そうとしたのか、是非聞きたいと思って伺ったのです」

田辺は良子の言葉に、どう答えようかと迷ったようだ。その時、ドアのノックをする音とともに、中年の背広を来た男が入ってきた。良子たちが部屋にいるとは思っていなかったようで、びっくりしたように良子たちを見た。

「これは失礼。お客様でしたか」

「いや、白川くん、いいんだ」と、田辺は言い、良子に向かって、

「今から、裁判所に行かなくてはいけないので、あなた方の質問の答えは、今晩にでも会ってから、お話したいと思います」

「いいですよ。時間と場所さえ教えていただければ」

「駅前の時計台のあるところを知っていますか?」

「ええ、知っています」

「それじゃあ、午後7時に、そこで会いましょう」と、言うと

「さあ、白川くん、行こう」とかばんを持って、良子たちを追い立てるようにして部屋から出し、白川と一緒に歩き去った。

廊下に取り残された二人は、果たして田辺が来るのだろうかと疑問を持ったが、田辺の言葉を信じて、午後7時まで待つ以外、方法が見つからなかった。

またもや、一日観光する時間ができた。名古屋では、たいして見るものもなさそうなので、レールパスを使って二人で京都に遊びに行って、午後6時半名古屋着の新幹線で戻り、駅の時計台の前に行った時は時計の針が6時45分を指していた。時計台の前は、名古屋の人の待合によく使われているようで、人待ち顔の、熟年女性や、若い女男、学生の姿で賑わっていた。時計台の時計が7時の鐘を打ち始めると、良子はキョロキョロと辺りを見回すと、田辺が急ぎ足で近づいてくるのが目に入った。

「このビルの10階に食堂街があるので、そこで晩御飯を食べながら、話しましょう」と言う田辺は、今朝会った時の予防線を張るような硬い態度がすっかりとれて、物柔らかい物腰になっており、良子たちを当惑させた。

田辺が連れて行ってくれたのは、高級な感じの日本料理店であった。

席に座ると、

「今朝は随分失礼なことを言ってしまって、申し訳なかった。ともかく、写真を返してもらったお礼も兼ねて、僕がごちそうしますから、何でも注文してください」と言った。どうして急に態度が変わったのか、腑に落ちず、良子達は落ち着かない気持ちだったが、今朝の田辺の態度にむかっ腹が立っていたので、一番高い懐石セットを注文した。

注文を受けたウエートレスが去ると、良子は疑問を正直に田辺に投げかけた。

「今朝はケンモホロロでしたが、何かあったのですか」

良子の単刀直入な質問に、田辺は苦笑いを浮かべた。

「いや、実は、写真を返して下さった方に、新聞社を通してお会いすると、曾祖母のことがメディアに取り上げられるのではないかと思い、 偽名を使ったんですよ。それにあなた方が急に現れたものだから、どう対処していいか分からなくて、失礼しました。でも、後になって考えると、正直にお話するのが一番良いと思いましてね。ただ、余り他人には知られたくない話なので、新聞社の方には言わないでいただきたいのですが、お願いできますか?もしも約束できないということなら、私としても何も話したくないのです」

『他人には知られたくない話』と聞くと、余計に知りたくなるのが人情である。柳沢からは、事情がわかったら教えてほしいと言われたが、何も柳沢と約束したわけではない。そう良子は自分の都合の良いように解釈して

「いいでしょう。新聞社には知らせません」と、顔を引き締めて言った。そしてシャーリーにも英語に訳して説明すると、シャーリーも、「イエス、オフコース(勿論よ)」と言って同意した。

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