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小説版バイリンガル子育て 第2話 『お前が二十歳になったら』

 息子が生まれてから一週間が過ぎ、彼女が息子を連れて家に戻ってきた。息子の名前は新太郎に決めた。最初はジョージとか英語圏にもある音にしようかとも思ったのだが、逆に日本的な名前の方が外国人の印象に残る気がしたので、古風な日本の名前を検討していたところ、親父が「勝新の座頭市はカッコよかったから新太郎はどうだ?」と言ってきた。理由には納得できないものの、一応字画を調べたらこれまでの候補の中で一番良い結果が出てしまった。
「高橋家の新しい世代の一番最初の子だから、新しい太郎でいいじゃないか」更に、さっきまで勝新がどうたら言っていた親父が、もっともらしい理由を付け加えた。そう言われるとなんとなく良い名前な気がしてきた。彼女も気に入ったので新太郎に決定した。

 新太郎に英語で話しかけるかどうか、あの日「Nice to meet you. I'm your Daddy」と新太郎に話しかけるまで決めていなかった。せっかく僕が英語が話せるのだから、もし自然に英語を身に付けられれば、僕が英語を学ぶ為に日本を旅立った十五歳の頃には、新太郎は日本語と英語を話すことができていて、三ヶ国語目を学ぶ為に留学できるのでは無いか、英語の勉強に使う筈の時間を、スポーツや読書に使えるのでは無いかと、良い面はたくさん思い浮かんだ。

 しかし、やるからには徹底してやらないといけない。僕がこれまでに出会った人達の中には、英語も日本語もネイティブスピーカーと比べると7,8割程度話せるのだけど、どっちつかずで、自分のアイデンティティをどちらに見出せば良いのかわからず、もがいている人もいた。二ヶ国語を教えるにしても、どちらか1つは完璧に使いこなせるレベルにしないといけない。僕ら夫婦は日本人だし、住んでいるところも日本なので、当然日本語が軸になる。そして英語を教える事ができるのは僕だけだ。つまり僕がどこまでやるかによって、子供の英語力が変ってくるという事だ。そして僕は、もしやるのなら、子供が英語を完全に身に付ける二十歳までは英語しか話さないでいようと決めた。僕が日本語と英語どちらも使ったら混乱すると思ったからだ。でも二十歳の誕生日に初めて日本語で会話をしたら、きっと照れくさいだろうな。

 やった方が子供の未来の可能性が広がるのはわかっている。でも英語で話し続けるのはかなりの覚悟が必要だ。「パパ一緒に遊ぼうよ」「おういいよ。何しよっか」「パパみたいな大人になりたいなあ」「ハハハ、よく食べてよく寝てよく運動しないと、パパみたいにはなれないぞ」これまでに頭に思い浮かべていた、日本語での親子のやり取りは全て捨てなければいけない。

 結局、どうするべきか決める事ができず、生まれた子供を見て、湧き上がる感情で最初の一言を言う事にした。それが日本語なら日本語で、英語なら英語で今後も話し続ける。

 子供が生まれたという電話があってからタクシーに乗っている間、病院に着いて病室まで向かう間、ずっと考えていた。どうする?どうする?どうする?

 そして、生まれた子供を見た。僕はやっぱり日本人だ。「はじめまして」それが最初に浮かんだ言葉だった。でも僕は、覚悟を決めて言った。「Nice to meet you. I'm your Daddy」 と。

 英語が話せるようになって分った事、それは僕達人間は生まれた国も、肌や目の色も違えば、育ってきた環境も違う。だけど同じ地球に住む仲間だという事。それまでは狭いコミュニティの中で、お互いに足を引っ張り合い、お互いを罵り合って生きてきた僕が、英語に触れた事で、他人と比べてどうのじゃない、自分の人生を自分らしく生きる事が大切なんだと分かった。生まれた時から日本語と英語が身近にあれば、この子は、僕がやっと気が付いた事に、早くから気が付けるかもしれない。だから僕は英語で息子に語りかけた。(つづく)



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書籍化された僕のブログ→イタリア人は日本のアイドルが好きっ

コメント

以前のコメント

saya   (2010-01-23T17:35:20)
こんにちは。 私も主人もアメリカへの留学経験があるので、それなりに英語をしゃべることができますし、各国に友達もいます。 けれど、正直なところ、子供たちに英語を教えるかどうか、あまり考えないまま上の子供は小学生になろうとしています。ハロー、くらいしか、英語はわからないし、あまり興味もないようです。 子供に英語だけで語り続けるというのは、大きな覚悟と大きな愛がなければ、なかなかできないことだと思います。 けれど、日本語と英語が同時に身に付くことによって得るものはとても大きいのではないかとも思います。 これからのシンタロウくんの成長を楽しみに、そして興味深く見守らせてください。応援しています!

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プロフィール

高橋正彦:1977年、静岡県浜松市生まれ。中学卒業後、単身メルボルンに渡りブライトングラマースクールに入学。同校では、3年がかりで学校側に打診をしサッカー部を創立、初代キャプテンを務める。1998年中古CDショップ「音吉プレミアム」を立ち上げ、世界中の人達との交流を始める。2007年9月、単行本『イタリア人は日本のアイドルが好きっ』を出版。2009年5月には世界中のオタクと交流するOTAKU SPECIALISTとして、NHKから英語でインタビューを受け、その映像が世界80カ国で放送された。

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