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小説版バイリンガル子育て 第17話 『運命という名の船に乗って 前編』


 運命というものが本当にあるのだろうか?今の僕ならあると言うだろう。

 今僕はバスに乗っている。バスは広島駅から彼女の実家のある横川へと向かっている。第二子出産のために、彼女が新太郎を連れて実家のある広島へと移動してから27日が経った。仕事の都合上、生まれたらすぐ店を閉めて会いに行く訳にはいかなかったので、予め11月19日から3日間、広島に行くことを決めていた。

『生まれそうなので病院に行ってきます。気をつけて来てね。電話に出れないからお母さんに電話してね』

 広島へ向かう新幹線の中でメールをもらった。予定日は11月27日だったので、この展開は予想していなかった。もし僕がいない時に生まれたとしたら、新太郎は初めて両親がいない数日間を過ごすことになっていた。それが新太郎にどんな影響を与えるのかはわからないが、自分が蚊帳の外にいるような孤独を感じていたと思う。

 お母さんが教えてくれたバス停で降りると、ちょうどお母さんと新太郎が歩いてくるのが見えた。「ダディー!」新太郎が僕を見つけて走り出した。僕も走り出す。そして新太郎を抱きしめて抱えあげた。「ダディ、ダディ、ダディ、ダディーッ!」新太郎が連呼するダディが心地よい。十代の頃、好きな女の子に自分の気持ちをどう伝えようかと悩んでいた日々が如何に不毛だったのかがよくわかった。両思いであれば、名前を呼ぶだけでこんなにも気持ちがいいのだ。"Shintaro, I've been missing you sooooo much!(新太郎、すごーーーく会いたかったよ)"

 それから数時間後、僕と新太郎に新しい家族ができた。女の子だった。知らせを受けてお母さんとタクシーで病院へと向かった。タクシーの中で新太郎に妹ができたから、これからはお兄ちゃんになるのだと説明をした。新太郎は"OK."と言って頷いていた。

 病室に入ると、まず彼女の顔を見た。新しい命を無事に誕生させたその顔は、少し疲れていたけど輝いていた。彼女は新太郎を気遣って、「しんくん、会いたかったよ」と抱きしめながら新しい家族を紹介した。「しんくんの妹だよ。ちっちゃいでしょ」新太郎が生まれた時とそっくりな顔をした赤ちゃんが目を開けていた。



「もう帰ろう」それが新太郎の第一声だった。自分と血の繋がった命が突然目の前に現れたのだ。大人の僕でさえ上手に受け入れられないのだから無理もない。新太郎がしきりに帰りたがるので、僕たちはすぐに病室を出て彼女の実家へと戻ることにした。

 彼女の実家に戻ったあとは、新太郎の心をかき乱すのも得策じゃないと思ったので、生まれてきた赤ちゃんの話題は出さずに、これまで通り普通に会話をした。新太郎が生まれてから初めて約1ヵ月間離れていたので、彼の英語力がどうなっているのか心配していたが、むしろ伸びていて"It's snowy.(雪が降っています)"など、英会話教室で覚えた新しい表現も使っていて驚いた。お母さんに聞いてみると、僕がいなくても、英語のDVDを観たり、英語で独り遊びをしていたようだ。例えば半年間僕がいなければ違った結果になったとは思うが、自ら英語に触れる習慣になっていれば、1,2ヵ月なら英語力を落とさずに自力で維持できるということだろう。

 翌日、今度は彼女のお父さんも一緒に病院へ行った。新太郎の反応が心配だったが、一晩で覚悟を決めたのか、赤ちゃんが眠るベッドに自ら近寄って小さな妹を見つめてこう言った。「しんくん、お姉ちゃんになる!」いきなりのカミングアウトに僕たちは驚いたが、新太郎は赤ちゃんにとても優しくて、僕が東京に戻って彼女の実家に赤ちゃんがやってきてからも、赤ちゃんが泣いていると、「あっ、あの声は?赤ちゃんが泣いてる!」と小芝居をして様子を見に行ったり、すっかりいいお兄ちゃんになっているようだ、いやお姉ちゃんなのか?



 赤ちゃんの名前は由莉杏(ユリア)にした。入院先の病院から僕の親父が命名した。親父は小学生の頃から飲み続けている酒に全身をやられていた。もう半年程前から完全に無気力になり、これまでは何かを相談すれば親身になって答えてくれていたが、最近は「ふーん」という態度を取って一切心が繋がっている気がしなくなっていた。布団から出ることも滅多になくなり、常に酒を飲んだまま寝たきりになっていた。家族会議の結果、アルコール依存の専門的な病院に無理やり入れることになり、人を雇って寝起きの親父を屈強な男が数人で囲み、車で病院まで運び込んだ。既にいつ何があってもおかしくない状態だった。

 そんな状態で入院した親父だったが、しばらくすると酒が抜けてきて、僕の知っている親父に戻ったらしい。そこで、見舞いに来た叔母から女の子が生まれたのを聞いて、「ユリアにしろ」と伝言をした。それを聞いた僕は、生きながらにして死んだような状態だった親父が娘の名前を考えてくれたことに嬉しくなった反面、親父が好きなマンガ『北斗の拳』のヒロインであるユリアから取ったのが見え見えで、「絶対にユリアなんかにはしない」と思った。

 僕と彼女は娘の名前を色々と考えて、メールで意見交換をして出てきた候補を姓名判断で占い続けた。200個以上試したが、どこかの項目がどうしても×(バツ)になってしまう。途方にくれた僕は、親父が言っていた『ユリア』という名前を思い出し、姓名判断をしてみると初めて×が無くなった。今度は色々な漢字を当てはめてみる。これまでとは全然違う良い結果が出ている。更に誕生花を調べてみると百合だった。

 本当は新太郎のように、古風な日本風の名前を付けたかったのだが、ある意味でユリアという名前はもっと古風だった。英語だとJulia、スペイン語でJulietta、フランス語でJulienne、ロシア語ではUlianaなど世界の言葉で言いかえられている世界で最も歴史のある名前だったのだ。由莉杏と命名した後で知人からその話を聞いた時、頭の中でカチッとパズルがはまった音がした。僕は運命を感じざるを得なかった。そして運命は一層激しく展開していく。(つづく)


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プロフィール

高橋正彦:1977年、静岡県浜松市生まれ。中学卒業後、単身メルボルンに渡りブライトングラマースクールに入学。同校では、3年がかりで学校側に打診をしサッカー部を創立、初代キャプテンを務める。1998年中古CDショップ「音吉プレミアム」を立ち上げ、世界中の人達との交流を始める。2007年9月、単行本『イタリア人は日本のアイドルが好きっ』を出版。2009年5月には世界中のオタクと交流するOTAKU SPECIALISTとして、NHKから英語でインタビューを受け、その映像が世界80カ国で放送された。

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