Logo for lacrosse

2026年度Happy New Year 花火!! あけましておめでとうございます。本年度もあまりコラムUPする時間がないために年に1・2回ですがよろしくね。

1年ぶりにコラムをUPします。私は現在は高知県室戸市でバナナ栽培をしながら、建具の修繕を行い、これらの事業は高知県東部と徳島県南部で展開しております。なかなか日本の地方には職人が減少しており、そこを私Gypsy Tomoがカバーしている現状であります。私も海外から帰国して早5年以上が経ちまして、既に40歳を迎えました。 バックパッカーや留学にオーストラリアでラクロスしていた時代は過去の事で現在は、個人事業主として、やるべき任務が多くあります。私がオーストラリアへワーキングホリデーに来ていたのは2011年~2013年の間で、だいぶ昔の話になります。当時は円がここまで安くなく、オーストラリアでバイトしていたら時給1550円の時でした。物価もコンビニは高かったが、スーパーで上手にやりくりしたら、貯金もできた時代で、今よりもそんなにオーストラリアとの差はあまり感じられなかったが、パースがあるウエスタンオーストラリアはマジで物価は高かったのを覚えています。 まあSOUTH AUSTRALIAが一番安く住みやすかったのを覚えている。パブでビール一杯約650円でした。メルボルンでの私は最初はオークリー駅の近くで生活し、チャドストーンでラクロスをやってました。2回目はハンティングデール付近だったかな。懐かしく思います。本日の前説はちょぅと当時を思いだしてコラムを書いてます。私はラクロス留学でしたので、メルボルンのラクロスチームであるCHADSTONEに所属しておりました。普段はバイトして、火・木がナイター練習で参加してました。ニュージーランドから私は渡ってきまして、仕事先がダイワフードのMt WAVERYで働いてました。朝は6:30~夕方17:30までかなり長時間でしたが、ガッツリ働かせてもってました。めちゃくちゃ充実してました。当時の同時期に働いていたメンバーでは今では新橋の蕎麦屋を立ち上げたクマさんって方もいましたし、テイクアウトの寿司屋を起業した方もいて、 まあ周りには、飲食系で店をもっている方々、もちろん自分より年上の方が6人程度いました。やはり日本人は飲食系でしか。オーストラリアでは戦えないのかと思った次第でした。やっぱり飲食以外で海外で起業するのは、難しいと思いますね。ともかく私は昔のメンバーとは一切連絡をとっていないので、みんながどうなっているか?一緒に働いていた方々が今・・どのように生活してはるのかも分かりません。もう13年も前の事になりますから。私の仕事は倉庫内作業にメルボルン市内への配達業務でしたので、ともかく市内は一通が多くて、駐禁の取り締まりも激しかったので、スーパーダッシュで配達してたのを覚えてます。しかし、携帯で罰金に駐禁に罰金、チャイナタウンで売上金の数万円を盗まれた経験があるぐらいで、それ以外はバックしすぎてテールランプ破壊した程度でした。ホンマに2012年頃のオーストラリアは楽しかったのを覚えています。高速道路も渋滞と解かれば、路側帯ギリギリを攻めて駆け抜けていた記憶があります。一番ショートカットしていた特に夕方の帰宅時の渋滞は、ハンドルさばきで解除していた記憶もあります。なんせ当時は体が軽かったので、やりたい放題でした。 無尽蔵のエネルギーを持っていた私は、ダイワフードでも中心人物で、ローディング時間(積み込み時間)も完璧に綺麗に積んでました。夜はチャペルストリートに週末に選手同士で出かけていましたね。予算は15000円程度でラクロスの試合が開催されているシーズンは毎週遊びに出かけておりました。ナイトクラブで常に踊ってました。そして〆はケバブを食べて帰宅するのがルーティーンでありました。今のZ世代の子達は、どんなワンホリ生活をしているのか?見当もつきません。遊びも変わり、ワンホリの趣旨も変わって、人生の謳歌の仕方に流行も変わっているでしょうね。 シェアハウスは、マジで楽しかった。当時は2012年頃はシェアルームで1週間8000円程度でした。