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姑と私(最終回)

 結婚して一か月たった頃、夫の祖父の7回忌が来た。結婚式で会って以来みかけなかった夫の親類縁者が、姑のうちに30人ばかり集まった。田舎の習慣で、男どもは、座敷に座って飲み食いをし、女どもは台所で精進料理を作るので、てんてこ舞いしていた時だった。長男の嫁ということで姑は台所の指揮をとった。そこには舅の弟の奥さんも当然手伝いに来ていた。うわさによると舅の弟の奥さん、和美さんは、東京出身で、実家はお金持ちだということだった。そのうえ、和美さんは色白の日本的な美人ときている。普通の家の出で、並の容姿の姑にとっては、何事においてもセンスの良い和美さんは、煙たい存在であったようだ。
「これ、どこに置いたらいいんでしょうか?」と取り下げたお膳を台所に持ってきた和美さんに向かって、姑はにらみつけるようにして言った。
「あんた、呉に嫁に来て20年にはなるちゅうのに、いつまで東京言葉を使いよるんね。呉に嫁に来たからには呉弁を使いんさい」と、小言を言った。
それを聞いた和美さんは、姑の姿が見えなくなると、
「また、叱られちゃったあ」と言って、いたずらっ子のように、肩をすくめて 笑った。
和美さんの屈託のない笑顔を見て、私はいっぺんに和美さんが好きになった。人間的にも和美さんのほうが上をいっていると思ったが、勿論このことは夫にも言わなかった。マザコンの夫が不機嫌になるのは分かり切っている。
 姑の態度が変わったのが、我が子、ナナが生まれてからだ。今まで「光男さん、さわらせてえ」と夫ににじり寄っていた姑が、今では、「ナナちゃんを抱かせてえ」と言うようになった。孫は子供よりかわいいものだと誰かが言ったが、それは本当のことのようである。私にとって、今まで姑の家が近いということが苦痛だったが、子供が生まれてからは、近くてよかったと思うようになった。「お母さん、ちょっと出かけますので、ナナをよろしく」と、気軽にナナを預けられる。姑は、ホイホイとナナを抱いて、笑顔で私を送り出してくれる。
 私も結婚して5年もたつと、姑と波風立てず暮らす術をしっかり身につけた。今でも心の中で姑のことで頭に来ることがあっても、顔ではにっこり笑って対処する。その術にすっかり乗せられた姑は、最近は、「光男さんもええ嫁をもらったもんじゃ」と言うようになった。


著作権所有者:久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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