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Vintage 1: Leeuwin Estate で過ごす、歴史的野外コンサート



Leeuwin Estateのコンサートの事を始めて知ったのは、苦労が多い20歳そこそこの頃だった。
海外で、何も無いところからスタートした貧しい生活。長時間労働で時間はないけれど、勿論お金も無い。外国人労働者には国民保険も無いから、昔は病気がちだった娘の事でも、苦労がいっぱいだった。言葉の不自由ではいつも悔しい思いをして、子供を守らなければならない僕が、子供のように何もできない時は情けなくて涙を飲んだ。

それでも、夢いっぱいで生きていた。西オーストラリア州パースの町はいつも素敵だった。やりたいことが多かったから、睡眠時間を削っていろんな事に挑戦した。

私が料理人として働いていたのは、Perthでは有名店。この世界の常識、プレッシャーの強い厳しい職場であった。正しいと思うことは実行にできず、修行中にありがちな「職場が理不尽に思えて仕方がない時期」がやってきた。

勿論、やりたいことが実現できなかったのは人や職場のせいではなくて、自分の力の無さだったと解っている。けれど、「このままでいいのだろうか?」と、その頃は誰もと同じように悩んだ。

その頃、戦後のパースで最初の日本人移住者と言われる方と知り合うことができ、相談に行った。「もっと色々な事を身に付けたい。僕はこのままでいいのだろうか?」

その時彼女が貸してくれた本が、日本で出版中のオーストラリアワインについての本だった。ワインの文化の中で育っていない自分に、ワインの良さなんてなかなか解らない。猛勉強するしかないって思っていたわた私に、それは面白すぎる本だった。

その中でも感銘を受けたのが、Leeuwinの歴史的コンサートの話だった。
流行り廃りではなく、本物のArt を見抜き、毎年様々な音楽家を招いた野外コンサートを"Leeuwin Estate"にて開催してきたDenis Horgan。昨年で25回目を迎えた偉大なるコンサートの主催者。

本物だと感じた。



何の前触れもなく、突然彼を自分の目の前にしたのは、その頃から10年近くも後のメルボルンでのこと。親身に付き合っているワイン業者が、彼と私を引き合わせてくれた。

ワイン創りに必要なのは、良い技術と良い素材、そして良いArtと語ってくれた彼。彼のワイナリーにある研究施設は最先鋭の技術を磨いていて、葡萄たちも吟味されているはず。その上でさらに必要なのは、ワインメイカーの芸術的創造力。彼がそれを深く悟っているからこそ、LeeuwinのArt Seriesは、いつまでも高く評価され続けることができるのだろう。

”Food+Wine+Art”….Leeuwin Estateはその調和を実現している。

「成功したらLeeuwinのコンサートに毎年行く。」という、古くからの私の夢。
それには深い意味があって、いつか成長して、芸術を深く理解できる心や、深く楽しめるゆとり、マーガレットリバーに赴く十分な時間を手にする余裕、参加するに値する身分、その費用をまかなう力など、様々な面を総合して手にしたい目標だった。

あの頃の、いつも汚れた格好でお店に篭りっきりで仕事をして、ぎりぎりの睡眠でまた仕事に戻る毎日。労働に身も心も支配された頃。いつかこの何百ドルもするコンサートへ行けるようになってやるって夢見た。そんな話をしたら、Denisは面白いと言ってくれた。



始めてそのコンサートに参加できたのが、まさにDenis Horgan自身からの招待だったなんて、あの頃の私は想像もしなかった。





いよいよコンサートへ。
色々な種類の入場チケットがあるようだけれど、もっとも一般な席は芝生の上にピクニックのように場所をとる。
グルメハンパーと言って、ワインや食事が入っている小洒落たバスケットを手に入れ、7時半にコンサートが始まるまでの間を楽しむ。大勢の人と素晴らしいワインと食事。広大な自然の真ん中の木漏れ日の中で、オーストラリアらしい午後のゆったりとした時間が流れる。

私達は立食パーティーに招待された。
ワインや食べ物が絶え間なくサービスされていたけれど、それどころではない。Denisに御礼を言わなきゃいけない緊張でいっぱいだった。タキシードとドレスで身を包んだセレブリティーのなかに、Denisを見かけた。ちょうどそのタキシードの中でも一番のエレガントに挨拶をしていた。若輩の私とは、位が違いすぎる。結局僕は怖気づいて話しかける事もできず、御礼も言えなかった。心からの御礼を伝えたのは、メルボルンに帰ってからのことだった。



