食物思考～Thought for Food～(15) ピーナッツバター編

更新日: 2009-07-09

　朝食はごはん派の私です。私以外のファミリーメンバーは食パン派なのですが、昔からその中で一人、ごはんを食べて育ちました。母にしてみれば、前日の夕食の残飯が片付けられてゆくので、さぞヘルプフルであったことでしょう。

　そんなごはん派が、朝「ごはん」にありつけない例外のシチュエーションがありました。それは、母方の祖父母の家で迎える朝の食卓。そこには必ず食パンとバター、という暗黙のルールが存在しており、不幸なことに私は、喉が詰まりそうな食パンと味気ないバターが大変苦手な子供でした。そして食物に対してわがままを言うには、祖母も母も幼い私には怖すぎたのです。



　その窮地を救ってくれたのが今は亡き祖父でありました。戦争を生き抜いてきた祖父ですが、お気に入りがかつての敵国・アメリカで生みだされたピーナッツバターだったのです。祖父のために常備されていたお気に入りは私の大好物となり、ピーナッツバターを塗ると食パンもデリシャスに食べることができました。

　ピーナッツバターは、落花生の実をすりつぶしてバター状に練ったもののルックスから名付けられたものであるので、バターにあらずです。それにも関わらず、私が食パンとピーナッツバターを朝食に摂ることを許されたのは、祖父が食していたからと言うより、祖母も母もそれをバターの仲間と信じていたからに違いないと思っています。なぜそんなにバターと食パンのコンビネーションを朝食に奨励していたのか、それは謎でありますけれど。ハイカラさんと呼ばれるための条件だったのかしら・・・。

　今は街のいたるところで簡単に手に入れることのできるピーナッツバターですが、私が幼かったころは、デパ地下などに行かないとなかなかお目にかかれませんでした。その当時でも、日本産のピーナッツバターならスーパーマーケットで並んでいたと記憶していますが、私は、あの水飴を混ぜられた透明感あふれるルックスで、別にピーナッツが入っていようが入っていまいが関係ないのでは、と思うほど甘ったる～い代物がどうしても好きにはなれませんでした。今でも好きではないですね。私はこってりピーナッツの味がする、アメリカンなピーナッツバターしか好みません。

　オーストラリアの市場を見回してみたところ、オージーたちのピーナッツバターにおける嗜好は私と同じようで、アメリカンタイプのものだらけでございます。その中でなんだか見知った風な顔がいらっしゃいました。

「ディック・スミスさんじゃないですか！」
「こんにちは。ディック・スミス・フーズ（Dick Smith Foods）では、アメリカンタイプであっても、オーストラリアで育てられたピーナッツを使ってオーストラリアで生産されたピーナッツバターを提供しております。」
「へえ、どれどれ・・・。おお、デリシャスです、私のフェイバリットテイストです！」

　美味なるピーナッツバターを味わいながら、オーストラリアの大手電器店、ディック・スミス・エレクトロニクス（Dick Simith Electronics）の創始者の足跡を覗いてみてびっくり。

　カーラジオの設置から事業を始めて成功を納め、今なお走り続けているオーストラリアの実業家。そのもう一つの顔は、偉大なる冒険家であるのです。1993年には気球で無着陸オーストラリア大陸横断、1989年には小型旅客機ツイン・オッターで、世界初の南北世界一周などを成し遂げました。また、年４回発行されるオーストラリアン・ジオグラフィックを始めたのも彼なのですね。1992年にはリンドバーグ・アワード（※１）を受賞していました。



　一度の人生でよくもまあ、これだけのことができるものだというくらい、色々なことを成し遂げているディック・スミスさん。素敵な御仁です。現在はピーナッツバターを携えて、食品業界の大空を飛び回っていらっしゃるのです。


※１　リンドバーグ・アワード
テクノロジーの進歩と、人間・自然環境保護の間のバランスを考慮しながら功績をあげた個人に与えられる。