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中野不二男氏(2)

質問:先生は、日本大学農獣医学部を中退されていますね。どうして中退されたんですか?
僕は小学生の頃から航空宇宙工学に興味があり、小学生の頃はゴム動力の飛行機を飛ばしていて、中学生のころはラジコンで飛ばしていました。だから大学では、航空宇宙工学を勉強したかったんです。今でこそたくさんの大学に航空宇宙工学科がありますが、僕が大学に行った1969年は全国で確か五校しかなかったんですよ。その頃は、大学紛争の真っただ中ですよ。だから、勉強できる状況ではなかったんです。航空宇宙工学をやりたい人はそれしかやりたくないと言うオタクが多いんですが、唯一受験ができたのは、日本大学でした。しかし航空宇宙工学科の定員が少なくて競争率が高く、入れなかったんです。日本大学の農獣医学部には農業工学機械という部門があって、落ちた奴は皆そこへ行くわけですよ。そこで、航空宇宙工学への転部を目指すわけです。僕も結局農獣医学部に一旦入学しましたが、こんなことばかりやってても仕方ないなと思って、2年生の時、中退して、ドイツ、そしてオーストリアに行ったんです。
質問:ドイツやオーストリアでは何をされたんですか?
学生時代にカメラマンの助手みたいなことをアルバイトでしていたんで、ドイツとオーストラリアの通信社にスポーツカメラマンとして勤めました。そのあと、日本に帰りました。そして技術系の会社に入ったんですが、何かもっとやりたいと思って、それで、オーストラリアに行ったんですね。
質問:オーストラリアへ行きたいと思ったのは、どうしてですか?
題を忘れましたが、カナダに住んでいる日本人の研究者が原住民のことを書いた本を読んで、オーストラリアにいるアボリジニのことに興味を持ち始めました。ヨーロッパに住んでいた時、異民族が自分の国に住むっていうのは、どういう感じかなと思い始めたので。自分でもオーストラリア社会を見てみたいなと思って、1978年オーストラリアへ渡りました。
質問:オーストラリアでは何をされたんですか?
油圧設計技師の技術は持っていたんで、シドニーにあるアメリカ系のエンジニアリング会社の技術部に勤めました。
質問:アボリジニの活動家のチャールズ・パーキンスの伝記を翻訳されていますが、どういういきさつでその本を出版されたんですか?
ナショナル・ジオグラフィックのようなシドニーの出版社から出ている「GEO」と言う雑誌に、ブルームの日本人真珠貝採取のダイバーについての記事を書いたら、いろんなところから声がかかったんです。シドニーの教育委員会のようなところから資金を出すからもっと調べないかと言われ、それでどんどん調べるようになって、たくさんのアボリジニと知り合いました。その人たちから自分の出身地の田舎に行ってみないかと言われたり、色んな人を紹介されたりしたので、どんどん奥に入っていくことができました。知り合いには政治的な活動をしている幹部の人が多かったですね。有名なPaulCoeとかとも付き合っていました。彼からチャールズ・パーキンスを紹介され、会い行くといいよと、言われました。連邦政府アボリジニ省(Department of Aboriginal Affairs)に行くと、すぐにチャールズ・パーキンスの部屋に通されました。もっと研究する気があれば、研究費が出るように手配してくれると言ってくれて、おかげでいろんな活動ができました。
 その一つに、アボリジニの目の病気に関する調査をしないかと連邦政府から言われたことがあります。政府は旅費くらいしか出してくれなかったけれど、それでも十分だったし、国際交流基金も補助してくれました。いろんなところがどんどんお金を出してくれて、すごく助かりました。そのおかげで、今では想像もできないくらい広い範囲で調査ができました。
質問:「都市と地方における先住民アボリジニ社会、同化政策の影響など広範囲を調査し、土地権運動にもかかわった。」と、ウィキペディアに書かれていますが、デモにも参加されたことがありますか?
デモには参加したことがなかったけれど、キャンベラのキャピトル・ヒルと言うところにできたアボリジニのテント大使館には何度か行きました。その頃のキャンベラはまだオーストラリアの国旗が立っているくらいでしたが。親しくなったアボリジニのリーダーたちが、来ないかと、声をかけてくれたので。
質問:今でもアボリジニ問題に関心を持たれていますか?
いいえ、今はもっていません。ただニュースではフォローしていますが。

ちょさk

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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