誰もが幸せいっぱいにリラックスした頃を見計らったかのように、音楽はそっと始まり、誰もがぐっと引き込まれた。
堅苦しさの無い、自然に溶け込んだ楽しいコンサート。人間らしい心で奏で、歌い、ユーモアのあるエンターテイメント。

オーケストラと歌声に酔い、グラスに注がれたワインに酔い、野外コンサートはそのまま宵へ。森がライトアップされ、星空の下に幻想的な舞台が浮かび上がる。時にはただ音楽に聞き入り、時には会場が一緒になって歌い、また時には息の合ったリズムで手拍子を合わせる。

舞台では主演のソプラノ歌手”イボン・ケニー”が「オーストラリアで最高の野外コンサート。」と言った。そのとおりと思う。
テナー歌手”デイビッド・ホブソン”もこの場をとても楽しんでいた。そこに居る誰もがそうだった。そして、WASOを指揮する”ガイ・ノーブル”が「Denis Horgan」を讃えた。



芸術家の素晴らしかった音楽に全員が総立ちで拍手喝采の中、私はもう一人、舞台にはいない偉大な芸術家に拍手を送った。この大勢の人達が集い心を動かしたこの場所。音楽と言う芸術と、さらにFood&Wineと言う芸術と、多くの心が一体となれたこの場所を作ったDenis。この歴史こそが最も偉大な本物のARTだと僕は思う。

Denis Horganに大きな拍手と感謝を送りたい。






ルーウィンコンサートの豪華歴代アーティスト

1985 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
1986 シュターツカペレ・ベルリン(ベルリン国立歌劇場管弦楽団)
1987 デンマーク王立管弦楽団
1988 レイ・チャールズ & ウェスタンオーストラリア交響楽団(WASO)
1989 ディオンヌ・ワーウィック & WASO
1990 デイム・キリ・テ・カナワ、ジェームズ・ゴールウェイ & WASO
1991 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
1992 ダイアナ・ロス
1993 トム・ジョーンズ
1994 ジュリア・ミゲネス、ペラン・アレン & WASO
1995 ジョージ・ベンソン
1996 デイム・キリ・テ・カナワ & WASO
1997 シャーリー・バッシー & アデレード交響楽団
1998 フリオ・イグレシアス
1999 ブリン・ターフェル、イヴォンヌ・ケニー & WASO
2000 マイケル・クロフォード & WASO
2001 ロバータ・フラック
2002 ジョン・ファーナム
2003 k.d.ラング、ジェイムス・テイラー
2004 レスリー・ギャレット、アンソニー・ワーロウ & WASO
2005 スティング、ジャック・ジョンソン
2006 アミーチ・フォーエバー、ジェーン・ラター
2007 シンプリー・レッド
2008 イヴォンヌ・ケニー、デイヴィッド・ホブソン & WASO
2009 クリス・アイザック




さて、今回ご紹介したいワインは"Leeuwin Estate Art Series Chardonnay"。
オーストラリア最高の白ワインと言われるのを、大袈裟には思いません。2006年のボトルは、思い出も伴って個人的に特に感動のワインです。スートーンフルーツが、、、などと始めずにシンプルに説明してみます。「深みある樽の香ばしい薫りと味が、それだけで浮いてしまうことなく、主人公の葡萄Chardonnayのふっくらした存在感に旨く溶け込んでいる。素材の素晴らしさと、芸術的仕上がりに感動しながら飲める、威厳のあるワイン。」

第25回Leeuwinコンサート”クリス・アイザック”の回にこの2006年をいただきました。クリス・アイザックと話した時に驚いたのは、彼が結構日本語を話せたことです。そして、実際に目の前にした大スターからは、人間味ある温かい一人の男を感じました。このChardonnayもそうです。大スター的プレミアムワイン、けれど実際飲んでみると心地の良い親しみやすいワイン。

Leeuwin Estate Winery
Stevens Rd, Margaret River, WA 6285 Australia
Telephone (61 8) 9759 0000, Facsimile (61 8) 9759 0001
Email winery@leeuwinestate.com.au
Web site: http://www.leeuwinestate.com.au



コラム一覧
Vintage Cellar: 全てのコラム
Vintage 1: Leeuwin Estate で過ごす、歴史的野外コンサート
Vintage 2: Yarra Yeringと楽しむ思い出のディナー
Vintage 3: Mandalaで学ぶ、ワインメーカーの情熱
Vintage 4: 旅の途中で飲むワイン
No Vintage: 空白のビンテージ
Vintage 5: オーストラリアが香るワイン、Granite Hills
Vintage 6: 山奥の小さな酒蔵「獺祭」



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