パワーも全て込みの値段でした。私の一つ屋根の下は6人共に住んでおりました。国籍は、バングラディシュ・ネパール・韓国・タイ人と私の日本人1人でなかなかバランスが取れていました。  2回目のメルボルンでもハンティングデール付近のシェアハウスでしたが、韓国人のカップルにあと一人誰かで、4人でしたが非常によかったです。 自分は飲食店のバイトもやりましたが、市内をトヨタのハイエースで走りまくる仕事(配送業)は、かなり自分に当てはまり、好きな業種でした。日本でも配送業はしたことなかったが、メルボルンのど真ん中で、我がもの顔で、ガンガン攻めていけたのは今でも楽しい思い出として残っております。 だから今では高知県や徳島県の山間部でもお客様からご注文があれば片道2時間でも車を走らせて、ご用件のお見積りへ伺います。私って35歳まで海外生活していたので、事業を始めるのが非常に遅かったです。 当時帰国したときは2019年で35歳でした。お金もなければ、イレギュラーで帰国するはめとなっていたのです。だから体の手術も色々しないといけないこともあったので1年間は、不完全な気持ちをムヤムヤする感情で胸くそが悪かったです。そこから色々落ち付いて時間が過ぎていきまして、何を最優先で時間を使えば良いかが閃き、短期で手っ取り早い軍資金が必要でしたので、軽貨物をやり、 車の運転は自分にあっていたので、荷物をさばいていきました。 それで1年2ヵ月で約500万円を貯めることに成功いたしまして、高知県へとやってまいり、古民家を85万円で購入させていただきました。様々な市町村は移住者に対して補助金というものを設けており、私も室戸市へ移住した際に耐震費160万円に改修費240万円を出していただきした。しかし総額¥400万円では家全体は修繕できません。 私の場合は雨漏りとお風呂と脱衣所にリビングを改修しました。それで手元+60万円出しでしたから、なかなか400万円の補助金だけでは無理がありました。 半分以上改修が必要だった我が家の居間に関しては私自身でDIYという形で始めまして、資材+工具の合計約70万円で約20畳を1年半かけて改修いたしました。そういうことで現在は古民家で生活しておりますが、何故こんな事が出来るかというと、それはワーキングホリデーでの経験が24歳~35歳まであったからこそできるようになりました。今のZ世代のワンホリしている方々に伝えたい事があります。日本は現在円安で賃金が他国に比べて安くなって、ホントに安い国JAPANになってしまいました。カナダやニュージランド、ノルウェーにドイツ、オーストラリアなどこのような国々で働いた方が稼げるというのは私も理解してますが、何より大切なのは若さで、この瞬間の20代であります。ですのでお金に魅了されて仕事に、唯一無二の時間をお金稼ぎに費やすのではなく、稼ぎもしながら、ちゃんと自分自身に投資をしてあげて、新たな経験を体験を20代と若いうちに投資してあげてください。そこには資格や証明書みたいなものでは表せない人生の核となる経験値から、将来的にあなたの人生に大きなきっかけや、力や自信を与えてくれるものであります。私が現在40歳になってようやく20代や30代の経験値が40歳になって表れてきております。グローバルに経験しておいたほうが、今後これからの世界情勢下で慌てなくても、あれしよう、これしようと思った時に、経験値が自分の背中を押してくれます。それをこの誰も見ない私のコラム(自論公論)に綴らせていただきました。もちろん私が出版しております。原点回帰~This is me~前編後編の2冊にも解りやすく綴らせてもらっております。 ちょっと長めで前説を書かせてもらいましたが、久しぶりなので許して下さい。 それではバックパッカーしてた時の写真旅へ戻りましょう。  世界のコロンビアはクリスタルビーチへ行ってQりのQちゃん。


じゃじゃーーんサンタ・マルタから本日はクリスタルビーチへとやってきました。同じボートで一緒になった女性陣を仲良くさせていただきました。もう国も女性も色んなタイプがいてはってたのしかった。♡


