初恋の人(2)
更新日: 2025-05-25
私が東京の大学に行き、その一年後、雄二が東京の大学に入学した。再会した雄二は、のっぽでハンサムな青年になっていた。美佐子に面倒をみてくれと言われたのをきっかけに、二人は急速に近づいていった。雄二が東京に来てから一年後には、同棲を始めた。このころの私は、雄二に尽くすことに喜びを感じていた。親の家では料理もしたことがなかったのに、雄二のために料理をせっせと作った。最初は味噌を入れすぎて塩っ辛いみそ汁を作っていたが、段々と味付けの腕前を上げ、その頃の私は「おいしいね」と言う彼の言葉を聞くのが何よりも嬉しかった。しかし、そんなままごとのような生活は一年も続かなかった。父が交通事故で急死し、私達家族は何も聞かされていなかったが、父の会社は随分負債があった。家まで担保に入っていて、家まで売らなければいけない困窮生活に陥ってしまった。父の葬式の後、母から悲痛な顔で、「聡子、悪いけれど、大学を退学して、就職してくれない?もうあんたに仕送りをするお金がないのよ」と言われ、大学を中退せざるを得なかった。結局後ろ髪を惹かれる思いで東京をあとにし、故郷に戻ってきて、父の友人の経営する小さな広告会社に就職をした。東京を離れるとき、雄二は言ったものだ。「大学を卒業したら、僕も故郷に戻るよ」はっきりと結婚の約束をしたわけではないけれど、私には雄二は結婚の約束をしたように思い、心を慰められた。それが、だんだん手紙を出しても、返事が遅れはじめ、3ヶ月もたつと、お義理に何行かの近況報告的な短い返事を送ってくるようになり、私達は、段々疎遠になって行った。それでも、私は雄二と結婚すると固く信じていた。ところが、卒業間近に故郷に戻ってきた雄二に、喫茶店であった時、意外なことを聞かされた。「僕、実は悦子と婚約したんだ」
そう言われた時の衝撃は今でも忘れられない。
悦子も東京の大学に入っていたが、私が東京にいたときには、雄二は悦子とほとんど会っていなかったはずだ。
「どうして?」
「どうしてって、言われても…」
雄二は困ったような顔をしたが、気を取り直したように、明るい声で言ったものだ。
「聡子は美人だし、僕よりもいい男がすぐみつかるよ」
雄二の無神経な言葉には、ひどく傷つけられた。そのまま席を立ち、驚いた顔の雄二を残して、喫茶店を後にした。家に直行した私は、自分の部屋のドアを締め切って、その晩は泣き明かした。こんなにも私たちの愛はもろいものだったのかと思うと、情けなかった。誰かに怒りをぶちまけたかった。悦子を呼び出すことも考えたが、悦子がはめているであろう婚約指輪を見るのがつらかった。だから、美佐子を呼び出した。約束の時間に少し遅れて来た美佐子は私に対してすまなそうに言った。
「雄二は、あなたが去った後、随分落ち込んでいたわ。そんな雄二を慰めてくれたのが悦子だったのよ。悦子も雄二にぞっこんだったから、随分雄二に尽くしていたわ。こんなこと言うのは酷だけど、去る者日々に疎しよ。結局雄二も悦子に惹かれていって、二人の婚約が決まったのよ」
私は、悦子が雄二に惚れていたなんて全然気づかなかったので、頭をガーンと殴られたような気持ちになった。
「悦子も、雄二を好きだったなんて、私、全然気がつかなかったわ」
「あの子、あなたに遠慮していたのよ。私も、あなたが東京を去ったあとに悦子から聞かされて驚いたもの」
「でも、私が雄二のことをどんなに好きだったか、あなた知っていたのに、どうして悦子との婚約、反対してくれなかったの?」
「雄二は弟だけれど、雄二の心を私だって操れないわ」
美佐子の言うことはもっともだったが、美佐子にも突き放されたような孤独感に襲われ、私はその日をさかいに、雄二も、美佐子も、悦子も、私の心の中で封印して、極力忘れるようにした。
著作権所有者:久保田満里子
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