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私のソウルメイト(46)

 アーロンが家を出て行った今、週二日のバイトだけでは、食べていけない。まずWTでフルタイムにしてもらえないか交渉してみようと思い立ち、月曜日に出勤すると、すぐにデイビッドのところに行った。
「デイビッド、ちょっと事情があって、お金がもっとほしいんだけど、フルタイムとして雇ってもらえないかしら」
デイビッドは、
「ご主人の具合がまた悪くなったの?」と心配そうに聞いてくれた。
「そういう訳ではないんですが…」と言うと、めざとく私の左の薬指から結婚指輪が消えているのに気づき
「ご主人と別れるの?」と聞いた。
「そうなりそうです。だから自立するために、フルタイムで働きたいんです」
「僕の課では、今のところ人員募集をしていないからね。人事課で、聞いてみたほうがいいんじゃないかな」
「はい、分かりました。そうします」
私は、サイモンにも、フルタイムで仕事がないか問い合わせのメールを送った。
 うちに帰ったら、ダイアナがアーロンとの交渉の結果を報告してくれた。
「今日、パパと会って、慰謝料の話をしてきたわ。そしたら、この家はママに上げるって言っていたわ。その代わり、現金は上げられないって。年金として積み立てられているお金の半分はママにも権利があるはずよって言ったら、現金を渡せない代わりに、この家のローンの支払いをすませるって言っていたわ。ママ、どうする?」
「今、メルボルンの家って高いから、この家1億円はするんじゃないかしら。ダイアナ、この家、売りましょ」
ダイアナは見る見るうちに、泣き顔になって、
「この家売るの、いやよ。ここは私が生まれ育った思い出が一杯ある家よ」
と、抗議した。

「ダイアナ、ごめんね。でも、思い出がいっぱい詰っている家だから、ママは住みたくないのよ。新しく人生をやり直したいの、パパのことを忘れて。それにダイアナだって、いつかは家を出てしまうわけだし、こんな大きな家、ママ一人でとても管理できないわ」
ダイアナは私の言葉を聞いて、それ以上抗議するのはやめ、うなだれて自分の寝室に引っ込んだ。
 アーロンとは21年も一緒に住んだはずなのに、アーロンが家を出て行ってから、アーロンがどんな顔をしていたか思い出そうとしても、顔がぼやけてはっきり思い出せないのが不思議だった。その代わり、ロビンの笑顔が私の頭にしばしば浮かんでき始めた。
 私は、翌日不動産屋に連絡して、家の予想価格を見積もってもらった。4つの寝室と居間、客間、食堂、浴室2つある大きな家だったので、予想通り1億円だろうということだった。家を売った後、どこに住むかが問題だが、新しい住居が見つかるまで、京子のアパートに転がり込もうと思い、京子に話したら、快くいいわよと言ってくれた。そこで、不動産屋に家を競売に出すと言うと、小柄なインド系の40代くらいと思われるトムと呼ばれる不動産屋はほくそえんで、すぐに広告を出すと言ってくれた。不動産屋と話しながら、オーストラリアでは、信用できない人のトップは車のセールスマンだが、不動産屋も車のセールスマンに劣らず、信用のおけない人たちと定評があることを思い出した。しかし、不動産屋なしで家を売ることはできない。トムと話し合った結果、競売の日は2ヵ月後とし、毎週土日は家を1時間公開することにした。
それからは、家探しと職探しで俄然忙しくなってきた。

著作権所有者:久保田満里子 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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