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アンブレラツリーは見ていた(1)

~~夫のロバートは、メルボルンで殺人捜査課の刑事をしている。事件が起こると家に帰らないこともしばしばである。だから、ロバートから「今晩殺人事件が発生したから帰られそうもない」と言う電話が入った時も気にしなかった。
しかし、疲れた顔のロバートが翌日の昼過ぎに家に帰り、倒れるようにベッドに潜り込み一寝入りした後、夕食を食べながら話してくれた事件を聞き、私は驚いてしまった。それというのも、親友の雅美の夫のピーターが殺人事件の容疑者にされているというのだ。
「どうしてそんなことになったの?あなたも知っているように、ピーターは本当に学者タイプの温厚な大学教授よ。そのピーターに人を殺せるわけがないじゃない。一体殺されたのは誰?どんな風に殺されたの?」
矢継ぎ早にする私の質問に、ロバートがステーキを頬張りながら話してくれたのは、次のようなことだった。
殺されたのはピーターの所属する某大学の哲学科の学科長、マイク・ブラウン。夕べ警備に回っていた大学の警備員に、学科長室で頭から血を流して倒れているのを発見された。発見された時は、もう脈もなく、救急車に病院に運ばれたところで、すぐに死亡と断定されたそうである。それが夕べの8時。ロバートは仕事を終えて帰ろうと思ったときに、足止めされたわけだ。このマイクなる人物、聞き込みをしたところ、かなりの敵を作っており、彼に殺意を持っているのは一人や二人ではなかったそうである。まず、マイクの妻、ガブリエルは、マイクの浮気が原因で、夫婦喧嘩が耐えなかったそうである。最近離婚話が出ていたそうだ。今マイクが死ねば、全財産が彼女のものになるわけで、被害者が死んで一番利益を得る人物である。マイクに首にされた講師も彼を恨んでいた。学生には人気のあった60歳近い講師、ティム・カーターを、年寄りはいらないとばかり契約更新を拒否して、彼の代わりに、マイクとの仲を噂されている若い女性を雇った。学生からも抗議の手紙が殺到したが、マイクはそれを無視した。彼の元で博士論文に取り組んでいるジム・ウイリアムズも、ロバートの聞き込みに対し、憤懣やるかたない様子で、「僕が書いた博士論文を、自分の論文として発表するんですからね。やり方がきたないですよ。そして僕を手放したくないために僕の就職活動も妨害するんですよ。絶対採用されると思っていた応募先の大学に不採用の通知をもらって驚いて問い合わせたら、推薦人に頼んだ学科長から推薦状がとどかなかったって言うんですよ。学科長を問い詰めても、俺は確かに推薦状を送ったと言い張るんです。なんで、こんな奴のもとで研究を続けなければいけないかと思うと情けなくなってきます。まさに彼は僕にとって疫病神ですよ」と、マイクに対する恨みを語った。マイクの実の妹、パトリシアとも不仲だということが分かった。それと言うのも両親がなくなった時、両親の財産を全部独り占めしたからだ。パトリシアはマイクが殺害されたことを聞いても眉一つ動かさず、「あんな欲の皮のはった兄なんて死んだほうが世のためになります」と言いのけて、ロバートを驚かせた。では、どうしてピーターまでも疑われているのかと言うと、マイクがピーターに随分卑劣なことをして、ピーターを怒らせ、しょちゅう言い合いになっていたのを、マイクの秘書のダイアナが何度も目撃したためである。去年の暮、学科長候補としてマイクとピーターの名前が挙がったとき、マイクは学部長にピーターを誹謗する内容の告げ口をしたのだ。その結果マイクが学科長に任命され、ピーターは副学科長になった。しかしマイクは実際には学会だ研究休暇だとか言って、しょっちゅう留守をするため、実際に学科を切り盛りするのはピーターだった。責任は他人に押し付けて実際の手柄は自分が取るという、いつものマイクのやり方に、さすがに普段は温厚なピーターも堪忍袋の緒を切らすことが度々あったようだ。
「ふうん。大学の先生の中にもひどい奴がいるのね」
「うん。マイクを褒める人物には一人も会わなかったよ」
「じゃあ、容疑者がそんなにたくさんいるのだったら、犯人割り出しに時間がかかりそうね」
「そうなんだ。だから、犯人割り出しには、時間がかかりそうだよ」と、ロバートはため息をついた。

著作権所有者 久保田満里子
 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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