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裸の男(最終回)

ある日曜日の午後、夫の隆は暇そうにしていたが、急に、近くの画廊に絵を見に行かないかと小百合を誘った。小百合も隆も絵を見るのが好きだ。ただ小百合達の住んでいるアパートの部屋には絵はほとんどなかった。気に入った絵を時折見つけても、余りにも高くて買えないからだ。小百合もその日は特別にすることもなかったので、二人揃って画廊に出かけた。いつものように、見るだけのために。
画廊に行くと、入り口には立て看板が立っていて、「裸の男コンテスト」と書かれている。「裸の男」というのを見て、小百合は半年前に見た裸の男のことを思い出した。
画廊の中は5,6人の客がいるだけで閑散としており、皆黙って絵を眺めていて、静かなゆったりした時間が流れているように思えた。小百合も入り口近くの絵から見始めたが、裸の男コンテストに出展されたものであろう。裸の男をデッサンしたものや油絵などが飾ってあった。どれも筋肉隆々として、理想の男性像を描いているようなものばかりだ。画廊の半ばまで見て回った小百合が突然「あら!」と声をあげた。小百合の声は特別大きなものではなかったが、静かな画廊で響いて聞こえ、他の客の目がいっせいに小百合に集まった。隆は「どうしたんだ、そんなに大きな声を出して」と他の客の注目を集めてとまどったのか、咎めるように小百合に言った。
「だって、この絵のモデル、もしかしたら半年前に見た裸の男じゃないかと思って」
小百合は他の人に聞かれることをはばかるように、パンフレットで口元を押さえながら、隆の耳元でささやいた。
「えっ?この男が」と、隆は改めてまじまじとその絵を見た。
それは、テーブルの前に座っている裸の若い男の絵だった。何の変哲もなさそうに見える背景のその絵は、それでもその男の若さがはち切れそうな絵だった。黒い髪の毛。格別筋肉質でもない白人のモデル。小百合はもう一度しっかり見ると確信するように言った。
「これ、間違いなく半年前に私が見た男だわ。私は真横からしか見ていないけれど、この絵の男を横から見ると、私の記憶に残っている男だわ」
そして、笑いを抑えるのに苦労をするように、パンフレットで口元を押さえて「クックッ」と笑い始めた。そして慌てて画廊から飛び出ると、おかしくてたまらないというふうに、声に出して笑い始めた。そして、小百合を追って出てきた隆に向かって言った。
「私達、とんだ思い間違いをしていたのね」
そう言いながら、小百合は自分の想像力の乏しさを、心の中で恥じていた。

ちょさk

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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