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小説版バイリンガル子育て 第11話 『親の期待は時に子供を傷つける』

 2歳になる1ヶ月程前から、新太郎は英語を話す頻度が急に増えてきた。僕が仕事から帰ると"How are you?"と言って迎えてくれた、毎日僕が言ってきたので、"How are you?"は挨拶だと認識していたのだろうけど、それが声に出せるようになったのだ。家族で買い物に行った時には、店内のポスターに描かれている魚やクマを見て、"Fish""Bear"と指をさして、店員さんが驚いていた。子供服売り場では、たくさんの洋服を見て"Many Many"と言った。

 これまでは泣いたり、うなったりして要求していたことを、言葉にできるようにもなってきた。例えば、水筒の水がなくなってもっと飲みたい時には、以前なら水筒を持ってきて「アー、アー」と唸っていたのが、"Water"と言うようになった。新太郎が手でベタベタ触ってキズが付いてしまったDVDを観ていて、映像が止まってしまった時には"Come on!"と叫んでテレビに文句を言っている姿は面白かった。

 公園のお友達と初めて取っ組み合いのケンカをして、ほっぺにキズを作ったのもこの頃だったし、今までは怖くて近寄れなかった、僕の実家のトイプードルのジョータローに"Good boy"と言って頭を撫でて、エサをあげられるようにもなった。
 
 こうした新太郎の急激な成長に、僕たちの英語子育ては上手く行っているのだと僕も彼女も大喜びで、毎日新太郎に色々な言葉を教えて言わせるようになった。そして、そのことが新太郎の心を傷つけることになる。

 ある朝、新太郎は上手くしゃべれなくなった。何を言うにもどもってしまうのだ。これまで普通に言っていた"How are you?"でさえ、「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ユー」としか言えない。最初は僕も彼女も英語と日本語が混乱しているのだと思い、様子を見ることにした。しかし3日経っても相変わらずどもっている。新太郎は上手く言葉が出せないからか、とても辛そうに見えた。僕が英語子育てなんてしたばっかりに、おかしくなってしまったのだと悲しくなった。英語なんてできなくてもいいから、元気で毎日これまで通り笑顔を見せて欲しいと思った。新太郎が英語をしゃべりだして有頂天になっている自分が愚かなエゴイストだと恥ずかしくなった。

 "Shintaro, I'm sorry.You don't have to speak anything.As long as you're here, I'm happy.If you want to say something, I can wait so take it easy.(新太郎、ごめんね。何もしゃべらなくてもいいよ。キミがここにいるだけで十分幸せなんだよ。もし何か言いたければずっと待っているから、焦らなくていいよ)"

 僕はそう言って、新太郎を抱きしめた。そしてこの日から、新太郎にこちらから何かをしゃべらせるのを止めた。すると3日ほどで、新太郎はどもらなくなり、英語も日本語も普通に話すようになった。僕たちは新太郎の成長に驚いて、もっともっとと色々しゃべらせてしまった。新太郎は僕たちの期待を感じて、一生懸命しゃべろうとして、それがプレッシャーになり、どもるようになってしまったのだと思う。わずか2歳にも満たない小さな心で、親の為に必死で頑張っていた新太郎には本当に申し訳ない気持ちになった。

 存在してくれているだけでいい、そして僕たち親は、彼の人生の可能性を狭めないように縁の下の力持ちになってあげるべきだと痛感した。親のペースで子供に何かをさせてはいけない。子供のペースに合わせて、良かれと思うことを提案する。そして最後は子供が決める。それが一番理想じゃないかと思う。(つづく)



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プロフィール

高橋正彦:1977年、静岡県浜松市生まれ。中学卒業後、単身メルボルンに渡りブライトングラマースクールに入学。同校では、3年がかりで学校側に打診をしサッカー部を創立、初代キャプテンを務める。1998年中古CDショップ「音吉プレミアム」を立ち上げ、世界中の人達との交流を始める。2007年9月、単行本『イタリア人は日本のアイドルが好きっ』を出版。2009年5月には世界中のオタクと交流するOTAKU SPECIALISTとして、NHKから英語でインタビューを受け、その映像が世界80カ国で放送された。

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