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運命(中編)

部屋の電気をつけるのも忘れて、思案に暮れてうろうろ部屋の中を歩き回っていたが、その思案は、誰かの部屋のドアをノックする音で、さまたげられた。ドアを開けると、小柄な郁子と郁子ののっぽのオーストラリア人のボーイフレンドが並んで立っていた。
「まあ、郁子さん。よく来てくれたわね」と二人を部屋に引き入れ、「実はね。今クイーンズランドの学校から面接に来いと電報がきたのよ」と、私は郁子に電報を見せた。
郁子は「まあ、よかったじゃない!」と顔を輝かせた。そこで私は、お金がないから面接にいけそうもないと話した。すると郁子はすぐにハンドバックから小さな封筒を取り出した。
「これ、ちょうど今日お給料をもらったところなのよ。これを使いなさいよ」
その頃のオーストラリアは現金社会。封筒の中には郁子の一週間分の給料が入っていた。
私はまさか、郁子が自分の給料全部を貸してくれるとは思ってもいなかったので、受け取っていいものかどうか、迷った。
「これ、本当に借りて大丈夫なの?」おそるおそる聞く私に、日本語の分かる郁子のボーイフレンドが横から「大丈夫だよ。僕の給料があるからね」と言ってくれた。
私は二人に感謝して、クイーンズランドに飛び立った。でも、はたして私の英語力で雇ってくれるだろうか?不安は消えなかった。
面接に行った学校は丘の上にある私立の男子校だった。土曜日の人のいない学校の校長室で会った校長は温厚そうな人で、すぐに
「うちに来てください」と言ってくれた。
そして、「今晩泊まるところがなかったら、うちの職員で奥さんが日本人の人がいるから、その人を紹介してあげるよ」と言ってくれ、結局校長に紹介された照子と言う女性のうちにとめてもらった。「なんて幸運なのだろう」と思って、校長に書いてもらった契約書を持って、晴れ晴れとした気持ちで移民局に行った。これで、ワーキングビザがもらえる。ただただそれが嬉しかった。ところが移民局に行って、意外なことを聞かされた。
「あなたのようにちょうどビザの切れそうな人やビザが切れている人を対象に、特赦があって、永住権をもらえますよ」と言われたのだ。この40年、オーストラリアでその後特赦があったのはたったの2回。この時、私は確信したのだ。私はオーストラリアに住む運命だったのだと。私をオーストラリアに呼んでくれた友、郁子、照子と色々な人に助けられた。そして何よりも私を雇ってくれた校長。そんな人との出会いがなかったら、今の私がなかったのだ。
(続く)
著作権所有者:久保田満里子

 

コメント

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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