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隣人(1)

夜勤明けで我が家に疲れて帰ったときのことだ。隣の家の周りが警察の青いマークの入った白いテープでとりかこまれ、テープの周りに人盛りを見た時、眠気に襲われそうだった私は、驚きですっかり目がさめてしまった。すぐに自分の家の駐車場に車を停めると、警察のテープを取り囲んでいる人込みの中に2軒先の隣人のシャロンの姿を認めて、シャロンの肩を後ろから叩いた。
「何か、あったの?」
シャロンは、私の姿を認めると、
「文子、何も知らないの?」と、反対に聞かれた。
「今、夜勤明けで、帰ってきたところなのよ」
そう言うと、シャロンは納得したように言った。
「ああ、だから、まだ何も知らないのね。実は、ビビアンとアーサーが殺されているのを、今朝ビビアンの友達が尋ねてきて、見つけたのよ」
「え?殺された?」
私は、この平和でのんびりしたメルボルンの郊外の住宅地で、殺人事件が起こったなんて信じられなかった。それに、よりによって、お隣さんである。アーサーもビビアンも60代前半で、二人とも退職して間もないはずだ。そんなことを思っていると、私たちの会話を側で聞いていた、テレビ局の腕章をつけた男が、私たちの側に近づいてきた。
「被害者を、ご存知なんですか?」
私達は、黙って、こっくりうなづいた。そうすると、マイクを私たちにつきつけて、
「被害者は、どんな方たちでしたか?被害者について知っていることを教えていただけませんか?」と、聞いた。
シャロンは、「とってもいい人達でしたよ。だから、どうして殺されたのか、訳がわからなくて…」と、答えた。
私は思わずシャロンの顔を見た。「いい人達ですって?」と、心の中で思った。確かにビビアンはいい人だったけど、アーサーをいい人だなんていうシャロンの気が知れなかった。しかし下手に被害者の悪口を言って、容疑者に仕立て上げられてはかなわない。だから私は黙って、シャロンの言うことを側で聞くだけにすることにした。


著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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