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おしどり夫婦(1)

僕はめったに一人でショッピングセンターに買い物に行くなんてことをしないのだが、その日は、妻の加奈の誕生のプレゼントを買いに行った。オーストラリアの郊外の路上ではほとんど人を見かけることはないのだが、ショッピングセンターの中は人で溢れかえっていた。その人ごみの中を掻き分けていると、誰かにぶつかりそうになり、相手の顔を見ると、ニールだった。ニールは僕と同じ40代で、我が家の隣に10年ほど住んでいたオーストラリア人だ。ニールの息子のロッドと僕の娘の沙里が同級生だったこともあって、親しく付き合っていたのだが、ニールは3年ほど前にシドニーに転勤になって、ニールの家族はシドニーに引っ越してしまった。それ以来行き来が絶えていた。シドニーにいるとばかり思っていたニールにメルボルンで会うとは思ってもいなかったので、僕はびっくりした。それに、この三年の間に、ニールの髪の毛に白髪が混じっていてやけにふけて見えるのにも、驚いた。
「ニールじゃないか」
「やあ、ケンか」
「こんなところで会うとは思わなかったよ。メルボルンに帰っていたんなら、知らせてくれればよかったのに。ちょっとお茶でも一緒に飲まないか?」
ニールはちらっと時計に目をやったが、
「そうだな。30分くらいなら、つきあえるよ」と、言った。
喫茶店で二人ともカプチノを注文すると、まずニールのほうが口を開いた。
「皆変わりはないか?」
「うん。相変わらずだよ。沙里ももう11年生だから、大学進学のことも考えなければいけないんだけれど、さっぱり勉強する様子がなくて、見ているほうがイライラするよ。ロッドも11年生なんだろ。もう進路は決めたんだろうね」
そう言うと、ニールは返事に困ったような顔をした。
「なんだ。ロッドは大学には行かないのか?」
「色々あってね。まだ大学進学のことまでは頭が回らないようだ」
「色々あったなんて、どんなことがあったんだ?ロッドが事故か何かにあったのか?」
僕の頭には、ロッドが交通事故に遭ったとか、麻薬中毒になったとか、そんなことしか思いつかなかった。
「ロッド自身は元気なんだけれどね…」
僕は、ニールが話したくない様子が見えたので、ロッドのことを追求することはやめた。
「そうか。ところでソフィーはどうしている?」
ソフィーはニールの妻で、美しく知性に溢れる女性で、ニール自慢の妻だった。いつも連れ立っているすらりと背の高いソフィーの姿が見えなくて、不思議に思った。
「ソフィーか。実はソフィーと離婚してしまったんだ」
「り、りこん?」
僕は、ニールとソフィーのように自他共に認めるおしどり夫婦が離婚するなんて思いもよらなかったので、思わずどもってしまった。
「ど、どうして?」
そういいながら、その理由を考えて、僕の頭の中は猛スピードで回転し始めた。あんなに美人の奥さんだから、ほかに好きな男ができたんだろう。それくらいしか思いつかなかった。

ちょさ

 

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プロフィール

2008年よりメルボルンを舞台にした小説の執筆を始める。2009年7月よりヴィクトリア日本クラブのニュースレターにも短編を発表している。 2012年3月「短編小説集 オーストラリア メルボルン発」をブイツーソリューション、星雲社より出版。amazon.co.jpで、好評発売中。

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