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アンブレラーツリーは見ちた(最終回)

~~取調室に犯行現場にあったアンブレラの木を運びいれ、嘘発見器をそのアンブレラの木の葉っぱに取り付け、その部屋でロバートの聞き取り調査に協力してもらうという名目で容疑者を一人ひとり呼び出すという段取りができたのは、事件発生1週間後のことだった。刑事でもない私は、その実験には参加させてもらえなかったので、家で、どんな結果がでるかとやきもきしながら待っていた。
その晩家に帰って来たロバートを玄関で出迎えて、お帰りのキスをするのも忘れて
「どんな結果がでたの?」とせっつくように聞いた。
ロバートは私を抱き寄せて
「君のおかげで犯人逮捕に踏み切れたよ」と顔中をほころばせていった。
ロバートの抱擁から解放された私は、
「で、犯人は誰だったの?」
「誰だったと思う?」ロバートは私をじらすのが愉快でたまらないという風に聞いた。
「分からないわ。じらさないで、早く教えてよ。まさか、ピーターじゃなかったんでしょうね」
「うん。ピーターじゃなかったよ」
それを聞くと、ひとまず安心した。
「犯人はね、大学院生のジムだったよ。植物の反応って、すごいんだね。彼が部屋に入ってきたとたん、ポリグラフの針が大きく揺れ始めたよ」
「で、ジムは自白したの?」
「なんとかね。何もかも調べがついているんだ、いい加減白状したらどうだとかまをかけたけれど、かたくなに黙って何も言わないんだよ。黙秘権を使おうって訳だ。
そしたらキャサリンが、あっ、キャサリンって知っているだろ?最近うちの班に入って来た女刑事。彼女がマイクって随分ひどい奴だったようだけど、あなたもあんな人の下で研究するの、大変だったんじゃないって優しく言うと、突然下を向いて泣き出したんだよ。その後はぼそりぼそりとこちらがびっくりするくらい、あっさりと白状したよ。彼の話によると、あの日、いつものように7時まで大学に残っていたけれど、帰りがけ、まだ学科長室の電気がついていたので、学科長に博士論文を提出したいと交渉しようと部屋のドアをノックし、マイクに会ったそうだ。博士論文を提出したいと言うと、こんな論文でパスすると思うのかと馬鹿にされて、かっとなってマイクの胸を強くついて押し倒したところ、運悪く本棚の角で頭を打って、倒れたまま動かなくなったんだそうだ。それを見てパニック状態になり、逃げ出したということだ」
「ふうん。マイクって悪い奴だったようだから、何だか死んだマイクより、ジムのほうに同情しちゃうな」
「そうだな。ジムの話では、このまま彼のもとについていたら、永遠に博士号は取得できないし、そうかと言って他の大学に移ってまたやり直すとなると、今までの3年間の苦労が水の泡になると、自分の将来に絶望していたそうだ」
「犯人が捕まっても、あんまり喜べないわね」
「そうだな。いつも殺人事件が起こるたびに思うことだが、殺人事件の裏には、それぞれ色んな人生の葛藤が隠されている。勿論憎悪に値する犯人もいるが、ジムのように同情をさそう犯人もいる。幸いなことに、僕の仕事は犯人を見つけることで、後は弁護士や検事の仕事だ」
「そういわれれば、刑事よりも弁護士や検察官の方が精神的に大変でしょうね。誰からも憎まれる凶悪犯を弁護しなければならない弁護士。誰からも同情を買うような事情で殺人に走った犯人の求刑しなければいけない検事。考えただけで、気が重くなるわ。あなたが刑事でよかったわ」
ロバートは苦笑いをしながら言った。
「本当はね、僕は弁護士になりたかったんだけど、法学部に入れるほど頭が良くなかったんだよ。法学部に入れなかったので、随分落ち込んだこともあったけれど、何が幸いするかわからないね」
「そうね。私も日本で受験に失敗して、オーストラリアに語学留学をしていなければ、あなたに会えなかったわ。何が幸いするか、分からないわね。ジムも災い転じて福となすになればいいんだけど」
「そうだな。僕達みたいにね」と言うと、ロバートは私を見てにっこり笑った。

参考文献
ロバート・B・ストーン著、奈良毅訳 「あなたの細胞の神秘な力」(Secret life of your cells)祥伝社 1994年

著作権所有者:久保田満里子

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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