今では考えられないけど、セクシーお姉ちゃんたちと、ビーチで語り合い、遊ぶのは若い時だけよ。♡Z世代もしっかりバイトばかりしてお金に執着せず。しっかり使って20代を満喫してください。 奥のサングラスのステファニーも最高な女性だよ。 手前左がドイツの娘でした。 右がカナダ人のやり手で、狂ってたよ。ww



クリスタルビーチはここに到着するまでが荒波でマジで沈没しそうであった。 沖がめちゃくちゃ大しけでやばかったのを覚えてます。 波に対しいて船を横向きにしてたら完全転覆するのがイメージで沸いてました。それは今でも鮮明でして、女の子たちが怖がってました。

今日のコラムはめちゃくちゃ短くてゴメンなさい。1年ぶりでこれだけの量ってひどいでしょう。まあ私も凄い忙しい現実に、家の2階のリフォームがまだ終わってなくて、この1月中旬~3月頭までにある程度改修しなくちゃいけないんよ。もちろんこの期間中に新たなバナナの苗を約20本植え付けをしなくてはいけなくて、2026年度のある程度の構想を実施していくことであります。まあ私は40歳なので、今をしっかり生きないといけないし、40代なんてバリバリ働かないといけない年齢でもあって、ホンマに休みなんて2025年度は1カ月に2日あるかないかの状態で、そんなけ忙しいって事であります。ほんまに1年ってあっという間に過ぎていくから、その四季を無駄にはできないのよ。例えば2026年度は花を植えることをミッションの一つとしてまして、芍薬(しゃくやく)を80箇所に先週植え付けました。ちょうど徳島県の生産者さんと友達になりまして、この度、バナナとシャクヤクを交換させていただきました。たまたま建具の修繕で知り合いになりまして、今回は、知り合えまして、2026年度のプロジェクトに相応しいのではないかと思いました。 バナナの増産に芍薬(しゃくやく)の植え付けに、建具関係では畳の営業代行とリフォームの営業代行も2026年度は更に強めていこうかと思っております。体が私は1つしかないので、もうキャパオーバーなんですよ。毎年ですが高知県のメディアには出させていただいてまして、2024年度は高知新聞、2025年度はNHK高知の夕方のニュースにと、自分一人では、限界とそろそろ誰か人を入れていかないといけない時期に入ります。2022年に移住しまして、次が2026年とかなりのハイペースでメディアに出ては、次から次へと実証実験を繰り返してまして、1年が本当に瞬間瞬間であって、記憶が飛んでます。しかも疲れすぎて頭のメモリーが記憶できず、色んなお客様を相手しているので、誰がだれかがわかっていません。 たまに電話でリピーターさんから電話があっても、覚えてなくて、申し訳ないです。なにはともあれワンホリが終わって帰国したら次のミッションってたくさんありますし、人生の本質的な大義名分は神様が導いてくれます。だからとにかくワンホリでオーストラリアで時間を使っているZ世代の皆さんは、経験を沢山してください。年齢を重ねて歳をとってから生きてきます。だから目先のお金に捕らわれず。孤独や不安になるかもしれませんが、ほどよい緊張感の下で沢山の経験に挑戦を行ってください。あなた方の人生の先の道のりできっと役に立つ時が訪れます。だから。。。。
以上 Gypsy Tomo2026 賀正!!

 

コメント

関連記事

最新記事

断捨離(1)

「ああ、くたびれた。やっぱり我が家が一番」 そういいながら、中川.....

自分史(最終回)

ロビーがいつものように午後6時に帰ってきたとき、玄関で待ち受けて.....

自分史(2)

ウエブサイトで、自分史作成と書いて検索すると、「自分史コンクール.....

カレンダー

<  2026-01  >
        01 02 03
04 05 06 07 08 09 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

プロフィール

Travel and Lacrosse make friends

記事一覧

マイカテゴリー