自分史(2)
更新日: 2025-12-14
ウエブサイトで、自分史作成と書いて検索すると、「自分史コンクール」と言うサイトが目に留まった。そこには、「自分史を書いてみませんか?コンクールで優勝した作品は、自社から出版します」と、書いてあった。自分の本が出版される可能性があるなんて、夢のようだ。幸恵は、自分の本を手にして、にっこり笑っている自分を想像した。すると矢も盾もたまらず、すぐに自分の書いた物を、その出版社に送った。当選発表日まで、まだ3ヶ月もあったが、カレンダーに、当選発表日に赤で二重丸をつけた。毎日、当選したときの自分を想像して、思わず一人でにんまりした。人ごみの中で、他人が不思議そうに自分を見ているのに気づき、思わず笑いを引っ込めたのも、一度や二度ではなかった。当選したら、日本に行かなくてはいけない。多分カメラマンに囲まれて、写真をとられるだろう。その時は、やはりスーツを着て行ったほうがいいだろうと思い、紺色のスーツを買った。当選発表の日までの3ヶ月が、なが~く感じられた。ついにその日がやってきた。幸恵は、朝からそわそわして、電話のほうを何度も眺めた。いつ「当選、おめでとうございます!」と言う出版社からの電話がかかってくるか分からない。そう思うと、家を一歩も出る気にならず、電話を待ち続けたが、夕暮れになっても電話は鳴らなかった。日本とは2時間の時差があるのを考慮して、午後7時になるまで、希望を捨てなかったのだが、7時をすぎると、さすがに望みがないことに気づいた。幸恵は、その晩は余りにもがっかりして、晩御飯も食べる気にならないと、やけ酒を飲んで早々に寝てしまった。ロビーは、幸恵を、どう慰めていいか分からず、仕方なく一人寂しく晩御飯を食べるはめに陥った。
当選発表日から一ヶ月もたつと、幸恵は、少し元気を取り戻した。
「選考委員がどんな奴らだったか知らないけれど、私の自分史のおもしろさを分からないなんて、どうせろくな奴らではない」とまで思って、自分を慰めた。
そんなある日、思いかけず、出版社から電話があった。
「こちら、青空出版ですが、工藤幸恵さんは、いらっしゃいますか?」
出版社と聞いたとたん、幸恵の胸の高鳴りが、自分でも聞こえるほど、高くなった。
「私が工藤幸恵ですが…」
「そうですか。私、青空出版の編集長をしている滝沢と言う者ですが、この度は、素晴らしい自分史を応募してくださって、ありがとうございました。工藤さんの波乱に飛んだ人生を読んで、正直、感動させられました。この度は残念ながら、工藤さんの作品は当選しませんでしたが、私としては、工藤さんの作品を、そのまま捨てるのはほしい、どうにか出版できないかと思いまして、電話させていただいています」
「と、言うことは、そちらで出版していただけるということでしょうか?」
幸恵は、興奮で上ずった声で聞いた。
「はい。そうさせていただきたいのですが、残念ながら、優勝した作品しか自社からは出版できないことになっていますので、わが社との共同企画と言うことで、出版できないかと思うのですが、いかがでしょうか?」
「共同企画と言いますと?」
「出版するための経費を折半するということですが、いかがですか?」
「折半と言いますと、いくらになりますか?」
「印刷代、宣伝費、販売費を含めて、百五十万円になりますが」
「百五十万円!」
幸恵はすぐに頭の中でオーストラリアドルに換算した。1ドル百円としたら、一万五千ドルになる。幸恵にとっては、半端な金額ではない。ロビーと相談しなければいけない。
「今すぐに、お返事しなければいけませんか?」
「そうですね。できるだけ早くお返事していただきたいのですが、ご主人とも相談されなければいけませんでしょうから、また明日の午後にでも、連絡させていただきます」
電話が切れた後、すぐにロビーに電話をしたかったが、ロビーの仕事の邪魔をするのも気が引けたので電話をかけるのを控えた。ロビーが帰ってくるまで、波のように打ち寄せては引き返す興奮をコントロールするのに、苦労した。
ちょさくけ









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