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木曜島の潜水夫(37)

  1971年に真珠貝産業を絶滅させる恐るべき事件が起きた。オセアニック・グランジュアと言う石油タンカーが岩にぶつかり、石油が海に漏れ出したのである。石油の被害もさることながら、石油を溶かすために流された洗浄剤が真珠貝を殺してしまったのだ。一度汚れてしまった海が元通りになるのに何年かかるか分からなかった。真珠会社は政府を相手取って、賠償金を請求したが、不成功に終わった。そのため、トレス海峡で行われていた真珠産業は、絶滅してしまった。
 真珠会社の仕事がなくなったトミーは、モーテル経営に力を入れるようになった。レインボー・モーテルは日本からの来客を迎える機会が多くなった。一番多かった泊り客は、日豪関係の真珠貝産業の歴史を研究する研究者で、トミーは、そんな研究者たちにとって、生きた字引のような存在だった。しかし、トミーは偉い人が来ると言っても、服装など構わなかった。ある日も大切な来客が日本から来ると言うので、モーテルのスタッフは皆緊張気味だったが、トミーは裏庭で悠々と椅子に座って煙草をふかしている。珠代が、「パパ、早く着替えてよ」と言うと、トミーは「ここは俺の家だぞ。だからどんな服を着るかは俺の勝手だ」と言って、動かず、珠代をイライラさせたこともあった。
 モーテルの中に入ると、スナックバーと食堂がある。料理を作るのは、ジョセフィーンと珠代とチオミの役だった。日本料理を日本的なやり方で、日本人の客をもてなした。トミーは食卓の端に座って、皆が食事をしているのを眺めているのが好きだった。 

ちょさく

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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